私と喜久雄が
結ばれた後も
私達二人の間では
一切、この事に就いて
話す事は有りませんでした。

それは
私達お互いが
この世の倫理観からは
外れてしまった様な
『秘密の行為』
をして居る以上
お互いの気持ちや思いを
素直に直接、言葉にする事
自体が阻まれて居たのは
仕方の無い事の様に
思われました。

なので、ある意味
私達のこの様な
親密な関係自体が
他言無用であるのは
勿論の事でしたし
また実際に、私達二人の間では
この様な関係性に就いても
お互いが触れない様にも
して居たのでした。

そして
この『無言』
である事自体が
なんだか私には
『暗黙の了解』の様に
ある種のルールや掟の様で
不自由な圧迫感さえ覚えました。

しかし
それ以上に
この私達二人の間に
芽生え始めたばかりの
危うげな感情と関係は
余りにも儚く壊れ易い
薄氷の様でも有りました。

それ故に
この互いの思いを
現実的な『言葉』として
顕在化してしまった途端
それと共に、一遍に
『罪悪感と責任感』
と云う現実にも直面し
否定的な思いに
襲われる事になるのは
明らかでした。

私達二人の
『秘密の関係』
は、この様な重圧に
今にも押し潰されて
脆くも跡形も無く崩れ
消滅してしまう様な危うさが
常に漂って居たのでした。

こうして
暫くの間、私達は
週末の土曜日には
勉強に託けて
二人だけの
僅かな時間を慈しむ様に
逢瀬を重ねて居ました。

この様にして
私達の関係性が
段々と深まって行く内に
やはり回りの家族の皆んなには
私達二人の様子が
以前とは少し違って居る様な
確実に親密度が増した事にも
気付き始めた様でした。

その中でも
一番心配をして居たのは
喜久雄の兄の多喜男でした。

実際、多喜男は
次姉の美奈子の婚約者で有り
それ故に尚更
自分の弟の喜久雄が私の事で
責任が取れない様な事になるのを
恐れて居た様でした。

そこで
いつもの様に
美奈子と多喜男と
私と喜久雄の4人で外食し
遅くに美奈子達の家に
帰って来た後で、4人が共に
居間のコタツで寛いで居ると
多喜男がおもむろに
喜久雄に話し掛け始めました。

「おい、喜久雄…お前確か
来年には大学卒業だよな……?」

「……あぁ、そうだよ、兄貴。」

喜久雄の答えを確認すると
多喜男は至極当たり前の様に
次の様な会話を続けました。

「卒業したら、お前は
あの彼女と結婚する事に
なってんだろ……?」

多喜男は有ろう事か
この場の空気が一瞬で
固まってしまう様な
何ともショッキングな
事を言い出したので
実際に部屋がシーンと
静まり返りました。

その言葉を聞いて
私自身も一瞬にして
身体が硬直して
しまいましたが
それでも、喜久雄が
どう答えるのか知りたくて
じっと固唾を呑んで居ました。

「なぁ、結婚するんだよな?
そうなんだろ?……喜久雄!」

即答しない喜久雄に対して
答えを促す様に
再び多喜男が聞き返すと

「……ぇ?…ぅ、ぅん………」

とハッキリとは
聞こえ無い様な
弱々しい声で
喜久雄が答えました。

すると多喜男は
その喜久雄の消極的な
返事に対して
些か苛立ちを覚えた様に

「彼女は、確かお前よりも
2つ年上だったよな ?
それにお前達は、
もう6年も付き合ってんだろ ?!
その彼女とは、
お前が大学卒業したら、
結婚するって
約束してるんだよな ?!
大体、本当だったらお前達は
今年には結婚する筈だったのに……
お前の卒業が1年延びたから、
それで彼女との結婚も
来年になったんだよな!」

と多喜男は
まるで喜久雄の
迷いを振り切って、その使命を
思い出させるかの様に
矢継ぎ早に問い続けましたが
それでも、やはり喜久雄は
私が隣に居たせいか
なんだか煮え切らない様な
受け答えをして居ました。

「お前、彼女は来年で
確か25歳になるんだろ?
女の25歳って云やぁ、
回りじゃあもう皆んな
結婚してる年齢だよな……
そんな歳まで彼女を
待たせてるんだから、いい加減、
来年にはちゃんと結婚しろよ!
いいな、喜久雄!」

上から押し付ける様な
多喜男の物言いに
喜久雄も少しばかり
機嫌を損ねた様で

「そんなのは俺の問題だろ ?
……大体……兄貴には
関係無いじゃないか ?!」

と、つっけんどんに
言い返しました。

すると多喜男は、更に
喜久雄の真意を
確かめる様に続けました。

「何言ってんだ、喜久雄!
俺達はお前の将来の事を
本当に心配してるから
言ってるんじゃ無いか……」

「……俺だって、
色々と考えてるし……
だから…兄貴が心配する
必要は無いんだよ。」

「色々と考えてる……?
それじゃあ、お前は
来年、彼女と結婚するって
事なんだな!」

「…だ、だから、それは……」

「喜久雄、お前はそんな事も
兄貴のこの俺に、ハッキリと
答えられないのか?」

「…ぅぅん…………。」

多喜男の
まるで直球の様な
質問に対して、喜久雄自身は
身悶える様にして
顔を歪めて居るだけでした。

「……大体、お前……
サーコは…サーコの事は
どうするつもりなんだよ……?
お前がそうやって
いつまでも中途半端な
事ばっかりしてると、
結局は回りの皆んなに
迷惑が掛かるんだからな、
分かってんのか、喜久雄!」

とうとう多喜男は
私達二人でも
触れる事が出来無いで居た
領域のど真ん中に
踏み込んで来たのでした。

すると、さすがに喜久雄も
多喜男のこのド直球の
戒めの様な言葉に対しては
直ぐさま敏感に反応して
逆鱗に触れるが如く
怒りの様な狼狽を
露わにしました。

「……あ、兄貴に言われなくても……
そ、そんな事は分かってるよ !! 」

「そうか……だったら、
ここで言ってみろよ!
お前は約束通り、
来年にはちゃんと
彼女と結婚するんだよな、
……そうなんだな、喜久雄!」

すると喜久雄は下を向いて
じっと一点を見つめたまま、
諦めた様に力無く答えました。

「……ぁああ、するよ。
……来年…彼女と…結婚する…。」

こうして喜久雄は
初めて私の前で、来年
彼女と結婚する事を
表明したのでした。

私も
この二人の兄弟の
会話の行方を
身の縮む様な思いで
ずっと聞いて居ましたが
とうとう、喜久雄から
『彼女と結婚する』
と云う決定的な言葉を
直接、聞いた瞬間
私の中の何かが
パリパリパリッと
乾いた音を立てて
修復不可能なほど完全に
ヒビが入って行ったのが
分かりました。

その後の私と喜久雄は
二人とも失意の底にでも
落ちて行く様に
言葉も無く
うな垂れて居ました。

多喜男が
弟の喜久雄に対して
敢えてこの様な
話しをしたのには
それなりの理由が有りました。

それは
多喜男自身が
これから美奈子と結婚する事で
直に義理の妹となる
高校生の私の事を
酷く心配しての
事でも有りますが、同時に
弟の喜久雄と私との事で
何か取り返しが付かない様な
問題でも起きては、それこそ
私達の両親に対しても
申し訳が立たないと云う
思いからの事でした。

そして、この日以来
私達二人の勉強は
行われる事が無くなりました。

その理由としては
喜久雄が来年卒業の為に
自分の勉強に集中する
と云う事と、また就職活動にも
勤しむ様になった為に
以前よりも忙しくなったから
と云う事でした。

この様にして
私の家庭教師を
完全に辞退した喜久雄は
それでも、私達の両親が
喜久雄の訪問を
強く望んで居る事に応える様に
毎週では無いにしても
暫くの間は、以前の様に
我が家に遊びに来て居ました。

その頃には
私達の両親自体も
美奈子や多喜男から
あの時の喜久雄自身が言及した
『喜久雄の結婚』
に就いての話しを聞かされて
言い含められて居たのか
私と喜久雄の結婚を
望んで居た事も、すっかり
諦めてしまった様でした。

これで
唯一私達の味方だと思って居た
両親が抜け落ちてしまい
完全に喜久雄と私は
お互いに孤立無援の
状態になってしまいました。

しかし
それ以上に
やるせ無かったのは
これまでの私達の様子から
喜久雄と私の二人が互いに
『憎からず思って居る間柄』
であると云う事が
殆ど周囲には知れ渡って
しまって居るにも拘らず
それでも……
この期に及んでも尚
当人の喜久雄からは
何も、一言も、
私に対する気持ちや本心を
打ち明けては
貰えなかった事でした。

しかも
多喜男から色々と
意見を言われた後でも
喜久雄が我が家に
来た時には
私達が二人っきりになると
やはり、お互いに
周囲を警戒しながらも
無言で抱擁したり
唇を合わせたりと云う事を
して居たのでした。

この様な関係性のまま
果たして、いつまで
私はこの自分自身でさえ
受け入れ難い様な状態を
続けて行かなければ
なら無いのかと思うと
それこそ、いつまでも
期待を持たせる様な
事はせずに、いっその事
私達の間の『終焉』の事を
ハッキリと喜久雄の口から
告げて欲しいとも
思うのでした。

喜久雄が今まで
私達の過去も現在も未来も
何一つとして言及しない
と云うのは、まるで
喜久雄自身が
その事を……私達二人の事を
決して事実としては
認めて居ない様な
そんな気さえ、私には
して来たのでした。

その様な
ある意味では冷淡な
喜久雄の以外な一面を
垣間見させられて居る様で
私に対する優しさと
その余りのギャップに
考えれば考えるほど
不安と恐れが入り混じって
心底、凍り付いて行く様な感覚が
始終、私にはまとわり付いて
居たのでした。




続く…





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