剣道部奮闘記 丸信日誌★MARUSHiN NiSSHi☆
  • 20Oct
    • 石原旗争奪全国高等学校選抜剣道大会

      悔しいか。悔しいならば竹刀を振れ。自らやるか、誰かにやらされるか。どっちだっていい。綺麗事じゃない。自分で感じて行動出来る子は…既に強い。このタイミングを逃さない。自らその悔しさや怖さを感じれるまでは…きっとやらされてでも心と体に叩き込んだ方がいい。今しか出来ない稽古があるから。鮮明なうちに。稽えることから逃げちゃだめだよ。石原旗争奪全国高等学校選抜剣道大会第三位。よし。一つ上に行けたぞ。ここからだ。

  • 07Oct
    • ゆのみ会

      お花屋さん寄ってこっと。大切なお客様来るし。いらっしゃい、みゆき。おかえり、のんちゃん。先日、ゆきとのぞみとみゆきで「ゆのみ会」を開催した。2人は大学時代の同期。親友っていうより心友な感じで…珍友だとも言えるのかしらね。みゆきはいつも唐突で。「ゆきん家いくわ」『おっけ』のんはいつも…「ならあたしも行く」こんな感じで。みゆきは数日前からわくわくしてて。一人カウントダウンしてそわそわしてて。よほど楽しみにしているのが伝わった。みゆきは夜行バスで岡山からやってきた。バックの中には梅干し昆布やさしい甘さのはちみつ梅ほどよい甘さの甘い干し梅とまぁ、やたら梅づくし。土産は…お茶漬けと靴下。決して悪口ではないが……みゆきはずっとふわっと変な人だと感じる。「いいもん持ってきたけ」と言って取り出したのが…あたしらが20歳の頃のビデオ。どうやらのんの誕生日のようだ。バカだねぇ(笑)わちゃわちゃしてる。みゆきは記録することが好きだった。いっつもビデオを持ってて。色んなもんを撮っていた。懐かしいなぁ…乾杯!!いや…またビデオ(笑)しかし、私の記憶が確かならば…みゆきはこの乾杯しか撮っていない。そう、みゆきは超刹那的にしかビデオを撮らない。だから後で見返した時、結局何が撮りたかったのかわからないものが小刻みに収録されていることが多々ある。さっきのDVDにも突如姉が現れ、実家の庭先で水泳帽とゴーグルをはめてエアクロールしていた。シュールすぎて腹が痛くなった。そんな姉を見つめるチュータロー(犬)のキョトンとした顔が妙にツボに入って泣きながら笑った。きっと私達の乾杯は…また何かの映像の間に突如現れるのだろう。20年後…また観るのかな。その時、還暦か。想像できんな(笑)みゆきまたビデオ持ってきそうだな…てかビデオ自体あるんかな。あってほしいな。楽しみだな…次の日。二日酔いにも負けず稽古をした。嗚呼、幸せ。みゆき、のん、ありがとう。いっつも集まれるわけじゃないけど…なんだかいつも近い場所にいてくれる人達。何があってもどこにいても心が近い存在って…そう何人もいないよね。有難いです。みゆきが帰っちゃう。ちと寂しいな。新玉名駅のロータリーでバイバイをした。しばらくすると…みゆきから着信。「時間間違ってたー!あと1時間後や(笑)」運悪いのか良いんだか(笑)予定より一時間長く一緒にいれた。ちと嬉しい。「のんは朝帰ればいいやん」『そだね』って言って毎度一晩の予定を二晩にしてくれる。のんとは数時間長く一緒にいれた。ちと嬉しい。次はいつ集まれるかな…またゆのみ会で試合でも出っか。それまで…またな。みゆき、のん、ありがとね。また来い。

  • 28Sep
    • 青春

      本日、体育大会。今年もあたしは一つ歳をとった。姫達はいつも15.16.17.18らへんで。なんだか無性に……青春羨ましいわ。

  • 13Sep
    • 願い

      「れいちゃんとの稽古写真撮っといてね」『はいっっ』こら(笑)久しぶりやね、れいちゃん。3月3日岩根家が我が家にわざわざ挨拶に来てくれた。「先生!行ってきます」『おう!行ってらっしゃい』角を曲がるまで車を見送った。最後の最後まで岩根家だったな…って。うるっとしながら送り出したことを思い出す。3月20日スマホの画面に大学の先生の名前が表示された。一瞬ザワついたまさか…そのまさかが的中した。アキレス腱断裂心臓がバクンとした。痛かったね、れいちゃん。3月25日、手術の日「ゆき先生のTシャツ着てます」「みおな先輩に書いてもらいました」れいちゃんの手に「ありがとう、感謝します」って書かれてた。泣けてきた。みおなありがと。4月1日「外泊をいただいて入学式に参加できました」「小澤先生にご挨拶させていただきました」あたしがお世話になった小澤先生にまできちんと挨拶してくれていた。偉いね、れいちゃん。凄い人だなぁ…4月4日「ガンダム届きました」4月8日「少し可動域が広がりました」6月1日「総体の開会式の行進拝見しました」「元気もらいました」この日、れいちゃんの装具が外れた。8月30日「今日から稽古に参加させていただきました」長かっただろうな…この半年間。よく耐えた。乗り越えました。9月12日「熊本に帰ってきました」『おかえり』「明日稽古行っていいですか」『うれし!先生と一緒に技練しよ!』「楽しみです!」『先生も』いい感じやん。泣けてきた。みんな、おかえり。「どこみたらいいん(笑)」若者は鏡越しに撮る。それが謎。「ポートレート綺麗に撮れますよ!!」いや、ピントがさぁ(笑)「先生、これで撮りましょ!!」『ゆき先生若返ったーーーーーーーーーーーーーー(笑)』アプリ効果ですね。うるさいです。さきちゃんありがとね。みんな好きよね、そのTシャツ(笑)嬉し❤みおなさん、ぷぷぷ。まりなに勝ったら稽古してあげるね❤頑張りたまえぇ(笑)れいちゃん、稽古ありがとう。ぼちぼち行こね。人生何が起こるかわからん。だけど…剣道やっててよかったなって。そこだけはブレない自分でいたい。姫達も…そうであってほしい。それが私の願いです。

  • 26Aug
    • クラクフ

      電車に揺られて2時間半。クラクフの街に着いた。まずはバルバカンを目指す。これは城壁を護る砦の跡。1498年当時のままの姿で残っていた。うわっっっ馬車だ!!すっげーーーーー!!かっこいーーーー!!『ねね、乗りたくね?』「乗る?」『乗ろか』「乗ろや」てなわけで…初馬車♥️乗っちゃった。ここでしか味わえないからね。なんでも経験経験。さっき買った日除けの「雨傘」もいい感じで映えてるし(笑)あっ!!お城が見えてきた。ここは歴代ポーランド王の居城として名高いヴァヴェル城。第二次世界大戦で破壊を免れたこのお城は16世紀までの姿を今もとどめている。ああ楽しかった。馬さんお嬢さん、ありがとう。さーて、次は歩いて散策。まず目に飛び込んできたのはここ。絵になるねぇ。しばらく歩くと…中央広場に出た。中世からそのまま残っている広場としてはヨーロッパ最大らしい。ここは聖マリア教会。1222年に造られたゴシック様式の建造物。15世紀のファイト·シュトースWits Stwosza作の祭壇はちょうど修復工事中。しっかり見れなかったのは残念だが…その現場を見れたこともまた貴重な経験になった。周囲のステンドグラスもたまらんね…すごくすごく美しい場所だった。教会を出ると…ボスに捕まった。やたら子分見っけ感出してこられたけども…剣持たせたらあたしまぁまぁ強えぞ…って密かに思っていた( ¯▽¯ )フフいい天気だ。こんな日は生ビール&モヒートが飲みたいよね。少しまた歩いてみよう。カジミェシュを目指して。カジミェシュ地区は第二次世界大戦までユダヤ人街として栄えていた。『シンドラーのリスト』のロケ地としても有名な場所。この地区にはユダヤ教の会堂「シナゴーグ」が点在する。また昔ながらの街並みが残るカジミェシュ地区を歩いていると、たくさんのウォールアートを見つけることができる。街を明るくさせるようなアートもあるが…戦争や差別をテーマにした風刺画のアートもやはり多いらしい。この国と街が乗り越えてきた歴史を思うと、心に迫ってくるものがある。しかし、活気を取り戻したこの街には…人と笑顔が溢れていた。だから私もここに笑顔を残して帰ろう。とても素敵な街だった。ありがとう、クラクフ。

  • 25Aug
    • 記憶の場所

      「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」その門をくぐった。当時の人々はどんな思いでこの門をくぐったのだろう。私には想像すらできなかった。ここはアウシュヴィッツ。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの強制収容所だった場所。この収容所はもともとポーランド人の政治犯を収容するために作られたそうだ。しかし、次第にユダヤ人やロマ、ソ連軍捕虜をも収容し、施設を拡張させ、一大殺人工場と化していった。棟の中へ入ると胸を締め付けられるような息苦しさを感じた。そこには当時の貴重な写真が展示されていた。4号棟には劇薬チクロンBの空き缶の山があった。これで大量の人々の命が奪われた。バラックから少し離れた場所に大量虐殺が行われたシャワー室が残されていた。天井には四角い小さな穴が数箇所開いていた。収容者にはシャワーだと偽り、入室させた。そして、その小さな穴からこのガス缶が投げ入れられたそうだ。なんとも想像しがたい話だが…その場所は確かに存在していた。収容者のバッグは全て没収され靴も義足も奪われた。収容者の髪の毛は全て刈り取られ、ものすごい量の毛髪が積み重なって置かれていた。長い女性の髪が多かった。またズキズキと胸が痛む。この髪で織ったという布が展示されていた。もう何が何だかわけがわからなくなった。ただ、理解出来たことは…このおびただしい量の品々に、ひとつひとつの命があったという事実。それだけが…形あるものから飲み込めた。通路一面に被収容者の顔写真が並んでいた。憎しみか…怒りか、諦めか…力強く見開いたその目を直視するのが怖かった。何度も目を逸らした。とにかく想像や感情が追い付かない。言葉にすればどれも軽くなりそうで…それを比喩するものが自分の中にはなかった。10号棟と11号棟の間にある通称『死の壁』というものを見た。この壁の前で数千人にも及ぶ銃殺が行われたそうだ。その壁の横に1人の男性が立っていた。アガが話しかけに行った。『私のおじいさんがここに収容されていたけど、ここでの生活のことを絶対に話そうとしない』そう彼は言っていたそうだ。では彼は何故そこに立っていたのか…それも彼しかわからない。アウシュヴィッツからシャトルバスを利用してビルケナウへ向かった。ここはアウシュヴィッツから2キロほど離れた場所にある収容所。アウシュヴィッツより更に広大な敷地で、300棟ものバラックが規則正しく並んでいた。ここでは1945年にソ連軍によって解放されるまでに百数十万人の命が奪われたそうだ。『死の門』から延びたレールを見つめた。ここに足を踏み入れた理由を探したが…まだわからない。あまりにも酷い現実を突きつけられれて、本当に想像と感情が追い付かない。ただこの風景を目に焼き付けた、そして心に刻んだ。きっと自分の人生の中でここに来たことが何か大きな意味を持つ日が来るだろう。『アウシュヴィッツの動画撮ってきてね』ポーランドに行く前になみかが言ったのを思い出した。なみかにこの正直な気持ちを伝えた。すると…『難しい方を選んで歩いてそれが出来る人がそこを訪れるんだよ』って返ってきた。考えることから逃げちゃダメだな…人間がこの残酷な場所を生み出した。だからこそ人間しかこれを償いあらためることもできない。二度とこの悲劇を繰り返さないために。

    • Do zobaczenia ponownie

      「せっかくするならみんながやりたいことをやろう」「何か質問あったらそれ聞いておきたい」ポーランドへ行く前にみんなに質問をもらった。12個の質問が返ってきた。想像していた量を遥かに越えていて…少し面食らった。様々な視点から剣道に対する疑問を投げかけられた。ハッとするものがいくつもあった。でも一つ一つの質問がとても興味深かった。これは私なりに答えをきちんと持ってなきゃいけないなって。真摯に応える責任があるなって、そう感じた。午前、午後みっちり稽古して…みんなクタクタになっちゃった。いい汗かいたね。先生達もガールズ達もイケメンズもちとおばさんが浮かれとるな( ˙-˙ )ウザミアガもコーイチもみんなみんな笑顔になってくれて。本当に幸せ。のん、ありがとね。記念写真ボケちゃったね(笑)まっいっか(笑)ポーランドの皆さん、本当にありがとう。皆さんのおかげでまたひとつ、剣道と向き合えた気がします。素晴らしい経験でした。心から感謝しています。Do zobaczenia ponownie♥️

  • 24Aug
    • 再会

      海外の剣士はとにかく剣道が大好きだ。とてもとても熱心で、手を抜くことがない。確かに言葉はうまく伝わらないことが多い。しかし、こっちの熱と受け取り側の熱が同じだと…言葉以上に伝わるものを感じる時がある。マリシア、また会えたね!!本当にありがとう。楽しかった!!!!稽古後、アガとコーイチがフランスから来てくれた!!久しぶりの再会♥️嬉しい♥️今回アガがたくさん計画を立ててお世話をしてくれた。アガありがとう♥️コーイチは先日のヨーロッパ選手権で優勝したばかり。本当におめでとう!!明日一緒に稽古できるの楽しみ!!とりあえず再会に乾杯。最高の夜に、乾杯だね。

    • ワルシャワ散策

      今日は朝からワルシャワを散策。今回はガスペルとケシャが案内してくれた。ガスペルはポーランドナショナルチームのエース。とっても賢くてかっこいい。なかなかこの水色のシャツにピンクの半ズボンを着こなすメンズはいないわよね。しかもシャツのボタンだいぶ開けてる感じね。うん、素敵♥️ケシャは17歳。剣道を初めて3年目だけど、とっても上手。剣道大好き少女。姫達と同世代かぁ…かなり大人っぽいな(笑)先日のポーランドのジュニア大会では見事優勝。みんなからは『未来のスーパースター』と呼ばれていた。そんな2人がまるまる一日かけてワルシャワを案内してくれた。旧市街広場にやってくると…Kawaii♥️まさかオルゴールだとは…『これがワルシャワの保護者です』「保護者?」『はい、保護者です』たぶん、これがこの街を守ってるシンボルみたいな存在なのかな。ガスペルは日本語がほとんど話せない。でもきっとあたし達のために色々調べてくれたんだと思う。嬉しいなぁ…あたしものんもポーランド語も英語も喋れないから、二人との会話は謎解きゲームみたいになっていた。それがすごく面白くて楽しかった。これは『ウィッシング·ベル』お城のベルなんだって。『触ったらいい事あるよ』ってガスペルが言うからとにかくベタベタ触っといた。でもホテルに帰ってガイドブックを見たら…「鐘の上に手を置きながら周囲を回ると願いが叶う」って書いてあった(笑)げ……回ってねぇぇぇぇ(笑)まっいっか。いっぱいいい事起きてる起きてる。すでに叶ってる。最高だ!!旧市街広場を抜けると…無名戦士のお墓があった。2人の警察官が微動だにせず一点を見つめていたのが印象的だった。王様通りを歩いていると…ベンチから音楽が流れていた。ショパンが20歳まで過ごしたワルシャワには、ゆかりの地が点在していた。次に訪れたのはショパン博物館。ショパンが最後に使ったプレイエル社製のピアノや再現されたパリのサロンがあったり地下一階にはショパンの曲が全曲聴けるブースもあった。ショパン死のコーナーには、ショパンの死に顔から型を取ったデスマスクや毛髪など、衝撃的な展示も。外に出ると、ショパンのウォールアートがあって…ガイドブックとは違った絵になってて、これまたかなりかっこよかった。次に向かったのが…ワジェンキ公園。鴨が寝てたりリスが木登りしてたりのんびりとした時間を過ごした。いっぱい歩いてお腹もすいてきたところで…ポーランドトラディショナルメニュー!!ぜーーーーーーーーんぶ美味しかった♥️満足満足。さてと……稽古やりますかね。お腹も足もパンパンだけども。日本だったら深夜2時だけども。色々考えまい。きっと剣道がまたわくわくさせてくれる。楽しみだ。

  • 23Aug
    • ワルシャワの朝

      2日目の朝。走って街を散策しよう。あと…ピエロギ食べすぎたからね🐷さてさて、ここはショパンが前半生を過ごし、キュリー夫人が生を受けたポーランドの首都、ワルシャワ。このワルシャワの街に悲劇が訪れたのは…第二次世界大戦。街は跡形もなく破壊されて、全てを失ってしまった。しかし、戦後ワルシャワを愛する市民は…「ひびの1本にいたるまで」と言われるほど忠実に街を復元し始めた。そして、かつての美しさを取り戻したこの街は1980年、ユネスコの世界遺産に登録されることとなる。要するに……全てが再現された、街。凄いな…ポーランドの意地と誇りみたいなものが垣間見えた気がする。もしも、その時の市民の考えが違っていたらどんな街になっていたのだろう。きっと、また違った風景を作り出したに違いない。そんなことを想った。あ、ここワルシャワ大学。ここはコペルニクスの像の前。んでここが聖十字架教会。ショパンの心臓を安置してある教会。でも第二次世界大戦の時、ドイツ軍が一度心臓を持っていっちゃったんだって。でも戦争が終わって、心臓を取り戻したらしい…凄い話だね。中に入ってみると美しいパイプオルガンの音色に包まれた。とても荘厳な空間だった。しばらく歩くとまた教会を見つけた。ここはヴィジトキ教会。1825年に若きショパンが日曜日のミサでパイプオルガンを弾いていた教会なんだって。ここも入ってみよう。のんと二人で椅子に座った。聖母幼稚園に通っていた頃…教会が好きだった。ぐるりと一周飾ってあるキリストの絵を飽きずに見た。神父様はいつも穏やかだった。マリア先生はいつも笑顔で優しかった。幼い頃の思い出が甦る。しばらくそこにいた。凄く心地がよかった。「喉乾いたね」『うん』というわけで、スーパーへ。あたしは炭酸水。のんは飲むヨーグルトを飲みたいと言っていた。いや、あなたこれ完全に食うタイプのヨーグルトね。つくづく変な人だと思う。ホテルに帰って朝ごはんを食べた。もりもり食べた。今日は街を探検して、ちょびっと剣道。わくわくする。

    • 夏旅

      「来年はポーランド行きたいなぁ…」『俺は全中行くけん、行けんなぁ…』「なら、あたし行ってくるー」『まじか……』「まじ」『俺、全中……』「行かなんたい、んであたしはポーランドいく」『絶対全中行くし( ˙^˙💢 )』という訳で…こーいちさんは、全中出場を決めた。正に執念である。そして私は…ポーランドへ。今年のパートナーは、のん。目標は『喧嘩をしないこと』たぶん無理だろうけども(笑)ビールでも飲みながら…喧嘩したってどうせ乾杯の度にリセットなるからさ。ぼちぼち旅を始めよか。さてさて…ヘルシンキに着くと。「酔うた…」『嘘やん( ̄▽ ̄;)お酒?』「いや、飛行機」『まじ?(笑)』本人はこの酔いを「気持ちの問題」と言っていた。つくづく変な人だと思う(笑)とりあえず…『飲めば治る』1カ国目フィンランドに乾杯。ビールうまっ!!サラダ気持ちいい♥️ヘルシンキからポーランドに向かう飛行機は…何故か前と後ろの座席になっていた。ワルシャワ空港に着くと、昨年パリで出会ったアガのお兄さんが迎えに来てくれた。アガのお兄さんマリウスはポーランドナショナルチームのコーチをしている。とても強くて、優しい。しかも同級生ってのがまた嬉しい。「小さいご飯食べよう!!」『OK!!』たぶんちょっとご飯食べて帰ろって言いたかったんだと思う。まず最初に頼んだのがポーリッシュトラディショナルスープ『ジュレック』酸味があって凄く美味しい!!これお気に入り♥️それと、ポーランドと言えば『ピエロギ』餃子みたいなんだけど…一個一個がかなりボリューミー。でもめちゃくちゃ食うた。お腹ハチキレル( ˙-˙ )ピエロギの具はじゃがいもとチーズ、ミート、マッシュルームなど色々な種類が楽しめて美味しかった。ただ……お腹ハチキレル。これ、まぁまぁ大きい食事よ、マリウス。帰りはホテルまで少し遠回りをした。ワルシャワの旧市街はキラキラしていて綺麗だった。今年の夏旅、ポーランド。どんな日々が待っているのだろう。わくわくしてベッドに入った。日本は太陽が目を覚ます時間かな。左手の時計は日本のままにしておこう。

  • 11Aug
    • ドーンと。

      暑いし火山灰降るし。BBQには持ってこいでもないけども。やるにきまっとったい。夏ですから。花火大会ですから。早いもんだねぇ…もう1年経っちゃった。今年も母さんから3年生へ浴衣のプレゼント。女の子だもん。夏は浴衣に紅ひいてね。うん、とっても可愛いよ。母さん、今年もありがとう。感謝してます。そしてこれを境に…新チームが。動き出す。また新しい菊女の歴史を刻む。あなた達らしく。夢を描けばいい。どうせ描くなら…でかい夢描いてみようよ。ドーンとね。

  • 10Aug
    • 深淵に咲いた魂の華

      決選4時からかぁ…行けるな、これ。よし。行こう、神戸。みゆの全国初舞台。あたしには何も出来ないけど。近くで見ろうが離れていようがきっと変わりゃせんけど。勝手に心と足が動いてしまう。あーあ、着いちゃった(笑)当日券無事ゲット。第32回全国高校·大学ダンスフェスティバル(神戸)『決選』みゆ達、8番目か。あ!!小澤先生のとこみゆの次じゃん。楽しみすぎる!!あ、やべ……お腹痛い…勝手に緊張してお腹痛くなる。つくづく私は弱い。どうしたもんかね。「プログラム8番、深淵に咲いた魂の華」みゆ達が出てきた。頑張れ、みゆ。頑張れ、日女。一糸乱れぬ動き。スッハッハッスゥ…息で間を取り、合わせる。腕や脚が空間を切り取り、時の強弱を自由に操るような。凄いなぁ……息を呑むってやつだ。後半、ユニゾンに向かうとこ。あたしが1番大好きなとこ。飛べ!!みゆ!!あっ……みゆが……顔面から落ちた。血がドッと逆流した。踊れ。踊れ。踊れ、みゆ。0.何秒の世界で念じた。みゆは流れるように踊り出した。真っ赤な目を必死に開けて。鬼気迫る形相で。力強く踊った。口からは血が流れ出ていた。踊れ。最後まで。最後まで最後まで。祈り念じた。ラスト…手に持つ薔薇を口元へ持っていく。薔薇の赤が血となり顎を伝っていくようだった。涙が出た。悔しかろうな…みゆ泣いてるかな。はぁ……なんて声掛けたらいいだろ。こういう時、何が正解だろうか。ドキドキが止まらなかった。みゆからLINEが来た。『ごめんせっかく来てくれたのにみゆのせいで…ごめんなさい今から病院行きます』「病院どこね」『神戸中央市民病院』「すぐ行くから」『うん』救急受付につくと、みゆとキャプテンがいた。「大丈夫か」『大丈夫』「痛かったね」『大丈夫』みゆの隣に座った。必死に涙をこらえていたから…話しかけるのをやめた。口元を見るとパックリ切れていた。麻酔なしで縫うことになった。痛そうだな。みゆが処置室へ向かい、一人になった。また涙が出てきた。踊るの怖くなったって言ったらどうしよう。いいさ、受け入れよう。もう踊れないって言ったらどうしよう。いいさ、受け止めよう。心臓をえぐり取られる気分だった。しばらくしてみゆが走ってきた。『賞取れた!!!!』みゆは泣き崩れた。やっとみゆが泣いた。ホッとした。『あと3回踊れる!!』『特プロ踊れる!!!』『めちゃ嬉しい!!!』なんとまぁ…強くなったというか、逞しいというか……血出てますけど( ̄▽ ̄;)縫いますけどあなた今から( ̄▽ ̄;)勝手にビビってたあたしはいったい…。「よかったな、みゆ」「おめでとう」『嬉しい!!』『ありがとう!!』次の日みゆは飛んだ。恐怖に打ち勝ち…踊り切った。またひとつ強くなったな。素晴らしい仲間と出会い、夢を追う『絶対文部科学大臣賞取るけん』「ふん、たのもしや」『ゆき先生に追い付いてみせる』「命懸けで上手になれや、ヘタクソ」『知っとっし』「おめでとう」『もっともっと頑張る』「当たり前た、ヘタクソ」『うん!!』

    • 笑顔

      「だいにい、撮って」私はりかを知らなかった。どんな顔かもどんな剣道するのかも。初めてりかと会った日…りかはオドオドビクビクしていた。でも目ん玉をじーっと離さない子で。その目ん玉の奥には何か冷ややかな水が流れてて。笑っているようで笑ってなくて。だけどりかはいつも笑顔だった。綺麗な顔には、いつも笑顔が貼り付いていた。笑っているようで笑っていないような。心の奥には何か冷ややかな水が流れているような。強そうで脆そうで、とても優しそうな子だった。稽古をした。出頭面がピュンと走ってきた。よし、決めた。「一緒に剣道しない?」『私なんかが菊女に行くなんてハーバード大学に行くようなもんです』「だいぶ飛び抜けたな( ̄▽ ̄;)」『私なんて、そんなそんな……』「あなたが3年生の時、熊本でインターハイあるんだ」『そうなんですねぇ…』「一緒に出よう」『いや、私なんて……そんなそんな』「このチャンスに飛びつくか飛びつかないか、自分で決めて!私はあなたと剣道がしたい」人との出会いは必然。出会うべくして出会ったんだと思う。少しずつ夢を育てた。時間はかかったけど…夢に近付けた。りかの顔にはいつも笑顔が貼り付いている。きっとこの仲間が…りかをあたためてくれたに違いない。とってもあたたかで穏やかな笑顔が…今日も綺麗な顔に貼り付いている。

  • 01Aug
    • 日本代表

      本日はポーランドからのお客様。昨年の世界大会でポーランド代表だったマリシアがやってきた。以前から交流のある法上さんから繋がった御縁。ありがたいことです。にしても……暑い。来てくれたはいいが……気温37℃とにかく……暑すぎて、異常事態。「FIRE!!!FIRE!!!」とか言いながら水膨れを作った足で一所懸命最後の1本まで頑張っていたマリシア。頭が下がります。姫達は日本代表として頑張れたかしら。心に届く剣道ができたかしら。心に届くおもてなしができたかしらね。あなた達は海外の方々からしたら日本代表です。その自覚と責任を持って剣道に励んでもらいたいものです。夜は……SUーーーーーSHIーーーー!!次は……ポーランドで会おう。ウォッカで乾杯だ。マリシアまたね。剣縁に感謝。

  • 29Jul
    • 季節と自然

      あぢ……あぢ……どもこもあぢ…………「川行こか」『はいっっっ!!!!』なんとまぁ…いい返事だこと(笑)てなわけで、川へGO。冷たーーーーーーーー!!!!!!無理無理無理無理(笑)とにかく…菊池の川は綺麗で冷たい。慣れてきたら、なんてこっちゃないけどね。「上、行くぞ」「飛ぶぞ!!」「とりあえず……あたし、行くわ」「さぁ、飛べっ!!!!」たまに裏切りあり(笑)飛びそうで飛ばんやつモゾってする(笑)最後はみんなで飛べた(笑)ただ飛ぶだけなんだけど…楽しくて仕方ない。菊池の自然って、やっぱり最高だな。暑いのはしゃーない。夏だもの。キンキンに冷えた体には…焼けたアスファルトの熱が心地良かったりする。季節を受け入れ、自然に目を向ける。たまにはいいもんだ。葉の緑の数を数える。川の色の数を数える。緑と青と。ひとくくりにはならない彩りを見つける。水を両手ですくう。透明な水をまた川へと戻すと…その水はまた美しい色へと帰っていく。この景色を描くなら…どこから描き始めようか。親指と人差し指で丸を作って…顔の前に出してごらん。そんで片目つぶって。先生はそこにおさまったものだけを描きたいな。勇気を持って手前の木をでっかく横切らせたい。なんて話を姫達として。季節と自然を楽しんだ。また涼みに行こね。よし、明日も頑張っぞい。

  • 25Jul
    • ご褒美

      お母ちゃん達に、ご褒美♥️まさみさんはダブルGODIVA(笑)

    • パフェ

      最後の練習試合が終わった日。ひかりの母まさみは、娘のへっぽこっぷりに凹みまくっていた。明らかにテンションの低い、母まさみ。「甘いの、食べん?」『食べる!!』見事スイーツにつられて笑顔になる母まさみ。夜、母まさみにLINEをした。大丈夫あなた達の子だから!できるに決まってる!信じとるLINE越しに涙が見えた。今日ひかりは5人抜きをした。きっと母まさみは泣いているだろう。それを想うと幸せな気持ちになった。ひかり、よう頑張った。敢闘賞おめでとう。観覧席へ向かった。ひかりは母まさみに賞状を渡した。母まさみは泣きながら私にこう言った。「先生、パフェね!!」『そだね、おっけ!!(笑)』ひかり頑張ったから母まさみへご褒美ってわけね。了解了解♥️追伸…これが……母まさみ。ダブルピースて(笑)よし、明日も笑顔で頑張ろ。応援よろしくお願いします。

  • 24Jul
    • イッポンを狙え

      令和元年度玉竜旗、開幕。応援組にも。母ちゃん達にも。それぞれの思いがある。だからこそ…心ひとつに。仲間を信じて我が子を信じて出来ることを精一杯。大丈夫、いっぱい頑張ってきた。今更かっこつけんでよか。ドキドキしてよか。ガッチガチになってよか。あんた達らしく戦えばよかたい。心を込めて…イッポンを狙え。