使命に生きていたワタシ


「命を使う」と書いて【使命】


宿命と云う
逃れられない受動的な生き方から

自らの命を使うと云う
能動的な生き方に変換してくれた使命 



私がこんな環境で生まれたのは
“使命”があったから 

私があんな辛い目に遭ったのは
“使命”を全うするため


使命に生きることで
どれだけ救われてきただろう


そして


使命のために
どれだけ自分を押さえつけてきただろう





覚醒してからは

もう使命はいらなくなった




使命という制限を外して
自由に生きたらいいよ


そう言われたような気がした。




そうか、そうなんだ


【使命に生きる】から


自由になったんだ。



  
使命で押さえつけていた自分を解放し
心は穏やかに自由になった。


 
一方で

使命で生きてきた

すべてを使命のために費やしてきた

私の人生のすべてだった

その私の感情が涙する。



こんなに頑張ってきたのに!

こんなにやってきたのに!

あんなに自分の感情を殺してまで
使命に生きてやってきたのに!



そんな感情が

組織に向かったり

身内に向かったり

自分自身に向かったり


出る先は人それぞれ




このやるせなさ
この行き場のない感情

マグマのようにフツフツと湧き上がる


もう無くなったと思っていたけど、
こんな感情がまだ私の中にあったんだ。




使命を胸に生き

使命を信じて

やってきたからこそ

開いた世界があったし

一つも無駄だった事なんてなくて



ただただ、

一生懸命に生きていた

その瞬間瞬間のワタシ





何を信じていたとか

どう行動してきたとか


そんな事以上に

私は必死に私の人生を生きていた。


そんな自分を誇りに思おうよ。





私の人生に

無駄だったことなんて一つもなくて

騙されたことなんて一つもなくて



ただただ


そこには


懸命に生きてきた証と


経験があるだけ。






ありがとう、ワタシ。



こんな想いも

こんな感情も

こんな経験も


私だから出来たんだ。




ありがとう。