育児と読書とLoveの日々***

奈菜のブログです。大切なひとたちに囲まれた、のんびりな毎日。


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分解する

 

リディア・デイヴィス 著

岸本佐知子 訳

作品社

 

 

分解する 分解する
 
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もしかしたら何が本当かはどうでもよくて、ただ問いに対する答えがほしいだけなのかもしれない――

(P.11 「話」より)

 

 

リディア・デイヴィスの処女作品集。

風変わりなテイストの短編・掌編で満ちていて、遊び心もあって、とても面白い。

 

 

本を読んでいて、書かれていることが自分にとてもよく響いて、まるで私のために書かれた小説みたいだ、と感じる作品は、ときどきある。

私の場合は、村上春樹を読んでいるとたまにそうなる。

この本はそうではなくて、まるで私が書い小説みたいだ、と感じてしまって、そんな経験は長らく本を読んできて初めてだ。

 

まったくこんなことを感じるのは恐れ多いにも程があり、リディア・デイヴィスの小説と私が趣味で書いている小説なんて、較べるまでもなく、月とすっぽんどころの話ではないのだが、「こういう小説を書きたかった」、「いつかこういう小説を書けるかもしれない」、「(書かれていることが)すごくよくわかる」、これらがぐしゃぐしゃと混ざり合った結果、先に挙げた身の程知らずの感想になってしまった。

あくまで例えです。

 

 

彼女の書く、何人もの「私」。

作家としての冷静さを保ったまま、ときに常軌を逸してしまう「私」を描くそのきわどいバランスに、引きつけられる。

 

物語を語るという行為も、それを読むという行為も、しいては自分自身を知り直すということに繋がる。

自分を知り直し、自分を問い直す。

正しい答えなどどこにもないという答えだけが、得られる。

 

 

いちばん印象に残っている作品は、「靴下」。

物語は次の文章で始まる。

 

 

私の夫は今はべつの女と結婚している。私より背が低く、五フィートほどで、体つきががっちりしていて、だから夫はとうぜん前より背が高くすらっとして頭も小さく見える。

(P.179 「靴下」より)

 

 

別れた夫のことを、今も「私の夫」と語る「私」。

夫と彼女が家へ遊びに来た際に、夫が忘れていった片方の靴下。

 

 

互いにパートナーとして過ごした長い年月のあいだに、いっしょに住んださまざまな場所で床から拾ったたくさんの靴下を、私は思わずにいられなかった。彼の汗でごわつき、かかとの部分がすり切れた靴下。それから、かかとや親指のつけ根の薄くなった生地ごしに輝いていた、彼の足の裏。

(P.182)

 

 

今、子供がそのへんに脱いだままの靴下をしょっちゅう拾っている私には、なおのこと感慨深いものがある。

でもセンチメンタルだけでは終わらないところも、リディア・デイヴィスの魅力のひとつ。

 

 

人生は不可解。「分解」できない。理解できない。

不可解で滑稽な、それぞれの人生を生きている私たち。

そんな「私」たちに、出会える一冊。

 

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