私と卯月先生は
暫くの間
何とも言えない様な
不思議な余韻に
浸って居ました。

そして
その後、おもむろに
私の方から
卯月先生に話し掛けました。

「……先生、私は……やっぱり、
この学校に居て
本当に良かったです……
こんな、…先生みたいな
教師に会えて、本当に
良かったと思って居ます……
いえ、教師と云うよりも、
こんな素晴らしい人間に
会えた事自体が
本当に、本当に嬉しいんです!」

「…そ、そうか、天田……
俺もお前と、
こんな話しが出来て、
本当に喜んで居るんだ!」

「…先生は……今迄に誰かと、
こんな風に…私達がした様な、
話しをした事が有りますか?」

「いや、無い……
お前が初めてだ、天田。」

「そうですか……実は、
私も初めてですよ、先生!」

「そうか、お前も初めてなのか……」

私達は再び
満面の笑顔になって
しみじみとお互いの顔を
眺めて居ました。

すると
今度は卯月先生の方から
話し掛けて来ました。

「……だけど、なんだなぁ〜
天田……仲間の連中から、
お前が慕われるのも…
分かる気がするなぁ〜
……お前は、本当に仲間思いの
いい親分だからな!」

「へ?…お、親分 ?! ……
ちょっ、ちょっと待って下さい、
…わ、私は、親分なんかじゃ
無いですよ、先生!
…一体、どこの誰が
そんなデタラメを
先生に吹き込んだんですか ?!
…全く…親分なんて、
トンデモ無いですよ…」

「だがな、天田……
ココには、ちゃ~んと、
お前の名前が
書いて有るんだからな……」

「え?…それって、
さっきの報告書じゃぁ
無いんですか ?! 」

「いや、コレはな、
実はブラックリストなんだ…」

「…ブ、ブラックリスト?
……それって一体、
何の事ですか?先生…」

「お前、ブラックリストを
知らんのか…?
そうか、それじゃぁ…まぁ、
しょうがないから教えてやるが……
ブラックリストとはな、
つまり、この学校の生徒の中で
要注意人物をリストアップした
ものなんだ。」

「あ、なるほどね……
じゃぁ、ソコには私以外にも
何人も名前が載って居るって
ワケですね?」

「あぁ、そうだ。
…だがな、お前の名前は、
このリストの一番上に
書かれてるんだ……
だから、お前がこの学校一番の
要注意人物ってワケだな……
まぁ、だから、早い話しが……
つまり、天田、お前が
達仲間の親分って事だ……」

「えーっ ?! 
…そ、そんなワケ無いですよ!
本当に私の名前が、一番上に
書いてあるんですか ?! 
先生、…な、なんかの
間違いですよ、きっと…
そんな事、絶対に有り得ないし……
ちょっと、ソレを私にも
見せて下さいよ、先生!」

「いや、駄目だ…
コレは、生徒には見せるワケには
いかんのだ、天田……」

「えーっ、そうなんですか?」

「うむ、そうだ。」

「でも…だ、だって……
私の名前の上には…
絶対に咲江が、…咲江の名前が
書かれて居る筈なんですよ、
先生、もう一度、
ちゃんとよく見て下さいよ!」

「いや、だからな、
さっきから言って居る様に
お前の名前が
一番上に有るんだから、
どうしたって
見間違え様が無いんだゾ…
それにだな、実際
その咲江…秋原咲江は、
お前の直ぐ下に有るからな…
つまりは、二番目の要注意人物
と云うワケだな……」

「えぇ ?! ……そ、そんな……」

「ま、そう云うワケだ……。
それにな、今回の件でも
現に親分のお前を守ろうと、
皆んなも必死になって
俺に抗議してたしな……
その事だけを見たって、
お前が仲間の連中にとって、
どれだけ大事で、良い親分なのか
分かるってもんだ……
なぁ…天田!」

「…はぁ……。」

ここまでの
卯月先生との話しで
校内で『問題有り』
と見なされている生徒の
『ブラックリスト』
と云うモノ自体が
存在して居る事実も
初耳でしたが
それ以上に
そのリストの第一番に
私の名前が記載されて居る
と云う事に対しては
さすがの私も
本気で驚きました。

しかも
一体、誰がそんなモノを
作成したのか……
そして、一体どんな基準で
生徒の要注意度を決めたのか……
考えれば切りが無い事
ばかりでしたが……
しかし、そんな
『ブラックリスト』
が存在して居る以上
幾ら私が『親分では無い』
と主張したところで
この卯月先生には
全く通じ無いと云う事は
ハッキリと分かって居ました。

「俺はなぁ、天田……
お前の事を、本当に勿体無いと
思って居るんだ……
お前なら、こんな連中の
親分なんかじゃ無くても、
普通の生徒達の中でも、
立派にやって行けると
俺は思って居るんだ……
だからなぁ、本当に、
実に勿体無いって
思って居るんだゾ、天田!」

「…あの〜、先生……
私は別に…敢えて
ツッパリ連中の仲間達だけと
仲良くして居るワケじゃ、
有りませんよ ?! 
普通の子達とも問題無く、
それなりに仲良くしてますし……」

「…そうなのか ? 」

「そうですよ…。
それに、ツッパリの子達が、
普通の子達にちょっとした
チョッカイ出したり、
意地悪なんかしない様に、
普段から私は陰ながら、
クラスが過ごし易い様に
気配りして居るんですから……」

「ほぅ?……それは、本当か?」

「はい、本当です。
……それに、この間だって、
ウチのクラスの
ちょっとヒネクレた
ツッパリの子が、
大人しい勉強の出来る子に
目を付けて、何くれとなく
意地悪な事を言ったり、
やったりして居たのを、
私は何とかしようと
一生懸命に考えてアレコレと
手を尽くしてたんですケド……
私自身があんまり
その目を付けられてる
その子に肩入れしたり
必要以上にかばったりすると
逆にそのツッパリの子は
私に不信感を抱いて
裏切りだと思い込んで
余計にその目を付けた子への
意地悪が酷くなるので
そう、おいそれとは
助け舟を出すワケにも
行かないんですよ……」

「…ふん、本当にソイツらは
ロクな事をせんな!
全く困ったヤツらだ……」

「…でも、先生……、
そんな事言ったって、
コレは…この事は先生にも
責任が有る事なんですよ ?! 」

「…な、なんだって ?! 
……それは、一体、
どう云う事だ、天田… ?! 」

「…だから、その目を付けられた
大人しい子…川野さんが
イジメられる事になった原因が、
先生に有るって事なんですよ!」

「…俺か ? …俺が一体、
ナニをしたって言うんだ?
……全く分からん。
……天田、それは…
どう云う事だ ?! 」

「…実はですね、先生……
この前の…先週の体育の時間に、
授業を初める前に、
先生がワザワザ皆んなを
一列に整列させたかと思ったら
イキナリ『ピアス』の
抜き打ち検査を
したじゃないですか……」

「あぁ、確かにしたが……
それが、どうかしたのか?」

「どうかしたのか、
どころじゃ無いんですよ全く、
それどころか……
その後からが大変な事に
なってるんですからね…!」

「な、なんだと ?! 
その大変な事とは…一体、何だ?」

そこで
私は卯月先生が突然行った
その時のピアスの
抜き打ち検査の様子を
先生にも確認を取る様に
事細かく話し始めたのでした。

その時の
体育の授業で、卯月先生は
皆んなを一列に並べた後
一人ひとり、生徒の耳を
片方ずつ念入りに調べ始め
ピアスの穴が
開いて居ない生徒は
その場に座らせて
ピアスの穴が
開いて居る生徒は
出席簿に何かを書き込んで
その場に立たせたまま
次の生徒へと
進んで行ったのでした。

私や仲間の皆んなは
耳にピアスの穴が
開いて居るので、当然
立たされたたままで居ましたが
勿論、ふて腐れながら
それでも卯月先生には
聞こえ無い様にブツクサ
文句を言いながら
周りの仲間と、その不満を
共有して居ました。

そして
そのピアス検査も
終わりに近付いた頃に
帰国子女の大人しい
川野さんの番になると
卯月先生は、有ろう事か
川野さんの耳など
ロクに見もせずに
その場に座らせたのでした。

そこで、仲間の一人が
『えこ贔屓』だと激怒して
川野さん自身に対しても
文句をたらたらと言い始め
私達仲間にも同意を求める様な
そんな雰囲気になって来たので
このままではマズい事に
なりそうだと感知した私は
列の最後の方に居る
卯月先生に向かって、大声で
「ピアスの『時効』は無いのか
有るとしたら、いつなのか」
と声を掛け続けて居ました。

そして
生徒全員の検査が終わって
漸く、中央に戻って来た
卯月先生に対しても
更に私が、『時効』の有無を
問い詰めたので、先生は
『うるさい、静かにしろ!』
と言ったかと思うと
イキナリ、持って居た
黒表紙の硬い出席簿で
私の頭の上をパンッ !
と一回叩いたのでした。

その叩いた音が
校庭に響いて、パーン!と云う
乾いた音になって聞こえると
卯月先生の『叩く』と云う行為が
更に恐ろしく感じられたのか
先程から口々に
文句を言って居た仲間達は
思わず口をつぐみ、また
座って居た他の生徒達も
緊張で固まってしまい
結局、そこに居た
生徒の全員がシーンと
静まり返ってしまいました。

私の方と云えば
それこそ小さい頃から
『体罰は当たり前』と云う
家庭の中で育てられて来たので
叩かれ慣れて居たせいか
卯月先生に出席簿で
頭を叩かれたところで
そんな事には全く動じもせず
驚きも恐れも無いので
気にもして居ませんでしたし
それに、大袈裟な音の割には
実際は、本当に痛くも
なんとも有りませんでした。

そんな事よりも
私が最も心配して居たのは
ツッパリ仲間の皆んなや
クラスの他の生徒達からも
川野さんが卯月先生に
特別扱いされて居る…
『えこ贔屓』されて居ると
思われ始めて居る事でした。

この川野さんと云うのは
物心が付く頃には
両親と外国で
生活をして居た為に
自分自身でも自覚が無い程
ほんの小さい頃から
ピアスをして居たのでした。

卯月先生は
そこら辺の事情を
予め聞いて居て
理解して居たせいか
その為、殆ど川野さんの
耳などは検査もせずに
穴の開いて居ない
生徒達と同じ様に
その場に座らせたのでした。

そこで
ツッパリ仲間達は
自分達と同じ様に
耳にピアスの穴が
開いて居るにも拘わらず
川野さんダケは
何のお咎めも無しで
その場に座る事が許されて
一方、自分達は卯月先生に
お小言を言われながら
まるで見せしめの様に
立たされっ放しにされると云う
この事自体が、仲間達には
納得が行かず、何よりも
気に食わなかったのでした。

しかも
川野さんは大人しい
勉強の良く出来る
秀才タイプでしたので
この事が更に
勉強が不得意な
ツッパリ仲間達の嫉妬の感情に
拍車を掛ける事になりました。

本来ならば
『えこ贔屓』をして居る
卯月先生に対して
怒りを向けるべきところを
勿論、卯月先生に対しては
恐ろしくてそれが出来無いので
その鬱憤の全てを
この川野さんに対して
意地悪をする事で
晴らそうとして居るのでした。

事有る毎に
川野さんに対して
「頭の良い人は必ず
いつでも得をする」
と云った様な皮肉を込めた
意地悪を執拗にして居る
少しばかりヒネクレた
ツッパリの子に対しては
その子の感情が高ぶって
それ以上、イジメが
エスカレートしない様に
私自身がその子に対して
ワザワザ別の話題を振って
気持ちを逸らすなどして
気を配って居ました。

また教室では
クラスの皆んなにも聞こえる様に
ワザと大きな声で私から直接
川野さんに話し掛けたりして
ツッパリ連中との対立など
全く無い様に感じさせる様に
工夫したりして居ました。

勿論、川野さん自身は私の事を
ツッパリ仲間の一人だと
認識して居たので
最初は私からも
意地悪をされると思って
可哀想な程、怯えて居ました。

それでも
私自身が川野さんの
『帰国子女』の経験に対して
凄く興味が有る様に
極自然に振る舞いながら
皆んなも知りたがる様な
海外生活の話しを
聞いたりして居ました。

するとその内に
川野さんと私が
話して居る周りには
自然とクラスの他の生徒達も
集まって来て話しを聞く
様になったので、そこで私が
「そのピアスはいつ開けたのか」
と尋ねると
川野さんの顔が一瞬
凍り付いた様に固まりました。

それでも私は
敢えて満面の笑顔で
固まって居る川野さんの事を
気にする様子も無く
興味津々と云った体で再び
「ピアスはどうして開けたのか」
と更に聞き直しました。

すると今度は
川野さん自身がビク付いた様に
私の様子を見ながらも
恐る恐る少しずつ
話しを初めたのでした。

川野さんの話しによると
川野さんが住んで居た海外では
女の子は随分小さい頃から
『ピアス』をして居るのが
割りと普通だったので
川野さんの母親もそれに倣って
まだ幼い川野さんに『ピアス』
をさせたと言う事でした。

敢えて
この話しを始めた時の
私の思惑とは…この様に
川野さん自身の口から直接
本人が『ピアス』をした経緯を
クラス中の皆んなに聞かせて
その理由を知って貰う事で
クラスの全員にも
川野さんの立場…つまり
当時の幼い川野さんには
『ピアスをする』
と云う事に対しては
本人の意思や自覚さえ
全く無かったと云う事実を
理解して貰う為でした。

この事により
クラスの中では以前よりも
川野さんに興味を持ったり
親しみを感じて仲良くなる
生徒も増えた様なので
ツッパリ連中から
理不尽な意地悪をされて
寂しく孤立してしまう様な
事態だけは避ける事が
出来た様でした。

しかし
そのツッパリ連中が
たとえ川野さんの
『ピアス』の経緯の話しを聞いて
多少の理解を示したとしても
川野さんが『優秀な優等生』
であるが故に卯月先生から
『えこ贔屓』されて居る
と云った穿った考え自体は
まだ消えては居ませんでした。

しかも、それ以上に
その事がキッカケとなって
ツッパリ連中の当人達にも
伺い知れない様な蓄積した
積年の恨み・妬み・嫉妬の感情が
一気に沸き起こって来た様でした。

しかし、そうなると
右から左にと云う具合に
『全てを忘れて水に流す』
と云った様な事が
おいそれと簡単に
出来る様な連中では
無い事は確かでした。

実際、彼女達は
川野さんがツッパリでは無く
優等生であるが故に
『えこ贔屓』されて居る
と思い込んで居る為、当然
自分達は被害者であり
それに就いて、自分達が
やって居る事…イジメには
十分、正当性が有ると
確信して居たのでした。

そこまで頑なに
穿った見方や思い違いを
して居るとなると
たとえ私が、どんなに考えて
色々と手を尽くしたところで
到底、私自身だけでは
限界が有りましたし
また実際に
ツッパリの彼女達からは
「川野さんへの意地悪を
まだまだ止める気は毛頭ない」
と云った様な不穏な様子さえ
窺えて居たのでした。




続く…





※新記事の投稿は毎週末の予定です。
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