入居者紹介「Gorai’インタビュー」vol.39

和やか司法書士事務所 所長

奈古屋 潔さん

【司法書士業】

 

お笑い芸人が、司法書士に。

出身は山口県。海に近い、平生(ひらお)という町。

天然で面白い、と言われて育った。

高校の頃には、

「芸人になりたい」

と、考えるようになった。

大学は東京の法学部に進み、落研に所属して相方を探した。

2年生の時に、お笑い芸人としてプロダクションで預かり芸人となる。

同期だった芸人の中には、すっかり有名になったコンビや、人気芸人から

「キミ、面白いね」

と声をかけてくれた人も。

マネージャーから

「キミたちを押していくから」

とも言われ、得意になってしまった。

先輩のライブで、後輩なら当たり前の椅子出しの仕事を手伝いもせず喫煙室でタバコを吸っていたら、偉い人と鉢合わせし、名前を聞かれた。

以来、仕事は一切来なかった・・・

「芸能を辞めて、テレビは見なかった」

と、奈古屋さん。

結婚をし、子供もいた、ただ逆転夫婦を当時は言われていた専業主夫だった。

結婚生活も長くは続かず、31歳の時、一人実家へ戻り、就職活動をしたが企業で働いた経験も無い奈古屋さんを雇ってくれるところは無かったという。

危機感を感じた。

「国家資格くらい持っておかなければ!」

そう奮起して挑戦したのが、司法書士の資格なのだという。

 

苦難を味わい、得た人生観。

気づけば5年が経っていた。お金も底をついた。

広島へ拠点を移し、病院内での清掃のアルバイトとして働きながら、資格の勉強をした。

清掃現場では、患者さんの名前を敢えて覚えなかったという。

誰にでも同じように接っしたかったからだ。

おかげで患者さんから、感謝された。

「実は自分は公認会計士。あんたが司法書士になったら仕事をあげる」

と言ってくれた人もいる。

連絡はないが。

「患者さんから『ありがとう』と言われる!」

食べるものも食べられなかったこともあったが、

「スーパーで欲しいものが買える!」

「低い時給でも、生きていける!」

人生観が変わった。

「自分は幸せだ」

そう気づかされた。

これまでは、

「どうにかして稼いでやろう」

「周りを見返してやりたい」

自身にプレッシャーをかけ、資格取得の目的もマイナス感情しか無かった。

しかし今回は違う。

「次の試験では必ず合格する」

理由のない確信が持てたという。

試験の2日前にアルバイトをして、その後36時間、夜が明けるのも気づかないほど集中して勉強した。過去問はやらず、実務書を見て納得、という調子。

眠いとか辛いということもなく、楽して通った、という不思議な感覚だった。

こうして司法書士の資格を取得。39歳の時だった。

 

保障の無い未来より「今」を自由に。

SO@Rビジネスポートへは2018年5月に入居。

現在、40歳の奈古屋さんは、業界では若手だ。

経験が無い分、普通なら嫌煙するような重鎮たちにも、遠慮なく話しかけ、いろんなことを聴く。

仕事の営業は全くしない。ただ、

「この人はどんな人なのだろう、どうやってこの立場になったのだろう」

そんな純粋な気持ちのみである。

礼儀やルールに捕らわれずにズカズカと入り込んでいく奈古屋さんのことを、中には、

「無礼者」

と思う人はいるかもしれない。

しかし、互いに独立した限り、

「先輩や部下という関係ではない」

また、

「自分は、頑張ったら出来る、という人間じゃない」

と自らを分析。

目標を立ててその通りにならなければテンションも下がる。

経験も無いわけだし、無理に営業をせず

「来たら、やる」

というスタンス。

そう聴くとなんだか投げやりなように聞こえるが、確かに、ガツガツしていると運も逃げていく。うまく自然の流れに身を任せ、人のために働いている人のところには、きっと仕事も舞い込むはず。

昨年の豪雨災害の際、弁護士、司法書士、行政書士が連携しボランティアで法律相談窓口を設けたが、司法書士の中で一番数多く対応したという奈古屋さん。

純粋なその行動は、きっとプラスに働くと想像できる。

「未来はわからない」

通貨価値も変わる可能性がある限り、財を蓄えても老後の保障は無い。

そう考える奈古屋さんは、お金に執着することなく、物事の本質を捉え、弁護士、司法書士、行政書士の垣根を超えた新たなカタチを模索している。

「”今” が大事」

そんな奈古屋さんの今後が楽しみだ。

 

 

インタビュアー : (株)ソアラサービス 代表取締役社長 牛来千鶴