楽園の蝶/講談社

2014年24冊目。柳広司『楽園の蝶』

 

満州映画協会を舞台にした軽いミステリ。

 

 

京都の名門朝比奈家に生まれながら、慶應大学在学中に左翼思想にかぶれ、特高警察に逮捕された朝比奈英一は釈放されたものの、帰った実家に居場所はなかった。


新天地満州に渡った朝比奈は満州映画協会で脚本家の職を得るが、迎えた満映の理事長甘粕正彦は朝比奈のアカにかぶれた信条は決して変わることはないと断言し、朝比奈を戸惑わせる。

また、脚本を提出した桐谷サカエ監督は満州の実状を理解しない朝比奈の脚本をこきおろす。

女性でありながら映画監督であるサカエに、日本人の関係者は無理解だが、現地の人々は通訳もなく中国語で直接指示を出すサカエに親しみをおぼえていた。


厳しいながらもサカエの指示は的確で言い返すこともできず、朝比奈は同僚の中国人陳雲に愚痴るが、陳雲は最近のサカエの不機嫌は撮影所で発生するお化け騒動にあるという。

京都の撮影所で、この手のお化け話に慣れていた朝比奈は陳雲とともに、このお化け話に取り組み、解決する。


朝比奈の書くメロドラマにダメを出すサカエはお化け話を解決したという朝比奈に探偵物を書くように勧める。

新京に仕事を求めて上京してきた陳雲の妹陳桂花に一目惚れした朝比奈は、陳雲・桂花と三人で探偵物の脚本を作ることを決める。

寛城子のペンネームで作成した脚本は、怪人二十面相を下敷きにした「怪盗黒マント」を描くもの。

サカエはなぜか作品のなかに少年が攫われるシーンを入れることを朝比奈に求める。


満映のある新京では、「昼の関東軍、夜の甘粕」と巷間囁かれるように、甘粕理事長は関東軍に敵対する新京の実力者とみなされていた。

そんな甘粕を関東軍が放置しておくはずもなく、甘粕の留守中の満映撮影所に押し寄せた関東軍のトップは関東軍防疫給水部第731部隊長石井四郎(少将)を名乗った。

撮影所の人間を拘束すると、ペストの発生を匂わせ、強制的にペスト禍の脅威を叩き込む。

実際には訓練でしかなかったが、その強烈で、悪意のある石井の振舞いに朝比奈は圧倒される。


満映の倉庫を管理する渡口老人や寮の同室の山野井らから朝比奈は甘粕理事長の過去を知る。

関東大震災の擾乱のなかで発生した蜚語を受けたアナーキスト大杉栄を尋問・拷問のはてに殺したのが甘粕だという。

大杉の殺害は世間に問題視されなかったが、その妻伊藤野枝と甥橘宗一をも同様に殺害していたことで甘粕(憲兵大尉)は一身に責任を追い、懲役の刑に処せられた。

しかし、後に釈放されたものの日本に居場所のなくなった甘粕は満州へ渡った。

その際に、大杉の盟友であり、甘粕の命を狙った渡口も伴っていた。


三人の脚本に基づき映画撮影が始まったにもかかわらず、陳雲の顔色は冴えない。

中国人、日本人という垣根を超えて、映画が好きだからという理由で満映で働く陳雲にとって、自身の作品が映画になることは好事であるはずなのに・・・。


そんななか、中国人女優がセットの不手際で高所から落下し、大怪我をするという事故が起こる。

しかし、それは事故ではなかった。何者かの手による意図的な事件。

朝比奈は一人、夜の撮影所に忍び込むと、再度犯人が現れるのを待ち構える。


その最中、撮影所の奥で渡口老人と遭遇した朝比奈は、渡口の言葉から甘粕がこの満州映画協会を使って行おうとしている事業の概要を推理する。


再度、現場に戻った朝比奈はそこで陳雲と陳桂花が言い争うところを目撃する。

逃走した桂花とは別に、残った陳雲は朝比奈に二人が中国のエージェントであることを自白する。

映画に魅せられ、仕事が滞る陳雲を監視し、叱咤するために本部から遣わされたのが桂花だった。

勿論、陳桂花は偽名で、兄妹でもなかった。


翌朝、陳雲は姿を消す。

街に陳桂花を探しに出た朝比奈は中心部三角地帯を関東軍が封鎖しているところに出くわす。

ペストが発生したというのだ。

朝比奈を見つけた石井は、暗にこのペストを発生させたのが自身であり、同様の手法をもって満映にも対応することを宣告すると、甘粕に伝えるよう告げるのだった。


満映では渡口が無政府主義者であることを告白して自殺した話で持ち切り。更に、映画の少年探偵団の一人であり、サカエがなぜか目をかけていた中国人少年宋逸が関東軍に拉致されていた。


朝比奈はサカエとともに甘粕のもとに向かうが・・・。

 

 

朝比奈という主人公を配しながらも、その存在感という意味では甘粕正彦だろうか。

殆ど登場しないものの、このストーリーの幹の部分はほとんど甘粕に絡んだもの。

満映での姿と、それを隠れ蓑にした諜報機関の長としての姿の二重性を伺わせながらも、善悪といった二元論で語れないような人物として描かれる。

大杉栄謀殺の話は知っていたが、そこに甥まで含まれていたとは知らなかった。

この作品の大きなプロットは甘粕の子ども殺しに係る復讐譚となっているけれど、それに関わらず、満映時代の甘粕の姿など、満州国の黒幕としての知名度が高い甘粕を知るという意味で好奇心は大いに満足させられた。

ただ、逆に関東軍を悪辣なものとして単純化するためか、731部隊を出してくるのはちょっとやり過ぎか。

 

通してみれば、ミステリ云々という要素よりも当時の満州国、満州映画事情といったものの紹介といった印象が強く残る作品だった。

いや面白くないわけじゃないんだけれど、時代背景や歴史的なディテールの新鮮味と比べると、ちょっとストーリーが格落ちするんじゃないかな、という感じだ。

 

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆