以前の記事にも書いたのですが、付き添い教師が袖から見えてしまうのはご法度です。

以前審査していて、審査員席から声も聞こえたことがあります。

「〇〇ちゃん!もっと前!」

袖から見えてるだけではなく、声までご登場してしまったとか…よくある話です。

例えばYAGPのコンクールなどは9歳であれ、指導者は本番時は袖には付けません。ニューヨーク決選にいたっては直前の場当たりにすら付けませんでした。全て生徒の判断でやらされます。

と、言うことは…

そうです。全ての対処法をコンクール前に指導する必要があるのです。土壇場に来て、生徒に

「あれも教えてなかった」
「これも教えてなかった」

は、ないのです。生徒の準備不足ではなく、これは指導者の準備不足。私もいつも反省します。

わかりますか?意外と袖って…中が見えるんですよ。


審査員席からの印象と、付き添い教師が客席後方から見た印象は全く違います。これは審査員を初めて務めた日に判明しました。

審査員を務める前は、派手にアクセントを付けて、アピールすることが大事なのかな?と、地味な自分の生徒たちをどうにか印象に残さないと、と考えたこともありました。

しかし、審査員席…かなり舞台に近いんです。極端なアクセントの付け方やアピールは、むしろマイナスイメージであり、それこそ本人たちの力、ではなく、袖にいる付き添い教師から「アピールしなさい!」と言われているのかな?という印象を受けてしまいます。

「日本の先生は、生徒の面倒を見すぎる」

と、海外の先生達から指摘されることもあります。確かに、私も含めて反省です。ついついなにかアドバイスをしてあげなくては、と思います。

しかし、付き添い教師の役目は、衣裳を留めたり縫ったり、ポアントのリボン、バレエシューズの紐が出てないかチェックしたり、後れ毛が出てないかをチェックしたりする程度で、あとは

「いってらっしゃい!」

と舞台に送り出す程度で良いのかな?と思います。なぜなら踊る直前にあれこれ言われても、生徒はただでさえ緊張しているのに、逆効果ですし、効果が得られても

「あの踊り方は…教師にコントロールされていないか?」

と、思われてしまうかも知れない。

昔のコンクールは

「失敗したら減点」

みたいな風潮がありましたが、最近その傾向は変わりつつあります。

許される失敗、許されない失敗、あります。

しかし逆に「その成功の仕方は、失敗」という場合も。

基礎的なことがおろそかなのに、成功したか、のように見せつける…これは最近減点に繋がっているような気がします。むしろ一生懸命基本に忠実になるが故の失敗のほうが良い。失敗を推奨しているわけではないですが

「だって…まだ10代のアマチュアでしょう?」

と審査員は感じています。人間なんだから、失敗していいんです。失敗しないほうがむしろ怖い。

大事なことは

「バレエを愛し続けること」

だと、思います。失敗しないことに執着して、ありのままを受け入れる経験をしたことがない子はプロになったら、かなり苦労しますから。

海外のバレエ団、年間150回舞台あります。150回失敗しない子なんて…いませんから(笑)

使い古されてる言葉ですが

「失敗は成功のもと」

です!

左右木健一