京都暮らしの日々雑感

川柳で 韜晦もする 年の功


しばらく、川柳でものを語ろうと思います。


たいしたことが語れるわけでもないでしょうが。


技術論を川柳にするわけにはいきませんので、マジな論述もしていくつもりです。


なお、職業柄、HPを設けておりますのでご参覧いただければと存じます。


 従前よりのHP  → http://miwa-sokuhan.com/ (2017/03/01 リニューアル)


 新たに設けたHP → http://www.eonet.ne.jp/~geiji/



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2019-03-26 06:34:33

桜便り

テーマ:職人暮らし

あちこちで桜の開花宣言が告げられて、

いよいよ始まると、期待が込められてくるのだが、

私の自宅の近場では、冷泉さんちの桜は既に五分咲を越えている。

週末は「花冷え」らしいのだが、

花保ちが良くなるから、今シーズンは盛り上がりそうではある。

 

桜繚乱の中で新元号が発布される段取りになるから、

新たな時代を迎えるにあたっての、新たな気分を醸し出すことになる。

マスコミは寄ってたかってこの一大イベントとして盛り上げを図っているが、

西欧紀元が自然数の連続で、言わば「のっぺらぼう」であるのに対して、

元号がもたらす時代の推移の「輪切り」が、

私たちの歴史意識に何らかな作用をもたらしていることは間違いない。

 

1948年に産まれて現在の2019年に生きている、というのと、

昭和23年に産まれて、昭和・平成・○○と、3代に亘って生きているというのとでは、

自分自身の個人史を振り返っても、その意味合いが変わってくるだろう。

「伝統」というか、「因習」というか、

それだけ強固に内心に刷り込まれている歴史観なのである。

 

2019-03-15 07:49:52

根津茂著『日本仏教を変えた法然の先鋭性 ー親鸞にとっての「真宗」ー』法蔵館刊

テーマ:読書生活

法然仏教を学ぶと、

法然上人の仏教というものが如何に革命的な思想であったかはよく理解できるのだが、

真宗の門徒さんたちからは、

法然仏教は過渡的で不徹底なものであったから、

それをいっそう徹底させて完成させたものが親鸞仏教であると、

そういう理解を示される。

なぜにそのような理解は行き渡るのかは、私にとっては分からないことで、

法然仏教と親鸞仏教との継承関係で見るか、

法然以降の浄土宗諸派と真宗との間での法然思想理解の差異をどう見るかという、

言うなれば、経時的な理解に対して共時的な対比を試みるかという、

方法論的な問題があるように思える。

 

法然少年の晩年には、その弟子たちの間でのいわゆる一念義か多念義かの論争があって、

法然上人ご自身はそのいずれかという態度を示されなかったのだが、

法然仏教と親鸞仏教との継承関係を考える場合、

この点の考究を避けるわけにも行かないだろう。

残念ながら、本書では、この点は論及されてはいない。

 

親鸞思想の根幹をなすとされている「悪人正機説」について、

「醍醐本」の発掘とその研究を通じて、

それは法然上人ご自身の思想であったということは私らにとっては「常識」であって、

法然思想の当然自明な結論の一つであるのだが、

真宗門徒の立場からその点を率直に認めたものは寡聞にして識らなかったから、

本書での知的誠実さには、むしろ感動すら覚える。

 

本書の末尾に参考文献が掲記されていて、

その大部分は私も読了してきていたから、

私の法然仏教を学ぶ過程において、

きちんと先行研究を学んできたという「安心感」は得ることができたのだった。

 

2019-03-11 13:37:53

いだてん

テーマ:職人暮らし

大河ドラマ史上初の日本近現代史を描くという意欲作なのだが、

肝腎の視聴率が振るわない。

構図的には、

日本という「金看板」を背負って西欧近代と伍していく物語となりそうなのだが、

かつての日本の躍動感が描かれるにつけて、

現在の平成時代の閉塞感に囚われてしまうことになるから、

物語そのものを楽しむということにはなかなかならない。

 

ドラマとしての画面構成の技術水準の高さには驚嘆するわけで、

また、登場人物のキャラ設定が明確で、丁寧に描き分けられていて、

それぞれの役者さんたちの演技力や身体能力が遺憾なく生かされていて、

ある意味では、非常に完成度の高いドラマなのである。

さすがに、NHK.

 

しかしながら、全体の枠組みがなかなか明晰にならない。

15分に1度は「見せ場」や「盛り上がり」を見せないといけないという思い込みがあるのかどうか、

スラップスティック・コメディのテイストを醸し出そうとしているのかどうか、

「小技」や「小ネタ」を間断なく繰り出すから、

却って、ドタバタと落ち着きのないままに筋書きが進行していく。

疾風怒濤の45分間を見終われば、余り印象が残らない。

 

金栗の上京列車を追いかける綾瀬はるかの自転車疾走のシーンが強く印象づけられているが。

 

せっかくの「野心作」であるのだから、

とにもかくにも、現状での製作姿勢を最期まで貫いて欲しいと思う。

毀誉褒貶は免れないし、視聴率がどうこうという評価が重きをなしてしまうのだが、

「駄作」でも「失敗作」でないことは改めて言うまでもないのである。

 

2019-03-11 09:09:35

ジョニー・ボール著/水谷淳訳『数学の歴史物語』SB Creative 刊

テーマ:読書生活

「古代エジプトから現代まで」という副題が記されているが、

古代から近世までの歴史が詳細に語られていて、

現代数学の展開に関しては余り記述されていない。

素人向けに易しく解説するということが難しいからかも知れない。

従って、本書の内容は、私らが学んだ数ⅡBから数Ⅲの一部までの範囲となっている。

 

顧みれば、文系に進もうと考えれば数学は要らない、

入試科目として、一通りの計算問題が解ければいいわけだから、

数学を特に深く学ぼうというモチベーションが生じるはずもなかった。

もっとも、経済学部生が高木貞治先生の『解析概論』を小脇に抱えて勉強しているのを見ると、

近代経済学を学ぶためには数学が必須で、

数学ができない者がマルクス経済学に向かうといった傾向は顕著だったかも知れない。

 

学生時代の4年間を終える頃には高校数学のほとんどは忘失してしまい、

仕事をこなすためには、三角関数だけでも必須だと学び直したものの、

そんな程度で間に合うはずもない。

結局は、高校数学全般をやり直すべしということになる。

そんな意味でも、高校時代の「学び」というものは、

その後の人生そのものを形作るものとなっていたことが分かる。

分かった時点では、もはや、取り戻すことが著しく困難に成り果てているのだが。

 

 

2019-03-09 08:02:59

虚仮の一念岩をも通す、か?(笑)

テーマ:職人暮らし

大阪維新の会。

 

なんか、

惚れた女に袖にされて、

言うことを聞いてくれないんなら「死んでやるぅ!と、

勝手に大騒ぎしているような図柄なのだが、

 

「死んでやるぅ!」と言うんなら、

勝手に死んだら?と世間の風は冷たく、放置される。

 

とんだ迷惑、空騒ぎ。

 

2019-03-08 14:43:07

河津桜

テーマ:職人暮らし

梅花もそろそろ終盤を迎えて、

いよいよ桜が待ち遠しくなってきている。

 

テレビのニュースで初めて知ったのだが、

早咲きで花保ちの良い桜の品種で、「河津桜」というものが紹介されていた。

ソメイヨシノに比べると、

花の色が幾分濃く、花も1ヶ月ほどは楽しめるとあって、

全国各地で植栽が進められてきているらしい。

確かに、ソメイヨシノは、パッと咲いてパッと散るという潔さは見事なのだが、

何とも慌ただしい限りであるし、

まして、散ったサクラの花弁がゴミと化す醜状には耐え難いものがあった。

 

時代も移り過ぎてきているのだから、

いつまでもソメイヨシノが持て囃され続けるというものではなかろうと思える。

 

2019-03-02 04:56:00

堀井憲一郎著『1971年の悪霊』角川新書

テーマ:読書生活

腰巻きの惹句に「日本を覆い続ける思念の正体」とあるから、

さぞかし本格的な論稿かとも思えたのだが、

差にあらず。

単なる「傍観者」の、それも単なる「印象論」でしかなく、

「俺はこう思う」と言うだけのことだから、

「さよか、そう考えるのならそう考えていれば良いだけ」というに過ぎない。

 

あるいは、こうも考えられる。

まともにこの時代の情況というものに取り組んでみたところで、

そんな「生真面目に過ぎる」論や、透徹した時代分析を論じてみたところで、

そんなものは誰も読まない。

読者に歓迎されないものは書籍化しても売れないわけだから、

むしろ「冷笑的な左翼叩き」を、

いろいろとトリビアを散りばめながら、世代論に収斂させた方が俗受けする。

そんな志操で語ることに、何程の意義があろうか?

 

この著者の力量からすれば、

もう少しはまともな一書をものにできるはずだという期待もあるのだが、

売るためには、売れるためには、自己韜晦しなければならないということらしい。

この時代を物書きとして成功するためには、

売文業者に徹しなければ生き抜けないということになろうかと思えるのだが、

ご苦労なことではある。

 

そんな本書であるのだが、

少なくとも「評価」できる点が一点あって、

それは高橋和巳氏を採り上げたことである。

もちろん、高橋文学がきちんと論じられているわけではないが、

あの時代でしか産まれることのなかった文学であり、

私らと同世代の者達の心奥に深く浸潤した文学作品であったわけで、

戦後思想を語る上で無視できない作品群なのであった。

 

現在の思想状況というものは、

単に、右派言論が伸張してきたとか、リベラル叩きが痛快であるとかといったことではなくて、

保守・右翼という存在が社会民主主義化に踏み出して、

戦後民主主義を構築してきたとされる左翼・リベラルが依拠した物語世界が解体されてきているという、

言い替えれば、左翼・リベラルが「保守・反動化」することによって命脈を保とうとする、

そういう「けったいな時代」なのである。

 

2019-03-01 14:01:48

猿の惑星

テーマ:職人暮らし

アメリカ映画の『猿の惑星』シリーズの第何作目かの作品で、

核戦争から生き残った現地人が何よりも崇敬していたその信仰の象徴が、

何と、核ミサイルだったという衝撃のオチが語られていたのだが、

この度の米朝会談というのも、正しく、猿の惑星での猿芝居だったと言うべきかもしれない。

 

莫大な「犠牲」を生ぜしめさせながら、否、莫大な「犠牲」を乗り越えて、

核ミサイル開発を成功させたというのは、

自らの民族と国家の存立をこの核ミサイルの装備に賭けたということであって、

僅かな「ディール」の赴くままに核廃絶を確約できるはずのものではないのである。

アメリカ帝国主義に対して、脅し、騙し、ありとあらゆる策謀を駆使することは、

北にとってはまごう事なき「正義」の世界戦略の一環であるわけだから、

「交渉」で何程かの「改善」や「前進」が図れるというものではなかろう。

 

米朝会談を前にして、またぞろ「バスに乗り遅れるな論」が出てきていたわけだが、

馬鹿を言うにも程があるわけで、

交渉決裂となって、今度は何をどう言い出すのか、じっくり聞かせてもらおうではないか。

 

まさに「猿山には猿ばっかり」。

 

2019-02-26 13:37:35

小谷太郎著『宇宙はどこまでわかっているのか』幻冬舎新書

テーマ:読書生活

「どこまでわかっているか?」と問うよりも、

理論的にも観測事実的にも、

「ますます闇は深まった」というべきかもしれない。

 

分からないことばっかり。

 

宇宙論という、膨大極まる時空空間の拡がりと、

微小極まる量子力学の閉じ籠もりとが、

まさに不即不離の関係にあるということで、

アインシュタインの相対性原理理論と量子力学との統一理論(量子重力理論とが、

何らかの「解決」を見るまでは、何でもかんでも「分からない」ことに残置される。

 

私にとって分からないことというのは、

宇宙の創生期のインフレーションなりビッグバンのを経て「宇宙の晴れ上がり」の時期に、

物質世界が生じたとされるのだが、

この物質世界というのは全宇宙の5%にしか過ぎず、

(つまり、歩留まりが悪い!)

いわゆるダーク・マターなる代物が、この同時期に生み出されたものであったのかどうか。

宇宙創生期のエネルギー分布の10万分の1の揺らぎがその後の宇宙の構造を作り上げていったとするなら、

その揺らぎの原因の一端はダーク・マターが担っていたのかどうか、

ダーク・マターというのは重力作用を発揮し、

重力作用を発揮するということは質量を持つということになるから、

その正体が未だに不明ということがよく分からない。

 

「真空のエネルギー」というのも不可思議なことで、

元素核を中心に電子が周回しているというモデルを持ち出すまでもなく、

原子の構造それ自体に巨大な真空空間が存在していて、

理屈の上では、原子1個1個に無限のエネルギーが伏在されていることになる。

果たして、どうなのか?

 

どう考えてみたところで自分では解決出来ない疑問で、

自分では解決出来ない疑問だからこそ、宇宙学は面白すぎるのである。

2019-02-24 06:16:38

三谷博著『維新史再考 公議・王政から集権・脱身分化へ』NHKブックス

テーマ:読書生活

400ページを超える大著であるのだが、

維新の政治過程を一貫した視角から辿って行くという叙述は分かり易い。

それぞれの論点の一つ一つに、

その背景には膨大なモノグラフや論書が公表・公刊されてきているから、

何か一つ疑問を抱くと、

途端に参考文献の森の中を彷徨うことになる。

通史を読むということは、

一貫した視角から全体の概括を学びつつ、

個別テーマへを学ぶための道しるべになるということになる。

 

明治維新史を裏から支えていたのは、

維新勢力の戦費調達力だったわけなのだが、

つまりは「借金」で賄ったのだが、

私らが高校時代に学んだ日本史の知識によれば、

幕府も各藩も窮乏化の極みに堕とし込まれていたということで、

それがよくもまぁ借金を積み重ねられたものだという驚き、

金を貸した者が数多いたというそのカラクリがよく分からない。

維新史には、その出資者・パトロンがいたというといささか陰謀史観めいた話もあるが、

「藩札」を大量に発行して、

維新後にその藩札の回収を各藩が維新政権に転嫁したということだから、

各藩ともに、借金は踏み倒し、踏み倒しきれないものは政府にお任せという次第だから、

廃藩置県から中央集権への道筋というのは、むしろ当たり前な必然だったことが分かる。

 

維新史から何を学ぶか、何が学べるかはそれぞれではあるのだが、

「斜め読み維新史」というのがあって然るべきかも知れない。

 

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