人の可能性と情報量

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日常の仕事を優先していて、ブログから遠ざかっていました。

ご縁から、「見えない世界」と「見える世界」の相談が多くなってきてる中、

掘れば掘るほど未知なる物が出てくるため、中々手一杯状態。

 

予定していた仕事もいろいろと予定が押していたりしますが、

まとめれていない、データはいい感じに溜まっていきます。

こちらは嬉しいことでもあり、編纂作業に時間を割きたいところ。

 

 

人間というものは不思議なもので、

何かに挑み、それらを実現しようとすると、

真価を発揮するようになっているようで、

 

一見、皆同じような身体構造をしているようで、

見えない構造も含めると、その実、多彩な機能が満載です。

 

一つとして、同じ組み合わせがないものを、

私たちは、感覚的にカテゴライズして、

〇〇な人たちと、認識しますが、

少々もったいないのかなと思うこともあります。

 

私たちの持っている能力を余すことなく使いこなすと、

一体どんな世界を創造できるのかなと思うこともありますが、

それは、まだ先の世界なのでしょう。

 

見える世界、見えな世界、

両方の見聞や経験が揃って、はじめてやれることが、

本当にたくさん未来に待っているんだと、仕事の能力があがればあがるほどに想います。

 

選択肢とデータが多くなる一方、

物理的な選択、スタンスは、結果的にその瞬間という「1つ」のデザインにまとまります。

 

 

情報が多くなる時代、「デザイン」なくして、

私たちのシンプルさ(幸せ)は見つけにくいことだけは、増すばかりです。