「何歳からコンクールにエントリーさせたら良いですか?」

と、よく聞かれますが…

この質問に関して言えば

「何歳からトウシューズを履かせるべきですか?」

と言う質問と似ている気がします。

回答に…非常に困ります。

なぜなら、私の意見が「絶対」ではないからです。私自身の意見はもちろんありますが、それを質問された方に強制する権利なんて、全くないからです。

小学生からコンクールにエントリーして、早くからトウシューズを履いている子たちが、身体を壊すことなくプロになるケースもあれば

身体がボロボロになって燃え尽き症候群になる場合もあれば

バレエを単なる「人との競争」としてしか捉えられなくなる子もいれば

「コンクール」という優劣がついてしまうような中でも、淡々とマイペースにコンクールをうまく「利用」出来る子もいます。

これは指導者や親御さんの導き方、本人の性格次第だと思うのです。

ある年齢に達した場合は、周囲よりも「自分自身がどのようにコンクールを活用するか」だと思いますし…

私自身が審査員を務めていても、もちろん疑問に思うことは沢山あります。

「なぜ、この年齢でここまでテクニックを見せる必要があるのか?」

「なぜ、まだ体幹も弱いのに、トウシューズを履いて踊るのか?」

「なぜ、本人の実力以上のヴァリエーションを歯を食いしばりながら練習する必要があるのか?」

などなど…海外と国内の審査基準も違いますし、将来性重視のコンクールもあれば、そうでない審査基準のコンクールもある。

また、コンクールが乱立しているのは日本だけではありません。世界中でどんどんコンクールが増えています。

その一方でコンクールが開催中止になったり、老舗のコンクールの参加人数が激減したりしています。

一番恐ろしいのは…

「レベルの高いコンクールだと入賞できないから、入賞したいために敷居の低そうな新しく開催されるコンクールを狙うんです」

みたいな話も聞いたことがあります。

一体、目指すゴールはどこなのでしょうか?

以前にも書きましたが、コンクールの賞歴はプロの保証書でもなんでもありません。むしろ役に立ちません。役に立つのは、ただひとつ。

そこのバレエ団のレパートリーを踊れるか、踊れないか、です。

私はちなみに東京新聞全国舞踊コンクール、予選落ちのあとに、ユニバーサルバレエのオーディションに受かりました。16歳でした。

もうそろそろ「コンクール入賞がプロへの登竜門」みたいな大きな、大きな誤解…解かれてもよいのではないでしょうか?情報過多の現代にも関わらず、一番大事な情報が欠けていて、数十年前の間違った情報を未だに信じるのも、何ともおかしな話です。


発表会のように、ゴージャスな舞台装置も照明もないコンクールの舞台。

だからこそ、誤魔化せない。

それはちょうど、スタジオ内のバレエ団オーディションと似ています。

衣裳やメイクでカバーはある程度出来ます。しかし踊りの本質まではカバーできません。

だから「基礎」なんです。

当たり前ですが「基礎」

昔の少女マンガで有吉京子さんの「SWAN」というのがありましたが、日本の少女たちがレッスン中に

「やだ…また基礎よ…」

とボソッと言った言葉を聞いたロシア人の先生が

「だから日本のバレエはダメなんだ!」

と一喝するシーンがあるのですが…

このバレエ漫画「SWAN」すごい着眼点だったと思います!

私が小学生の頃にブームだったのですが、あれから40年…日本のバレエ教育、何が変わったのでしょうか…個人の先生方の努力と、才能あるほんの一部分の子供たちの努力により改善されてきただけ。残念ながら「趣味バレエの延長」の根本は変わらずにいます。ですから才能ある子はどんどん日本を離れていきます。

子供達に罪はない、と思います。10歳の子供に下記の内容、理解できるでしょうか?

1 指導者がどのような指導方針、メソッドで、子供たちを育てているか。

2 親御さんが「コンクールも、人生も、競争ではなく通過点」と日頃から家庭の方針が定まっているか。

3 審査員が基礎重視の審査基準で判断出来るか。

今後のコンクール参加に対する価値観は、この三点がキーポイントになるはずです。

指導者の先生とよく相談をして、家庭方針を見直し、その場限りのテクニック重視ではないであろうと推測されるバレエ学校、コンクールを選んであげるのは、子供たちの仕事ではない、と思います。

それは、もしかして「コンクールにエントリーする」「バレエを習う」以前に

「いかにこの先、社会人として生きるか」

の明確な教育ビジョンを定めることからスタートすべきなのかも知れません。

左右木健一