このブログは創価学会2世として生まれ、
女子部~婦人部でバリ活だった私(Me)が
非活になり組織から離れ、
自分を生きることを選択した経緯を綴ります。

 

 




このブログを終わろうと思ったキッカケ

 

 


それは下記のブログで書いた


"使命"について思うことがあったから。
 

 

 

何度も書いてますが

 

このブログを始めたのは

覚醒前の過去の自分が欲しかった

 

ブログを作りたくて書き始めました。




組織で矛盾と疑惑

ネットで検索


衝撃の覚醒

落胆と絶望



何年も悩むだろう思っていた

創価覚醒後の問題でしたが、



人間の心の仕組み

 

意識の探究を始めたことから 

劇的に心が軽く穏やかな日々を

過ごせるようになりました。





そして同じ思いを踏んできた

またこれから現れるであろう

孤独で悩みの渦中から抜けたいと願う

 

私と同じ想いの覚醒者の方たちへ



何かしらのヒントになれば嬉しい、

そう思っていました。




様々な覚醒ブログを読む中で、

私は比較的立ち直りが早く、

また潜在意識を学び実践することで

 

罰論からも解放され、

 

人生が好転しました。

 



私が平穏に毎日を過ごせるように

 

なった方法を必要な方に届け

同じ想いの覚醒者さんたちと学び合い

コミュニティを作ろうと思い立ち

今年は少しながらその活動もしてきました。



実は来年も引き続きその活動を

 

していこうと計画も立てていました。



そんな中、

“ある気づき”が起こりました。




私は過去に

組織でどっぷり活動していた人間で

まさに【使命】に生きていました。




覚醒した今、

私の立ち位置は変わったのに

 

活動家時代と同じ感覚で


組織で苦しむ人を救わねばという使命感を

 

どこか潜在的に持っている自分に気づいたんです。

 



組織にいた時もそうだったように

 

組織を離れてもなお

 

【使命】に私は縛られていた。

 

 

 

「使命に生きる」から

 

自分を解放してあげよう



そして



使命のためではなく


至福を生きよう

  

 


また私自身が


使命を超えていくことで

 

同じく無意識に

 

【使命】に縛られてしまっている

 

人たちの気づきになる

 

 

 

そう思ったことが

 

ブログを終了する一番の理由です。

 

 

 

 

 

 

それにこの一年間

 

コミュニティを作たり

 

相談にのってきたり

 

講座をしたり

 

色々とやってきましたが、

 

 

 

 

身バレの懸念から

 

名前NG、住んでいる場所NG

 

顔出しNG、家族関係NG

 

表現方法も限られる。

 

 

 

 

組織の実態を

 

よくわかっているからこそ

 

身バレしたらマズイ

 

そう思っている人が多いと思いますが

 

これって当たり前の感覚だと

 

思い込んでいたけど、

 

 

 

 

こんなNGだらけの状況って

 

ものすごく不健全だ

 

という事に今更ながら気づいたんです。

 

 

 

 

不健全な状況下では

 

 私のエネルギーが

 

自他とのも身バレを防ぐことに注がれ、

 

本来つぎ込みたい事に

 

100%のエネルギーを注げなくなり、

 

ものすごく非効率この上ない。

 

 

 

余談になりますが、

自分の本心を隠して生きるのも

同じ原理なので、心身が必要以上に

疲れるのはこのせいですよ。

 

 

 

有難いことに潜在意識を使って

 

私の願いはどんどん叶っていて

 

自分軸で生きている、

 

もしくは生きようと前を向いている

 

人たちに囲まれた生活を送っています。

 

 

 

 

この目の前の方たちが

 

もっとよりよい人生に

 

また豊かになれるよう

 

サポートする仕事を始めています。

 

 

 

 

 

身バレなど気にせず

 

堂々と私が私である場所を

自分に与えてあげたい

 

その想いに気づいたことも

 

ブログ終了の理由でもあります。

 

 

 

 

 

 

身バレのことなど

 

気にしなくなるくらいの

 

時代の動きがあった時に

 

 

 

このブログを再開、

 

もしくは

 

書いていたことを

 

カミングアウトする日が

 

くるかもしれませんが、

 

 

 

 

今はリアルに出会った目の前の

 

一人一人の人生のサポートに

 

注力していきたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

このブログを終了すると知った方たちから

 

思わぬ温かなメッセージやコメントを

 

多数いただきました。

 

お気持ち嬉しかったです、

 

ありがとうございました!

  

 

 

 

またメッセージせずとも

 

心の中でエールを送ってくださり

 

読んでくださった方々、

 

本当にありがとうございました!

 

 

 

 

そして未来の

 

このブログが終了してから

 

出会うまだ見ぬ読者の方々へ

 

 

覚醒したばかりだと

 

混乱と不安でいっぱいかと思います。

 

でも大丈夫です。

 

 

組織の中であなたの周りに

 

一人も理解者はいなくても

 

 

自分らしく生きている人を見つけて

 

その方と深く繋がってみてください。

 

 

 

今の時代、

 

ネット環境が整っているので

 

その気になれば必ず出会えます。

 

 

 

 

 

 

このブログ自体は今のところ

 

気が変わらない限り削除はしませんが、

 

 

来年からブログは開くこともなくなるので

 

メッセージやコメントには

 

一切お返事はできません。

 

何卒ご了承くださいませ。

 

  

 

 

  

 

このブログを通じて

 

出会ってくださった皆さん、

 

本当にありがとうございました!

 

 

 

よいお年をお迎えください。

 

 

Me
 

 

 

 

 

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私は覚醒後、3、4ヵ月ほどで

覚醒したことによる苦しみから解放され

 

心が穏やかな日々を過ごせるようになりました。

 

 

 

勤行・唱題をせず

学会活動もしなくなり

 

ただ自分の意識の活用方法を

習慣化するだけで現実が変わるのか

自分の人生を使って実験した結果、

 

〇夫婦関係が劇的によくなり

 

〇両親へのわだかまりが激減し

 感謝するまでに変わり

 

〇人間関係は本当に付き合いたい

 人たちだけになり

 

〇行きたい場所に行き、

 

〇やりたかった仕事が舞い込み夢が実現し

 

〇臨時収入が100万円以上入り

 

〇欲しい物はすぐに手に入る

 

 

この様な結果がありました。

 

物理的な現実が変わったことも

もちろん嬉しいのですが、

 

 

自分の心が穏やかで

 

もし何も手に入らなくとも

 

日々を幸せに感じて生きている、

 

 

この心の状態になれていることが

最大のギフトだと思っています。

 

 

 

覚醒して4年ほどたった私の日常は

小さな事にも幸せを見つけられる

心のゆとりと、穏やかな毎日です。

 

もちろん喜怒哀楽はありますよ。

辛いことも起こります。

でもいつでも自分に還る術を

身につけたので安心感があります。

 

罰なんてないですからね爆  笑

 

 

 

 

 

自分が活動家だった時は

信心もせず活動もせず

こんな事を言う人がいたら

 

この信心をやり抜いた人が幸せになるんだ!

今は幸せでも最後はわからないよ!

 

と性格の悪い事を思ってましたニヤニヤ

(ひどい奴だ)

 

 

 

今ならわかるのですが、

 

自分が本当にやりたい事をせず

たくさんの我慢をしていたから

 

やりたい事をやって

我慢をしていない人をみると

 

心がザワつき

相手を下げることで

自分を正当化し

心を保っていたんだろうな~

 

 

心理学を学ぶと

そのことがよく理解できます。

 

 

 

 

 

【人間の意識】は無限です。

 

 

ここが腑に落ちれば

 

御本尊様であろうと、

 

はたまた別の宗教であろうと、

 

引き寄せであろうと

 

学問であろうと

 

なんであっても

 

あなたの望みが必ず叶います。

 

 

 

 

「叶います」 というより、

 

あなたが過去に意識したことが

 

今の現実となって現れているので

 

常にすべて叶っている状態なのです。

 

 

 

 

人間の意識の仕組みを知る前は

 

こんな現実は嫌だ!

またこんな事が起こって最悪!

 

と起こる現実にいちいち反応して

 

私の意識はいつも

 

「気分が悪い」

「あいつさえ変われば」

「親があんなだから」

「常識だと〇〇しなきゃ」

「自分が〇〇できてないから」

 

という方向に向いていました。

 

 

要は、

自分が望まない方ばかり

意識をもっていっていたんです。

 

 

自分が意識を向けたとたん、

それは現実化に動き出します。

 

 

そんな現実なんて

起こって欲しくないのにです。

 

 

 

でもこれまでの思考のクセで

 

頭の中はいつも無意識に

愚痴、不平不満、不安や心配事

で埋め尽くされている。

 

 

望まない現実なのに

常に望まない現実に

フォーカスしつづけている。

 

 

そしたら、どうなるか?

 

そのまんま鏡と同じで

望まない現実が後からやってきますガーン

 

 

 

 

じゃあ、どうすればいいのか?

 

 

望まない現実を変えたいなら、

 

どうだったら嬉しい?

 

どうだったら安心する?

 

どうだったら心地よい?

 

 

都度、都度、

 

何度も何度も

 

自分に聞いて

 

望む方向に意識を向ける

 

これだけです。

 

 

これだけなんだけど、

自分の心に意識を向けることを

してこなかった人ほど、

これがなかなか習慣化できませんあせる

 

自分の心の声がわからなくなっています。

 

だから無意識に

起こって欲しくない事に

意識を向けてしまっています。

 

 

特に、

 

自分の本当の気持ちを

いつも誤魔化してきた人

 

相手に合わせてばかりだった人

 

本音を言うと嫌われるという

強迫観念の強い人

 

いい人をやってきた人

 

 

そうした人たちが多い日本では

「自分の意識に気付くこと」

徹底してやらないと

 

意識ってどういうこと?と

意味がわからないし

理解できないし

習得しづらい環境ではあると思います。

 

 

 

 

簡単に云えば、

 

自分の本心を知り

自分の心に正直になる

 

あなたの心から湧いた

どんな気持ちも感情も

 

否定せず、

善悪で判断せず

 

ただ認めて受けとめる。

 

そこからスタートしてもらえたらと思います。

 

 

 

 

私がこの信心ではなく

人間の意識を使って願いが叶い

日々幸せに過ごせてますよーって話をすると、

 

自分だけ幸せになっていいのか!的な

ヒステリー気味の方がいらっしゃいます。

 

 

私もそう思っていた人間だし

ヒステリー気味じゃなくても

同じ気持ちの人がいるかもしれません。

 

 

その思考が強めの人に

お伝えしたいことがあります。

 

 

御書に、

人に物をほどこせば我が身のたすけとなる、
譬へば人のために火をともせば・我が まへあきらかなるがごとし

 

とありますよね。

 

 

二段目ばかりがクローズアップされていますが、

 

一段目に「人に物をほどこせば」とあり、

 

人に物をほどこせるほどの

ゆとりがなければ

人に与えることなど出来なんですよ。

 

 

人にほどこせる状態とは

物質的なことだけじゃなく

 

自分自身が

満たされている状態

 

であるという事です。

 

 

 

自分が相手に渡せるだけのモノが

あることが前提であり、

 

逆に云うと、

 

自分が枯渇している状態では

誰も救えないんですよ。

 

 

 

救えたとしても

体力がないから多くは救えない。

 

 

本当の意味で

経済的にも心も豊かな人は

惜しみなく人に与えています。

 

 

それは信心しているいないに関わらずです。

 

 

 

 

何が言いたかったかというと、

 

自分が満たされ

自分の心が穏やかになり

自分が幸せになる

 

それが溢れれば溢れるほど

周りの人を幸せにしていけるんです。

 

 

身も心も枯渇している人が

本当の意味で

誰かを幸せにできるでしょう?

 

 

身も心も豊かな人が

本当に意味で

誰かのために幸せを配れるんです。

 

 

 

だから心置きなく

まずあなたが

幸せになってください!

 

自分から

幸せになる!

と決めてください。

 

 

心がそう決まれば、

 

必ずそうなります、

 

そうならざるを得ないんです。

 

 

 

 

生意気を言いましたが、

私も、もっと自分を幸せにしてあげるため

日々、自分の心の声を聴き、

日々、自分を満たすことを忘れずに生きていきますねおねがい

 

 

 

 

 

 

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覚醒前に読んだ他ブログの情報では

 

職業幹部は、高給取り、活動もサボったり

 

あまりいい情報はないように感じましたが

 

私が見てきた視点から

 

職業幹部のことを書き残しておこうと思います。

 

 

 

 

 

私が学生の頃に出会った

学生主任をしていた先輩たちは

ほぼ中心会館などで職員をしていました。

 

よく周りから「給料は?」と

聞かれることが多かったらしく

本当に一般企業の新入社員と同じ

と言っていました。

 

 

職員となれば公務員と同じで

羨ましがる人もいるかもしれないですが

 

女性の場合は結婚したら退職して

婦人部の活動へGO!されてたし、

 

先輩たちの状況を知っていたので

大変そうだなぁ、という印象でした。

 

 

 

創価短卒の腰掛程度に職員を希望して

縁故で入る人も一部いたようですが、

 

4大卒で学会職員になっていた人たちは

女子部の中核を担う役職とされていた。

 

そういう先輩たちはそもそも優秀で

大卒後は大学院、教員、研究員などを

目指すレベルの人たちばかりでした。

 

正直にいって学会職員におさまるなど

もったいないくらいの人材ばかり。

 

 

 

本当は自分のやりたい

学びや職業があったんです。

 

でも

広宣流布のため

池田先生のためにと

 

自分の夢をあきらめて

職員となっている人が多かった。

 

 

 

大手企業や官僚になる方が

よっぽど高給取りになっていたと思う。

 

 

でも学会職員となり、

昼間は事務仕事に勤しみ

夜は毎晩会合へ。

帰宅後は電話の嵐。

 

 

 

もらった給料も使う暇がないので

あのパステルカラーのスーツを

買うくらいしかお金を使う先がない、

 

そんな生活を送っていましたよ。

 

 

それ、やりたいですか?

できますか?

 

 

 

 

 

 

聖教新聞の販売店をしている

お家の女子部員も何名かいました。

 

今は大卒でないと販売店長に

なれない等と聞きましたが、

 

昔は販売店をするというと

周りの婦人部から経済的に大丈夫なのか?

と心配される認識の仕事だったようです。

(つまり誰もやりたがらなかった)

 

 

しかも新聞推進も

店長と配達員だけでやっていたそうで

それはそれは毎月大変だったそうです。

 

 

まぁ、それが一般の新聞では

普通の話なのでしょうが、

 

一般企業に勤めている方が

当時、終身雇用が当たり前の

日本社会において、

 

絶対的に安定だったにも関わらず

その会社をやめて

明日をもわからない販売店長に

なっていた当時の方たちがいたんです。

 

 

 

 

 

 

 

女子部のお父さんが

公明党の議員になった人も

何人か知り合いがいました。

 

 

議員候補となる以上、

いい加減な人は推薦できない。

 

社会的にそれなりに人望があったり

会社で結果をだしている人などが

選ばれていたようです。

 

もちろん公明議員が増えるほどに

なぜあの人が?って人もいましたケドね。

 

 

 

親しかった女子部のお父さんは

とても真面目な方で

大手企業に勤めもう少しで定年って

ところで退職して議員になりました。

 

 

組織票があるとはいえ、

その覚悟、

家族はどんな思いだったろうか。

 

 

 

私の父親が大幹部ということもあり、

議員、職員、大幹部など、

組織内で目立つ存在の家族がいることは

 

一般の学会員では経験しないような

嫌な目にあったり、心ない言葉を投げかける

ことも多くなります。

 

 

 

現在の職員の状況は

私にはまったくわかりません。

 

 

職員として

きっと相応しくない人も

全国見渡せばたくさんいるのかもしれない。

 

 

許せない働き方や性格の人もいるでしょう。

でもそれは一般企業でも同じで

わたしも会社員時代に仕事をしない

中年サラリーマンを沢山みてきた。




結局のところは

人によりけりなんでしょうが、




過去にこうした


私利私欲よりも


ただ学会のために


ただ池田先生のためにと


 


純粋な信心で

自分の人生をそれにかけてきた人に

 

 


給料がどうとか

公務員的だとか

 


自分が持っていない部分だけを

クローズアップして

持っていそうな人を批判する

 

 

職を捨てるほどの気概もない

職員のお声すらかからない

 

 

それくらいの活動しか

してこなかった人には


 

絶対にわからない領域がある

 

 


創価学会の組織を全肯定する気はないですが、


その事はここに書き留めておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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非活になり引寄せの法則を学ぶようになった
経緯と今を綴ります。

 

 

 

病気に効くとされていた

実は体を蝕んでいたり

 

 

健康にいいとされてきた食べ物

実は健康に良くなかったり

 

 

痩せるとされていた運動

実は効果がなかったり

 

 

 

あなたの常識と思っていることが

これからは非常識になったり

 

 

あなたが正しいと思っていることが

これからは間違いになったり

 

 

あなたが信じてきたこと

これから信じられなくなったり

 

 

 

そういう事が

 

来年からいろいろな分野で

 

起こってくると思います。

 

 

 

様々な情報が錯綜し、

 

何を信じていいのか?

 

何が本当なのか?

 

わからなくなる事もあるかもしれません。

 

 

 

 

わたし自身も溢れる情報に

 

右往左往したり、

 

戸惑うことがあるかもしれません。

 

 

 

 

そんな時ほど、

 

やっぱり自分の胸に手を当てて

 

不安からその情報を取りにいってないか?

 

その情報に接したときどんな気持ちか?

 

じっくり自分の心の声を聴いていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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呼び名「池田先生」は固有名詞

 

私にとって「池田先生」は

過去に人生の師匠だった人で

現在はそうではありません。

 

「池田先生」とこのブログで表現して

いるのは私なりの意図があったからです。

 

それは前回のブログでも書きましたが、

覚醒前の私が揶揄する呼び方をしている

ブログを読もうともしなかったから。

 

覚醒前は拒否反応が起こりやすく

なるべく中立な立場で書いたブログを

私自身が読みたかった、

 

それが過去のわたしが一番求めていた

ブログだったからです。

 

なので「先生」と表現していても

現在の私にとってはただの「固有名詞」

としての扱いです。

 

 

 

 

 

「池田先生」が師匠になるまで

 

活動家の両親の元で育った

2世の私は、物心ついた頃から

牧口先生、戸田先生、池田先生の

写真が家に飾られていた。

 

 

特に池田先生を語る時の

両親は尊敬の眼差しで

先生と一緒に広宣流布に邁進できる

ことに喜びを感じていたように見えた。

 

 

小さな頃から肌感覚で

両親や周りの大人たちが「池田先生」を

重要だと思っていることには気づき始めた。

 

 

だからと言って

自分にとってはどんな存在か?

と聞かれればよくわからなかった。

 

 

 

そんな折、小学生の頃、

地域の中心会館で会合を終え

母と帰ろうとしていたら

 

池田先生が会館に来るかもしれないと

情報が入り会館の外で待っていた。

 

携帯電話などもちろん無い時代。

来るか来ないかもわからない状況の中、

他の婦人部も10数名ほどいたと思う。

 

イメージとしては、

アイドルの出待ちファンそのものだ。

 

 

そして運よく?池田先生が会館に到着。

 

門の外で出待ちをしていた婦人部たちが

一斉に先生に駆け寄り、

先生は一言、二言、みんなを激励し

会館の中へ入っていった。

 

興奮冷めやらぬ婦人部たち。

 

 

写真でしか見たことない

池田先生が目の前にいる不思議と

婦人部たちとの温度差を感じる私。

 

 

わたしにとって

池田先生とは何者なのか?

 

 

この問いは無意識に

私の中にずっといて

答えを探し続けていた。

 

 

 

 

私は学会の庭で育ったけど、

組織にありがちな

会合に行くべきとか勤行すべきとか

マウントとを取った命令っぽいことに

反発していたので未来部時代は

それほど活動はしていなかった。

 

 

そんな私も成人を過ぎたころ

自分に自信が持てず

苦しい思いをしていた時期があった。

 

そんな時、生き生きと活動している

同志たちが眩しく映った。

 

組織に対する私の疑問などにも

丁寧に答えて寄り添ってくれる

先輩、同志が多くいて、

 

反発心よりも

もっと自分も変わりたい!

という気持ちが勝ち、

池田先生の書物を読みまくった。

 

 

自信のなかった私を

励ます言葉の数々に

 

時に涙し

時に心を打たれ

自信がないなりにも

成長していきたいと

前向きな気持ちに変わっていった。

 

自主的に活動に取り組みだしたのは

この辺りからだった。

 

 

 

こうして本気で活動していく中で

私は池田先生を人生の師匠だと

周りが言うからではなく

 

「私の人生の師匠は池田先生です」

 

自分で心に決めた。

 

 

 

 

私の師匠・池田先生に対する認識は

世間一般で言われているような

教祖などではなかった。

 

 

池田先生は、いち人間である

 

池田先生であっても、

日蓮大聖人のいち弟子である

 

という位置づけだった。

 

 

日蓮大聖人のこの仏法を

世界平和のために

広宣流布するために

一弟子として模範の姿で

その生き方を示してくださっている人

 

という人物像だった。

 

 

 

人生の師匠と決めてから

私の生活のすべての中心は

信心・学会活動となり

20年以上が経ったわけです。

 

 

これからも学会員として生き、

学会員として死ぬと

信じて疑わなかったこの私が

数年前に覚醒することになったのですが、、、

 

 

 

 

 

「池田先生」とゴーストライター

 

組織の矛盾に限界がきて

ネットで検索を始めたら

出るわ出るわ、池田先生の悪事の数々。

 

お金の闇、女性関係、政治権力

過去の歴史の隠蔽・・・

 

もちろん最初は信じられなかった。

 

〇マスコミ・ネットの内容はすべて嘘

〇池田先生に嫉妬した輩の仕業

〇広宣流布を阻む悪知識だ

 

組織で教え聞かされていた通りの反応をしていた。

 

 

信心の砦、

ダムの決壊がどこで起こるからは人それぞれ。

 

 

私のダムの決壊ポイントは

 

小説・人間革命が

池田先生が執筆されてものではなかった

 

という事実だった。

 

 

 

なぜなら、上記で書いた通り

私は先生の書籍を読みまくって

心をつかまれ人生の師匠と決めたから。

 

その言葉が先生のものでなかったなら

誰の言葉を信じて私は決心し

すべてを投げうって活動してきたのか?

 

先生の影響を受けた誰かが

書いたものであったとしても

ゴーストライターの文章に心を寄せ

発心していた事実にショックが大きすぎた。

 

 

 

小説・人間革命と新・人間革命を

ちゃんと読み込んでいる人なら

絶対に気付くと思いますが、

 

信じ切っていた私でさえ

この2つの小説は同じ人物が

書いているとは思えない文章だった。

 

覚醒して振り返れば

疑問に思っていたことや

おかしいなと思っていた点はあった。

 

 

だけど長期間に渡っての執筆だし

文面が変わることもある、とか

 

池田先生のする事やる事は

 

すべて何かしら意味があるはずと

思い込みフィルターがあったので

 

何でも都合のよい解釈をして

受けとめていた(誤魔化していた)

んですよね。

 

 

 

覚醒した今でも、

ネット情報のすべてが本当かどうか

私にはわからないし、

一つ一つの真実をあばくために

自分の大事な人生の時間を費やそうとも思わない。

 

 

得た情報の

何を信じ、何を信じないのか

それは受け取り手が決めること。

 

 

ただし、創価に限らずですが

 

〇情報に過度に振り回されないこと

 

〇物事を色眼鏡で見ている可能性が

 あるかもしれないという視点を持つこと

 

を気を付けたいものです。

 

 

 

 

 

「池田先生」カリスマか教祖か

 

熱狂的な会員がいる一方で、

会員であったとしても

 

あの見た目が嫌だとか

言動が好きじゃないとか

 

池田先生を師匠と

思っていない人も一定数いる。

 

 

この点に関しては、覚醒してから

 

物事にはプラスとマイナスが必ず存在する

 

ことを理解したので納得だった。

 

 

内外問わず

●彼に熱狂する人の総量と

●彼を毛嫌いする人の総量は

 

まったく同じであるという

現象が起きていたということ。

 

 

その総量とは単なる人数ではなく

熱量と表現すればいいだろうか。

 

 

創価学会の成長の歴史を振り返ると

彼もしくは執行部は

自覚が有る無いに関わらず

この【熱量=人の気の動き】を

うまく使っていたんだと想像します。

 

 

【人の気】、つまり【人気】とは、

 

人から受けるプラス面、羨望・期待など

人から受けるマイナス面、嫉妬・疑念など

 

この両方が必ず一体となって存在する。

 

 

 

プラス面は彼のカリスマ性

先生のためならと広宣流布に邁進

組織の拡大・発展となった。

 

 

マイナス面は彼の教祖性。

教祖と呼ばれ彼が叩かれれば叩かれるほど

政党の拡大や、組織の団結

というプラス面に変換していった。

 

 

マイナス面をマイナスで終わらせず

そのマイナス総量をもプラス転換していた。

 

 

もちろん当時はそのマイナス面を

プラスに変えるために、火消作業や

労力はハンパなかったでしょうが、

功を奏して発展する原動力にしましたね。

 

 

 

意図してか、

偶然かはわからないけど、

 

創価学会は時流にのって

 

このプラス面とマイナス面を使いこなし

 

会員の心を掴み、

 

利益で繋がる外部者との関係構築に成功し

 

影響力と権力を持つことで

 

ここまで発展してきたことは間違いないと思います。

 

 

 

 

 

お元気な「池田先生」

 

バリ活だった時でさえ、

なぜ池田先生が姿を見せないのに

誰も何も思わないの?と思っていた。

 

それは弟子として

心配する立ち位置での感情だった。

 

 

先生!先生!と

幹部は口を揃えて言う割に、

 

本物の弟子であるならば

池田先生が本当にお元気なのか

なぜ気にもならないのか?

 

 

ただ執行部はオウム返しに

「池田先生はお元気です」

と繰り返し、

 

嘘まるだしで

会っているエピソードを話す。。。

 

 

 

そうは思いつつ、

 

池田先生なりのお考えがあるのかも?

 

弟子を成長させるために

一線から身を引いたのだろうか?

 

などなど、

 

バリ活だったので自分の都合よく

色眼鏡で解釈しようとしている自分もいた。

 

 

 

でもさすがに異変を感じませんか?

公の場に姿を現さなくなってから

10年くらいは経ちますかね?!

 

 

執行部幹部たちが

どこどこ会館で会ったとか

〇〇で激励、執筆され、とか

 

 

声も姿も現さなくなり10年も経って

「先生はお元気です」

そんな言葉を軽く信じてしまうのなら、

 

それくらい会員にとっては

師匠とは”軽い存在”

になっているんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

「池田先生」の虚像

 

池田先生が活躍した時代は

ネット環境がなかったこともあり

 

限られた情報しかなく組織内では

かなり情報操作をしていたと思います。

 

 

その一方で、

時代背景があったとはいえ

 

彼の優れたリーダーシップと

人を魅了するカリスマ性は

あったんだろうと思う。

 

 

 

昔のアイドルとかそうですよね。

 

好きな食べ物 「いちご」

身長・体重は、〇cm, 〇kg

 

とか、本人が実際にどうかは別で

求められるアイドル像という虚像を演じていた。

 

 

 

池田先生も、

若き頃からの野心が膨れ上がり

世界中から顕彰をもらいまくり

お金や権力への執着もあったのかもしない。

 

 

過去の私を含め熱心な会員からみれば

それはすべて会員や広宣流布のために

してくださっているんだと見えていることでしょう。

 

 

 

私は直接先生と話した経験はありませんが、

幹部をしていた経験上、

先生と身近に接したことのある

幹部、先輩、同志から話を聞く機会が多かった。

 

 

そこに師匠・池田先生という

色眼鏡な部分があったとしても、

 

先生の励ましで救われた人

先生の眼に嘘はない真っすぐさ

先生の人の心を掴む俊敏な行動

 

それらはあったと思います。

 

 

 

私利私欲まみれの池田大作

 

人のためにと心を尽くす池田大作

 

 

さてはて、どちらが本当でしょうか?

 

 

 

 

今は、彼のことを

 

良いとも悪いとも思わない。

 

 

ただ彼は

 

「そういう人生を選び」

 

「その人生を演じていた」

 

これが私の答えです。

 

 

 

私利私欲を貪る、凡夫の池田大作も

人のためにと尽くす、仏の池田大作も

 

どちらも池田大作であり、

彼自身が気づいている、いないに関わらず

 

 

彼はそのどちらも含めた

「池田大作」という人間を演じていた

 

 

そう思っています。

 

 

 

 

 

 

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このブログは創価学会2世として生まれ、
女子部~婦人部でバリ活だった私(Me)が
非活になり組織から離れ、
自分を生きることを選択した経緯を綴ります。

 

 

 

 

このブログは読み手の方によって

捉え方が様々なようです。

 

 

ブログ内では「池田先生」など

活動家の時と変わらない表現をしていたり

一部のみ読まれているからだと思いますが

 

”信じているけど組織に不満がある人”

 

と捉えている方もいるようですが違います。

 

 

 

学会から完全に心は当に離れていますが

揶揄する表現をしなかったのは

単純に私の好みでないことと、

 

最も大きな理由には

過去の私が覚醒前の時に

揶揄して表現する人のブログは

反射的に避けていたからです。

 

まだ半信半疑、半覚醒の時に

そういう表現を見るとすぐ離れていました。

 

だから過去の私なら、

 

「こういう表現をしている人のブログなら読むだろうな」

 

と思う表現し続けてきました。

 

 

 

 

もう終わるブログではありますが、

ここでもう一度、

私のスタンスをハッキリ書いておきますね。

 

 

 

バリ活から覚醒までの道のり

 

数年前(覚醒前)までは役職を持ち

生活の中心はすべて学会活動

御本尊も池田先生も組織も

心から信じていました。

 

組織の指示が教義と違うことに

たくさんの矛盾を感じたところから

幹部や同志に相談するも解決せず

ネットで自ら調べ始め、

 

信じ込まされていた創価の世界には

嘘があることに気づき覚醒。

 

嘘がある組織が発行している

御本尊にも疑問が湧きだす。

 

 

一方で

御本尊に祈り願いが叶った経験が

たくさんあったからこそ

なぜ叶ったのかという疑問から

心理学、脳科学、量子力学

引き寄せや潜在意識の探求が始まり、

 

 

わたしの結論として、

 

「人間の意識」によって願いは叶う

 

ということは精神的にも理論的にも

合致していることが腑に落ちました。

 

 

 

御本尊を信じた方が

願いが叶いやすい人もいるので

それはそれでOKだけど、

 

この仕組みや理論がわかった以上、

 

私は御本尊がなくても祈らなくても

願いを叶えたり人生を好転させ

周りの人も幸せになっていける

 

ということがよく理解でき、

 

また自らの人生で実験して

確かにそうだと結果が出たので

私にとっては御本尊は必要なくなりました。

 

 

 

学会の御本尊を信じ続けるということは、

その御本尊を組織から奪われない為に

組織から束縛されたり、利用されてしまう

可能性を排除したかった、

 

という理由もありました。

 

 

 

 

創価学会の組織

非活

教義と矛盾がある組織

私にはもう必要ないもの

 

 

私にとっては↑だったとしても

組織が必要な人や利害一致

している人もいるでしょうから

所属も退会も個人の自由というスタンスです。

 

私にとっては必要なくなりましたが、

みんなが同じでなくて当然ですし

創価に嘘があるからといって

騙されるな!離れた方がいいぞ!

と言う気はありません。

 

なぜなら私がそうだったように

自分が信じている限り、

自分で気づかない限り、

他者をコントロールすることは出来ないからです。

 

 

また組織に嘘があろうが

矛盾を承知していようが

所属していることで恩恵を

受けている人が沢山いることを知っています。

 

ご近所の人間関係や

独居老人の方など社会的弱者、

学会関連企業や取引先などもそうですね。

 

 

私はずっと現場で幹部をしていたので

幹部の大変さは身に染みて知っています。

 

だから困った時だけは頼るなど

組織の恩恵だけ受け取ろうとするのは

私の好みではないので組織から離れています。

 

 

 

 

 

御本尊

覚醒してからは勤行・唱題はしていません

私にはもう必要ないもの

 

組織から心離れても御本尊は絶対的に

信じている人も多いと思いますし

何を信仰するかは個人の自由だと思っています。

 

 

 

 

 

組織の所属

組織には属しており退会はまだしていません。

御本尊もあります。

現・組織には活動しない、

公明党はもう応援しないと伝えています。

 

すぐに退会しない理由は両親はバリ活だからです。

両親は学会のお墓を購入しているし

のちのち様々な手続きが必要かもしれないので

今のところですが、両親が健在の間は

会員であり続けると思います。

 
 
 

 

宗教

私は宗教は個人の自由だと思っているので

良いとか悪いとか判断していません。

 

創価学会に対しても同じで

信じたい人は会員であればいいし、

退会したい人は退会すればいいと思っています。

 

日本国では保障されている人権ですからね。

 

 

人間として生きていれば

悩みや葛藤、不幸に

見舞われることも起こります。

 

辛くて、苦しくて、

もっと自分らしく生きたくて

その方法を知りたくて

 

時に導きが欲しくて

時に誰かに寄り添って欲しくて

 

本来、宗教って

幸せな人生を送るための

知識、知恵、コミュニティ、心の支え

だと思うんです。

 

 

 

だけど宗教が組織化され

創価学会に限らず

 

「人間の幸せ」よりも

その「組織」を守ることを最優先したり

信じる教義の「正しさ」を盾に他者を攻撃したり

 

本末転倒になってしまっている

宗教が多いのではないか?

 

と個人的には感じています。

 

 

 

 

わたしの想い

 

覚醒してから

人間の「意識」を学ぶ過程で

 

フラットな目線を持つことで

人生から悩みが少なくなっていく

 

ということを実感しました。

 

 

それは創価問題についても同じです。

 

 

なぜそれが「正しい」と思っているのか?

なぜそれが「間違っている」と思っているのか?

 

あなたのその「考え」はどうして生まれたのか?

あなたのその「常識」は誰から教わったのか?

 

 

偏りがあればあるほど、

人生で悩みを生み出している

ということに気づいたんです。

 

 

創価問題に縛られず

「私は私の人生を生きたい」

 

そう思うのであれば

これまで信じてきた

「正しさ」や「常識」を一旦横に置いて

 

「本当はどんな人生にしたいのか?」

 

この年末年始にじっくり書き出して

みてはいかがでしょうか。

 

きっとよい一年の幕開けになると思いますキラキラ

 

 

 

 

 

 

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いろいろと思うところがあり

2020年末でこのブログは終了することにしました。

 

LINE公式も

年内で削除させていただきます。

 

理由は別記事で綴ろうと思います。

 

それまでに書き残しておきたい心境は

出来る限りブログに書いていこうと思います。

 

 

 

しばらく放置していたブログにも関わらず

新規にLINE公式へのご登録があったり、

 

今年の夏に開催した講座を

受けてみたかったとのご要望も

結構いただいており、

 

最後に何かできることはないかと思いから

 

▶無料相談

▶講座の再販

 

を本日から12月末までの期間限定で行います。

 

 

 

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(個人情報は厳守します)

 

このブログを読んでおり

私のスタンスを理解した上で、

ご自分の人生を拓いていく為に

相談したい内容については

私なりの回答をさせて頂きます。

 

この趣旨に則らないと判断した

相談や質問には、回答しない場合も

ありますので予めご了承ください。

 

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使命に生きていたワタシ


「命を使う」と書いて【使命】


宿命と云う
逃れられない受動的な生き方から

自らの命を使うと云う
能動的な生き方に変換してくれた使命 



私がこんな環境で生まれたのは
“使命”があったから 

私があんな辛い目に遭ったのは
“使命”を全うするため


使命に生きることで
どれだけ救われてきただろう


そして


使命のために
どれだけ自分を押さえつけてきただろう





覚醒してからは

もう使命はいらなくなった




使命という制限を外して
自由に生きたらいいよ


そう言われたような気がした。




そうか、そうなんだ


【使命に生きる】から


自由になったんだ。



  
使命で押さえつけていた自分を解放し
心は穏やかに自由になった。


 
一方で

使命で生きてきた

すべてを使命のために費やしてきた

私の人生のすべてだった

その私の感情が涙する。



こんなに頑張ってきたのに!

こんなにやってきたのに!

あんなに自分の感情を殺してまで
使命に生きてやってきたのに!



そんな感情が

組織に向かったり

身内に向かったり

自分自身に向かったり


出る先は人それぞれ




このやるせなさ
この行き場のない感情

マグマのようにフツフツと湧き上がる


もう無くなったと思っていたけど、
こんな感情がまだ私の中にあったんだ。




使命を胸に生き

使命を信じて

やってきたからこそ

開いた世界があったし

一つも無駄だった事なんてなくて



ただただ、

一生懸命に生きていた

その瞬間瞬間のワタシ





何を信じていたとか

どう行動してきたとか


そんな事以上に

私は必死に私の人生を生きていた。


そんな自分を誇りに思おうよ。





私の人生に

無駄だったことなんて一つもなくて

騙されたことなんて一つもなくて



ただただ


そこには


懸命に生きてきた証と


経験があるだけ。






ありがとう、ワタシ。



こんな想いも

こんな感情も

こんな経験も


私だから出来たんだ。




ありがとう。











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今日はウェブ上で

 

青年部総会?

 

が行われているらしいですね。

 

 

 

バリ活の親から

パソコンから視聴しようとしたけど

 

「音が出ない、どうすればいい?」

 

と電話がかかってきて知りましたキョロキョロ

 

 

 

私は非活だし

聖教新聞もとってないから

知る由もなく。。。

 

 

 

わたし 「何を視てるの?」

 

親  「ほら、青年部総会やってるやろ?」

 

わたし 「あぁ・・・」(そうなんだ、初耳~)

 

 

どう考えても総会のこと

わかってない風なわたしの反応笑い泣き

 

 

 

 

バリ活の両親と熱量の差を感じる、

 

同じような気持ちになったことがある

 

覚醒者の方、いらっしゃる?

 

 

 

 

私と同様に創価から覚醒しても

活動家の親や兄弟、

親戚、近所の学会員に

わざわざそれを宣言していない人も

結構な数いるでしょうし、

 

どう言葉を返そうか

どう伝えようか

 

モヤモヤするって人もいると思います。

 

 

 

その心中、深くお察しします。

 

 

 

〇言っても理解されない

 

〇逆に面倒なことになりそう

 

〇心配させる

 

〇説得に来られる

 

 

これは内部にいたことがないと

なかなか理解できない感覚ですもんね。

 

 

 

こんなモヤモヤする感情が湧いてきたら

 

 

信じている家族に

 

打ち明けている、黙っているに関わらず

 

私が心がけている方法を

 

参考までにお伝えします。

 

 

 

 

 

それは、

 

【問題視しすぎない】

 

 

です。

 

 

 

 

 

 

その信仰を心から信じて

 

取り組んでいる人にとっては

 

それがすべてであり

 

その信仰を否定することは

 

その人の人生を否定することに

 

捉えられてしまうから

 

非常にデリケートな問題であることはわかります。

 

 

 

 

でもね、

 

あなたが

 

【これは問題だ!】

 

と捉えてみればみるほど、

 

相手にそれが伝わり

 

問題が問題を生むという

 

望んでいないサイクルに入ってしまうんです。

 

 

 

 

例えば私がもし、

 

親が創価に騙されているのが問題だ!

親が情報弱者なため真実を知らないのが問題だ!

親に覚醒したことが知られたら問題だ!

親に非活とバレたら問題だ!

 

とかとか、

 

私がそこにばかり思いを巡らし

心配してばかりの生活を送っていたら

 

すべてが【問題である】をベースに

物事を見て判断してしまい

 

焦りや不安から

 

きっと自ら【問題】を

 

引き起こしてしまうでしょうね。

 

 

 

 

だから私は、

 

親にとってはこの信心は

人生にとってものすごく大切にしていること

 

という認識でいますし、

 

その組織や信仰のルール上で

生きたいという親の自由も受けとめ、

 

 

そして私は覚醒して

そのルールではもう生きてない

 

 

 

その違いがあるだけの話で

それを問題視しすぎない様にしています。

 

 

 

 

 

そんな風に割り切って思えない!

 

って人もいるかもですが、

 

「それは問題だ!」という思考に

 

のまれればのまれるほど

 

悲しいかなどんどんその問題が

 

大きくなっていっちゃうんです。

 

 

 

 

 

それって嫌ですよね?

 

私はそれが嫌です。

 

 

 

だから、

 

「問題視しすぎない」

 

ってことが超重要だと思っていて、

 

 

 

 

私も今回みたいに

 

親にアレコレ言われそうな時にこそ、

 

 

親の生き方と

 

自分の生き方が違うことを

 

”問題視しない”

 

ように心がけていますニコニコ

 

 

 

 

 

 

 


 

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大きな声で言いたい!

 

 

罰なんてない!

 

罰なんてない!

 

罰なんてない!

 

罰なんてない!

 

罰なんて

なーーーい!!!

 

 

 

 

 

 

「罰論」 や 「謗法」

学会ではお馴染みの言葉ですが、

 

一般家庭の人でも

おばあちゃんから

 

「〇〇したら罰が当たる」

と聞かせれてきた人もいると思う。

 

 

 

それって昔の子供を守る知恵

だったんじゃないかと思ってます。

 

ご先祖様を大事にしないと罰が当たるよ!

⇒家を守る文化=生き延びる知恵

 

あの池に近づいたら罰が当たるよ!

⇒溺れないよう子供の命を守るため

 

とかね。

 

 

 

 

 

恐怖心や不安を掻き立てることで

自分の命が守られることがある。

 

 

だから恐怖心そのものは

決して悪いものではないんだけど、

 

 

命を守るどころか

 

罰論で心がすり減って

 

怯えながら生きる人生ってどうなん?!

 

 

 

 

何度も言う、

 

罰なんてない!

 

 

 

もういい加減

 

罰に怯えて生きる生き方を

 

本気で変えてみませんか?

 

 

 

 

 

罰を作り出しているのは2つ!

 

 

①刷り込み

 

人間の脳は

「恐怖」や「不安」を避けようとします。

 

「罰が当たる」と何度も聞かされると

恐いのでそれを避けたい心理が働く。

 

そうすると

「罰が当たりたくないから」

という理由が最優先され、

 

本当はやりたくない事や

やらなくていい事をしてしまいます。

 

 

 

自分にとって不都合な事が起こると

「あれをしたから罰があったのかも」

現実と罰を結びつけます。

 

 

トラブル

病気や怪我

人間不信

家庭不和や離婚

不運や死別

 

一般的に【不幸】や【良くない事】

とされることが起こった時に

特にそう感じやすいです。

 

 

 

でもその【不幸】と思い込んでいる

その出来事の解釈を変えたら

人生にプラスでしかないギフトかもよ?

 

 

病気になった

⇒体を整え健康になるチャンスかも!

 

職場が嫌で苦しい

⇒本当にやりたい仕事に転職するチャンスかも!

 

夫が失業

⇒力を合わせて新しいパートナーシップを築くチャンスかも!

 

離婚

⇒新しい人生のスタートになるチャンスかも!

 

 

 

いわゆる【不幸】と感じる出来事。

 

それは、

 

何かしたからとか

ダメな事ではなく

 

自分の人生はもっとこうありたい!

という願いを知る機会になる。

 

 

不幸なんて誰も感じたくないのはわかる。

 

でもその出来事があったから

成長できたり、良くなっていく事がある。

 

 

 

 

「罰が当たったらどうしようガーン

 ↑ ↑ ↑

あなたの頭の中で

繰り返しエコーしている

この声こそが

罰を作り出しています。

 

 

 

そんな「頭の声」が聞こえてきたら

 

「大丈夫」

「大丈夫」

「大丈夫」

 

そう何度も何度も

自分に優しく言ってあげてください。

 

 

 

私も覚醒当初は

「罰が当たったらどうしようえーん

って思っていたけど

 

1年も経たぬうちに

「罰なんてないわ~照れ

ということがよくわかり、

 

3年経った今では

「罰当たるなら当たってもいいよん爆  笑

どうせそんなモノは私の世界にはないし口笛

となりましたww

 

 

 

 

 

②都合がいい人たちがいる

 

家族や周りの学会員さんたちが

罰が当たるからどうのこうのと

あなたに言い続けるのは、

 

罰論を信じ込み

あなたを心配しているからだけど、


 

もっと上のトップ指導者層にとっては

罰論があった方が

都合がいい人たちがいるんです。

 

 

 

理由は簡単で、

恐怖心や不安を煽ることで

人をコントロールしやすいくなるからです。

 

 

世の中のカラクリを知ると

学会組織だけでなく

結構この心理は多様されている

ことに気づきやすくなりますよ。

 

 

罰論に支配されて

コントロールされ続けたいですか?

 

 

 

 

 

何度でも言う、

 

罰なんてない!

 

 

 

罰論で心がすり減って

 

怯えながら生きるのをやめたいなら、

 

罰論にバイバイバイバイしちゃいましょー

 

 

 

 


 

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