審査員を務めていると、よく聞かれます。
「回ったり跳んだりしたほうが、コンクールでは有利なんですか?」
「地味な踊りよりも、派手な踊りのほうが良いですか?」
回答に困る質問です。
なぜなら回れない、跳べない、よりは回れて跳べたほうが良いですし、見栄えのしない見ていて眠くなる踊りより、アクセントがハッキリしている踊りのほうが良いかも知れない…
しかし、何よりも問題なのは
「このコンクールで賞をもらうために、路線を変えました」
みたいに、参加者や指導者のポリシーが崩れてしまうこと…
たぶんアンチコンクール派の先生方は、そのように流されることを避けるために
「コンクールには参加させません」
という理由があるかと思います。
昔も今も、コンクールは「お祭り」の要素は否定出来ません。
ドラマチックな展開があればあるほど、マスコミは飛びつくでしょうし、コンクールにスター的存在の参加者がいれば、客席は盛り上がりますし…
それは否定しません。
こんな例があります。
私がヴァルナ国際バレエコンクールに参加していた1994年。あるアメリカ人の男の子が、アイドル的存在となり、アナウンスされた瞬間客席は湧きました。しかしアイドル的存在ではあったにせよ、芸術家としてはどうか?と一部の人からは、盛り上がっている客席に疑問を抱いていました。
「数年後、彼はバレエ界にいないよ」
という、ある方の意見は命中。今ではあれだけ人気のあった彼はバレエ界にいません。
ここが、バレエの世界の怖いところなんです。
コンクールの表彰状は将来の「保証書」ではないです。
これは何回も、何年も、言い続けていても(そしてこんなに情報が公開されていても)バレエを知らない人には理解してもらえない部分があります。
もちろん、現役ダンサーのプロフィールに書いてある内容に、コンクール受賞歴が記載されていますから、全否定は出来ません。しかし将来の「保証書」ではないんです。
「保証書」にはなりませんが、一生涯、人々の印象から離れないことがあります。
例えばコンクール予選落ちしていた子が、プロとして活躍した場合…
もしくは子供の頃受賞してた子が、受験のブランクを隔てて復帰した場合…
「よく頑張ってバレエ続けてきたよね!コンクール時代の貴方は、みんな知ってたよ」
と…
「回って、跳んで、派手に、そして受賞」
以前に、人としてどう生きるか、という深い部分が、実はコンクールを通じて学んでいることを、もっと世間に認知して頂くことで、何かが大きく改善される気がします。
左右木健一





