創価と引寄せと私

創価と引寄せと私

創価学会2世として生まれ、
女子部~婦人部でバリ活だった私(Me)が
非活になり引寄せの法則を学ぶようになった
経緯と今を綴ります。

 

今年に入って信心している親戚が

手術をすることになった事があって

 

 

母親から電話でその報告を聞いた時

やっぱり最後に「お題目送ってね!」

って言われた(^^;)

 

 

まぁ、この時に限らず

母親はいっつも何かあればすぐに

「お題目あげや!」って言ってくる。

 

 

 

 

覚醒してしばらくの時は

その言葉がなんか

強制めいてて嫌だった。

 

 

言われる度に

私はもう覚醒したから

御本尊に祈ることはないんだよ

と思いながら心の中でため息ついた。

 

 

 

そもそも「祈り」って

自然と心から湧いた願いを

のせるものじゃないの?

 

 

それがさ、

 

祈らなきゃ叶わない!

祈らないとダメ!

祈らないと福運つめない!

 

ってこれかなり脅迫概念になってない?

 

 

 

バリ活の時は気づかなかったけど

祈りを強制的に自分に課していた時が

結構あったんだな、と気づいた。

 

特に活動で目標に追詰められてる時に。

 

 

 

 

でも本来の「祈り」って

もっと純粋なものだと思う。

 

 

自分の心に向きあうことや

他者に対しての思いやりや

幸せになって欲しいという願う

人間らしい行為だと思う。

 

 

 

だから「祈る」という行為そのものは、

学会2世だったからこそ

自然と体感でわかっていることは

学会の庭で育ってよかった事の

一つではあるかな。

 

 

 

今では、

母親に「お題目送ってね!」と言われても、

 

さらりと、

「うん、祈っとくよ」 (お空に向かってね)

と返事をしてる (笑)

 

 

 

 

 

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経緯と今を綴ります。

 

 

 

非活になり、

もう組織に戻ることはないと

心が決まってから

 

女子部時代に折伏した大切な友だちに

私が非活になったことを伝えないと

と思い、会いに行ったことがあった。

 

その時の話。

 

 

 

女子部時代、

折伏の数のためだけに形だけ

入会や御本尊授与をしている

そんな例をいくつも見てきたので

 

私は彼女を折伏した時、

本当にこの信心で幸せになれるように

功徳を実感するまでが折伏の戦いだと思い

 

お互いの家は離れていたけど

数年にわたり同中や座談会に一緒に参加し

彼女が結婚した後も、彼女の所属する組織に

しっかり付けるように挨拶に行ったりもした。

 

そして、

真面目にコツコツ祈り活動する彼女は

徐々に御本尊への確信を掴んでいった。

 

私はその報告を聞くたびに嬉しくて

彼女の信心の純粋さに

逆に学ばされることが多かった。

 

 

その彼女に

折伏の親であるはずの私が

学会組織に疑問がおこり、

非活になることを告げるというのは

とても複雑な気持ちだった。

 

だけど、伝えずにはいれなかった。

 

 

この胸の奥が詰まる複雑な思いは

心の底から創価を信じ

バリ活やってきた上で覚醒となった人なら

誰もが通る道なのかもしれない。

 

 

 

 

彼女に話があると連絡し会いに行った時、

 

 

正直、

私が調べてわかった事や

地区婦人部長として活動する中で

あからさまに見えてきた矛盾点などを

 

入会して数年で地区婦を経験していない

彼女にとってはわからない点や

にわかに信じがたい点があるだろうし

混乱させてしまうと思いながらも

 

ざっくり噛み砕きながら

 

今の組織は矛盾点が多くおかしいと感じ

だからその矛盾を抱えたまま自分に嘘を

つきながら活動することはできないので

非活になることにした、と伝えた。

 

 

彼女からは、

私から話があると連絡があった時点で

もしかして脱会するんじゃないかと

心配していたようで、

脱会せず非活ならよかったと言われた。

 

そして優しい彼女は、

大変な役職をする中で

いろいろあったんだろうね、と

哀しい顔を見せながらも気遣ってくれた。

 

 

 

 

彼女との会話でしみじみと思ったことは、

 

私も彼女のように

 

役職をもたず

地区からの活動要望も柔らかく

 

自分と家族の幸せのため

友だちや他者の幸せのために

という純粋な信心の部分だけで

活動を続けていたなら、

 

覚醒することは無かったかもしれない。

 

 

 

地域や幹部の人柄にもよるだろうけど、

 

彼女のように小さな子供を抱え

新生活をスタートした人にしたら、

地域の学会員さんが親切に見守ってくれ

何かあれば駆けつけてくれる、

それはとても安心感があり

有り難い環境なんだと思う。

 

 

シングルマザーで頑張っている別の友達も

地域の婦人部にすごくお世話になっている。

 

 

こうした人たちからすれば、

地域の学会組織に所属している

メリットは大きいと思う。

 

核家族化が進んでいる日本では

まさに「遠くの親戚より近くの学会員」

なのもよくわかる。

 

 

だから私としては、

よくよく調べたら学会は矛盾があり

おかしい点がたくさんあるよ

だから非活になった方がいいとか

友だちに話すことはしなかった。

 

その友だちにとってみれば

(今のところ) 学会員として

いい点が多いはずだから。

 

なにより彼女は御本尊の功徳を信じている。

以前ブログでも書いたけど

人が信じていることを他者が

コントロールすることは出来ない。

 

 

彼女たちのように、

正の役職をせず

自分の生活を大事にしながら

学会のすべてを納得している訳じゃないけど

学会員さんでいい人が多いし親切だし

御本尊に祈れば幸せになれると信じている

 

そういう人たちにとっては、

学会は良いコミュニティだし

人生を前向きにしてくれるツールだし

否定する理由がないのだ。

 

 

 

教義に矛盾があるよ

学会活動に矛盾があるよ

本部執行部がおかしいよ

 

そんな事を伝えたところで

「えー、そうなんだ~

でも周りの学会員さんはいい人たち

御本尊に祈ったら願いが叶ったよ」

 

 

私の友だちのように

そういう人たちが学会の中には

まだまだ大勢いると思う。

 

 

 

 

その人たちが今後、正の役職に任命され

生活の中心をすべて信心・学会活動におき

組織のど真ん中で活動するようになった時、

 

そして周りに流されず

学んできた教義と現場の矛盾点を

しっかりと見定めた時、

 

私がなぜ非活の道を選んだか

理解してもらえるのかもしれない。

 

まぁ、でも

現状、正役職を受ける人が激減してるのに

今後はさらに増えることは無いだろうけど・・・

 

 

 

こうした事を書くのは

彼女たちが正役職じゃないことや

ユル活な事をどうこう言いたいわけじゃない。

 

 

立場が代われば

彼女はわたしに成りえたし、

わたしは彼女に成りえた話。

 

 

 

自分が今いる場所によって

何を見て、何を感じるのか

変わるという現実

 

この事を書きたかった。

 

 

創価を通して

改めてわかった一幕だった。

 

 

 

覚醒した人の中には

いろんな意見があって当然だと思うけど、

 

わたしは彼女が創価の中で

心から幸せなのであれば

それを否定するつもりもないし、

それでいいと思っている。

 

創価だからすべてダメ!とも思わない。

 

騙されていると言われようが

依存だと言われようが

学会の中で心に染みる言葉や励ましで

救われている人がいることも確かだと思う。

過去の私がそうだったように。

 

 

 

ただ、わたしの場合、

 

その信仰心を

組織や幹部に利用されたり

 

自分の心からの本音を出すことを

「魔」や「煩悩」などと言われる

組織に属する環境には

もう戻れないし、戻るつもりもない。

 

 

 

 

 

 

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創価のおかしさに気づいても
こびり付いた罰論や謗法論に
無意識に怯え不安を持つ人は
まだまだ多いと思う。
 
 
私も半覚醒の頃は
御本尊の功力は絶対で
 
非活になってからも
嫌なことや
不安な気持ちが起こるたびに
 
これは罰だったらどうしよう…

 

いずれは福運が切れ
不幸が起きたらどうしよう…
 
誰にも相談なんて出来る状況じゃなかったし
内心はビクビクして不安に苛まれたことは
1度や2度ではなかった。
 
 
 
あくまで私の場合だけど、
心や意識の仕組みを学んだり
ワークをして自分を見つめなおすことで
罰や謗法の恐怖や不安は数ヶ月でなくなった。
 
 
そして覚醒して2年以上が経ち、
あの恐怖心を乗り越えたからこそ
今の幸せな毎日があると痛感してる。
 
 
だから過去の私と同じ様に覚醒したものの
仏罰や謗法、福運が消えるなどの教義や
2世なら親からの呪縛に悩んでいる人たちに
 
意識さえ変えれば
本当に本当に大丈夫だよ!
と言いたい。
 
 
組織や日蓮仏法を
強盛に信じている人から見れば
 
こんな事を言う私に対して
 
幸せだって?いいのは今だけ
誹謗する者は必ず地獄に落ちる
成仏はできない
福徳を消す
最後には不幸になる
などなど
 
何を思われるか
言われそうかは重々知ってる。
 
なにせ私がそっち側の人だったから。
 
 
 
 
そして特に最近強く思うことは、
 
私は、
 
罰が当たってもいいし
 

不幸のどん底に落ちてもいいし

 

地獄に落ちてもいいし
 
幸せにならなくてもいい!
 
と思ってる。
 
 
 
 
○○しないと幸せになれない
○○すると罰が当たる
 
そんな誰かや何かの
コントロールを受ける人生であるくらいなら
 
本来の自分でいれない人生であるくらいなら
 
罰が当たりまくりの人生でいい!
 
 
今の私の姿は、
バリ活だった私が見たら
地獄の住人になっているけど、
 
 
地獄だと
信じ込まされていた世界は
 
実は
自らの人生は
自ら作れる天国だった。
 
 
宗教って本来は
人間の精神の解放に役立つツールであり
人を縛り付けるものではないはず。
 
それが
教義を守るために
組織を守るために
縛られるのは本末転倒じゃないのか?
 
 
 
覚醒したのに
御本尊、組織、親を裏切れないというのは、
 
厳しい言葉でいうなら
自分の人生の責任を
他人任せにしている。
 
それは裏切りでもなんでもなく
本来の自分の人生を進むために
障害になってくれてるだけ。
 
本来の自分の人生を進みたいなら
障害を乗り越えられない自分を
正当化するのはもうやめよう。
 
 
コレ↑書いてて我ながら偉そうと思う。
 
けどコレ書かされてる感覚がある。
 
 
あなたの魂(仏性)が、
「早く本来の自分の人生を進もうよ!」
 
そう訴えかけてるかもしれない。
 
 
もしコレを読んで
何かしら感じるものがあったなら
あなた自身からのメッセージとして
受け取ってもらえたら嬉しいです。
 
厳しい言葉も
あなたからあなたへの愛情と思うから。
 
 
 
不幸になる覚悟
地獄に落ちる覚悟
 
恐いながでも
この覚悟が決まれば、
 
本来の自分に戻れる
天国の世界が待ってる。
 
もっともっと
この天国の世界で生きる人を増やしたいなニコニコ
 
 
 
 
 
 
 

 

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本来の目的は


自分らしく生きること


幸せに生きること




その為には

この方法しかない!って信じた。




だけど、

本来の目的を達成できるなら

方法なんてなんでもいいはず。




その方法論で

論争や敵対する時間があるなら

もっと本来の目的のために

時間と労力をわたしは使いたい。




その方法論の

ルールを破ることが

不幸の始まりなんて本末転倒。




その方法論を

教えてくれた親や同志の顔色うかがって

幸せな自分の人生を送れるわけがない。





寿命が尽きるその瞬間、


本当は〇〇したかった

本当は〇〇したくなかった



そんな風に言われたら

何を感じる?





自分の中の、


本当は〇〇


生きてる間にいくつ叶えてあげる?






 

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小さな頃から

信心のことだけでなく

なぜ?と思う事が多かった。

 

すぐに疑問に思うこと。

それは「素直な信心」ではないと、

どこかでいつも自分を責めていた。

 

法華経・寿量品講義にあった

質直意柔(しちじきいにゅうなん)

の箇所が心に響き、素直な信心を

実践できる自分になりたいと願った。

 

 

御本尊を疑わない心

師匠にまっすぐな忠誠心

 

そうなれる自分にと祈り活動した。

 

 

いつしかそれが

組織に従順であることが

素直な信心とすり替わっていた。

 

 

素直とは、

自分以外の他人や環境に従うこと

ではなかったんだ。

 

 

なぜ?と疑問に思った過去のわたし、

それって、すごく純粋で素直な心から

発していた気持ちだったんだ。

 

 

素直な信心とは、

組織、幹部、同志、

家族、親、友だち、上司など

自分以外の人や物事に対して

従順であることじゃない。

 

 

誰かから見た素直さ

誰かの都合のための素直さ

 

そんなもの

ただの惰性

 

 

素直って

 

自分を信じる心って

 

 

自分から湧いてきた

あらゆる純粋な気持ちや感情

それそのもののこと

 

 

「誰か」の判断や考えが入ったとたん

それはもう「素直」なものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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参議院選挙が終わりましたね。

 

ご存知の通り投票率が大変低く
組織票をもっている党の強さを
改めて感じた選挙でした。


 

れいわ新撰組から学会員である
野原さんが立候補したことも
ネット上では話題でしたね。

 

その訴えに心揺さぶられた
学会員もいたでしょうが、

 

敵がいるほど強くなる学会は
「我らがなっちゃんを守らねば!」と
婦人部が動いたためか山口代表の
得票数は前回よりも上乗せされていましたね。

 


しかし公明党は議席数は伸ばしたものの、
トータルでの得票数は前回と比べ
100万票も減らしています。

 


20歳からずっと公明党を応援してきましたが、
この減った100万票の一人になりました。

 

 


数年前にバリ活だったころ、
「一人が両手」
という話をバリ活の親から聞きました。


「一人が両手」の意味は、

一人の活動家が
両手=2人の確実な実票をとること

 

これが公明党が勝つための
目安らしいのです。

 


もちろん、これは平均です。

学会員でも自分だけ入れる人もいれば、
10人の確実な票をとれる人もいます。


平均すると公明党に投票する人が
自分(活動家)を含め3人いる計算。


そうすると公明党の得票数の1/3が
選挙支援している活動家数になると思われます。


この計算で推測してみると、


          得票数 / 活動家数
前回   750万   250万
今回   650万   217万
---------------------------
差    -100万     -33万

 

前回よりも33万人の活動家が

減っている計算になります。

 

投票に行けなかった人、

ご年配の活動家の方々がお亡くなりに

なられたケースもあると思いますので、

この全てが反公明勢力とは思いませんが、

 


活動家が1人減ると
公明票は3人減る

 


今回の私自身の実体験からも
それは肌で感じました。

 

 

↑この計算もあくまで推測ではありますが、
大きく外れてはいないかな?と思います。

 

 

 

 

それにしても、

やっぱり学会活動って

常に 数、数、数!!!

との戦いだったなぁ~と思います。

 

指導では、

「数じゃない、信心の戦いよ!」

って言われてたけど、

 

数ではない活動を思い出す方が

今となっては難しいですね・・・滝汗

 

 

 

 

 

 

 

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期日前投票に行ってきました。

 


投票所につくと

7, 80代と思われるご婦人たちを

乗せた車が目の前に停まり、

ぞろぞろと入って行きました。

 


婦人部っぽいなぁ~と思いながらww

 

 

 

 

 

 

投票を終えた帰り道、

自民党ポスターの横に公明党ポスターが

貼られてあるのを見て、ふと思い出す。

 


そう言えば

公明党がまだ自民党と組む前、

ある女性議員がテレビの討論番組で

「公明党の支持者は手弁当で組織の

 指示に従い動いている、恐ろしい!」

みたいなことを言っていた。

 

 

当時バリ活だった私は

それを怒りながら見ていた。

 

 

この議員はお金や権力でしか人は

動かないと思っているから

世のため、庶民のために動く

創価学会員が恐ろしいんだ!

 

私たちは庶民の声を政治に届ける

戦いをしているんだ!

 

広宣流布の使命に生きている

だから手弁当でもやってるんだ!

 

私利私欲で動くことしか頭にない

この政治家なんて落選すればいい!

 


なーーーんて、思ってました。

(熱血だったなぁ~あの頃のわたし)

 

 

 

 

その女性議員は

今では安倍内閣の大臣経験者。

 

あれだけ罵っていた

公明党・創価学会と組んでいる。

 

この人に限らず、

利用できるものは利用する

こんな二枚舌の政治家は

山ほどいるのでしょう。

 

 


逆もしかり

 


創価学会も、公明党も、

過去に罵り敵視していた人たちと


徒党を組み権力闘争に埋没

政局により言ってることも右往左往

立党精神はどこへやら

 

 

その言い訳は、

公明党が歯止め役になっているから

先生が作られた党だから守らねば

立正安国の戦いだから

などなど

 

 

言い訳ばかりの政治に飽き飽きし

だからこそ庶民の味方、

公明党が誕生したと思っていたけど

公明党も他党と変わらないんだな

と証明してくれた。

 

 

 

 

そして信心根本であるはずの組織では

公明党や支援活動に対して

 

疑問を持つ人は信心が足りないらしい

 

異論の声をあげると反逆者らしい

 

 

 

 

戦中の日本みたいだな


国の不都合は報じられず

国に異論をとなえれば牢獄行き

 

近所を見張り

家にある物はお国のために貢ぎ

贅沢は敵と清貧に暮らすことを強いられる

 

 

法戦の功徳だの福運だの

戦中の配給をチラつかせるような

活動もいつまで有効だろうか?

 

 

自分に力がないと信じ込んでいるから

功徳や福運ばかり欲しがる。

 

 

誰かに恵んでもらおうとする。

その乞食精神から抜けませんか?

 

 

誰かに貰わなくても

実は自分で作り出せるんです。

 

本当はすべて

自分で生み出せるんです。

 

 

 

組織の言う通りにしなければ

幹部の言う通りにしなければ

同志の言う通りにしなければ

親の言う通りにしなければ

 

 

大変な事になる

罸が当たる

不幸になる

悪いことが起きる

福運が消える

 


そうやって


他者を縛ろうとする

自らを縛ろうとする

 

それらはすべて呪いの言葉!

 

 

人を恐怖の言葉で縛る


それが本当に

仏が目指す生き方でしょうか?

 

 

 

誰かに貰わなくても

実は自分で作り出せる。

 

本当はすべて

自分で生み出せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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公明党に投票しなくても


罰はあたりません


功徳もなくなりません





選挙権は、

与えられた「権利」です。


その一票は

あたなだけのもので、

あなただけの判断をしていいものです。



 


人は(脳は)

自分で考えて「決断」することを

面倒くさがる性質があるそうです。



なぜなら、

間違いたくないから

労力を使いたくないから



言われた通りに動くことは

時に自分で考えて行動するより

ものすごく楽な場合があります。




わかります。



でも、

できることなら

これからの人生は、

自分の心に素直に正直に生きたい


そう思うのであれば


自分の気持ちに従うこと

言われた通りにしないこと


にチャレンジするチャンスです。





公明党に投票しなくても


罰はあたらない


功徳もなくならない



それを体感できるチャンス到来の時。




「体感」は最高の学び


 

次のステージへと

スピードを加速させて

あなたの望む未来に運んでくれる。














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前回のブログ

選挙活動に思うこと ズレる行動と気持ち

にコメントをいただきました。

 

地域の婦人部が実際に選挙違反で逮捕

された話が赤裸々に綴られていましたので

許可を得てブログで紹介せさせて頂きます。

 

他人事ではない、我が身にも

起こりうるかもしれない現実です。

 

支援活動そのものを否定したり

やめろと言うつもりもありませんが、


 活動家・非活・未活・アンチなど関係なく

自分の家族や大切な人を守るために

大切な人たちを悲しませないために

心に留めてもらえたらと思います。

 

=============================

コメント内容

 

■公職選挙法違反で逮捕された同志のこと…

 

公職選挙法違反、

身近で逮捕者が出ない限りは、

本当にそんなことがあるの?って

思ってる方も多いと思うので、数年前に

私が体験したことをお伝えさせてください。

 

地域の婦人部が逮捕された時、

学会本部から弁護士が派遣されてきました。

が、私たちは唯々彼女が保釈されるのを

祈りながら待つことしかできませんでした。

 

それまで公明党は与党だし堅固な組織に

守られていると思っていましたが、

それがすべて錯覚で、国法の前には

成す術もない現実を知りました。

 

逮捕の原因となった未活の部員は、

彼女の送迎で彼女が候補者名を書いた

メモを握りしめて投票会場へ。

投票直前そのメモ用紙を落としてしまい

警察の尋問を受けました。

 

彼女はそうとは知らず、

直後から開票終了まで警察に尾行され、

24時間その行動を見張られ、

開票の翌朝の逮捕でした。

 

警察は彼女が学会員であることはもちろん

彼女が所属する本部内のすべての

会員の個人情報を掌握していたそうです。

学会は宗教団体、公安が必要とあれば

個人情報まで調べ上げるのです。

 

連日のニュースで逮捕者として彼女の

名前が出る度にいてもたってもいられず、

学会本部に彼女が一日も早く解放される

ように手を打てないのか尋ねました。

すると、誰もが知る全国幹部は

「何もできません。待つしかないんです」

と静かに言いました。

 

何もできない・・・それが現実です。

組織も党も何もできない・・・それが現実なんです。

 

ひと月近く拘留された後、

保釈された彼女はひたすら自分を責めて

組織に同志に迷惑をかけて申し訳ないと

会うたびに頭を下げ続けていました。

 

拘留中は刑事ドラマにあるように、

何度も何度も同じ尋問を

一日8時間もされるのだそうです。

 

ネット社会は逮捕者の名前が瞬く間に

世界中にばらまかれ、選挙権は剥奪され、

選挙運動も禁止されます。

 

それから彼女の笑顔を

見ることはありませんでした。

彼女が負った心の傷は、

簡単に癒えるものではないと思います。

 

何かがあった時、すべては「自己責任」です。

どうか組織から打ち出されることだけを

頼りにせず、出来る限り客観的に、

様々な情報を自分でキャッチして、

自己不在ではない・自分の思い・

自分自身の考えで、

賢明な判断をされることを願っています。

 

=============================

 

貴重な情報提供に感謝します。

 

 

選挙支援が始まると、

 

○メモは渡さない

○投票の前後に飲食はしない

○手土産は持っていかない

 

など組織では注意されています。

 

 

バリ活の時のわたしは、

これらの禁止事項は当たり前の事

として守っていました。

 

でも残念ながら周りには

守っていない人がいる事も

小耳に挟んだことがあります。

 

それくらいしてもバレないだろう

誰も見てはいないだろう

 

そんな軽い気持ちだと思います。

まさか本当に捕まるなんて思っていない。

 

 

自業自得と言われれば確かにそうですし、

学会員と一括りに言っても

全国にいろんな性格の人がいるのだから

どんなに注意を呼びかけていても

一定数は守らない人が出て仕方ない、

そう思う人もいるでしょう。

 

 

しかし懸念するのは、

必死が故に組織からの指示に

追い詰められる心理が起こりやすい

という点です。

 

期日前投票が始まると、

地区〜本部内では、組織から毎日

票集めと数の報告に追われ

そして投票日も20時ギリギリまで

連れ出しと確認に追われます。

 

激戦区などは情勢が悪いと夕方から

新たにブロック○票を!とか。

 

あわあわ滝汗となった地区や支部幹部が

強引な連れ出しや確実に候補者名を

書いて欲しくてメモを渡したりが

一部でしょうがあるのかもしれません。

 

 

組織からの「煽り」を受け、

なんとかもう一票でも!

とルールを超えてしまう人たちがいる、

その現実をもっと知ってもいいはず。

 

 

これは決して稀な話ではなく

選挙のたびに全国で

学会員の逮捕者が出ている

という事さえ知りませんでした。

 

組織はそんな不都合な真実を

会員には伝えません。

掌握してるのは上層幹部だけでしょう。

 

 

この事実を会員に伝えないのは、

会員の安全よりも、

支援活動に影響が出ては困ると

判断しているのでしょう。

 

組織側も

支援活動をゆるくしたら票が集まらないし

厳しくすると逮捕者がでるし

頭を抱えながらなのか、

もしくは黙認しているのかわかりません。

 

 

 

でも!

 

でも!

 

 

組織的に票集めを煽っている現実

その責任は問われず

 

1人を犠牲にして成り立つ組織ってなんだ?

 

人の不幸の上に

自分の幸せを築かない生き方を

教えていたんじゃないの?!

 

 

 

 

 

信じている正法がどんなに正しくとも

日本の法律の下で暮らしている以上

それを守らなければ罰せられる。

 

 

どんなに必死でも

どんなに厳しく言われても

どんなに檄を飛ばされても

 

どんなにお題目あげてても

どんなに一票のためでも

どんなに一生懸命でも

 

 

「仏法は道理」

 

「自分の身は自分で守る」

 

 

これ、絶対に忘れちゃいけませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログは創価学会2世として生まれ、
女子部~婦人部でバリ活だった私(Me)が
非活になり引寄せの法則を学ぶようになった
経緯と今を綴ります。

 

 

接客のお手伝いをしていた時のこと。

 

ニコニコした感じの良さそうなご婦人が
来られ、そのご婦人が会計をする際に
いきなり公明党のお願いをしてきました。

 

対応したスタッフは

お客様なので無碍にもできず
「そうなんですね」と笑顔で対応。

 

そのご婦人が帰った後、

 

スタッフAさん:苦笑い

また来たら嫌だなと警戒汗

 

スタッフBさん:
「公明党の人って頼んでくるけどしつこくないよね」

それは地域や人によると思います!
と思いつつ話を合わせる私汗

 

スタッフCさん:
「それってワイロだね。」

お客の立場を利用して公明お願いね、
の態度に嫌悪感を抱かれていた汗

 

 

スタッフみなさん、冷静でした。

 

そして誰一人、

公明支援しようと思っていませんでした。

 

「はい」と返事はしても

どこに入れるかは自由だからね、

と言ってました。 

 

そりゃそうだ。

 

一般世間の人たちって、これが通常の

反応なんだとつくづく感じた一幕。

 


バリ活当時でさえ、私はこれが現実だ
ということはわかっていました。

 

だから手当たり次第にお店に入って頼む

顔もほとんど知らないご近所さんに頼む

この婦人部のスタイルが苦手でした。

 

偏見でしょうが、

これをするのって専業主婦の幹部に多かった。

 

社会との接点が少なく、

創価婦人部の行け行け!ゴーゴー!

の世界が常識になっていると

相手からどう思われるか、

という視点が欠けていく。。。

 

まだ、

常連になり顔見知りであるのならわかります。

 

でも初めて会う人に急にニコニコ来られて
頼まれることは、何かを売り付けようとする
営業マンにしか見えず違和感しかない。

 

この笑顔は、物を買うのは、

頼み事があるせいなんだと

相手は見抜いています。

 

そして「そんなこと百も承知!」という

強気の婦人部がいるのも知っています。

 

公明党が好きで
選挙支援が好きで
これを機会に友だちに会うのが好きで

きちんとルールの上で支援活動している
そういう方に何か言いたいのではありません。

まぁ、そんな人は私のブログとは一生無縁でしょうけど。。。

 

逆に世間でどういう風に見られるか

理解しているからこそ親しい人には頼まず

よく知らない人にだけ頼む人もいますよね。

 

 


組織では、

いろんな人から重ねて「公明党」を

頼まれる事が大切だと言われます。

 

そして何より報告数の重圧が重く
こうした行動に拍車がかかります。

 

上は実票を取ること第一主義なので、
「世間では違和感しかない行動」を
現場ではさも当たり前のように指導されます。

 

昔は人付き合いとして頼まれたからと

投票してくれる人も多かったかもしれませんが

今の時代それは通用しないと強く感じます。

 

 

 

覚醒する1、2年前、

選挙活動のやり方についてモヤモヤする

気持ちをネットを読み発散していた頃、
恐い記事を読みました。

 

 

それは外部の人たちが


「また公明党を頼みにきやがった!」

「近所の狂信者が!」
「警察はなぜ黙っているんだ!」


というような内容でした。

 


学会組織でも選挙活動が始まると

NO ペア
NO メモ
NO プレゼント

を徹底して注意喚起されます。


個別訪問は禁止されていることは
組織的にも理解していますが、
ブロックマップを埋めていこう!
と組織が必死になるほど
「ご近所」というだけで訪問します。

 


熱心なのはわかります。

ブロックマップを塗りつぶす戦いなのもわかります。

 

でも、ネットでの憎悪の書き込みを読み
正直ゾッとしたんです。

 

違反とまでいかなくても

かなりグレーな事しているんだ、
と気づいたからです。

 

憎悪を持ったその人たちが本気になれば

スマホ一つで訪問の姿や会話を簡単に

録画・録音することが出来るんですよ。

 

 

ネットを読まない婦人部幹部には
「大げさだよ」と言われました。

 

昔ならそれで済んだ話かもしれません。
そんな時代もあったでしょう。

 

だけど現代はネット社会。

 

地区婦の時も、行き過ぎた行動を

しそうなご年配の部員さんに

何度も注意事項を伝えて事故回避に

ひやひやした思い出があります。

 

熱心が故に

上からの厳しい要求に応えようとするが故に

 

スマホやネットを知らない

禁止事項もあまり理解してない
ご年配の婦人部員がもしも、

外部の人の反感をかってしまい

個別訪問を録音や録画して警察に
届けられてしまったとしたら
誰がその婦人部員を守るのだろう?
と疑問が起こりました。

 

もし不測の事態が起こっても組織は

「そんなこと指示していない」 

「その人が勝手にやったこと」

になり個人に責任を負わせて終了、
そんな絵が見えました。

 

その時に自分がやってきた選挙活動に
危うさを感じ、正しいと思いやってきた
ことに疑問が湧いてきました。

いや、正確には、疑問はずっとあったけど

初めて直視したんだと思います。

 

正直者がバカをみる

そんな事にならないよう願うばかりです。

 

 

 

 

会員にはっぱをかけて
会合で叫んでいる幹部たち

 

有言実行の幹部もいますが、

 

エア報告している人、

結構いますよ!

 

実際に頼んでいない人、

結構いますよ!

 

やってる感のある話は

極一部の話ですよ!

 

上の幹部の仕事は

「会員を動かすこと」で

人に言うほどやってませんよ!

 

 


なぜ自ら戦わない幹部たちのために

地区や支部が数に追われなきゃいけないのかな?

 

なぜ自ら達成できない数を目標にかかげ

地区や支部に強要するのかな?

 

なぜ信仰のための組織なのに

公明党の支援が最優先なのかな?

 

 

そろそろ

正しい事をしているのだから

何でも許される、という

幻想から目を覚ましてもいい頃だ。

 

 

 

 

 
 
 

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