前回までのあらすじ


主人公、俺こと小泉洋一(29歳)は大手通信会社(ITJ)に勤めるサラリーマン。幼少期から出来が良く教師からの受けもよかったが、父親の仕事で転勤生活が続きその為に転校が多く、やがて彼は内相的な性格が形成されてしまう。だが、進学校から都内の一流大学に入学することとなる。そして、誰もが憧れる(ITJ)に勤める。が順調だったのは入社後1年くらいまで。その後、彼を待ち受けていたのは、自身の政治力の無さと学閥そして何よりも社員の突然死と自死の多さだった。そんな折、向かいのデスクの野上と言う名前も顔も覚えていない同僚が「飛んだ」。「飛んだ」とはITJの中での隠語いわゆる自死の事だ。いつもならうまく心の整理がつく彼だが今回は違った。重い足取りで彼が向かったのは幼いころ友達も出来ずに苦労し、屈辱的な日々を過ごした長野市だった。そこでの母親との電話で意外な事実を知る事となる。

 

最終章「長野での思い出」

 

気が付くと、足が長野新幹線のホームに向かっていた。自分で気持ちのコントロールが出来ない。どうしようもない感情があふれてくる。なぜ、あの時にあんな思いをしなくてはいけなかったのか。車内は意外と空いていた。前の席には母親と小さな子供が座っていた。盛んに母親は子供が騒ぐ事を心配して、落ち着きが無い。男の子だからか。いつの間にか、俺と弟の博そしてお袋との姿を重ねていた。俺はおとなしい方だったが博は少し騒がしいやんちゃだった。以前にも語ったが小学2年から5年まで親父の仕事で長野に住んでいた。鮮明な記憶はないが、長野に住んでいた時期は良い思い出が無い。なにせ転勤続きでそれは子供にとっても大変な負担になっていた。仲良くしていた同級生も何人かはいたが名前すら思い出せない。そういえば、高橋っていう嫌味な奴がいたな。たまに一緒に遊んだがなんでも自分の思う通りにならないとすぐ不機嫌になった。そのくらいしか友達いなかったような。そんなことを考えながら俺は駅前から路線バスに乗っていた。いったいどこに行くつもりなのか自分でも全く分からない。気の向くままバスに乗り続けNAB通りでバスを乗り換えた。NAB通りは地方のテレビ局がある通りだ。そこから俺が住んでいた朝沼と言うバス停で降りた。ここで小学2年から4年間過ごした。社宅に住んでいた。記憶をたどりながら向かうと影も形もない。おそらく無くなったのだ。そこは真新しい住宅地となっていて色とりどりの新築の家が建っていた。少し残念な気持ちになっていた。なんとなく久しぶりにお袋の声が聞きたくなった。気づくと電話していた。

「久しぶり、元気だった、今、俺、長野にいるんだ。」

「母ちゃんは元気だったよ。突然でびっくりしたよ。出張かい。」

「ああ、そうなんだ」嘘をついた。

「そうかい。長野かい。長野はいい所だったよね。」

「え、お袋長野で随分苦労したじゃないか。言葉もキツイって言ってたし。」

「なに言ってんだい!長野で、いろんな人にお世話になったんだよ。母ちゃんが口下手なのを察してくれて、いろんな人にお前と博の世話も手伝ってもらったんだよ。一度母ちゃんが博をおぶってお前と買いものに行ったとき倒れたんだ。その時、たまたま近くにいた人が病院まで自分の車で連れて行ってくれたんだ。タクシーでいいのに心配だって言ってくれて。ありがたかったよ。あ、それとよく遊びに来てくれた、高橋君知ってるだろ。あの子にも随分世話になったよ。学校でお前がいじめられない様に俺が守ってあげますってお前がいない時に小声で母ちゃんによく言ってたよ。あの子父親がいなかったからお前を兄弟みたいに思うって。お前が傷つかない様に母ちゃんにだけ言ってくれてたんだ。あんないい子いないよ。もし住所分かったら訪ねてくれないか。」

お袋の声が涙ぐんでいたのが分かった。俺は完全に勘違いしていた。

「高橋君、住所調べて行ってみるよ。」

「そうかい、きっとあの子も喜ぶよ。」

「母ちゃん、俺元気出てきたよ!」

「え、お前なにかあったのかい。」

「いいや、なんとなく」俺は誤魔化した。

「じゃ、また、今度休みもらって帰るよ。」

「忙しいんだろ。無理しなくていいよ。」

「うん、また電話かけるわ。」

自然と、身体全体から力が湧いてきた。次第と目の前が明るくなり、開けていくような感覚になった。

よーし!また頑張るぞー!

気が付くと、ひとり事を言っていた。

 

終わり