私の秘策の『実験』……

と云うよりは『脅し』が

卯月先生には

全く通じ無いと云う

現実を目の前にして

私は暫くの間

茫然として居ました。


それは、つい先程までは

俄然、私の方に分が有り

当然『勝負あった』ものとして

私の悪意の思索を盾に

此れ見よがしに

我が物顔で卯月先生を

追い込んで居たにも拘らず……

ところが、どう云うワケだか

この卯月先生には

そんな『脅し』など、全く

通じ無かったからでした。


その為

先程から卯月先生に対して

いわゆる心情的に

勢い良く振りかざして居た拳を

下ろす事も、また上げたままに

して置く事もままならず

私自身が全く

動きの取れない様な状態に

陥って居たのでした。


すると、そんな私の状態を

知ってか知らずか

卯月先生の方から

話し掛けて来たのでした。


「…天田、お前はどうしても、

その『実験』とやらを

するつもりなのか ?! 」


「ぇ?……えぇ、……しますよ!」


「…そうか……。

では、もう俺は止めんから、

お前は好きな様にしろ……。」


「…も、勿論です。……そんな事

…先生に言われ無くても、

私の好きな様にしますから!」


強気でそう答えながらも

私には、そんな事をする気など

もう、とうに失せて

しまって居たのでした。


しかし、それでも

卯月先生に対しては

ここで直ぐに

引いてしまっては

ツッパリの沽券に関わるので

一応、この様に精一杯

見栄を張って答えました。


「…ふむ……

それじゃ、しょうがないな……。

しかしだな、天田…、

俺はどうしても、

分からん事が有るんだ……。

…お前はどうして、

『パーティーに行って無い』

って事に対して、

今更、そんなに

拘る必要が有るんだ ?! 」


「…ふん、……そんなの、

本当に『行って無い』からに

決まってるじゃ無いですか……。」


「いや、そうじゃ無くて……

つまり…何てい言うか……

そうだ!……お前は、初め俺には

『別にどっちでもいい』って、

いい加減に答えて居ただろうが ……?

なのにどうして、

急に『行ってない』って

言い出したんだ?

俺には、それがどうしても

分からんのだ……

天田、一体、どうしてなんだ ?! 」


「……ぇえ…?

…それは……私が最初に

先生に聞かれた時に

『行ってません』

って答えたら、先生が、

『他の仲間が皆んな行ったのに、

お前だけが行かなかったなんて、

そんなワケは無い!』

って言って、私の答えを

否定したんですよ。

だから、私も、

『それじゃあ、別にいいや』

って思って……」


「…ふむ…それでは……その時は

『別にどっちでもいい』

と云う気持ちだったと云う事か……

では、どうして、お前は、

その時には、そんないい加減な

気持ちだったんだ……?」


「へ?……そ、それはですね……

つまり、私自身がこの件で

学校を辞める事になっても、

それは、それで、

いいと思って居たからで……」


「なに…?

なんで、お前は

そんな風に思って居たんだ……?」


「……まぁ…この際だから……

本当の事を言うと…実は……

私は、出来れば、

この学校を辞めて、

別のどこか他の

学校に編入して、

全く新しく

高校生活を始めたいと、

前から思って居たんですよ……。」


「…ふむ。……それなら…なんで、

お前はそうしないんだ?」


「…そりゃ、親にはそんな事、

言えませんからね……

だって、親を納得させる様な

ちゃんとした理由も無しに

そんな我儘言って、

親に心配掛けるワケには

行きませんし……第一、

せっかくお金を出して貰って、

通わせて貰ってる手前、

さすがにそんな事は

自分からは

言えませんから……だから、

私が今回の件で、

止むを得ず学校から

追い出される事になったら、

その時は……本当に親には

申し訳無いいケド、まぁ……

私が親に頼まなくても、

学校を辞められるかも

知れないと思ったんです……

だから私は、

敢えて逆らわずに、

流れに任せようとして居た

ダケなんです……。」


「…そうだったのか……。

……しかし、なんだなぁ、天田…

お前は、見掛けによらず、

随分と親思いなんだな ?! 」


「え?……

あぁ、…そりゃもう、

なんてったって私は

こう見えても、

近所では評判の

孝行娘ですからね〜、先生!」


「ほう…そうなのか ?!

お前は、孝行娘なのか……

しかも、そんなに近所で

評判がいいとは……それは、

俺も感心したゾ、天田!」


話しの流れで

この様な展開になった事に

ビックリして居たのは

私の方でした。


と云うのも

先程からずっと

敵視して居た卯月先生から

思いがけずに

『親思い』だと言われて

私自身、なんだか気恥ずかしくて

照れ隠しに、少しばかり

大袈裟な表現で冗談を

言ったつもりだったからでした。


ところが、卯月先生は

この冗談をマトモに

受け取ってしまい

すっかり真実だと思い込んで

本気で私の親孝行振りに

感心して居たのでした。


卯月先生のこの様な

性格、性質の人の事は

今でこそ『天然』な人として

ある程度は、皆んなが知って居る

共通認識的な事だとは思いますが

しかし、私が高校生当時には

そんな認識などは無く

したがって、私にとっては

全く知りもし無い事だったので

卯月先生のこの様な応対には

こちらの方が、些か

面食らってしまいました。


「…いや、先生、そんな……

感心する程のモンじゃぁ、

有りませんから……」


「そんな事は無いゾ、天田!

俺はな、お前が親孝行だと聞いて、

本当に感心してるんだ……

それに、喜んでも居るんだからな、

だから、そんなに謙遜するな!」


「…はぁ……、そ、そうですか……

何だか調子狂うなぁ……。」


「ん?……何が…狂うんだ…?! 」


「い、いえ、別に…

こっちの事ですから……」


「ふむ、そうか…。

それでは、

先程の本題に戻ってだな……

なんでお前は、途中から

急に考えを変えたんだ…?

それを、もっと俺に分かる様に

ちゃんと説明してくれ……。」


「…う〜ン……そんなの、

幾ら先生に話しても、

分かって貰えるとは

思いませんから……」


「…そんな事は、

言って見なけりゃ、分からんゾ!

……それにな、俺はどうしても、

お前が考えを変えた、

その理由が知りたいんだ……

だから、そのワケを

俺に教えてくれ、天田!」


実は私自身

この卑怯極まり無い

『実験』が、上手く行かない

と云う事を目の当たりにしても

この後の展開に就いての考えが

全く浮かんで来る気配も無く

内心では

『これからどうしたモノか…?』

と、ある種の放心状態に

陥って居たのでした。


私がこんな状態でしたので

この際『もう、どうにでもなれ!』

と云った様な気持ちも相まって

必然的に卯月先生の

要望に応える事になりました。


「……先生、それはですね………

つまり…先生は、私が例の

パーティーに行った事を

証言した証人が居るって、

私に言いましたよね……

それで、私はその証人が

てっきり、私の仲間の誰かだ

と思ったんですよ……」


「…あぁ、そうだったな……」


「そうです。……だから、私は

その証人が誰だか知りたくて、

先生に条件付きで、

自供したんですよ…」


「…そうだったな。

お前は、あの時、

その証人が誰か教えてくれたら、

『パーティーに行った事』

を認めると言ったんだ。」


「…ですが先生、私はてっきり

仲間の誰かだと思ったから、

そんな条件を付けたんですよ……」


「…確かに…そうだったな……

それに、お前は……

もし、その証人が

仲間の誰かだったら、

そんな仲間を売る様な

大それた事をさせた

自分に責任が有る筈だから、

その仲間に謝りたいと

言って居たよな……だから

そんな殊勝な考えならばと、

俺もお前には

教えてやる気になったんだ……」


「…でも、先生……

実際に聞いたら、

仲間でも何でも無い……

誰かも分からない様な

外部からのタレ込みだって、

言うじゃ無いですか……

だから、まぁ…

仲間の誰かじゃ無いって事が

ハッキリして、私も一応は

安心したんですよ……

それに、私には、

タレ込みだろうが何だろうが、

そんな事は別に

構わなかったんです、

そんなワケの分からない証拠で

私が学校を追い出されたとしても、

……そんなの…どうせ、

私はこの学校を辞めたいと

思って居ましたからね……」


「そこなんだ、天田……

なのに何故、お前は急に

考えを変えて、自分の無実を

訴え始めたんだ……?!」


「……それは、先生が……

卯月先生が、仲間を一人ずつ

尋問した時の事を

私に話して聞かせたからです……」


「な、なんだと?!…

そ、それは、一体、

どう云う事なんだ、天田 ?!」


卯月先生としては

良かれと思って

仲間が私の事を必死に

かばい立てして居た様子を

ワザワザ私に話して

聞かせてあげたのに

私のこの言葉を聞いて

本当にビックリした様でした。


「…あの時、先生は、

仲間の皆んなが、

一様に同じ事を言って居たと

私に言ったんです……」


「…そうだ、アイツらは皆んな、

お前は『絶対に行って無い』

って、言い張ってたんだが……

でも、それは、

仲間をかばっての事だろう?……

それに、そんな事は、

お前達の様な連中には

よく有る話しだからな…。」


「…ふん……だから

先生に話しても、

分からないって

言ってるんですよ…」


「いや、まぁ、

ちょっと待て、天田…

俺はまだ、最後まで、

お前の話しを

聞いておらんからな、

俺が分かる様に、一応、

最後まで話してくれ……

じゃ無いと、このまま

分からず仕舞いでは、

俺の気が済まんからな。」


「……まぁ、

そんなに先生が言うなら……

それじゃぁ、

一応は話しますケド……」


「そうか?!……

俺もちゃんと聞くからな、

さぁ、話してくれ、天田!」


「……なんか、

やり難いなぁ……

ケド、まぁ、いいか…?

……だから、つまりですね……

その、先生が仲間の皆んなから

聞き出した話しの内容を聞いて、

私は愕然としたんです…」


「…ふむ、…それは、一体、

どうしてなんだ?」


「…それは……

それは、私が、

私自身が自分の事など、

『別にどうでもいい』

と思って居たのに……なのに、

皆んなは、そんな私の為に、

必死になって、私の『真実』を

訴え続けてくれて居たからです……

それも…こんな、

学校一、恐れられて居る

卯月先生に対して、

一対一で、ですよ、……しかも、

自分達はこれこら、

どんな処分を受けるかも

分からずに、心配や不安で

一杯な筈なのに……そう思ったら、

私がして居る事…フテ腐れて

『別にどうでもいい』

と投げやりに

なって居る事自体が、

なんだか物凄く

恥ずかしく思えて来て……

これじゃぁ、こんな事じゃ、

皆んなに申し分無い、

いや、顔向けが出来無い!

って、本気で思ったんです。」


「…そうか……それで、お前は、

考えを変えたんだな……。」


「……私自身の『考え方』

を変えたんです。

……つまり、投げやりな

『別にどうでもいい』と云う

『考え方』の方ですよ、先生!

……だから、私も、

仲間の皆んなと同じ様に、

ちゃんと自分の『真実』を

貫こうと決めたんです。

……その為には、ある意味、

手段を選ばない様な…つまり

例の『実験』みたいな……

捨て身技の様な、

強硬手段に出る事も

辞さない覚悟だったんです。」


「…ふ〜む……そうなのか

……そう云うワケだったのか………。」


「はい。……これが、

今回の件に就いて、

私が考えて居た事の

全てですよ…先生。」


私はこの時、この件で

自分が考えて居た事の

殆ど全てを卯月先生に話して

何だか物凄く、スッキリした

気持ちになりました。


そして

卯月先生自体も

最初の頃のしかめっ面とは

打って変わって、この時には

何だか穏やかな…と云うよりも

寧ろ、嬉しそうな

喜ばし気な雰囲気さえ

感じられて来るのでした。




続く…







※新記事の投稿は毎週末の予定です。
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