暫くの間

私と渡部さんは、

嫌という程、しつこく

地井さんから辱めを

受け続けていましたが、

その様な地井さんに対して

私達二人は為す術も

有りませんでした。


この様にして

私が絶望の淵に

突き落とされる様な

感覚に陥っていた

まさにその時、

それまで下を向いて

私に対して以前していた

破廉恥な行為を

酷く恥じながら

首まで真っ赤にして

地井さんに

散々なじられていた

渡部さんが、突然、

何かを思い出した様に

地井さんに向かって

問い質し始めました。


「地井、お前、……前も、

前も、そうだったじゃないか……

また、あの時と

同じ様な事をするのかよ!」


「ぁん?あの時……?! 

ふん、何言ってんだ、

お前は……ったく!」


渡部さんの

必死の問い掛けに、

地井さんは全く知らない

と云った態度で

無視していました。


しかし

渡部さんの言った言葉が

私には気になり……

と云うよりも、

この様な最悪の状態から

逃れる為には、

たとえどんな事でも

利用出来そうな事は、

利用しなくては……と云う考えが、

とっさに浮かんだのでした。


そこで、

渡部さんの言った内容を

詳しく知る為に、

今度は私の方が

渡部さんに聞き返しました。


「え?渡部さん、『前も』……って、

前も同じ様な事が有ったんですか?」


「ああ、俺等が高校の時に……

この地井は……コイツには……

その当時、彼女が居たんだけど…」


「彼女ォ ?!……な、なんだよ、渡部。

お前は一体、なんの事を

言ってるんだよ……

そ、それよりもよ、

もっとイイコト教えてやるよ!

……俺がコイツにさ……」


地井さんが続けて

まだ私を甚振る様な事を

言おうとしたところを

私は必死で遮りました。


「わ、渡部さん、

その地井さんの彼女って ?!

何が有ったんですか、

一体、どう云う事なのか、

もっと、ちゃんと

教えて下さい!」


「……あぁ、この地井は……

高校の時にも、今みたいな

……同じ様な事を、

自分の彼女にしたんだよ!」


「えっ!な、なんですって ?! 

わ、私だけじゃ無かったんですか……。そ、それは……それは

一体、どんな事をしたんですか ?!

渡部さん、もっと詳しく

話して下さい!」


「や、止めろ、渡部!

それ以上言うな!

……お、俺は、知らん……

な、なんにも無いんだからな!

……サーコ、お、お前も、聞くな、

これ以上聞くんじゃ無いぞ!」


今まで散々、

人を甚振っていた

地井さんが、突然、

血相を変えながら

狼狽え始めました。


そこで私は、

この状況を打破するには、

これは絶好のチャンスだと思い

地井さんが制止するのを無視して、

尚も突き詰めました。


「いいえ、渡部さん、

是非、話して下さい!

地井さんがこんなに

酷い仕打ちをするのは、

今回が初めてじゃ

無いんですね ?!」


「……ああ、そうだよ。

……高校の時に

地井が付き合ってた

彼女が居たんだけど……」


「あっ!その人って、

もしかして……

地井さんの初恋の人……

って云うか、

初めての女性の事ですか?」


「えーい!うるさい、うるさい!

もう、それ以上言うな、渡部!

俺は聞かんぞ、俺は聞かんからな!」


余程その彼女との事を

聞きたく無いのか、

地井さんは両手で耳を塞いで

頭を横に振っていました。


「うん、そうだよ、サーコ、

その彼女の事だよ。」


「そうか……前に地井さんが、

言ってたんだけど……

誰でも『初めての人の事』は

忘れられないって、

だけど……

何だかその時、

地井さんの表情が暗くなって……」


「そりゃ、そうだよな……

あんな事が有ったら……」


「え?あんな事 ?!

あんな事って、何ですか ?!

もっと、最初から詳しく

話して下さい、渡部さん!」


「う、う…ん。実は……地井は、

その彼女との事を……

彼女との関係の事を

皆んなに触れ回ったんだ。

……つ、詰まり……その……

い、今のサーコみたいな

目に合わせたんだよ。

しかも

学校中の誰もが、

その彼女の事を

知ることになって……

だから、地井は……。

本当に、昔からこういう

ヤツなんだよ……。」


「そ、それで……?! 

その彼女は、その後、

一体どうしたんですか?

……転校して行ったとか?」


「……い、いや……そ、それが……

その彼女は……か、彼女は……

……走って来る列車の線路に

飛び込んだんだ……。」


「ぅ、う…そ……。

そ、それは……ほ、本当ですか?

それは、本当の事ですか、

渡部さん!」


「ああ、……本当だよ、サーコ。」


「そ、それで、その彼女は?

どうなったんですか ?!

……ま、まさか……死んじゃ……

いや、亡くなったんですか ?!」


「そ、それは……」


その時、

先程から私達の話しを

聞かない様に、

一人で日本酒を浴びる様に

飲んでいた地井さんが、

いつの間にか

へべれけになって

テーブルの上に上半身を

投げ出しながら

悲痛の声を発しました。


「もう、やめろ〜!

もう、お前ら……やめてくれ〜!

お、俺は……俺は……」


「お、おい、地井、

しっかりしろよ!

お前、グデングデンじゃないか、

しょうがねーなぁ!

サーコ、コイツを寝かせるから、

布団敷いてやってくれよ。」


「あ、はい。じゃあ、

渡部さんは地井さんを

隣の座敷に運んで下さい。」


「おぅ、分かった。」


こうして私達が

泥酔状態の地井さんを

布団に寝かし付けると、

この夜の私達の

悲惨な出来事は、やっと

終わりを迎えました。


私は地井さんの布団の横に

渡部さんが休んで貰う為の

布団をもう一つ敷きました。


私はこの悪夢の様な

宴会の後片付けをしてから、 

居間に布団を敷いて

横になりました。


布団に入ってからも、

この夜に起こった事を思い返すと、

些か身震いを覚えましたが、

しかし、それよりも

地井さんのその

『彼女』の事の方が

もっと気になっていました。


その彼女が、その後

一体、どうなったのか……?

生きているのか、或いは

本当に自殺してしまって

もうこの世にはい無いのか……………?

その事が頭の中を

過ぎって寝付かれず、

何度も寝返りを打っていました。


すると

誰かが廊下を歩く足音が

聞こえて来たので、

私はてっきり、渡部さんが

トイレに行くのだと

思っていました。


トイレは玄関の脇の

廊下の突き当りに有り、

トイレに行くのには、

この居間の廊下の前を

通るからでした。


しかし、

足音はこの居間の前で

止まったままでした。


そして、少しすると、

その足音の主は、

居間の引き戸を開けて

中に入って来ました。


私は直ぐに

地井さんだと

分かりましたので、

横向きになって、

眠ったフリをしていました。


すると、地井さんは

私の後ろから布団の中に

そっと入って来て、

私の方を向いて横向きになり、

私の背中に触れるか触れないか

ぐらいの所で、ただ

じっとしていました。


私は先程からずっと

目に余る程の酷い仕打ちを

受けていたので、

地井さんが布団に入って来ても

完全に眠ったフリをして、

冷やかに無視していました。


そのうちに諦めて、

地井さんも布団から

出ていくだろうと

思っていましたが、

いくら経っても

地井さんが布団から

出ていく気配は無く、

それよりも

先程から震えている様な

何だか微妙な振動を

背中から感じました。


「地井さんが震えている……?

いや、それとも……」


そう、確かに地井さんは

声も出さずに

じっとして居て、

まるで小動物の様に

怯えている様でした。


私はずっと

寝たフリをしながら

無視し続けて居ましたが、

地井さんはそれでも

一言も私に

声を掛ける事も無く、

ただひたすらに

じっとして居るだけでした。


それはまるで、

無言の謝罪の様でした。


そう思うと

先程、あんな酷い事を

されたにも拘わらず、

こんなに哀れで惨めな人が

側に居ると云う

ただ、それだけで

自分の事はさて置き、

つい『どうにかしなくては』

と言う気持ちが沸々と

湧き起こって来る

因果な性分の自分自身を

恨めしく思うのでした。


そこで

私が横向きになっていた

自分の身体を、

地井さんと向き合う様に

向きを変えると、一瞬

地井さんはビクッとして

驚いた様子でしたが、

その後私が

じっとして居た地井さんを

優しく抱擁すると、

地井さんは本当に嬉しそうに

そっと私を抱きしめました。


次の日

午前中に目が覚めると

地井さんはもう起きて居て

渡部さんは既に

駅に向かった後でした。


地井さんもこの後で

渡部さんと駅で合流して

久しぶりに渡部さんの実家に

行く事になっていたので、

帰りは夕方になると

言っていました。


私は

居間に居る地井さんが

出掛けてしまう前に

話し掛けました。


「あのね、地井さん、

これから駅に行くなら、

帰りに買って来て

貰いたい物が有るんだけど。」


「おぅ、何だ?

何が欲しいんだ、サーコ、

何でも買って来てやるぞ。」


昨晩の様な事が

有ったにも拘らず、

それでも私が地井さんに

頼み事をしたのが

嬉しかったのか、

地井さんは少し

照れ隠しの様な

笑みを浮かべながら

答えました。


「そう、ありがとう。

それじゃあ、 

これで切符を買って来て。

ここに私の一万円が有るから、

これで買って来てよ。」


「えっ?切符 ?!

一体、何の切符なんだ?

金なんか俺が払うから

お前のは要らないけど

……映画かなんかのか?」


「何言ってるのよ。

勿論、私が帰る為の切符に

決まってるでしょう ?!

明日帰るんだから、

その為の切符を買って来て!」


「え!だ、だけど、お前、

ここに来てから、まだ

一週間しか経って無いぞ ?!

お前の家には、確か

二週間の予定って

言って有るんだよなぁ?」


「まぁ、そうだけどね、

だけどもう、私はここに

居る必要が無いから。

だから、帰るのよ。」


「な、何言ってんだよ ?!

必要が無いって……だ、だってお前……

やっぱりまだ、怒ってるのか……

昨日は……もう、……あのさぁ、

お、お前は……ゆ、許して……

分かってくれたんだよなぁ……」


「うん?怒る?何を……?!

う〜ん、あのさ~

だいたい地井さんは

一体、私に

何を許して貰いたいの ?!

地井さん、なんか勘違い

してるみたいだけど……

私はただ、地井さんが

私をどう思っているか

もう十分、分かったって

言ってるのよ。」


「え?ど、どう云う事なんだよ、

サーコ……」


「だから、さっきから

言ってるじゃない。

地井さんには、

もう私が必要無いでしょう!

たとえ地井さんには

分からなくても

私にはもう十分、

分かったって事!

だから、もうここには

用が無いから、帰るのよ。」


「え!あ、あのなぁ、

さ、さっきから

何を言ってるのか……サーコ

ちょ、ちょっと待ってくれよ。」


「え、なんで?なんで、

待たなくちゃなら無いの〜?

それとも……あ〜そうかぁ ?!

そう云う事か……

な〜んだ、地井さんは

まだ何か私にさせる?……いや、

するつもりなんだ、きっと!

ふふ〜ん……?!

それじゃ今度は

渡部さんだけじゃ無くて、

他の人達も呼んで来て

大勢を集めたところで、

昨日と同じ様な事をして

また、さらし者にでもして

大宴会でも

するつもりなのかなぁ〜?

ねぇ、地井さん!」


「う、…あ、…そ、それは……」


「ね、もう分かったでしょう!

だから、切符を買って来てよ。」


「う、う…ん……ゎ、分かった……

買って来るよ……」


地井さんは

昨晩私の布団の中で

怯えて居た時とは

比べ物になら無い程の

戦慄を覚えた様子でした。


蒼白くこわばり

無表情になった

地井さんは

深刻な面持ちのまま

居間を出て行き、

玄関で慌ただしく靴を履くと、

そそくさと

出掛けて行ったのでした。




続く…







※新記事の投稿は毎週末の予定です。
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