「制度の外」の若者支援には起業が必要だった | 若者と社会をつなぐ支援NPO/ 育て上げネット理事長工藤啓のBlog
2014年06月03日(火)

「制度の外」の若者支援には起業が必要だった

テーマ:ブログ
読売ONLINE連載「『働きたい』に寄り添う」

※この連載では、「誰かの『働きたい』に寄り添い続ける」を仕事にするひとに迫っていきたいと思い、書かせていただくことになりました。起業家やマネジメントなどが取材を受けることが多いなか、現場で他者の人生に関わり続ける「個人」の人生や思考、周囲との関係、悩みや不安、やりがいなどに触れていきたいと思います。


※巷では"マニアックな連載"と噂されており、誰もが「えっ、俺(私)? えっ?」みたいな反応です。オファーすると。次はあなたかもしれません。


今回の主役は、メンタルワークス大阪の岡崎剛さん。

ひとつの職場で安定的に働くことから、職場Aではマネジメント、職場Bではカウンセラー、職場Cでは事業主と、アントレプレナーシップを発揮しながら挑戦し続ける岡崎さん。正社員として一箇所もいいけど、複数個所を兼務することで、どこか一箇所がこけて、他で支えることができるので、むしろ安定感があるとおっしゃっておりました。壮絶な人生を笑って話す姿が印象的です(skypeインタビューでしたが)。


----本文抜粋----

「自分が行動もしないのに、若者支援をするなんて格好悪すぎる」と話すのは、この3月に起業したカウンセリングルーム「メンタルワークス大阪」代表の岡崎剛(30歳)だ。

 自らの幼少期を「なぜか勉強がとてもできた普通の子」と評する岡崎は、4人兄弟の長男として大阪に生まれ、母子家庭で育った。

周囲の期待が「気持ち悪かった」中3時代

 成績のよい岡崎に対して、周囲は「高い偏差値の高校に進学すべき」という期待をかけ続けた。それが「非常に気持ち悪かった」と言う。中学3年のとき、校長先生が自宅まで来たことがあった。自身の成績より偏差値が20近く低い高校への進学を希望したからだ。岡崎は当時の自分を「自意識が爆発した『中二病』期」と表現する。

 岡崎が進学した高校では同級生の8割が奨学金を受けており、母子家庭の友人も少なくなかった。部活に入る余裕もなく、大半の生徒が生活のためにアルバイトをしていた。岡崎も毎日スーパーでアルバイトをした。時給は750円だった。


続きはコチラになります。




過去の掲載記事

第一回:「大家族」で育ったボクが、なぜ若者就労支援をするのか

第二回:2度の中退でふらふらしていた自分が支援者に

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