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Naoto's Blog  ~法廷の合間に~

岡山の弁護士のブログです。
法廷の合間に考えたこと気付いたことを不定期につづっていきます。

最近、軽微な物損事故が訴訟になるケースが非常に多いです。駐車場内の事故などはその典型でしょう。


これはひとえに「弁護士費用特約」が普及したことによると思われます。


よく知られている対物・対人賠償責任保険は、他人に被害を与えてしまった場合の保険です。被害者から損害賠償請求訴訟を起こされたような場合、対物・対人賠償責任保険に加入していれば、保険会社から弁護士費用が出ます。


これに対して、自分が交通事故の被害者となった場合、対物・対人賠償責任保険に加入しているだけでは、弁護士費用は出ません。


このようなケースに対処するために作られた保険が「弁護士費用特約」なのです。


この保険が販売され始めてから、極めて軽微な交通事故も訴訟に持ち込まれるようになりました。何しろ、自腹が痛むことはありません。白黒付くまで徹底的にやりたいという人が随分と増えました。


このような状況を、「泣き寝入りがなくなった」と評価することも可能でしょうし、「無用な法的紛争が増加している」と評価することも可能でしょう。


小さな紛争もすべからく法廷に持ち込まれるべきなのか、それともそうでないのか。なかなか難しいところです。要はバランスでしょうね。


が、ほんの数万円の損害を解決するために、保険会社からその何倍もの弁護士費用が支払われていることを思うと、―少し複雑な気がします。




今日は、新雅史『商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道』(光文社新書、平成24年)の紹介です。


著者は、学習院大学の非常勤講師。ちょうど私と同年代の方です。


商店街の栄枯盛衰を極めて実証的に描き出し、その可能性と限界を検証しています。


商店街が優れて近代的な人工の産物であること、その衰退の一因が家族の近代化にあることなど、随所に目を見開かされる記述がありました。


地域経済の再生に興味がある向きは、読むべき一冊。





我々弁護士の日常的な業務に契約書のチェックがあります。


これまで様々な契約書を見てきましたが、そんな中で気付いた点をメモ風に。



1.契約書は誰が読むためのもの?


  契約書も文書である以上、誰かを読者対象にしているはずですよね。それは一体誰でしょう?


  契約の当事者?


  いえ、違います。答えは「裁判官」です。


  契約書を取り交わすのは、紛争の予防という意味もありますが、法的紛争になった場合に当事者間の合意内容を的確に立証することにあります(その後ろ盾があるからこそ、紛争の事前予防につながるわけです。)。


  実際に法的紛争になったとき、裁くのは当事者でも弁護士でもなく、裁判官です。そして、契約内容は契約書に基づいて解釈されます。ですから、契約書は、究極的には裁判官が読むためのものなのです。


  したがって、契約書の文言は裁判官が容易に理解できるものでなければなりません。例えば、業界では当たり前のように使う用語でも、一般の辞書に載っていないようなものについては、厳密に定義しておくべきです。


  「契約書は裁判官が読むためのもの」ということを常に意識しましょう。



2.契約書は「別れ際」に注意!


 先に述べたとおり、契約書は法的紛争になったときのためのものです。要するに、当事者が「契約を解消したい」と考えたときに機能するものでなければなりません。


 ですから、契約書で重要になるのは、①どういう場合に契約解消できて(解消の要件)、②契約解消になった場合にどのような清算がなされるのか(解消の効果)、が明確に規定されていなければなりません。我々が契約書チェックの際にまず見るポイントもここです。


 よくある契約書のパターンとして、当事者間が上手くいっているときのことは詳細に定められているのに、上手くいかなくなったときのことについては、「信義に基づいて協議の上解決する」などと極めて曖昧なことしか書かれていないというものがあります。こういうのを見るとため息が出ますね。極めて「日本的」というか、何というか…。


 契約書は「別れ際」が重要です。


 ところで、あらゆる契約の中で、「別れ際」の要件・効果が究極に曖昧な契約類型って何だと思いますか?


 私の知る限りでは、「結婚契約」ですね(笑)。


 幸か不幸か、離婚の際の財産分与を決めてから結婚する人にはお目にかかったことはありません(当たり前か…)。


 だからこそ、離婚訴訟はもめるのかもしれませんね。