前回までのあらすじ

 

渡辺幸子はごく普通の主婦。元来、優しい性格の彼女は現実世界の厳しさに苦労することとなってしまう。昨今のコロナ禍の影響で配偶者、聖の会社も賃金のカットが始めってしまう。来年大学受験を控える一人娘まどかの為に近くのスーパーの総菜売り場でバイトを始めるがうまく行かない。
そんな折、商店街の端にあるNOP法人「暖暖」(だんだん)代表相川道子と知り合う事となった。

―連載中―

 

 

しばらくその場から、幸子は動けなかった。

「暖暖」(だんだん)ってなに?

NOP法人っていったい?

そんな思いにとらわれていたのだ。

が、中からの声で現実へと引き戻された。

「お弁当もうちょっと待ってね…。貴方初めて?見かけたことないわ。おなか減ってるの。顔色良くないね。家族いるの。もしかしてシングルマザーさんかな。」

質問の連投は少々幸子を参らせていた。

「いえ、私は近くに住んでいる者です。初めてこの暖簾を見たもので、なんとなく立ち止まってしまいました。忙しそうなのに、お邪魔してすいません。」

優しい性格の幸子はすまない気持ちでいっぱいになっていた。

「そうなの、でも、貴方顔色悪いわよ。ちゃんと食べてるの。本当に大丈夫。なんだったら、中で少し休んでいく。」

中年女性はことのほか幸子を気遣ってくれた。

スーパーのバイトでは、総菜の出し方が遅い、何度言ったら分かるんだ、早くしろ、お客が他のスーパーに行ってしまうじゃないか、などの言葉を連日言われ、慣れない仕事に参っていたのかも知れない。

だが、ここのお弁当には愛情みたいなものが入っている。

幸子は久しぶりに明るい気持ちになっていた。

本来、総菜とはこうあるべきだとも感じていた。

言葉に甘えて幸子は中に入っていった。

外観から想像できないほどの広さだった。

奥には厨房スペースもあり、たくさんの主婦らしき人達がお弁当作りをしていた。

丁度、かき入れ時の様で、驚くような速さで次々とお弁当が出来上がっていく様を一人眺めていた。

先ほどの女性が再び声を掛けてきた。

「顔色良くなったわね。よかったらまた来たらどう。あ、申し遅れました。私は相川道子と申します。改めて自己紹介したわよ。」

笑顔で、はにかみながら言った。

「ボランティアでお弁当作っているの。みんな貴方と同じで近くに住んでいる主婦ばっかり。ごめん、自分の話ばっかりして。でも、貴方も主婦っぽく見えたから…。違うかしら、言いたくなかったら答えなくてもいいのよ。でも、困ったときはお互いさま。なんかあったらいつでも連絡よこしてね。連絡先教えるわね。」

慣れた様子で電話番号が書いてある名刺を割烹着のポケットから出した。

NPO法人[暖暖]代表相川道子電話番号○○。

とだけ書いてあった。

幸子も答えた。

「渡辺幸子と言います。近くの団地で主人と娘の三人で暮らしています。スーパー○○の総菜でバイトしているもので、美味しそうな匂いにつられてきちゃいました。」嘘言った。

幸子は罪悪感にさいなまれたが、道子の笑顔に救われた。

「また、来てもいいですか?」

「勿論、大歓迎。だって、総菜作りのお仕事してるんでしょ。教えて欲しいくらいよ。ごめん、仕事で忙しいわよね。」

「いいえ、また寄らせてください。」

幸子の承認欲求が満たされた。