こんにちは。さゆりです。


さすがは梅雨の日曜日雲雨が降ったり止んだりです。

太陽がないと気持ちはさっぱりしませんが、
ベランダのハーブちゃん達は、暑すぎない今の気候が好みなのか、
相変わらずグングンと伸びていますニコニコなんて頼もしいのでしょうかラブラブ


さて、私が現在住んでいる所は23区内で、色々な場所へのアクセスがとても良いです。
新宿にも近く、自転車で割とどこでも行けるので、
かなり都心部にいる気もしますが、
ベランダから見える景色には、思いのほか緑がたくさんあります

また、家の斜め前に公園と保育園があるおかげで、背の高い木々が風に揺られてサワサワする音や、鳥たちの飛び回る音や鳴き声、
園庭から鳴り響く、園児たちの「もういーかぁーい!」「もーいーよぉー!」のノンストップ叫び声など(笑)、
色々な微笑ましい音がたくさん聞こえてきます。

そのような日々の中で、気づいたことがあります。
それは、音と「休まること」についてです。


以前、仙台で1人暮らしをしていた時、何かしらの音が耳に入っているような生活をしていました。

住んでいた部屋が駅から徒歩1分未満の所にあり、交差点のすぐ近くでした。
交差点を渡る人々の声や信号の点滅音が聞こえていたし、病院と消防署、夜間診療所を繋ぐ道路沿いに
マンションが位置していたため、日夜問わず救急車などの緊急車両が通過するサイレンが聞こえていました。
大通りだったので、車の走る音やバイクの音も、かなりあったと思います


それらの雑音とも取れるようなまちの音を掻き消すかのように、私は何かしらの音楽をいつも流していました。
(すごく自然に、しかも割と大きめの音で、、笑)

きっと、「意図せず耳に入ってくる音」に対して、人それぞれの「心地よさバロメータ」があると思います。
その心地よさがオーバーになると、さらに上を行くように音をつけて、自分のリズムや世界をキープしようとする。

当時、仙台にいた時には何も思いませんでしたが、
音を音で掻き消していたあの頃は、意外と音に関してストレスが溜まっていたのかも、と思います不安


今は、以前に比べて音楽をつけない時間が増えました。
自然と耳に入って来る音に心地よさを覚えたり、
あえて、音を入れずに「静まる」ということを意識しているからです。

旦那さんとは色々な音楽を一緒に聴きますが、
それは音楽を聴くという目的で聴くのであって、
何かをしながら流しておく、ということはあまりしないんです。
うちにはテレビもないので、ただつけっぱなしにして音を流すデバイスがない。
話す時は、お互いの間に介すものはなく、ただ向き合って、対話する。
そんな時間を日々取るようにしています。

「コミュニケーションの間に、何かを介さない。」
これは旦那さんと2人で大切にしているマインドセットです
それにより、お互いのフォーカスもぶれず、他のもののせいにもせず、逃げない。
だからこそ、深い話もくだらない話も、何でも真剣に楽しめるし、信頼関係を築けるのかなと思います。愛


お、す、す、め!キメてる



と、ちょっと話はずれましたが、

とにかく、何も音を発さない、聴こえない空間を作ったり、
家の周りで聞こえる自然や「心地よい」と感じられるレベルの音を聴いたりすることは、
心を穏やかにさせてくれると感じます。

常日頃から敏感に働いてくれている耳を休めることは、心にも落ち着きを与えると思います。


皆さんは、今、この記事を読まれているかたわら、
何の音が耳に入っていますか?
テレビ番組、かけている音楽、Netflixなどでしょうか。


たまには、耳を休めることによって得られる「静まる」ときを持つのも良いかもしれません。
かけている音楽やテレビの向こうの人が話すテンポに、無意識につられている可能性もあります。
止めどなく耳に入ってくる情報に、心が疲れてしまったり。その情報、本当に必要でしょうか?

家の外から聴こえる自然な音にも、耳を傾けてみると、心地よさを感じるかもしれませんニコニコ


ふと不安や焦りなどの感情が湧き上がって来たとき、
それは案外、外的要因に五感が刺激されたことによって一時的に支配されているだけの感情、かもしれません。


一度、音を消して、あえて何の音も耳に入れないようにする。
そういった意味での「自分だけの空間」を、意識的に作ってみるのはいかがでしょうか看板持ちイエローハーツ


明日から始まる新たな1週間も、素晴らしい日となりますように飛び出すハート



ps.雨の音、気持ち良いな〜なんて窓開け続けてたら、気づいたら床がびっしょりではないか!真顔雷



では!



Sayuri