堤邦彦著『京都怪談巡礼』淡交社刊
今までありそうでなかった京都ローカルに伝承されてきた怪談のアンソロジー。
京都というと、宗教都市とか怨霊都市とか、物の怪が跋扈するイメージが醸し出されてきてはいたが、
こういうように伝承されてきた怪談話がまとめられると、
そのかなりの部分が、私たちは「既に聞き知っていた話」であることに却って驚く。
怪談話というと、
何やら因果応報の教訓話であったり、
法華経等の仏教経典の法力を仰讃する仏教法話の類であったり、
超自然的な怪異譚であったりするのだが、
私から言わせると、『法華験記』を下敷きにした、そのバリエーションのような気がしている。
従って、如何に怪奇な話であっても、
文献的な根拠のある話であるから、単なるヨタ話としてではなく、
一定のリアリティが込められた話として伝承されたのではなかったかと思うのである。
だからというか、怪談話を妙に合理的に解釈しようとするのではなく、
京都の信仰空間における神仏との関わりという観点から見ていきたいわけなのだが。
京都の怪談話というのが、その多くが江戸期に発祥を持つというのは示唆的で、
このような因縁話や怪談というものが旧い因習と明治政権は極度に嫌ったから、
明治維新後の近代化の進展と共に封殺・抹消される運命を辿ることとなったという理解は正しい。
しかしながら、京都千年の都の宗教的・文化的伝承は、国家権力を以てしても清算できなかったという、
その事実は、日本近代史の見直しにも通底する試みではあるだろう。