若者と社会をつなぐ支援NPO/ 育て上げネット理事長工藤啓のBlog
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クラウドファンディングは「元気玉」と表現されるの知らず、「界王拳」や「バイキルト」だと思ってた話

 

昨夜、大阪労働協会さん、READYFORさん、村上財団さんとともに、現在行っているクラウドファンディングをテーマに(久しぶりに)clubehouseでお話しました。

 

コロナ禍で苦しむ10代の若者にDX人材になる時間と機会を提供したい

 

 

そのなかで、ちょっと面白いなと思ったのが、クラウドファンディングとはどのようなものかという議論で、

 

readyforの 徳永 健人 さんはよく「元気玉」と表現されることがあるとおっしゃってました。確かに、みんなから少しずつ元気(お金)をわけてもらって大きな力にするというイメージなのはよく理解できます。

 

クラウドファンディングは具体的な内容だけでなく、例えば、メディアに取り上げていただいたとか、テーマがドンピシャのものがタイミングであったったとか、立案者の努力はもちろんですが、それだけではない「何か」が重なることがあるように思います。

もちろん、それも偶然来るという話ではないのは前提ですけど。

 

それを考えたとき、元気玉の由来であるドラゴンボールのシーンが思い起こされます。がんばって孫悟空が元気わけろーといっても、なかなか集まらない。

 

そこで英雄ミスターサタンが地球市民に呼び掛けるわけです。英雄が呼びかけるのであればと、地球のいたるところから元気が少しずつ集まって、とてつもない元気玉ができます。

 

この場合、敵を倒す目的だけでは難しくて、誰が元気をわけてくれるようにお願いをするのかが重要とも言えます。そのため、ドラゴンボールの最強キャラはミスターサタン説があるくらいです。

 

一方、clubhouseで僕はなんとなく「界王拳」や「バイキルト」と表現しました。界王拳は持っている力を2倍、3倍、5倍にできるもので、自分の力の貯金を前借するようなものです。バイキルトは攻撃力を2倍にするドラゴンクエストの魔法です。

 

つまり、クラウドファンディングは、やろうとしていることのパワーを挙げるためのもので、それは自分のつながりのある方のお力を借りたり、やろうとしていることややりたいことの実現のために、一気にパワーを出すための魔法みたいなものなんではないかと。

 

自分のパワーの前借り、または、自分か自分以外のひとの力(魔法)をお借りするということで、元気玉も似たようなところはありますが、きっと表現についていえば、「元気玉」イメージと、「界王拳」や「バイキルト」イメージで少し違うのだろうなと。

 

特に結論があるようなものでもないんですけど、クラウドファンディングというものが、どのようなイメージであるのか表現するときに選ぶ「言葉」で、そのイメージがどんなものかわかりやすくなるなという。

 

コメント欄に、clubhouseでもお願いしました、僕らのクラウドファンディングへのURLを貼付しています。ぜひ、元気や魔法の力をお貸しくださいm(_ _)m

 

明日(2021年6月11日)金曜日は20:30から、『自分とつながる。チームとつながる。: エモーショナルなつながりがつくる幸せな働き方』著者で、株式会社ツクルバ・ファウンダーの中村真広さんとセッションします!YouTubeで配信しますので、ぜひお聞きください!

 

 

 

 

 

 

(配信)今いる「場」から、向かうべき「場」

 

 

 

「場には、人生を肯定する力がある」 10代という若い世代のこれからに対して、僕ら大人ってなにできるんだろうか…ふたりであれこれ考えます。

 

新型コロナウイルスによって日常の場すら失った若い世代が、次の新しい場所に向かうにあたり、「場」を作る私たちはどうあるべきなのか、視聴者からの声も聴きながらざっくばらんに話す回です

 

 

 

6月11日(金)20:30- ツクルバ中村さんと考える、今いる「場」から、向かうべき「場」

 

2021年6月11日(金)20:30-

 

株式会社ツクルバ 代表取締役ファウンダー / 株式会社KOU 代表取締役の 中村 真広 さんとセッションします!!

 

中村さんとは、ご著書を出版される際、書籍の印税をすべて育て上げネットにご寄付いただけるというお話をいただいたのが出会いのきっかけでした。

 

『自分とつながる。チームとつながる。 :エモーショナルなつながりがつくる幸せな働き方』

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000037.000043247.html

 

最初はオンラインで、そしてお伺いしてお話させていただきました。なんで僕らのところが寄付先なのでしょうか、とご寄付のお申し出をあまりいただくことがないので率直にお聞きしました。

 

その際の回答がとても印象的で、中村さんは職場における「場」づくりを通じて幸せな働き方、ひとの幸せを作られてますが、その職場に入れない、これから入ってくる若者のために寄付を使ってほしいと。

 

ご著書を読んでいただけるとわかると思いますが、抽象的/理論的な「場」と、具体的な中村さんが手がける場を往復しながら、ひとの幸せについてたくさんの示唆をいただける内容です。

 

特に経営者や事業所、場のデザイン・運営を任されている方には本当にお薦めです。

 

そんな中村さんと一緒に、これからの若者のために何ができるのか一緒に考えてください。事前でも、配信中でも、ご意見やご質問をいただけるととても嬉しいです!

 

https://readyfor.jp/.../tenseicamp-sdn/announcements/171258

44歳の誕生日。僕の誕生日の位置づけは、もはや家庭では別のものになっている。

 

 

 

本日、44歳の誕生日を迎えました。すでにメッセージをくださった方、ありがとうございます。

 

大きな怪我も病気もなく、ここまで来れたのも両親や家族のおかげです。

 

高校時代にサッカー部の練習試合で足首靭帯部分断裂が最大の怪我な気がします。修学旅行は松葉づえでした。修学旅行なのに部活の朝練が組み込まれていたのは(たぶん)いい思い出です。

 

メディアの方々には、ご取材時と掲載時の年齢が代わる可能性についてご迷惑をおかけすることがあるというのは毎年恒例の申し訳ないところです。

 

この年齢になると自分の誕生日を迎えることに、関心が持ち上がることもなく、43という数字が44に移り変わるので、書類などで気を付けようと思うくらいでしょうか。

 

一方、一週間前ほど前から、長男(9)次男(7)双子の三男四男(5)から、僕の誕生日に熱烈なコールをもらっています。

 

パパ、もうすぐ誕生日だよね

 

本当の生まれた日と、誕生日が違うんだよね」(?)

 

という会話がここかしこで盛り上がり、それでも祝ってくれるひとがいるというのはまんざらでもないなと思うわけです。

 

ただ、子どもたちにとって、僕の誕生日の位置づけはもはや、というか、彼らが生まれてから、首尾一貫して別のものになっています。

 

どこのご家庭でも同じかもしれません。そう、「ケーキが食べられる日」です。

 

特に、甘いもの大好きファンタジスタ次男にとって、昨年クリスマス以来の一大イベントです。本日も、いつもより早く学童から帰宅したい衝動にかかれ、昨日から交渉してきます。

 

ケーキを食べるだけなら、帰宅時間は何時でも変わらないですよね。どうせ夕飯の後ですし。

 

しかし、彼(ら)にとってケーキが食べられること以上に大切といっても過言ではない、「ケーキを選ぶ」儀式が存在します。

 

「(パパのために)どんなケーキを選ぼうか

 

「(パパのために)生クリームが乗っているもの

 

「(パパのために)フルーツがたくさんのもの

 

「(パパのために)ゼリーが乗っているもの

 

「(パパのために)鬼滅の刃が書いてあるやつ

 

「(パパのために)チョコレートの板はたくさん

 

こんなにも僕の誕生日のため、言葉にはしませんが「パパのために」さまざまなことを考えてくれる子どもたちです。ありがとうございます。

 

なので、今日は、僕の誕生日に子どもたちとケーキを買って帰るのではなく、一度帰宅して子どもたちと(僕の誕生日の)ケーキを買いに行くことになりそうです。

 

そんな毎年のセレモニーをやわらかく見守ってくれる妻に感謝します。

 

 

そんな誕生日を迎えるなかで、いま、僕は寄付を募っています。「NPOのひとって誕生日に寄付を呼び掛けるよね」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。もちろん、スルーしていただいても構いません。

 

僕自身は、世界中がコロナ禍の影響を受けているなか、幸運にも仕事があり、家族とともに誕生日を迎えることができます。一方、コロナの前から、誕生日というものがテレビや映画の世界の話であったり、コロナ後は、家族やご自身が厳しい環境に陥っている子どもたちもまだまだたくさんいます。

 

昨年のいま頃は、一年くらい経ったら何となく落ち着いているかもしれないな、くらいの雰囲気はありました。しかし、いまだ苦しい生活環境の中にあり、特に就労支援の団体としては、雇用・労働が戻って来ないなかで「仕事」を通じた収入が改善しない。それどころかますます悪化している若者と日々直面しています。

 

そんなギャップが大きく存在しているなか、今回の誕生日を迎えるにあたって僕らは10代・未成年の若者で、生活費や学費を自分でまかなっているひとたち。働けないことが生活に大きな打撃を与えているひとたちにお金の給付をしなくては、生活も命も持たないと考えています。

 

本来は政府や行政の仕事です。給付的なものもありますが、未成年の若者にとって、基本単位を「世帯」が原則となる枠組みは、ご自身にそのお金が回ってくるかどうかも、また運です。そして運が悪かったよね、で済ませられる問題でもありません。

 

僕たちは、そんな若者たちに50時間分の余裕を作ります。時給1,000円で換算して50時間。その時間をITスキル習得や就労・就職支援にあてられるようにしながら、生活や仕事を支えていきます。

 

もはや「ケーキが食べられる日」になった僕の誕生日ですが、1時間分の余裕を未成年の若者たちの未来のために、寄付していただけないでしょうか。

 

よろしくお願いします。そしてバースデーメッセージありがとうございました!

 

コロナ禍で苦しむ10代の若者にDX人材になる時間と機会を提供したい

 

 

 


 

 

 

 

 

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