スタジオ7th 1983年発売
『Bent Out of Shape』
邦題『ストリート・オブ・ドリームス』
手が不気味なジャケット表

足が不気味なジャケット裏面
チャート最高位
全英11位
全米34位
日本3位

ジョー・リン・ターナーの推薦により、ドラムにチャック・バーギが加入

アメリカでの大ヒットを夢見たリッチー・ブラック・モアの野望も、残念ながらここまで。
しかし、日本では素晴らしい成績。
80'洋楽の一大ブームの影響もあったのだろうか。

1983年、私は当時中学3年生。
日本でも洋楽のMVを流す番組が流行りだした頃。
学校では洋楽の話題がたくさん飛び交っていた。
一体どんなミュージシャンやバンドが流行っていたのかは、また別の機会に振り返ることにする。

そんな中で、私の心を捉えた一曲が
『Street of Dreams』
この曲で『Rainbow』というバンドを知った。というか、名前だけ覚えた。
リッチー・ブラックモアの存在を知るのは、もっと後の事であった。

実際のところ、この曲を聴いてもHR/HMの欠片も感じてなくて、HR/HMな楽曲ならば、ヴァン・ヘイレンの『JUNP』やクワイエット・ライオットの『Cum On Feel the Noize』を耳にしている。
でも、それよりも『Street of Dreams』の方が、私の心により強く刻まれた1曲だったのだ。

曲単体からアルバム『Bent Out of Shape』にたどり着いたのはいつだったのだろう。
この辺りの記憶があまりないが、HR/HMバンドのアルバムとしてはMSG、アルカトラス、ヴァンデンバーグ、クイーンズ・ライチ(当時の表記)の次くらいだったように思う。

明確なのは、これがレインボーとして一番最初にフルに聴いたアルバムであるということ。
そして、その時は既にレインボーは活動していなくて、だから新しいアルバムが出ることもなく、レインボーに関しては、当時この1枚だけを繰り返し聞いていた。
(『Stranger in Us All』が出たのは、それからずいぶん後)

少しずつHR/HMの世界を知り、レインボーの過去に興味を持ち、そこから遡って聴いていく訳だが、最初に出会った『Bent Out of Shape』がレインボーとして当然ながら一番長く、そして沢山の回数を聴いているのだ。

ということで、ロニー・ジェイムス・ディオやグラハム・ボネットと比べてジョー・リン・ターナーがどうなのかとか、アメリカを意識してフォリナー化した等といったことは、私にはあまり意味のない問題で、
『あの『Street of Dreams』が聴けるのがレインボーで、そこにリッチー・ブラックモアというギタリストが存在して、過去にはロニー・ジェイムス・ディオやグラハム・ボネットがいたんだな』

それが当時の私のリアルタイムなレインボーなのである。

続く