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2006-01-15 12:11:49

1月15日 カズ

テーマ:富輝キャプの日記

いよいよ明日から評価実習が始まります。

全道各地に散らばった仲間は元気にしているだろうか・・・。

僕も4年生の9週間の治療実習は札幌にいることはないと思います。

前日だし、明日の準備して、ちょこっと教科書読んで、早く寝る!


なんか3年間ってあっという間だったな。

1年のときのサマリー発表聞いたときはまだ俺らじゃないし、って思ってたけど、それが俺らなんだもん、びっくりだ!


これから5週間は頻繁な日記更新はできないと思います。

遊びに来てくれている方、ほんとうに申し訳ないです。

でも僕らのこと陰ながら応援してくださると嬉しいです!

ぼくらみんな大きくなって帰ってくるんで、それまで待っていてください!

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2006-01-14 17:16:11

1月14日 ツグ

テーマ:富輝マネのダイエット講座w

富輝のみんなは緊張してそう☆

だって、試合の前のみんなを思い浮かべればよく分かる☆笑

緊張してないっていいながら、内心はドキドキしてるもんね(^。-)


実習頑張ろうね!!うちらなら大丈夫!!5週間頑張って乗り切ろう!!

っていいながら、とても緊張しています…(^^:)


明日から滝川に行ってきます☆一人暮らしも緊張するな~

花嫁修業だとおもって頑張るかな☆笑

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2006-01-13 08:46:39

1月13日 カミュ

テーマ:富輝セイムカミュの萌え日記

これで本当に実習前最後の書込になります・・・。

本当に寂しくなるね・・・。


みんなのブログやコメントを見てると本当に感動しました~ww

これで5週間乗り越えることが出来るかも~!!?


釧路への旅立ちまで残りわずか・・・。

5週間もみんなに会えないっていうのは本当に考えられないね・・・。

いつも身近にいるメンバーなのに・・・。


今回が3年間で一番長くみんなに会えないことになるのかなぁ~??

とりあえず追い込まれたときはみんな思い出して頑張ろうと思います!!


ではここら辺で終了とさせていただきたいと思います・・・。


5週間後にみんなで笑顔で会えることを期待して・・・。

旅立ちたいと思います!!


北の国から2006~旅立ち~

byカミュ

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2006-01-12 23:33:25

1月12日 カミュ

テーマ:富輝セイムカミュの萌え日記

みんな実習に行く前にブログを書いてるみたいなんで自分も更新~ww

明日はにぃ、きぇん、おっさん、自分の4人で実習先に向かいます!!

峠は危険だと思うけど・・・。

とりあえず安全運転で無事に到着したいなぁと思いま~すww


今日から5週間みんなに会えないのは本当に寂しいねぇ・・・。

だけどキツイ5週間を乗り越えればみんなと会えるし頑張るしかないよね!!


来週の月曜日にはみんなそれぞれの病院で実習開始だね・・・。

一人だからすごく不安だし、辛いこともたくさんあるかもしれないね・・・。

でも、みんなのことを思い出せばすべて吹っ飛ぶはず!!


自分は今のクラスが大好きだしすごくいいメンバーに出会えたと思ってるよ~ww

このメンバーで進級するためにも必死に頑張ろう~ヽ(^o^)丿


そして・・・。

絶対に実習通ってこようね!!!


そしたら・・・。

5週間後に笑顔でみんなに会えるはず!!


ってことで今日はこの辺で・・・。

では皆さん実習頑張って乗り切って帰ってきましょう!!






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2006-01-12 23:03:29

決意表明

テーマ:富輝きぇんの甘く切ない恋愛日記☆

さぁて明日から帯広です。

一ヶ月間ネット生活から離れ、未知の世界でしごかれてきます。

一人暮らしで寂しい日々。頼るのは自分の力のみ。

たぶん辛くて泣くでしょう。逃げたいって思うでしょう。

でも、みんな同じ思いをしてるって思ったら少しは頑張れるかもしれない。

決して俺は一人じゃないし、みんなも一人じゃない。

そう思うことが僕を前向きにしてくれるでしょう!

頑張ろう。

うん、頑張ろう!



「この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。
 危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となる。
 迷わず行けよ。行けばわかるさ、ありがとぉ~

1.2.3.ダァ――――――!!!!」


これはアントニオ猪木の名言です。

1998年4月4日 引退の挨拶より

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2006-01-12 20:45:39

1月12日 にぃ

テーマ:富輝にぃのちょっぴり大人の世界☆

どーも明日の朝帯広に旅立つ僕ですw

5週間ネット封印ですわ。。。


今日でクラスのみんなと顔をあわせるのが最後でしたね・・・

みんなそれぞれの実習地に行き始め、なんか実習がはじまるって感じになってきましたね!

お昼に函館に行く人を見送りましたが、なんかさびしかったです。。。

今まで3年間一緒のクラスの仲間なんていませんもん!

小中高と違い、クラス替えがなくずっと一緒にいた仲間たちと5週間離れ離れで実習を行うのはさびしーです。。。

なんだかんだうちのクラス仲いいですもんねw


ついにあと4日後から実習です!

もうここまできたらやるしかありません!!!!


僕の実習先はきついと言われてるトコですが、きついとはあまり言わずにがんばりたいと思います!

だってどこにいったって実習はきついですもん!

自分だけきついみたいに言うのはおかしいですもんね!

みんなだってきつくて大変なんだけどがんばってるんだって思えば、僕もがんばれる気がします☆


それぞれの実習先でみんながんばっているってことを思い、自分もがんばりたいと思います☆


5週間後みんな合格して笑顔で会いましょう☆

では、帯広でがんばってきます☆

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2006-01-12 18:04:31

僕とサッカー☆ 中学校3年生編

テーマ:富輝キャプの日記

中学3年生になった。

クラスは2年生と同じクラスだ。

中学校の最高学年&始めての受験。

サッカーでも中学生活最後の年になった。

雪が解け、グラウンドでの練習!と思ったのだが、グラウンドに照明をつける工事&体育館の新築工事で僕らのグラウンドは1面の半分になっていた。

フォーメーション練習もコート半分、大きなコートでの試合は出来なかった。

3年生になり、身長も伸び、体重もそれなりになった。

キック力もついたのか、グラウンドに出て思い切り蹴ったら思いもよらないところまで飛んだ。

後輩も増え、大会に向けてレギュラー争いが熾烈になる。

3年生の初めは元レギュラーだったヤツが怪我をしていたので、スタメンは確保していた。

試合にも出してもらった。

しかしそのケガをしたヤツが戻ってくると僕はBチームか交代でAチームに入るくらいだった。

それでもAチームで試合に出たときは相馬ばりのオーバーラップでアピールした。


ひとつ去年と変わった事があった。

大地がチームにいなかったのだ。

大地はN区体育館でサロンをしている時に「アンフィニ」というチームの監督に目を付けられ、移籍話に。

大地の意見は上を目指したいからチームを離れるというもの。

他のみんなも将来の大地のためと納得した。

しかし僕だけは反対した。

失いたくなかったのだ。ずっと一緒にサッカーをしてきた仲間が遠くに行ってしまうようで思わず「嫌だ」と言ってしまった。

最終的には大地の選んだ道に進むことになった。

部活中のグラウンドに大地はいない、とても辛かった。


いよいよ中体連。

僕らはなかなか強いチームの集まるグループに入ってしまった。

僕が出場したのはほんのわずか、勝ち試合の試合終了間際だった。

結果的にはグループリーグ敗退で全市大会には進めなかった。

3年生のレギュラーの9割が「高校受験のため」と、残された最後の大会である「ジュニアユース大会」を前に引退していってしまった。

控えメンバーしか残されなかった。当時のキャプテンは先生の推薦で札幌選抜としてアメリカに渡ってしまったので、ほんとに戦力はがた落ち、みんなに絶対出ても勝てないとバカにされた。

残ったメンバーは全員必死に練習した。

夏休み、夏期講習などで忙しい時も全員でグラウンドに来て練習した。

中学校のグラウンドが野球部などが使っていたときには隣の小学校のグラウンドを借りてまで練習した。

僕らも必死、先生も熱心に戦術の基礎などを僕らに教えてくれた。

いよいよジュニアユース大会。

大会前の練習でメンバーを発表された時に、なんと背番号の数字の上に円が書いてあった。

その円はキャプテンを意味するものである。

なんと今まで落ちコボレだった僕がキャプテンを任されたのだ。

とても嬉しかった。絶対に勝たなければならなかった。


大会当日、僕はやったことのない、右サイドの枝を任された。

試合の流れを読み、大きな声を出し指示を出した。

なぜか苦手なドリブルで相手を抜くことが出来た。

右足で正確なクロスをあげることが出来た。

初めて満足のいくプレーが出来たのはこの大会だった。

前半0vs0、後半も残りあとわずかというところでFKを得た。

僕はキッカーを幼馴染の大輔に任せた。

彼の蹴ったボールは美しい軌道を描き、ゴール右斜め上に決まった。

僕は嬉しくて彼の背中に飛びついた。結局この1点を最後まで守りきって1vs0で勝利した。

DFラインはセンターの今井を除き2年生。ボランチも2年生の隼人、左サイドはとっくん、右はオレ、トップ下は大西、2トップは大輔と2年生だった。

まったくの新チームで1回戦突破できた。試合を見に来ていた引退した3年生はよくやったと褒めてくれた。


2回戦は1回戦から2試合空いてからだった。

結果的に言うと、4vs0くらいで勝ったと思う。

右サイドを走り回った僕はこの日初めてで何本かコーナーキックを蹴ったら足をつってしまった。

アシスタントレフリーに一回出なさいと言われピッチから出た。

試合も終盤になっていたし、そろそろ交代かと思いきや、先生が交代のカードを全て使い果たしていて交代できなかった。

先生に足関節背屈してもらい、再びピッチへ。

公式試合で初めて足をつった。でも前はつるまで走ることが出来なかったので、逆に気持ちよかった。


3回戦は昔のAチームでも勝つのが難しかったT稲中学校だ。

実力差は明らかで、4vs0で負けた。

僕は前日の足がつってしまった影響で途中出場だった。

スタメンの今井にキャプテンマークを託していたが、僕が入ると今井は左腕に巻いてくれた。

とても強かった。

でもこのチームで2回勝ててみんなを見返せたこと、ものすごい感動した。

見に来てくれたみんなの父母もよくやったと言ってくれた。

このジュニアユースで僕は大きく成長できた。

気持ちで負けないいこと、練習は必ずいい結果をもたらせてくれることを再認識した。

僕はこの試合で中学校のサッカーを引退することになった。

でも塾のない日は部活に出てサッカーしてました!


冬になり高校の志望校を考える時期になりました。

僕はサッカーが強い高校に行きたかったので、札幌T雲高校に決めました。

テレビで全国高校サッカー選手権大会でベスト4になった公立高校の強豪です。

必死に勉強しました。

ランクは余裕で足りていました。当日の試験結果は5教科で246点でした。

合格です。またさらに高いレベルでサッカーが出来ると思うと早く入学したくてウズウズしました。

大地は恵庭M高校に体育推薦で合格を決めていました。

卒業の時、彼とは高校サッカーで会おうと約束し離れました。


僕の中学校のサッカーはこんなものかな。

後は中学校1年生の時に学年の生活委員長になったり、野外学習の実行委員長になったりと活発でしたよ。

2年生の後期にある選挙に先生の推薦であやうく候補者になるところだったこともあったなぁ。


あと書き忘れたことがあれば追加で書きますね。

僕とサッカー☆中学校3年生編 完


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2006-01-12 01:16:23

僕とサッカー☆ 中学校2年生編

テーマ:富輝キャプの日記

とうとう2年生になった。

僕のクラスにはサッカー部は4人。その4人の中に今や北海道を代表するGKである大地がいたのだ。

彼は小学校の時から一緒にサッカーを始めた仲間である。

家も同じ市営住宅の同じ棟の同じ玄関に住んでいたのでとても仲がよかった。

そんな彼は中学校2年の時だったろうか、急に言い出したことがある。

それまでフィールドプレーヤーだったのに、「オレ、キーパーやるわ」

周りにいた人は「はぁ?何言ってんの今更」

正確な答えだろう。でも当時僕らの代はGKが一人しかいなく、失点もそれなりに多かった。

彼はそれを見かねて自分がゴールを守らなきゃと思ったのだろう。

彼と一緒にGKを志願したのは2人、合計4人になった。

以前からGKをやっていた人は基礎があったが、大地はそれを上回る身体能力だった。

みるみるうちに頭角を表し、僕らの代で出場した「うめや杯」は優勝した。

準決勝、決勝とPK戦になったのだが、大地が何本か止めて勝った。

当時から勝負強かったなぁ。


僕自身も少しずつ成長していった。

身長は相変わらずだったが、基礎の部分を冬休みの体育館練習で磨いたこともあり、少し実感があった。

1個上の中体連にはもちろん登録には入れず、グラウンドの周りで飛んできたボールを拾っていた。

先輩が引退し、僕らの代になっても試合に出場する時間はほんのわずかであった。

悔しくてたくさん練習した。

当時憧れだった選手が「相馬直樹」だったので、蹴れない左足を幾度となく使い練習した。

大地をゴールマウスに立たせて足が痛くなるまで蹴り続けた。

朝の4時から夜の7時過ぎまで二人で練習した日もあった。

とにかく、僕ら2人はいつもグラウンドにいた。

昼休みも同じチーム、教室でも放課後・休みの日のグラウンドでも・・・。

彼はどんどんうまくなっていったが、僕はあまり伸びなかった。

チームはN区では5本の指に入るくらいのチームだった。

N野中、K似中、H軒中などと練習試合を繰り返した。

僕はほとんどBチームでプレーすることが多かったが、声を出し頑張っていた。


雪が降ってもグラウンドには通い続け、体力・脚力をつけた。

体育館や屋内競技場にも行った。

とにかくサッカーづくしの毎日だった。


2年生の冬、冬期講習に塾に通い始めた。

その塾は学業と部活の両立を目標にする塾で、部活が終わってから塾に行っても途中参加が出来て熱心に教えてくれた。

部活が終わって帰り、塾に行くのが8時になっても、夜11時過ぎまで塾に残って勉強した。

塾のおかげで成績も上位に。


とにかく家に帰ってきては寝るだけ、ほんとに。

朝6時に起きて朝練、塾から帰ってくるのは11時くらい。

家に帰ってきたらバタンとベッドに横になり、目が覚めると朝だった。

こんな生活を繰り返し3年生になる。

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2006-01-11 23:13:56

僕とサッカー☆ 中学校1年生編

テーマ:富輝キャプの日記

中学校に入学した。

部活動はなかなか盛んな中学校だったように思う。

もちろん僕はサッカー部に仮入部した。

確か仮入部は土曜日で、その時ミーティングがあり、やる気のあるやつは帰ってから準備をしてグラウンドに来いと言われた。

もちろん僕は走って家に帰り、準備をしてグラウンドに向かった。

グラウンドには先輩たちがたくさんいて、各自アップをしていた。

僕ら1年生も集まりだし、ミーティングにいた者は全員グラウンドにいた。

最初はボールを触らせてもらえず玉拾い、ゴール裏での声だしが主だった。

まだ4月というのは外で立っているのには寒く、軍手もはけなく、ジャージの中に手を入れたら怒られた。

必死に手をこすり合わせて暖める。震えないようにジタバタする。とても辛かった。


ボールを触らせてもらえるようになり、先輩たちの練習にも参加することが出来るようになった。

僕の通っていた中学校は地区3校の小学校からの生徒が集まった。

僕の通っていた小学校ではない小学校からきたみんなはテクニックもあり、基礎もあり、僕のはるか上にいた。

インサイドパスはミスの連続、ロングキックはコロコロと届かないし、シュート力もない。

みんなにおいていかれた。

でも長距離を走るのは負けるのが嫌でいつも先頭集団にいた。

ボールを触ってダメなら、ボールがないところで差を縮めようとしたのだろう。

グラウンド10周、10本ダッシュ、サーキット、8ターン、シャトルラン・・・

とにかく走った。

1年生は練習後に「3原則」というものを全員で叫ばなければいけなかった。

1「ボールが来る前に周りを見よ」

2「パスを出したら走れ」

3「ボールを迎えに行け」

これをグラウンドの端から叫び、はるか遠く、逆の端にいる先輩にOKをもらうまで続けた。

あまり好かれていなかったものはかなりの回数を言わされた。

僕はそんなに多くは言わされなかったように思う。


学校の昼休みは誰よりも早く給食を食べてサッカーボールを持ってグラウンドへ走った。

昼休みはクラス同士で試合をするのがみんなの楽しみだった。

僕のクラスはサッカー部が4人いたので、そこそこ強かった。

球技大会もサッカーに出て、何回か勝てたと思う。

クラスにも恵まれ、楽しい学生生活を送っていた。

小学校の時はあまり女の子と話すのが恥しかったが、中学校に入りいろんな人と話をした。

今みんな何をしているんだろうな・・・。


勉強はごく普通の成績だった。

夏も毎日朝から夜までサッカー、冬も雪中サッカー。

冬にはN区体育館にも行った。

小さなボールを使うサロンフットをした。

体育館には今、道リーグで活躍する選手がたくさんいて、当時から圧倒されていた。


そんなこんなで1年生が終わり、2年生へと進級する。

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2006-01-08 12:18:04

僕とサッカー☆ 小学校編 追加

テーマ:富輝キャプの日記

そういえば言い忘れたことがあった。

僕が小学校5年生の頃、学校に一人のブラジル人がやってきた。

名前はアレキ。ブラジル人ということもあり、サッカーはうまかった。

少年団のほかにクラブ活動があって、僕は5、6年とサッカークラブに入っていた。

そのアレキもサッカークラブで、学年は一緒でもクラスは違ったのになぜか仲良くなっていた。

彼とは住む家も近く、よく遊びに行っていて、家族にもたくさんお世話になった。

彼のお父さんに連れて行ってもらった野幌森林公園でブラジル人の大人の人とサッカーしたことは忘れない。

晴れた日は彼とグラウンドへ行って1vs1かクロスをあげてそれに合わせるというようなことをしただろうか。

毎日毎日同じことをいつまでも・・・。

雨が降った日はお互いの家でサッカーゲーム。

彼はものすごく負けるのが嫌いで、僕が勝つといつもリセットボタンを押していた。

1vs1で僕が勝つと必ず「もう一回」と言ってやり直しを要求してきた。

彼とサッカーしたことで、またその当時の僕にはいい刺激になっていただろう。


彼は小学校卒業と同時に本州へ旅立ってしまった。

今頃彼はどこで何をしているのだろう・・・。

家に飾ってある、彼と肩を組んで撮った一枚の写真を見るたびに思い出します。

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