「とはずがたり」 ~散歩ブログ~ -10ページ目

止まらないで歩こう、梅の後には桜が待ってるから

 晴れた日が続いている。すっかり梅も花を開かせた。日本の3月は節目のとき。会社も学校も“準備”を始めている。2日前の月曜日のこと、午前中の訪問を終えて携帯を見ると1件のメールが受信されていた。長いメールだった。読み進めるうちに、近くのトイレに駆け込み、そしてもう一度メールを読み返して泣いた。こんなにも自然と涙が出てきたのは久しぶりだった。
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 その夜、急遽飛び入りした会食の席で、Uさんはたくさんの計らいをくれた。S先生は久しぶりに歌会に連れて行ってくれた。スタートラインは人を支える為に興した会社だった。たくさんの支えの中でスタートラインをメンバーと一緒に繋いできた。やめようと思う時もある。もう一度普通に就職しようかなと思う時は何度もある。それでもやめたくない気持ちが少しだけ勝る。それがわずかに勝ってやめられない。
 メンバーと月に2度だけ一緒に顔をそろえる。空気が重い時もある。それでも顔を見ると、やっぱり一緒にやってきたこの顔を見ると安心する。人は生きる術を持っている。皆一人では生きてはいけないけど、一人でも生き抜こうと思う力を持っている。だから環境を変えても、生き方を変えても、人は生き抜く力を持っている。
 待っていてはダメだ。止まっていてはダメだ。やっぱり一緒に歩こう。迷いながらでも、考えながらでもいい、やっぱり一緒に歩こう。もう一人も置いて行けない。

希望さえ失わなければ

 ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

 ずいぶんゆっくりと目が覚めた。窓からさし込む陽の光で目を覚ますのは何日ぶりだろう?雨が続いていた。すぐに準備を始めた。電車に乗ると既に11:00を回っている。朝食も食べず、そろそろ昼食を食べても良いくらいの時間になっていた。新丸ビルの地下“Bike&Run”で着替え、晴れた空を見上げて皇居へ向かう。ああ~あったかい。
 一年前のこの日“3月11日”は日本に大きな変化をもたらす誰もが忘れられない日となった。多くの人が多くのものを失った。失った代わりに人は何を得ただろうか。
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 先日新丸ビルの隣にオープンした“iiyo!!/イーヨ!!”には、つけ麺で有名になった“六厘舎”が手掛ける店“舎鈴”がある。味付け玉子の入ったつけめんを食べた。ああ~うまい。
 2周目から「心をつなぐ福祉マラソン」というゼッケンを付けたランナーたちと合流した。心や体にハンディキャップを持ちながら福祉作業所で働く人たち。「伴走者」が次第に遅れていく。そのうち息を切らした伴走者が一人で走っている。走ることには何のハンディキャップもないぞと言わんばかりに快調に走るランナーに、力をもらった気がした。太陽を暖かいと感じる、食べものが美味いと感じる、そんな日常を誰もが望んでいる。失った代わりに得たものは確かにあった。

ジュード・ロウの映画が観たい

 ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

 目を覚ましたら4:44だった。だからなんだ。ストレッチを始めた。腿のうしろやふくらはぎを集中的に伸ばす。ビリビリくる。お尻から足の裏までがしびれる。どれだけ筋肉が硬直してしまっただろう。腿のうしろを押すとカチカチになっている。体幹を鍛える為の腕立て。腕回し、肩回し。1時間経ち、ほど良く身体もほぐれ、外も明るくなり始めたので走りに行った。
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 今観たい映画が2本ある。そのうちの1本は“ヒューゴの不思議な発明”少年ヒューゴのお父さん役はジュード・ロウだ。ジュード・ロウと言えばもう1本“シャーロック・ホームズ”の相棒ワトソン博士だ。1作目の彼は面白かった、恰好良かった。
 やはり2km程度で左脚が痛くなってしまうのは変わらない。ただ、痛みにちょっと変化があるように感じる。雨が続き走れなかった日を利用してストレッチに心がけた。それも脚の裏側中心。腿のうしろやふくらはぎを伸ばす。しびれてきついけどちょっと気持ちいい。大会まで10日と迫った。このままストレッチ中心でいこう。

一人カラオケでアナログを思いつく

 ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

 今までiPhoneに音楽を入れたことがなかった。昔はウォークマンが欲しくて親にねだったことがある。カセットテープをガチガチ言わせてとっかえひっかえ、裏返した。リバース機能がついた機種が出た時は天を仰いだ。音楽を外に持ち出すなんて夢のようだった。iPodが主流になって、デジタルな音楽が主流になって、外で音楽を聴くことに何と言うか、それまで感じていたものが何となく色褪せた。そんなとき、デジタルってやっぱりすごいや!と思うことが起きた。
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 JOYSOUNDが提供しているアプリ“Music&Lyrics”はiPhoneでもAndroidでもあるようだ。歌詞付きの音楽プレイヤーで、歌に合わせて歌詞に色を付けて辿って行ってくれる。つまり、カラオケの画面のようなものだ。一人カラオケができるのだ。なんだこれ。
 “いきものがかり”のNew Album“NEWTRAL”の中の一曲“いつだって僕らは”で早速試してみた。すごいすごい!これをきっかけにiPhoneに音楽を入れたという話。
 しばらくこの趣味は続きそうだ。さすがに電車の中でカラオケするわけにはいかないから、自宅に帰ってからにする。歌は聴くのも歌うのも好きだし、これはデジタルが成せる技だと感心した。
 一つ思いついたことがある。IT、ITと言うけれど、ITを使ったサービスはIT企業しかできない?アナログ的な企業がやったら面白くない?アナログ的かもしれないけど、そこには気配り、気遣い、配慮みたいなことがたくさんある。溜まって溢れそうになっているゴミ袋を閉じて捨てる。新しいゴミ袋を用意する。これをITサービスにしたらどうなるか。

隣の国が近づく頃に

 今からちょうど100年前、日米友好の証として日本からアメリカに桜が贈られた。1912年は元号が“明治”から“大正”に代わるときだった。明治維新、文明開化、明治と言う時代は日本を大きく変えた時代だった。新政府が誕生し、薩摩藩と長州藩による新体制が始まった。天皇を中心に自律する日本へと向かった。江戸は東京と改められた。“日本”を意識した“日本人”たちは日本の産業を隆盛させることに力を尽くした。
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 餃子はどこの国の食べ物だろうか?日本人の食べ物として人気ランキングの上位に必ず入るものであることは間違いない。よく食べに行く餃子屋さんが4店ある。餃子は大好きだ。本場中国では焼かず、水餃子が主流。中身をいろいろに変えてそれぞれ家庭の味として餃子を楽しむらしい。中国人は余るほど料理を作る習慣があって、やっぱり水餃子も余ってしまう。それを焼いて食べたのが焼き餃子の始まり。ところが日本は中国と違ってこの焼餃子が主流となる。
 桜の木を見て美しい、きれいだと感じるのはアメリカ人も日本人も同じだった。焼いた餃子も同じく、美味しいと感じるのは中国人も日本人も変わらない。桜、餃子、それは限定された誰のものでもないし、どの国のものでもない。誰からも愛されるもの、どの国からも愛されるものと考えたい。桜が繋ぐ日米友好、餃子が繋ぐ日中友好。
 中国も韓国も日本もいっそのことみんな同じ国だったらどうだったろう?