雨の日の娘の送迎で、出たり入ったりの嫁![]()
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家族用に玄関
は、リフォーム時に増設したので、
1階の義父母のリビングを通らないと、出入りできない場所にある。
必ず顔を合わせるので、良いのだが。
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「ただいまー」
義母は、食卓に座って、通帳を見ていた。
「おかえり~」
30分後![]()
「違う娘
、迎えに行って来る」
「え?帰ってきてたの?いないと思ってた」
「さっき、ただいまって言って、ココ通ったじゃない」
「えー、じゃあ私、その時、何してたのかしら?」
いやいや、さっきもそこに座って、通帳眺めてたから。
寸分違わず、同じ状態だから![]()
わざわざ、そんなこと言わないけどさ。
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こんな風に、だいぶ認知症が進んできたことを実感する日々。
最近、夫と、先を予測するような話をする。
”あとどのぐらいで、いろいろ分からなくなる?”
”いつになったら、お金の管理を手放してくれるかな?”
認知症が進むのを待ってるようで、なんですが![]()
お金の管理、手放さなくても良いんですよ。
「一緒に管理して欲しい」って言ってくれれば、
義母に主導権がある風に、援護射撃してあげるのになぁ。
なにせ、信用の無い息子と嫁![]()
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「義母が、お金の管理を手放すころには、簡単な家事も出来なくなるんじゃない?」
「そうだろうね、自分で(お金の管理が)出来ないから手伝ってとは、言わんだろ」
「じゃあ、あと2年ぐらいは、こんな感じじゃない?」
「いや、年末ぐらいだろ」
「え、年末ぐらいには、何も出来なくなっちゃうって、思ってるの?」
「時間の問題だよ」
「えーー、それはそれで、困る」
今のQOL(生活の質)をなるべく長く保って欲しいと思っている。
でも、この抵抗の日々が長く続くのも、困る。
認知症初期を介護する人がみな、抱えている葛藤じゃないだろうか?
我が家にある、暮らしを便利にするものたち