さだまさしの曲、「歳時記」にまつわるエピソードを以前書いた。
あの曲にまつわるエピソードは、もう一つある。
「この歌に出てくる2人、絶対両想いなのに、お互い何も言わずに終わっちゃうのね。どっちかが踏み出せば、恋人になったんじゃない?」
「うーん、そうかもしれないけど、想っているだけの恋もあるからなあ。俺は良く分かるよ」
私は、片想いならともかく、両想いなのに?と問うと、夫はうん、両想いなのに。と頷いた。
そして、ミカちゃんという、高校の同級生の少女の話を始めた。
「ミカちゃんは、まず、顔が可愛くない」
…おいこら、女性を紹介する出だしがそれで良いのか。
私の内心のツッコミは全国共通だと思った。夫は私が呆れているのにも関わらず、真面目な顔で続ける。
「髪が短くて、色黒で、クラスの男子からサルとか呼ばれていたりもしていた」
見たこともないミカちゃんがどんどん可哀想になってきて、私の目つきが胡乱なものになるが、次の言葉に今度は私の方が真顔になった。
「それでも、笑顔がとても素敵な、大好きな人だった」
「……」
「相当長い間悩みに悩んで、ラブレターを書いたよ。好きです、だけしか書いていない。
下駄箱に入れるだけなのに、何度もウロウロして、1週間くらい出せなくて、端は擦り切れて、握り締め過ぎてシワも出来ていた。
やっと下駄箱に入れて帰ったその日は眠れなかった。
返事はすぐに来たよ。私も好きよ、ってね」
「えっと…それで、付き合ったんじゃないの?」
この流れで付き合わないとかあるのか。いや、先程の「歳時記」の話からだとそうなるのだが、意味が分からない。なんせ、高校時代の夫は同校の女性陣と付き合っては別れを繰り返す軟派スケコマシ最低タラシなのだ。私は今まで聞いた高校時代の彼女達のエピソードから、そう断定していた。
「どっちかが付き合おうって言えば、そうなったかもしれないけど、そうはならなかったからね。俺はすぐ新しい彼女が出来たし、ミカちゃんも運動部の部長とかと付き合い出したしね」
「両想いなのに、なんでまた…」
「好きという気持ちが成就して、それだけで良かったんだよね。その先どうこうなりたいとか、そういう類のものじゃなかった」
少なくとも俺はね、と夫は言った。
私は複雑だった。相手とどうこうなりたい訳でなく、ただただ好きだと告げて、告げられて、それで良いという。
プラトニックラブというものなのか。もしくは純愛というのはこういうものなのか。
それに、ミカちゃんが夫の好みからかけ離れているのも内心ショックを受けていた。夫は美人系より可愛い系で、長い黒髪で、女性らしさのあるタイプが好きなのだ。私に対しては髪は肩より短くするな、ロングスカートを履け、ヒールに挑戦しろ、女言葉を使えと口うるさいのに、ミカちゃんは「そのままの君が好き」と言われているように感じた。
「…なんか私、一生ミカちゃんに勝てない気がするんですけど」
口を尖らせて言うと、夫はきょとんとした表情になり、その後おかしそうに笑った。
「あのね奥さん。ミカちゃんに勝てないとか俺に言っている時点で、もう勝ってるよ」
私は首を傾げ、そういうもの?と尋ねた。
そういうものだよ、と夫は楽しげに返した。
「歳時記」を聴きながら、私はあのときのやり取りを思い出す。
あと数日で一周忌。
納骨もしていないし、今回何をするわけでもないけれど。
ラブレターでも書こうか、という気になった。
昔2人で行った、いわさきちひろ美術館に来訪しようか。そこで便箋を探してみよう。