楽しく生きよう♬それに尽きる♬
  • 12Jun
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      頑固な仕事愛

      9日間の池袋催事も無事終了しました(*'▽')5月31日・・・・・・びくびくおびえながら長崎から池袋へと旅立ったのです。東京都の緊急事態宣言が再延長されて果たして商売はどうなることやらと戦々恐々とした気持ちでした。最悪。。。赤字だけは食い止めたいところだと。一泊1900円の女性用カプセルホテルに10連泊しました。カプセルホテルのキャンプ感覚を相変わらず楽しんでいます(*'▽')民泊とかカプセルホテルとか好きだなあ・・・・・この雑多感。むしろ安眠できるんだよねえ・・・・・(笑)デッドスペースの空間もまんべんなく使い切るところにワクワクを感じるんだよね。一般的に平場とよばれる、、、百貨店のがらんとした空間を0からつくりあげるところからわたしの仕事はスタートします。シンプルな什器以外なにもないがゆえ何をどうやっても自由とことんまで、じぶんの感性でつくりあげるのです。わたしは・・・・・・・かなり独創的な感性と、周囲からかなり驚かれます。よって。。。いたって常識的な企画会社の男性社員さんからは売り場の作り方や飾りつけに唖然とされることも多く池袋の売り場に関しても「こんな風に箱を積み上げて大丈夫なの???」 「どうして布を水色のガムテープで止めてるの???せめて透明にしなよ」「什器の隙間からバックヤードが見えるから什器を斜めに配置しないほうがいい」・・・などなど・・・注意を受けましたがすべてガン無視させていただきました。「積み上げた箱は絶対動かしませんから安心してください!」「水色のガムテープは、青空をイメージしてるんです(^^♪」「什器の隙間は紙で埋めますから、斜め配置は譲りません!お客さまに楽しんでいただくには、このリズミカルな配置が必要なんです(^^♪」企画会社の男性社員さんは「こいつ言うこと聞かない女だな・・・」的に・・・立ち去りました・・・(笑)わたしはこの仕事を責任を持って担当しています。メーカーさま、つまりbelleからの信頼を受けて依頼をいただいるのです。ひとりでも多くのお客さまが喜んでくれてお買い上げくださることがメーカー様への貢献。企画会社さまへの貢献。百貨店さまへの貢献につながると確信してこの仕事を遂行しているのです(*'▽')いつも7時間かけて丹念に設営します。ほとんどのひとが3時間ほどで設営を終わらせて立ち去るなかひとりぽつりともくもくと、納得がいくまでやります。棚の位置も、什器の位置もすべて納得いくまで組み直します。いったん組んでしまっても途中で違和感を感じたらやり直します。ひとつをやり直すと全部やり直さなきゃいけなくなる。やめろ!こだわるな!。。。と。。。脳から指令が出るのですが「ここで妥協するならおまえはプロじゃない。そしてそんなおまえを、わたしは軽蔑するから」と脳からの指令ではないからだの奥の本能がいうのです・・・・・・・・・わたしというひとりの人間の中でジキルとハイドが話しをしているのです。。。しんどいな。。。適当に終わらせて立ち去ればどんなに楽かなあ。。。と、もちろん思うこと多々あります。ですが。。。生来の頑固な職人気質なわたしがわたしに妥協を許しません。だから。。。ひとに口出しされても納得しない限りは簡単にはゆずりません。わたしは責任と誇りをもってこの仕事を遂行しているのです!!!(*'▽')「こいつ言うこと聞かない女だな・・・」的に・・・立ち去ってゆく企画会社の男性社員の後ろ姿をみてわたしはふと思うのだった。。。なにかを徹底し始めるとどうしてわたしは、怖れ知らずになってしまうのだろう。。こんな人間だから会社勤め向いてないのよね。。。この、ボッチな性格のじぶん。個人事業主ガンバリマスわたしはひとを怒らせるのが得意だ。。。というか、なぜか怒らせてしまう。。。池袋の前の、5月の宇都宮東武の催事の折企画会社様を通してbelleに与えられた場所は会場内の僻地だった・・・対面商売において。場所は命。場所で、まずほとんどのことが、決まってしまう。場所が悪いと、お客さまがまず、その場所までこない。どんなにがんばってもお客さまがこなきゃ。。。ムリ。。。それが。。。対面商売だ。5月の東武宇都宮催事で与えられた場所がやや僻地だったので”勝手に口が動く”という悪い癖を持つわたしは企画会社の男性社員に対してその日も勝手に口が動いた。「この場所まで人が来てくれないとがんばりようもありませんから。ゼロに1000をかけても0×1000はゼロですから床に赤いガムテープで矢印書いてお客さま誘導したいです。belleの催事の場所はここですよ~って」。。。と。。。その日も気がつけば勝手に口が動いていた。企画会社の男性社員は静かに怒った。「商売は!勝てば官軍!どうぞお好きにおやりなさいよ!」と。。。言い放ち。。。その場を踵を返してそのひと去っていきました。やべ!怒らせた!と・・・瞬時に悟った。だけどあまり気にしなかった。。。相手も、生き抜くことに本気なら必ず。わかりあえる。その核心がからだの奥から湧き出てくる。わたしは。。。じぶんの人生のみの利益追求だけを目指してはいないから。これも、はっきりとした、確信。核心と。確信だ。そして先日の池袋催事中その企画会社の男性社員がわたしに話しかけてきた。その男性は昭和43年生まれとのこと。「あ!怒ったあの社員さんが話しかけてきた!」。。。どうしようかな。。。と。わたしの心の中は作戦を練っているのだ。彼はつぶやく。「人生。生きてるだけで丸儲け」だよねえ。」。。。とね。同感です(*'▽')実はその言葉はわたしの座右の銘なのだ。その日を境に怒ったその男性社員とわたしの距離はちょび~っと縮まったのだった。FINいま長崎に向かう高速バスの中から寄稿(*'▽')ももたん。下僕がもどります!

  • 05Jun
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      黒い石段

      昨日の真夜中夢を見た。黒い石段の途中に咲き乱れる桜石段を上がると朱赤の鳥居。白い狐が嗤いひょっとこのお面がなぜか床に転がる。この階段をのぼり、朱い鳥居をくぐり抜けるとなにがあるのかどうなるのかなんだか少し怖かった。夢。記憶が薄れる前になんとか紙に夢の映像をとどめたくて描いたよ。わたしの頭の中には、この映像が浮かんでいる。夢に現れたものにできるだけ近いものに仕上げたが夢の中は。。。もっと深遠で神憑っていた悔しいな。いつものごとく下書きなしで、すべて指で描きました。爪に絵の具が入りこんだから爪きりで最後にパチパチと爪を切るのはお約束の習わしだ。

  • 30May
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      戦士の休息

      二週間ほど長崎に滞在しております。戦士の休息・・・といったことろでしょうか・・・毎日ももたんをなでなでしながら対話して両親のご飯をつくり空の青や植木をのんびりと眺めて自然との対話も楽しんでウーマンドリームプランプレゼンテーションの仲間たちとZOOMミーティングで会話したりしながら緩やかな時間の中に充実感のある日々を過ごせていました。晴れて澄み渡るある日の午後ももたんがお部屋の毛布の上に陣取りすやすやと眠っていました。光が燦燦と降り注ぐと同時にほんのりと少しだけ。風が吹き抜ける場所を好んで選んで陣取りすやすやと午後のまどろみを楽しむ、その愛らしい姿。なるほどなあ・・・ももたんが心地よく過ごせるには光とともに風も必要なのだなあ・・・と陣取った場所で、天使の寝顔をみせるももたんに風の時代へと突入した占星術の星座の動きとももたんの風のシンクロニシティを楽しむひとこまなのである。完全室内飼いをしていたももたんを・・・悩みに悩んだ末・・・家の外と室内を行ったりきたりする生育環境となってからけっこう月日が経ちます。何度も脱走を繰り返すももたんに根負けしてある日意を決して外に出しました。小高い山の上に建っている実家の地理条件から車道がありません。「車にひかれる心配がないこと」「メス猫の行動範囲は50mから100mという情報」このふたつを頼みに外に出すことにしたのです。仮に車道があったら、、、やはり心配で外には出せませんでした。ももたんそりゃあもう!毎日元気元気!!!外に出したことに賛否両論はあるだろうし。。。飼い主のわたしも、心に一抹の不安があります。。。。が。。。そんなことまったく知らないももたんは大いなる自由と自然界の恵みを日々完全満喫しながら暮らしているのは確か。極上の幸せを味わっているのは間違いありません。もちろん、この決断が正しかったどうかは今も心の中で結論は出ていないけれど・・・庭の多肉植物が雨に濡れてきれい・・・・・「いっしょに散歩に行こうよ~」とももたんによく散歩の同行を催促されます。メス猫は家の周囲50m範囲しか移動しないという諸説はほんとうでした。ももたんの行動範囲は日々それくらいです。同じ範囲をぐるぐるパトロール。先日散歩に同行したところももたんがぺちょんと地面に座り込み「かかかかかか、、、けけけけけ。。。」とクラック音を鳴らしはじめました。「おおお!クラック音鳴らしとる!!!ど~した!?」。。。ももたんの視線の先に目をやるとかわいいスズメがフェンスに停まっていました。。。。。。日ごろは愛らしが、ときどき野生。。。5月も下旬・・・庭の一角はフキだらけです。春先にはフキノトウを摘んで、フキ味噌をつくりましたねえ。。。イタリアンパセリが巨大化してしまい食べていいのかどうか迷うほどのサイズへと成長( ̄▽ ̄;)フキの茎も今が食べごろ庭のフキをたくさん摘んで、フキの煮物を大量につくりました。季節限定の旬の野草はなんともぜいたくな美味しさ!豚肉や厚揚げなどとともに煮込んで連日食卓を楽しませてくれたフキの煮物です(*'▽')86才の父親。ワクチン接種が終了しました。78才の母親の順番はもう少し先になりそうです。占星術のホロスコープにおいて太陽と月が遠く真正面に離れてどかんと向きあうオポジションの配置という価値観等々が真逆とあらわされる我が両親は真逆の価値観がゆえ毎日毎日、激しい口喧嘩を繰り広げておりますが・・・口喧嘩は、両親にとってのレクリエーションでありコミュニケーション方法の一環なのでしょう。。。(笑)二週間滞在した長崎ですがこのブログ書き終えたら福岡のアパートへと移動します。とてものんびりと穏やかな二週間であった。。。働く意欲が完全消失しそうなくらい。。。(笑)( ̄▽ ̄;)働くけど・・・・・・・

  • 25May
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      紅い炎 プロミネンス

      【 紅い炎 プロミネンス 】・・・とある知り合いの女性を描きました・・・いつも手の動くままに勝手に絵を描くわたしが珍しく、これを描こうときちりと脳で意識構成して描いた絵です。このひとの心の中の不思議なカオスがわたしにはなかなか興味深い。そんなにおおっぴらに笑わない女性なのである。いかにも表情筋訓練されてる人工的に整った笑顔を彼女から見ることはないけれど・・・それがむしろ・・・ナチュラルで煽情的な美しさを感じさせる。”天然もの”に”人口もの”はかなわないのだ。「柳のように揺れながら。繊細さの中に見せる。魔性。」美しさのひとつのかたちを彼女のたたずまいの中から発見した。万華鏡のように次々と色を変える不思議な色彩のカオス。わたしのからだの中にも膨大なカオスが渦巻きあられもないカオスの渦を苦笑しつつも楽しんでいる。我が傲慢なる内なるカオスの渦。「じぶんらしさ?」わからないな。わからなくていいな。心に赤い炎が発火すればカオスの中からじぶんらしさが首をもたげながら登場するだろう。いつかは。。。青い炎が心に揺れる領域に人間としてたどり着きたい。紅い炎のプロミネンスは華やかに燃えるが温度としては1500℃止まりだ。対して青い炎は10000℃を超えて燃える。青い炎のほうが圧倒的に熱量が高いのだ。紅炎を超えて青く燃えたい。他の人には、、、燃えていることすらいっさい気づかれない青。碧。蒼。10000℃を超える青い炎のような人間にわたしはなりたい。絵の女性に話しを戻すが彼女の奥底にいつも炎の揺らめきを感じている。彼女の炎は未来何色に燃えていくのだろうか。

  • 24May
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      自己肯定感

      長崎に戻り愛猫ももたんと楽しく戯れる日々を満喫しております。Instagramにももたんの写真を投稿したところ「このお目目は罪💛」とコメントくださった方がいらっしゃったのでももたんの下僕と成り下がって久しい飼い主はすっかり舞い上がりいそいそと、また写真を投稿するという女王様への下僕ぶり♥️瞳孔が開き黒目がちになったときのももたんのかわいさ半端なし🌟それにしても、顔に対して目がでかい👀里親を申し出た時ここまで可愛く成長するとは正直思っていませんでした。血統書つきの猫ちゃんは目が大きな子がごろごろいるがももたんはもと野良猫ちゃんなのだ。子猫だから目がでかいのよねそのうち、目がちっちゃくなるのかなと思っていたが顔が大きくならず、子猫顔の比率のまま大人になりました。YouTubeで人気猫にしたいとやましいことを考える下僕に母が横から冷や水を浴びせるのだ。「かわいかだけじゃ人気出らんけん」わかっとるわい外野は黙っとれ・・・・・(-_-;)。。。と。。。ももたんネタからスタートした今回のブログだが「自己肯定感」「自己否定感」というネタ記事にブログはスイッチしていくのである。みんなで夢を叶えましょうね♬♬♬(*'▽')♬♬♬byウーマンドリームプランプレゼンテーション【 神戸発、人気靴メーカーbelle&sofaの”学生ローファー”で全国各地の学校指定靴を目指します。】カテゴリローファー:【公式】やさしい靴工房 Belle & Sofa ベル アンド ソファ神戸の靴工房から足に優しいカジュアルシューズを中心にお届けします。外反母趾にお悩みの方は幅広特注がお勧め。独自開発のコンフォートシューズは膝や腰の痛みを軽減します。学生には柔らかいコインローファーが人気です。www.belle-co.jp『Womanドリームプランプレゼンテーション』三毛猫ももたん。女の子です。春がくると、ももたん2才の誕生日を迎えます。はやいですねえ・・・・・・・あっというまですねえ・・・・・・・…ameblo.jp中橋佐知子さん主催の『Womanドリームプランプレゼンテーション』に夢を語るプレゼンターとして、わたくし出場が決定しております。8月8日、ユニバーサルスタジオジャパンに隣接するリーベルホテルにおいて、開催予定です。夢を描いた応募書類から選考されたのはわたしも含めて8名の女性プレゼンターたちです。8月8日の本番に向けて現在、プレゼンター同士で交互支援会を開いています。「なぜその夢を叶えたいのか?」「なぜその夢を叶えるのは、あなたである必要があるのか?」「なぜ、あなたはその夢を叶えることを諦めないのか?諦めない理由はなんなのか?」・・・・・いま現在・・・・・・・・8月8日の本選に向けて・・・8名の女性プレゼンターたち全員で交互支援会というものを開きながらじぶん自身の本質と向き合い心の奥に眠る想い等を紐解いていく解体作業をZOOMミーティングを用いてひんぱんに行っているのですが。。。Womanドリームプランプレゼンテーションに出場が確定した当初はこのように、出場メンバー全員でタッグを組む展開になるとはよもや想像しておりませんでした。。。Womanドリームプランプレゼンテーションには本人と、サポーターの存在が必要です。・・・わたしは・・・神奈川県のバドミントン選手時代に女子ダブルスのパートナーを組んでくれていた赤澤友紀さんがサポーターを担当してくださいます。そして本選に向けて、過去歴代のプレゼンターたちがドリームメンターというポジションで会の進行を裏方として担当してくださる「ドリプラ応援グループ」なるものがあるのです。かなり気楽な気持ちで応募書類を出したのですが想像していた以上にたくさんのひとたちが、わたしたちの夢にかかわり壮大で大がかりなプレゼンテーションであることが時の経過で発覚しました👀さる5月18日アンディさん@中橋佐知子さんの司会と舵取りのもとプレゼンター8名。サポーター。「ドリプラ応援グループ」メンバーの皆さんという大所帯支援会がZOOM上で開催されました。【どうしてあなたは、その夢を掲げたのか???】プレゼンター全員たくさんのひとたちの前で、じぶんの心の奥を自己開示していくワーク内容でした。そして。。。「自己肯定感と。自己否定感。」。。。というテーマへといざなわれてゆくわけですが。。。わたしは「とても自己肯定感が高い」という事実がそのワークによって発覚したのでした👀「自己肯定。自己否定」という概念をほとんど意識したことなく、いままで生きてきたのですよ・・・( ̄▽ ̄;)ZOOMのワークに参加した各メンバーから「なぜそんなに自己肯定感高いの!?」と聞かれましたが意識したことがないのでとっさにこたえることができませんでした。「なぜわたしは自己肯定感が高いのだろうか?」物事に対しポジティブな人間である自覚はあったな。「自己肯定感」という概念は持ち合わせていなかったな。。。。。支援会終了後、なぜわたしは自己肯定感が高いのか真剣に掘り下げてみました。それはもう一生懸命に掘り下げましたよ。★      ★      ★      ★      ★『ひとつ↓それは17才の時の出来事かな↓』17才の誕生日を迎える前日の11月20日のこと授業中わたしはぼけっと窓の外を眺めていました。「ああ。。明日わたしは17才になるんだあ。。」そう思った矢先にふと、わたしの頭の中にある概念が唐突に飛び込んできたんです。「人は、この世に生を受けた瞬間から生まれた命の誕生の瞬間からすでにこの地球の土に還る、死という日に向かって、生きている」え?え?え?え?いまのなに???なぜ唐突にこんな概念が脳裏に浮かんだの???わたしの頭の中に白い砂時計の映像が浮かびました。ひっくり返された砂時計から白い砂が、、、どんどんと下へ下へと流れていく映像死に向かって生きているなら思い切り全力で生きようと17才なりに思ったなあ・・・・・・★     ★     ★     ★     ★『ふたつ↓自分という媒体への興味が強烈で他人との比較にほとんど興味ない。。。@現在進行形・・・↓』これも幼少のころからの強烈な特徴でしていわゆる「空気読めない人間」の象徴かもしれません。他人になにを言われようがどうしてもどうしても自分がやりたいことへの興味が強烈過ぎて他人との比較が宇宙の果てに吹っ飛んでしまうのです( ̄▽ ̄;)★     ★     ★     ★     ★『3つ↓協調性がないから友達いないが・・・精神的に成熟レベルの高い人たちがなぜか不思議といざとなると協力してくれるラッキー人生』ボッチ人間なのになぜかヘタレなわたしを見かねて人から助けてもらえる人生でした。窮地に立たされると、だいたい助けてもらえます。・・・・・・しかも無償の愛で・・・・・・みなさん見返りを求めないひとばかり。周囲の方々に恵まれてます★     ★     ★     ★     ★『4つ↓体の奥底からわたしの理性を超えた指令が出る↓』なんじゃそりゃ???。。。という話になりますがからだの奥から指令が出ます。「自分自身の”精神の核”を守れ精神の核さえ、ピカピカと輝いていればどんなに体が泥まみれになろうが必ずあなたは再生する。精神の核を守れ。じぶんの精神の核を守るためにその都度その都度、じぶんにとっての最良を選べ。後は・・・運がよければ神さまが守ってくれるだろう。さあ行きたまえ」運だのみかい。。。行かせるんかい。。。( ̄▽ ̄;)★   ★   ★   ★   ★考えに考えて掘り下げた結果わたしの自己肯定感はこの4つから生じていることをじぶん自身で解読したのでした。FIN

  • 22May
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      稲妻と龍神

      愛すべきわたしの隠れ家であり穴倉である福岡のアパートにてこれまたわたしの愛してやまないお酒の本搾りチューハイレモンを飲みながらまったりと過ごしていたある日の夜・・・・・・・・例のごとく突然絵が描きたくなりました。大きなサイズの茶封筒と黒いサインペンが転がっていたから空っぽの頭で茶封筒にすうっと黒いサインペンで一本目の線をいれると今宵は。わたしの手は。黒い渦を、たくさんたくさん描きはじめました。「手が。。。黒い渦を次々と描いていくわねこのあと果たしてどうなるのかしら???」と・・・我が手の動く様子を見守るうちに茶封筒は、黒い渦で真っ黒に染まりました。茶封筒のそばに、白いポストカラーがこれまた転がっていました。黒く染まった紙の上に白のポストカラーをすうっと乗せてみるとあれよあれよというまに白い姿の龍が現れました。この絵が出来上がるまでの所要時間約30分勝手に動く手に、わたしがついていく感じで、いつも描きます。何を描こうかとか、色をどうしようか、とか絵の構成はどうしようか、とかいっさい皆無で勝手に動く手に、わたしがついていくだけなのであっというまに絵が出来上がります。龍を描いたのは、人生これがはじめてです。もっと詳細に緻密に龍が描けるようになるといいな。果たして次回わたしの手は何を描き出すのだろうか。本人にも未知数である。先月。あるひとに。あなたのからだの前と後ろに計二体の龍神が寄り添っていると言われて「龍神二体が、あなたの運気の、特に仕事のサポートにはいっているいまは龍神の力が必要だと、あなた自身が感じてあなたみずからが龍神を呼び出しているだから龍神がいまそばに寄り添っている」と言われてその言葉が頭に残っていたから龍を描いたのかな???白龍と紫龍がそばにいるような気がしました。昨年の半ば過ぎコロナ渦中のさなか明け方前の明晰夢にて白龍と紫龍の夢を見ていたんです。漆黒の天から、無数の稲妻の閃光が大音響とともに絶え間なく次々と地を貫いていく夢。半覚醒の意識状態でわたしは夢の中の稲妻を見つめていました。すると、無数の稲妻を割いて、紫龍が現れたんです。あ。紫龍がやってきてくれた。。。。とわたしは半覚醒状態の明晰夢から目覚めたのでした。それから数か月に白龍の夢を見ました。室内にいるわたしを窓の外から白龍が覗いていたんです。夢ですヨ「あ。窓の外から白龍がこちらを覗いている」と思った次の瞬間その白い龍は、部屋の中に入ってきていました。ネバーエンディングストーリーのファルコンのように体にふわりとした羽と毛が生えたような柔らかい姿の白い龍でした。紫龍のほうは。。。稲妻を割いて現れただけありなんだか荘厳で、威風堂々といった感じその真逆の、かわいい雰囲気の白龍。「白龍さんがきてくれたんだあ。。。」そのときも明け方手前の明晰夢半覚醒状態のわたしの意識でした。5月のはじめに隠岐の島を訪れたときに海のそばにまつられた神社に龍神の気配をひしひしと感じていたんです。どうやって感じてるの???と聞かれると説明できないのですが海の潮。水の氣。小雨ふる雨足の中の湿度にまぎれて龍が気配をひそめているような感覚がわたしには確かにありました。龍がいるな。雷を呼ぶな。たぶん、滞在中に、この付近には、雷が鳴る。。。。と。。。隠岐の島に足を踏み入れて滞在宿のすぐ近くの神社付近を歩いたときにからだの奥から感じていました。そして「砕け散る」というブログ記事を書いたのです。『砕け散る』昨日の隠岐の島は終日雨でした。雨降りの昼間わたしは・・・このまま雷が天地を貫いてくれないかなと・・・うすぼんやりと思っていました。雷によ…ameblo.jp昨日の隠岐の島は終日雨でした。雨降りの昼間わたしは・・・このまま雷が天地を貫いてくれないかなと・・・うすぼんやりと思っていました。雷によってなにかが砕け散る刹那をわたしは期待して待っていた。雨よふれ。雷よ鳴れ。すると夕刻過ぎにごろごろと雷がなりはじめました。土砂降りの雨その激しい雨の中に走る”どんっ!”と雷の轟音。ああ。。。わたしは。。。この轟音を恋い焦がれて待っていたんだ。なにかが砕け散るこの刹那のあまりもの美しさ。4月の終わりの鳴りやまぬ春雷の響き。からだの奥底に動きざわめくなにかにぞくりとした感覚が走り砕け散る。だから。隠岐の島に来たかったんだよ。わたしはずっと。村上照光さんのご自宅の空き部屋に滞在させていただいたのです。御年83才になる、照光さんのお母様と昼ご飯、夜ご飯をともにいただき晩酌も楽しんでいました。照光さんのお母様は隠岐の島で生涯を暮らしておられます。お母様とともに晩ごはんをいただいていた、隠岐の島滞在の最終日大好きな本搾りチューハイレモンとともにもぐもぐとご飯をいただきながらわたしは特に何も考えずおしゃべりしました。「この辺りは、連日雷ですね!来島した初日から毎日雷が鳴っていますよ(*'▽')」するとお母様はわたしの顔をじっとみていたって普通にこう言いました。「ここしばらくの間、この辺の土地で雷が鳴ったことなどなかったよあんたがこの島にきたから雷が鳴ったんだよ。あんたがこの場所に雷を連れてきたんだろ?」いたって普通の顔と普通の表情で83才のお母様はそう言い放つと何ごともなく、テレビを見ながらご飯を食べ続けました。5月のはじめのあの時の隠岐の島の。忘備録。

  • 21May
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      寺子屋鑑定

      福岡滞在と、くれば。。。自炊調理してお気に入りのオリーブの木をくりぬいた器でご飯をいただくことがひそやか、まことしやかな楽しみのひとつとなりつつあるのです。茄子と豚肉の味噌炒め丼が完成。炊きたての白米を器に敷き詰めて白米の上にスライスチーズをのっけて味噌炒めをさらにのっけてポーチドエッグを真ん中にぽとりネギをちらしたら完成です♬♬♬(*'▽')♬♬♬いっただきま~す(⋈◍>◡<◍)。✧♡ブログヘッダーを変更しました。「水蓮」という名の美しくみずみずしい響きを愛おしく大事に心にしたためたこの5年からわたしの心がなんだか自然とあたらしい方向へ舵を切りだしました。コロナウイルスの蔓延によって世界が日本がいったん、がたがたと体制を崩したこの一年だった。コロナウイルスが蔓延したことで死者も出て、医療機関の負担が増して人びとのコミュニケーションを図る場所が一時的に閉鎖された。経済においても。。。業種によっては倒産。廃業。失業。その結果、生活苦に追い詰められるひとたちも続出して女性の自殺者がすごく増えた。全国民。「コロナウイルス」という事象に否が応でも「同時に一律に特化し対峙して携わる」ことになった・・・稀有な一年だった・・・・・・コロナウイルスが蔓延したことで私自身の環境も激変したのですがその激変後、、、、、めちゃくちゃ楽しく毎日を過ごせています。幸いなことに。。。経済の心配つまりお金の心配にいっさいさらされず日々を過ごせているしむしろ仕事は、今とても充実しています。わたしの今までの「すごろく人生」は環境が変わるほどに良くなってゆくという・・・魔法がかかったような展開を無意識化に歩めてきたのですがコロナを直撃で受けた結果またもや今回も「すごろく人生」が待ち受けていたのですがさすがに今回はじぶん自身を「ほんと強運だわあ・・・」と無意識ではなく意識的に思いました(笑)( ̄▽ ̄;)💦いま。生活心身ともに。とても順調なのです。順調な日々を過ごせているのは運の要素もあるけれどそれだけでもないんだよなあ・・・と・・・思っています。日々をどんな風に感じて生きてどんなふうに暮らすかで楽しい人生を、どんな展開からでもどんな瞬間からでも再度つくれるんですよね。わたしは、そういうの、おそらく上手なんでしょうね。そして結局「楽しく生きよ(⋈◍>◡<◍)。✧♡それに尽きる(^^♪」のです。わたしは「運気激変させてあげる!!!」「運気好転♬」「本質磨き♬」「じぶんの本質を知る」みたいなノリが・・・めちゃくちゃ苦手なので・・・だいたい、運気好転させる自信ないし本質はだれもが、じぶん自身で心の奥底でわかっとるやろ!?と思いますね。。。わたしは、とにかくリアルにいまの人生を楽しんでなんぼのひとなのでそんな感じのブログをこれからも書き続けたいと思いました。星詠みとボイジャータロットリーディングでZOOM鑑定をはじめる予定です。手相鑑定を交えることもあるかもしれません。「リーディング」「鑑定」みたいなノリではなくてリーディングしながらいっしょにお話しをして具体的に掘り下げていくそんな感じにしたいなとイメージしています。高校卒業直後から水商売とパチンコ屋店員を長く経験して有名アパレルメーカーの、人気セレクトショップのお仕事も経験して大手メーカーで表参道や六本木のジュエリー店管理職も経験して神奈川県リーグのバドミントン選手も経験して大所帯バドミントンチームの運営も経験して(実業団選手も練習に参加してくれていた)過呼吸も経験して金持ち旦那との離婚も二回経験して離婚後の貧困生活土佐回り人生も経験して穴口恵子率いる・・・スピリチュアル企業のダイナビジョンスタッフも経験して過去に個人事業主として独立後、失敗による借金も経験して立ち上げた水蓮のお店をコロナによって退陣してまた現在個人事業主として零細だがプチ社長となりいまがいちばん!人生でやりがいある状況!そしてもうすぐ50才になる。。。人生において、これだけいろんな経験をさせていただいてアラフィフともなれば鑑定で、みなさまのお役にも立てるのではないか???。。。と思い・・・ご相談者さまの話しを伺いつつ、その中から自分も何かを学びともに成長できる寺子屋鑑定をやりたいと、思ったのである。「楽しく生きよ(⋈◍>◡<◍)。✧♡それに尽きる(^^♪」ZOOM鑑定準備するぞ!っと。

  • 15May
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      一瞬の光の矢

      再三。うんざりするくらい。雨が好きとブログにて公言している・・・雨がふると、いそいそと、散歩に出かけるまるでアマガエルのようなわたしだ。雨ふりの中をサンダル履いて歩くああ。。。最高だサンダル履いて雨で足がびしょ濡れになりながら歩くこの瞬間が、もしかしたら、人生でそして春夏秋冬でいちばん好きかもしれない。40代前半のころダイナビジョンというスピリチュアル業界に在籍していた時期がある。不思議なご縁が重なって意図せずたどり着いたスピリチュアルの世界だった。たくさんの紆余曲折を経て・・・・・・水蓮というお店を立ち上げたりなんだり個人事業主としていよいよ本当にひとりで独立して零細な社長業している。。。。。(笑)わが身が宇宙支配により成り立つ感覚は幼少のころからはしばしで感じていた。だからこそなおリアルの世界で生きていくことをわたしはいまでも大事にしている。「リアルこそが、ほんとうに、スピリチュアル」事実。。。サイキックあふれる優秀なスピリチュアリストほど比例して実業家としても優秀な場合が多い。神戸の人気靴メーカーであるbelle&sofaの高山社長は非常に良い例だと思うが「スピリチュアリスト」というかたちでじぶんを認識せずともむしろ真のスピリチュアリズムを仕事のビジョンを通してナチュラルに体現している社長は多いとたくさんの出会いや仕事の経験を通して体感してきた。そして。。。仕事を通してそれら無自覚のサイキック社長陣はたくさんのひとたちを幸せへと導く。行動の根底に自己や自我を超えた本物の愛があるのだろう・・・・・だから宇宙からのサポートが入りその事業や行動はたくさんのひとたちにあまねく拡がる。スピリチュアルの本質とは誰もが謳うように「愛」なのだろうな。だとすれば。。。愛とはなんだろう。「自己愛」「地球愛」「他者愛」「衆生の愛」ただある名もなき愛。「じぶんを愛しましょう」「自分を輝かせましょう」「あなたの本質に立ち戻る」・・・的なスピリチュアルメソッドが・・・・・この世に蔓延し「風の時代到来」というスピリチュアルワードに期待して酔いふける。間違いなくたしかに「風の時代」は到来しているとわたしも感じるが真の発動までに軽く100年かかる話だ。人間の100年から1000年は宇宙からみれば砂粒にも満たないだろう。えっ1000年???と驚愕しても松本零士の1000年女王の歌のごとく「1000年は一瞬の光の矢」じぶんの顔をふと鏡で見つめる。個人の美醜の問題ではなく自分のその眼球にはたして命の輝きが宿っているのかどうか。穏やかな目でも熱い目でも無邪気な目でも冷静な目でもどんな目でもいい。鏡に映ったじぶんの顔のその目に光が宿っているのならきっとそのひとは先駆けて風の時代の扉を開けるのだろう。いまから風の時代がくる!と大仰に待たずともその目の光の輝きとともにさらりと、風に乗る。風の時代なのだからその性質はとにかく「風」なのだ。風は滞留せず、すぐさま去っていくもの。風とは・・・懇願して期待して滞留させるものではない。いっときもとどまらない性質のものに時代の期待を寄せて言葉と感情で重量と負荷を載せるのはまた、風の本質と逆行する。。。と。。。わたしは思う。

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      いぶし銀の輝き

      すでに長崎に戻っているはずがまだ福岡のアパートにいます。福岡でやらねばならぬことが生じてあと数日残留・・・暮らす・・・というよりも仕事やプライベートの中継地として使っているこの福岡のアパートだが手放せない。わたしの隠れ家と化している。このアパートの隠れ家発信YouTubeやろうかな「アラフィフの小さな隠れ家」的な。などと・・・またもやちまちまとした妄想を重ねて無意味にやることを増やしやるべき本質から遠のいていくのはわたしの得意技だ。それにしてもこのアパート・・・ああ落ち着く・・・二階のロフトの手すりから、天窓にむかって植物が伸びてゆく。なんだか健気に一心不乱に光に向かう植物たち。「命あるものはすべて、光の輝きに引き寄せられるもの」。。。という。。。シンプルかつ普遍の真理を植物の成長過程に見せつけられた。光輝くものの周囲にはたくさんのものが集まってくるという「普遍」「・・・ふふふ・・・」「・・・ふふふ・・・」「あなたも。光として存在したいの?」わたしという体の外から飛び出したもうひとりのわたしが頭上から”わたし”という媒体を俯瞰して「あなたも。まぶしい光としてこの世に存在したいの?」・・・と問いかけてくる。人生においてそんなことを目指してはいない。というか・・・それらの光は目指してどうなるものでもない。まぶしい光の輝きというものは往々にして生まれついた時からの天性の素養と資質でほとんど決定しているような気がするし。本来まぶしい光ではないわたしが努力や訓練や演出演技によって表面上まぶしい光のように振る舞っても続けざるを得ない背伸び演技によって疲弊して・・・むしろ心に闇を抱えそうだ。でも・・・せっかく生まれてきたのだから光りたい願望はある。そう。わたしは「渋く光りたい」まぶしくなくて、そっと目の中に射しこむ。渋い光。いぶし銀の光。そっと暗闇の中に射しこむ一条の光としてどんよりと鈍く光りたい。食べ終えたしじみの貝殻を捨てきれずきれいに洗って後生大事に保管しているのだ。石膏で植木鉢とか。壁に埋め込みたいな。。。などと。。。構想しているが果たしていつ着手することやら。断捨離のプロ。近藤麻里恵から運気下がると言われること間違いなしのガラクタだらけのこのアラフィフの隠れ家。。。(笑)出張が終わると無性にトマトが食べたくなる。わたしはトマト星人です。日清ラ王柚子塩インスタントラーメンに軽くあぶったトマトとアサリをトッピングしていただきました。インスタントラーメンで食事を済ませてしまう背徳感と満足感の。共存。5月15日の忘備録。

  • 13May
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      きょとん

      宇都宮出張から。昨日。福岡の、隠れ家アパートに戻りました。混沌とするコロナの中の出張・・・堂々と書ける話ではありません。。。。が。。。書きたいことがあるのだ。飲食と同様に百貨店も困窮しています。日本中の対面という対面の商売のほとんどがコロナ禍のはじまる前よりも困窮しているのは間違いないと思います。わたしは個人事業主。フリーランスだし性分としてどこかに継続して居座る・・・という感覚が生来希薄だからまさにずばりとコロナ禍の百貨店の仕事を請け負っていてもそれほど精神に負担は来ていません。この世に生じているものすべては年月の単位のスケールは違えど必ずいつか消滅する。なくならない永遠不滅のものなどこの世にひとつも存在しない。かたちある質量としてこの世に存在する限りわたしたち人間の命と同様にかならずいつか消滅する。コロナという地球という惑星の慟哭。中国がウイルス兵器として人為的に生み出したバイオテロが流失してしまったとの見解もあるがその真偽を問いただしても世界にそのウイルスが飛び出したことは事実だから理由や思惑を抜きにして今ある現実を、こなして乗り越える。百貨店の中で仕事することが、とにかく嫌いだった。20代前半のころはアニエスベーというメーカーの社員の時代を軽く一瞬程度経験している。勤務先は都内各所の百貨店だった。働きながらいつも「隷属」という感覚がわたしのからだを貫いた。感性の自由がミリほども許されない当時の百貨店の社会。わたしは不器用だから何をやってもからだの芯まで会得するのに時間がかかる。しかも。。。性格はあまりにも独創的で集団行動が苦手だから百貨店のあの四角四面な感じが、とにかく苦手だった。コロナによって現在百貨店は直撃を受けている。するとわたしは。。。思うのだ。。。好きとか嫌いとかそんな個人的なことどうでもいい。いま。わたしができることで。。いまここ。で百貨店に、いまここ。貢献したい。今までの人生いろいろなことがあった。生まれてこのかた人間として無下に扱われた記憶もたくさんある。というか死ぬほどある。。。。。。だけど・・・そんなことはどうでもいい。わたしなんかでもあなたたちの。役に立てる???この苦しい時代わたしがいままで培った力があなたたちの役にたちますか?わたしはその一心でいまをがんばるんだ。平和なときは。苦しくないときはだれもわたしのことなど見向きもしない。平和をわざわざ搔きまわすうるさい女と思われおしまいだ。わたしの真骨頂はみんながあきらめてからが強いんだ。このあと10年かけてその真骨頂を証明してみせる。寂しいけれどさびしさも人生をとことん真剣に生きた証。寂しくない人はいないと人を見て思う。寂しくなりたくないのであろうからいろいろ考えてるひとたちも結局は次から次へと新しい寂しさを心に宿す。寂しさとは人間の正体だ。なくなりなど、しない。さびしさは。だったら思う存分、命を満喫するのだ。地球という命が与えてくれたこの得体のしれない感情を友達にして。4月のこと。挿し木したモンステラの鉢のはしっこに新芽がちょこんと生まれていた。てっきり。。。モンステラの新芽と思っていた。成長した葉っぱはどうみても里芋の葉っぱなのです。なのです。植えた覚えないけどな。『雑草ものがたり』ガラスの保存瓶に、さつまいもの葉っぱを生けています。このさつまいもの葉っぱは、ある日いきなりわたしの目の前に現れたのです。ベラン…ameblo.jp一年まえにさつまいもで、同じようなことが起こりました。知らないうちにさつまいもの葉っぱが知らない場所で伸びていてきょとん。里芋の食べ終えた皮や根っこをもしかしたら土に埋めたかなあ。。。埋めたんだろうなあ・・・・・・・きょとん。

  • 10May
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      学生ローファー物語学生② 「ヴィーガン」

      ★belle&sofaの学生ローファー靴の全国各地学校指定靴を目指します★少しでもこのローファーの良さを感じていただくために短編小説を書きました。ぜひ読んでくださいネ。★belle&sofaの学生ローファーサイトをご覧いただけるとうれしいですぜひ推奨をお願いいたします!★https://www.belle-co.jp/item_list/01605/「学生ローファー物語② ヴィーガン」「牛豚合い挽き肉のハンバーグが食べたい・・・」ここ一年、我が白崎家の食卓にのぼるハンバーグは豆腐ハンバーグあるいは大豆ミートで調理したハンバーグもどきオンリーだ。わたしの名前は白崎美羽、17才の高校二年生です。身長162㎝。体重52キロ。中肉中背の日本人のいたって平均値の普通体系の女子高校生なのです。体重49キロ以下のモデル体型になりたいと切に願うが家系譲りの骨太の骨密度の高さが、その願望の邪魔をする。「綺麗でかわいい、そして美しい女子高生」と、周囲から褒められれ認識されたい17才。そんな日本全国どこにでも存在する普通の高校生「白崎美羽」でございます。一年前のある日我が家の食卓から。鶏肉。豚肉。牛肉。「肉と名のつくあらゆる食材」が消え果てた。。。。。。。。。そんな食卓になる一週間ほど前に「動物虐待の現実」というテレビ番組が放映されていたことを記憶している。晩ごはんを食べ終え、お皿を洗う母親は作業の手をぴたりと止めてその報道番組を、食い入るように視聴していた。特に猫の虐待の事実。猫を飼ってはいないが。。。母親は猫がとても好きだ。愛くるしい猫の虐待の実情を目の当りした母親の目には大粒の涙があふれて嗚咽と鼻水をすする音が洗い場から聞こえてくる。洗い場のフックにかけてあるピンク色の「キティちゃん」のハンドタオルで母親が涙をぬぐっているその姿を満腹のお腹をさすりつつ・・・わたしがちらりと盗み見たあの日。昭和49年生まれの母親はサンリオ製品の定番猫「キティ」ちゃんが幼少のころから大好きなキャラクターでありマストアイテム。「お母さん猫ちゃんの番組に泣いてるね・・・ハンカチのキティちゃんも猫なんだね・・・ほんと、猫が好きなんだね・・・」その「動物虐待」の放映から約一週間後母親の白崎めぐみは、父とわたしの家族二人に「これから我が家の食卓はヴィーガンとしてできるだけ野菜中心に暮らす」と通達した。白崎めぐみ年齢47才「わたしはヴィーガン」と名乗る未知なる生命体が誕生したのである。「???ヴィーガン???」「動物虐待の現実」の報道番組を視聴したことをきっかけに母親は、動物の肉を胃袋におさめないと、固く心に決めたのだ。肉と魚を食べない食生活のヴィーガンスタイルは広くヨーロッパの”意識高い層”の人々から支持されているライフスタイルだ。覚悟も腹も据えた本家本元のヴィーガンは魚も卵も乳製品もいっさい口にしないライフスタイル。よって母親は厳密なヴィーガンではなくて卵と魚と乳製品は許可するソフトなヴィーガンスタイルだ。。。。が。。。どちらにしてもあの報道番組放映以降白崎家の食卓から鶏肉。豚肉。牛肉。。。。エトセトラあらゆる肉という肉の存在が消えた。そしてあっというまに一年の月日が経過したのだ。「・・・なにがヴィーガンだ中途半端でめんどくさい女だなあ・・・( ̄▽ ̄;)」と、娘のわたしは内心思うのである。「動物を。というか!猫をいじめるひとは許さない!あんなにかわいい生き物たちをというか猫を虐待する人間の気が知れない。猫・・・可愛すぎる。でも動物虐待によって、猫が被害にあっている。許せない・・・・・・」「決めた!わたし!もうお肉を食べるのやめる。だって猫も動物も人間と同じようにからだ中に血管が走り心臓もどくどくと鼓動を刻む赤い血がその体に流れる生き物。わたし・・・もう、動物のお肉は口に運ばない!」厳格なヴィーガンの誕生でなくてよかったと家族はほっと胸をなでおろすのだ。魚すら食卓から消えようものなら父もわたしもフランス革命並みの暴動を起こすことだろう。「父親は固太りのやや肥満体系で健康診断はメタボリックシンドロームのB判定。」わたし白崎美羽は冒頭で述べた通り|身長162㎝。体重52キロ。中肉中背の日本人の平均値の普通体系の女子高校生。体重49キロ以下のモデル体型になりたいと切に願うが家系譲りの骨太の骨密度の高さがその願望を阻む・・・つまり・・・固太りでメタボで健康診断B判定に悪戦苦闘する父親とモデル体型をこっそりと夢見る娘にとってソフトヴィーガンという。。。得体のしれない新しい母親の誕生は家族にとって「WINWIN」自分の努力で体重減らすほど意思が強くないから母親のソフトヴィーガンに便乗させていただこう。。。「目指せ!!!162㎝.49㎏以下のVIVAモデル体型!(*'▽')!」ヴィーガンという未知なる女の誕生にしばらくのあいだは「WINWIN」♬♬♬(*'▽')♬♬♬。。。そして瞬くまに一年が経ちました。。。白崎家の食卓にお肉が登場しない生活は続いております。。。。がなぜか。。。わたくし美羽の体重が49キロを下回ることもありません。高たんぱく高脂質のお肉不足の油で満たされない、食の物足りなさを白米をたくさんかきこむことでリカバーしてしまうのです・・・・・・・さらに家系のDNAが立ちはだかる・・・骨密度が高い、骨太のゆるぎない白崎血統はどれほど油と肉を絶とうが体重49キロ以下のモデル体型の夢をかなえさせてはくれない。体重49㎏以下は選ばれしものの領域わたしには夢物語だったのだ。「ああ・・・どうせ痩せないなら高たんぱく高脂質の合い挽き肉の肉汁したたるハンバーグが食べたい・・・油分が欲しい」固太りでメタボの父とわたし両者揃って「肉が食いたいんだ!肉が!」とフランス革命並みの暴動を起こす日が白崎家に刻々と近づいてくる。「骨密度。骨太家系」と冒頭よりさんざんつぶやいているが・・・骨太家系の宿命がゆえにわたしの足幅は、がつんと広くて、甲がとても高いのである。典型的な日本人的な農耕民族の名残の我が足が呪わしい。「骨密度・・・」と。。。傷つく思春期の心でつぶやいてみる。学校から帰宅して玄関で通学靴のローファーを脱ぎました。公立高校で古くから学校指定されている某革靴メーカーのローファーを履いて毎日通学しています。「足。。。まじで痛いなあ。。。「骨密度。骨太家系の幅広の足にはがちがちに硬いこの黒革の締め付けがほんと堪えるわあ・・・・しんど・・・卒業まであと二年の我慢だなあ。。。。あ!っていうか。。。踵みると血が流れてるし!!!!骨太家系。憎し・・・・・・」なんだかイライライライラこんな骨太DNAいやだわ、ほんと。イライラ「お母さんただいま!!!」台所の扉を開けると母親と奈緒美叔母さんが談笑していました。母親の妹である奈緒美叔母さんはお仕事ばりばりの、42才の独身女性です。我が家の隣駅の賃貸マンションで暮らしています。全国に出張することも多い奈緒美叔母さんは出張先のお土産を持参して、久しぶりに我が白崎家を訪問してくれたのでした。「叔母さん、こんにちはm(__)m」わたしはぺこりと挨拶をします。「美羽ちゃん、こんにちは、ひさしぶり(*'▽')」晩ごはんの支度中の母親の献立と調理姿を横目に見つめながら叔母さんは何気なくつぶやきました。「お姉ちゃん・・・お肉全然ないね野菜とか豆とかばかりだね・・・家族全員でダイエットしてるの??????」「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」奈緒美叔母さんナイス!(・∀・)イイネ!!骨密度高いし骨太だし全然痩せないしもうソフトヴィーガンな食生活やめたい。油したたるお肉をたらふくほうばりたい。白崎家。フランス革命寸前デス。娘がフランス革命のジャンヌダルクに変身寸前と知らない母親は奈緒美叔母さんの質問にむしろキラキラと目を輝かせる始末・・・「奈緒美!そうなのよ。。。一年前からねお肉を口にするのをね。我が家ではやめたのよ。動物虐待の報道番組がきっかけなんだけどね。生き物を、動物のいのちを、もっと大切に考えたいと報道番組を見て、つくづく思ったのよ。わたしたち人間だけに”赤い血”が流れてると思うなんてあまりにも傲慢よね。いまのわたしのできることはせめて、赤い血の流れる動物のお肉を口に運ばないことと、思ったのよネ・・・・・・・」母親がキラキラと目を輝かせながら奈緒美叔母さんにヴィーガンライフの演説を繰り広げていてる。母親は恍惚の表情でご満悦。フランス革命前夜・・・「なにが赤い血だ・・・魚は命じゃないとでもいうのか!!!!????この偽善者め!★  ★  ★  ★  ★  ★「  ん???赤い血。。。って。。。」「あ!わたし。踵が靴ずれして血が流れてたんだ!お母さん!絆創膏どこにしまってる?????」「ありゃあ、靴擦れで踵から血が流れたんだあ。。。痛いよねえ・・・・」奈緒美叔母さんが心配そうな表情を浮かべてこちらを見ています。「靴擦れは毎度のことだけど痛いです( ;∀;)革靴が硬いんですよねえ」とのわたしのつぶやきに叔母さんがマウントな会話を開始した。「お肉を食べないヴィーガンの食生活なのに。。。靴は革靴履かせるんだあ。。。革靴も、動物の殺生のもと、つくられてるよね。スーパーで買うお肉と革靴ってお姉ちゃんの中では、何が違うのかな?なんだか。。。シュールだよね、この会話」奈緒美叔母さんのマウントによって母の顔が、かっと赤く膨らんだのだ。うわ。赤くなりすぎて、完熟トマトみたい。母には母のメンツというものがある。高校生ともなれば、それくらいの大人の事情は察知するのでわたしは口笛を吹きながら母と奈緒美叔母さんのやりとりに気づかぬふりをするのだった。「母上、そろそろお肉のハンバーグが食べたいです」奈緒美叔母さんと母親のやりとりから一週間たったある日放課後学校から帰宅ところ今まで見たことのない黒い革靴が玄関先にちょこんと置かれていました。わたしの帰宅の気配に気づいた母親がバタバタと玄関先へと駆けつけて姿をのぞかせました。「美羽ちゃん。この学生ローファーね通販サイトで調べて購入してみたのよ。おそらく靴擦れしないはずよ(⋈◍>◡<◍)。✧♡#学生ローファー#革靴#足が痛くない#柔らかい。。。のキーワード検索したら「優しい靴工房belle belle&sofa」という神戸製の人気の靴屋さんのサイトにたどり着いたのよ。楽天の販売サイトのレビュー欄に履き心地抜群で足が痛くならないとたくさん書き込まれていたから購入してみたの。このローファーね。ヴィーガンレザーという人工皮革でつくられてるのヨ。めちゃくちゃ柔らかいのよ。触ってみて(#^.^#)”ヴィーガンレザー”っていうの!ヴィーガン!!!本革だから、人工皮革だから動物を殺生してないのよ~!!!ね!すごくない!?ね!すごくない!?」↓わたし↓「。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。」「ヴィーガンレザー」それは猫をいつくしむ気持ちからスタートした母親が一年後たどり着いた新境地だった。母ご満悦のヴィーガンレザーにそっと足をいれてみると「お~!確かにめちゃくちゃ柔らかい!骨密度高くて、骨太で、農耕民族型のわたしの足が履き心地に喜んでいる♬♬♬(*'▽')♬♬♬」「お母さん。この靴かなり履きやすいネ。この柔らかさなら、さすがに血は流れないかも・・・」↓母親↓「ヴィーガンレザーっていうのよ動物を殺生してないの動物を殺生せずしかもこんなに生地がやわらかいのよ!」しつこいな。。。そんなに気に入ったのかヴィーガンレザーというフレーズが。「ところでお母さん今日の晩ごはん何?」「おからハンバーグと納豆オムレツと、ポテトサラダよ(*'▽')」★  ★  ★  ★  ★  ★  ★高校を卒業したら、まず真っ先にケンタッキー・フライド・チキンでバイトをしてたらふく肉を食べたいと、心に誓う17才の5月の出来事だ。49キログラム以下のモデル体型なんてそんなことはもうどうでもい。「FIN」余談になりますが・・・コロナがはじまる前の2019年の暮れ福岡県の宮若市の外れにたたずむ存在感あふれるセレクトショップ「utusiki」にてヴィーガンのコース料理をいただきました。肉。魚。乳製品。卵を一切使わずここまでハイレベルな味覚の料理たち。視覚も抜群。至福の時間をいただけたコロナ襲来直前の懐かしい記憶。『Vegan ヴィーガン。そして青葉市子。』12月22日福岡県宮若市の少しだけ人里離れた場所にたたずむutusikiにて開催されたヴィーガンランチの会に足を運んでまいりました。静岡に…ameblo.jp

  • 06May
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      学生ローファー物語①  「霊長類最強の女」

      ★belle&sofaの学生ローファー靴の全国各地学校指定靴を目指します★少しでもこのローファーの良さを感じていただくために短編小説を書きました。ぜひ読んでくださいネ。★belle&sofaの学生ローファーサイトをご覧いただけるとうれしいですぜひ推奨をお願いいたします!★https://www.belle-co.jp/item_list/01605/「学生ローファー物語①  霊長類最強の女」わたしをこの世に生んでくれた母親が家を去ったあの日。わたしは8歳の女の子だった。とてもシンプルな身支度と荷物ひとつで我が母親がこの家を去ってゆく。最期の聖戦となった父と母の夫婦喧嘩の迫力は壮大でスペクタクルでまさに「インディジョーンズ 最後の聖戦」に匹敵するものだった。大音響と、迫力のある夫婦ふたりのビジョンだった。わたしをお腹に宿してくれてこの世の海にぼちゃんと落として生を与えてくれた母はスピルバーグ映画レベルの壮大な夫婦喧嘩の末わたしと父のもとから去ったのだ。夫婦喧嘩の大嵐まるで土砂降りの雨。まるで激しくなる雷の応酬。そして終焉・・・・・母が家を出たあの日すべてが嵐のあとだったからなのか空には、七色の大きな虹がかかっていた。その虹の上を歩くとどこか違う大陸にたどり着きそうなほどの見事な大きな虹が空にかかっていたのだった。わたしを生んでくれてインディージョーンズの最後の聖戦を目の前で繰り広げた母親は「礼なら大丈夫。つよく。生きていける」と言葉を残してその背中は、虹のかなたに消えた。・・・あのとき8才のわたしの記憶・・・生母が虹の彼方に消えてから3年が経ちました。わたし「礼」は11才になりました。「仲良くしてね、礼ちゃん」はいわかりました。新しい母親、里美さん。そう。この物語の主人公のわたしの名前は「礼」。里美さんという小柄で穏やかな女性をある日父親がわたしに紹介したのです。父親が再婚した里美さんという女性はほんとうにほんとうに終始穏やかなひとで再婚当時33才。そしてこの結婚が初婚だったのだ。「インディージョーンズ 最後の聖戦」レベルの壮大でスペクタクルな夫婦喧嘩の末に虹の彼方に消えた生母とは真逆の女性に見えた。空に大きな虹がかかったあの日生母の母親は家を去ったのよ。新しく我が家の家族となった里美さんの怒り狂う姿などとんと見ることもなく穏やかで良い意味で緩やかな数年が過ぎて8才の、一人っ子だったわたしは「生みの母よりも育ての親」的に里美さんになんの違和感も持たずなついて年齢を重ねて・・・・・数年後、15才の少女になったのだった。桜咲く。。。うわあ。。。桜もわたしも、桃色。15才か。高校生活という新しいはじまりにわたしの心はときめくよ。「ステキなことがたくさん降りそそぎますように!」高校生活の長年のお供になる準備して間もない新しくて黒い革靴のローファー。黒革がつやつやと光ってる!新鮮な黒革のにおいにこれからの3年間の学生生活に思いを馳せてワクワクするんだ。このワクワク止められない。・・・そしてそして・・・革でできたその新品のローファーにそっと足をいれた入学式の日わたしは高校生活という新しい旅に出たのだ。新しい旅立を継母の里美さんがそばで見守っていた。革が柔らかくなるまでにはどうしても時間がかかるものだろう。高校に入学して、革靴初デビューのわたしの足は即座に悲鳴を上げたのだ。。。かかとが靴ずれして血が流れる。甲の幅が広めのわたしにはこの黒い革靴のタイトな感覚がしんどいよ・・・つまり、率直に「足が。痛い。。。。。つらいな。」「里美さん、靴擦れで足が痛い歩くのしんどい・・・・・・」。。。と。。。入学式に同伴してくれた義母の里美さんに泣きついた。わたしの名前は「礼」照れ屋だったりなんだったりのわたしの性格。里美さんは義母であったりするし里美さんを「お母さん」と呼べないまま15才にいたる。わたしが11才の年齢で父親が再婚した里美さんはとにかく終始穏やかなひと。。。なのである。。。「靴ずれで足が痛い」と泣き言をいいながら通学するわたしを見かねて里美さんはbelle&sofaというお店を探し当てた。「このメーカーさんの学生ローファーならばぜ~ったい大丈夫!!!!わたしかなり調べたからね!学生ローファー。足が痛くない。履きやすい。たくさん検索したんだよ!礼ちゃん!!!」・・・と・・・里美さんは満面の笑顔を見せるのだ。・・・休日・・・神戸のある一角にあるbelle&sofaのお店の門をくぐるととても履きやすそうな靴が目の前に待ち構えていた。黒くぴかぴかと光る革靴でさんざん痛い思いをしたな。わたしの心に・・・やや・・・革靴トラウマ。生まれてる。。。里美さんに促されてbelle&sofaというお店をふたりで尋ねた日。その日は雨が終日ふったりやんだりの不安定な天候だった。お店に向かうまでの道では雨がふる。お店にたどり着いてからはやや雨脚は落ち着いてるが小雨がふる。「belle&sofa」。。。という。。。お店だった。ふ~ん靴の専門店なんだあ・・・「礼ちゃん。ネットで調べたのよ。このローファー、まず履いてみよう。足が痛くなる確率は格段に下がるはずだよ」わかりましたよ。里美さん・・・店員さんが差しだしてくれたヴィーガンレザーという素材で仕上がったローファーに足を通してみたら痛いところなどひとつも見当たらないこの世の春が待ち受けていた。この靴を履いて通学したいな。だって、足のストレス0だもん。だけど教師と校長先生は果たして許してくれるのだろうかわたし。。。異端児扱いされるの。いやだよ。。。「里美さん。この靴履きやすいけれどこの靴履いて通学したら、先生たちに注意されないかな・・・」6年間いちども怒った表情などみたこともない里美さんがそのとき・・・霊長類最強の女性になる瞬間をわたしは垣間見た。「わたしが!校長先生に!直談判する!血を流してまで!なんでそんな靴を履かなきゃいけないの!」うわあ。。。フィクションじゃなくてノンフィクション里美さんってこんなひとだったの??????閻魔様とタイマン張りそうなこの強さ女性として霊長類最強。。。わたしのなかでなにかがぱりんと砕け散り里美さんは義母ではなくなりその日から義という文字が消えて母になった。空に大きな虹がかかったあの日生母の母親は家を去ったのよ。あの母もきっと霊長類最強だったのだろう。ひとにはそれぞれ。心があり。事情があるのね。「礼なら大丈夫。つよく。生きていける」と無責任に言い残し去ってしまった虹の果てのあの母親。義母の里美さんの閻魔様とタイマン張れそうな思わぬ強さを垣間見て女って不可思議だなそしてわたしもいっちょ前に女。強さの質ってたくさんあるねと思わず感じながら、足を通す。belle&sofaの学生ローファー。高校生一年生の春だ。まずは、わたしの役目は高校生活!belle&sofaの学生ローファーさん当分相棒をよろしくお願いいたします。わたしはまだまだ成長途中・・・「学生ローファー物語  霊長類最強の女 」FIN★  ★  ★  ★  ★  ★読者の皆様。学生ローファーに関する少しでもリアルで「具体的」な応援をよろしくお願いいたしますm(__)mわたしたちはRainbow Dragon人種も 年齢も 性別も 価値観もすべての垣根を越えて虹の橋を渡ろうわたしとあなたあなたとわたしあなたと世界世界とあなたさあ世界のみんなに虹の橋をかけよう真剣に未来を見つめる魂の輝きあなたの真剣さまだまだたくさん出せるよねまだ眠っているよねひとの発言、ひとの態度、ひとの心そんなものにいつまでも悩んでる場合じゃないよ時間使ってる場合じゃないよあなたが変われば周りのひとも環境も一気に変わるのそのことを知るために冒険に出ようよ同じ場所じゃ見えないさあ真剣さとことん出して歩こう

  • 05May
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      長崎@ももたん

      隠岐の島からフェリーで5時間。フェリーから電車と新幹線を乗り継ぎプラス5時間・・・計10時間・・・おととい10時間かけてたどり着いた福岡のアパートでいちばんにしたかったことはトマトをたくさん食べることだった・・・わたしはトマト星人だ。夏になるとさらにトマト星人が加速する。とにもかくにもトマトに飢えていたのである👀オリーブの木をくりぬいたお気に入りのボウルにトマトと青い葉っぱと、鶏肉をてんこ盛りしてがむしゃらにがっついたおとといの夜・・・・・トマト星人は。塩漬けトマトを仕込むときもある。トマト星人は。ラタトゥイユとカポナータを仕込むことによろこびを感じる。トマト星人の常備食はトマトソースパスタ。トマト星人は。インスタントラーメンにも。トマトを浮かべてみる。そして心の中でVIVA トマト!!!・・・とつぶやいている🍅一か月ぶりに戻った福岡のアパートなのです・・・おそるおそる扉を開けてみると植物たちがこぞって元気にしてくれていました。近所の飲み屋さん「昭和伝説」のマスター長尾さんが定期的に水やりをしてくれていたのです。購入から3度目の春を迎えるラベンダーが巨大化して美しい紫の花を咲かせていました。ベランダガーデンの手入れをする時間をなかなか捻出できず育てっぱなしの伸びっぱなし手入れをする時間を確保しなきゃいけませんね・・・やることだらけだあ。二日前の午前中。長崎の実家に帰ってきたらももたんが玄関前に寝そべり、日向ぼっこをしていました。わたしのことを覚えてくれていました。覚えてくれてて、ももたんありがとう( ;∀;)4月で二歳を迎えたももたん、子供っぽさがなくなりました。この家の主のようにどすりとしています。じぶんの好きなときに好きな場所で好きなよ~に。。。暮らしています。ももたんかなり幸せに暮らしていた。。。その現実がわたしの幸せにするのだ。・・・幸せの螺旋・・・ももたん。どすこいどすこい!昨年11月。庭に地植えしたイタリアンパセリがさらにさらに巨大化していました。地植えだと成長パワーすごいなあ。パセリの葉っぱから枝分かれ成長して花が咲いています。胞子を飛ばすんだろうなあ。パセリの花を。仏壇にお供えしていました。地植えしたパセリの成長速度魅せられて大葉とゴーヤも地植え決定!でっかくなったら食べまくります♬♬♬(*'▽')♬♬♬大葉は花壇のはしっこにちょこんとね。我が家の裏山付近の地面のくぼみに溜まった土にゴーヤを植えました。このコンクリートのくぼみはどうしてできたのかしら???夕方にいったん福岡に戻り明日から栃木に旅立ちます。7日間の栃木が終了すると一週間くらい休みがあるのです!ももたんが元気でよかったよ~😻めんこいよ~😻

  • 03May
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      サラマンダー

      我が名はサラマンダー。火之神。仕事しようとしたら急に絵を描きたくなりスマイルホテルの部屋にある紙一枚と備え付けのボールペン一本で咄嗟に描いた。絵ができあがるまでの所要時間10分。手が勝手に動いている。わたしはただの絵を生み出すための道具になっていると。わかる。我が名はサラマンダーと絵が言う。後で色塗ろうかどうしようか。

  • 01May
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      しあわせ

      書ききれるかな。隠岐の島の雨風にさらされているわたしの気分がこの文章を書かせようとしているが果たして最後までこの気分が持つかどうか。1943年生まれ今年誕生日がくると78才になる母親は長崎の離島の江の島で生を受けた漁師の娘。兄がふたりの末っ子の三女に生まれた母親の人生。島独特の習わしにもまれた彼女の半生は自分だけの自由はとてもじゃないが許されなくてそんな籠の鳥のような島の窮屈さから逃げ出したくて自由を求めて都会に飛び出した母親だった。都会で自由を満喫していた母親のもとにわたしの祖母にあたるつまり「わたしの母親」の「母親」である祖母から「母危篤すぐ帰れ」という偽りの電報がある日届いたという。三人の子供の唯一の女子である彼女が島を去り島で生まれ島のみで生きた祖母我が母親の母親。つまり祖母の。嘘の所業だった。電報に驚き島に飛びかえったところ祖母はぴんぴんしていたという。そして。母親が会ったこともない島民男性との強制的な結婚話が用意されていたという。「この縁談を断るのなら、もう二度と島の地を踏むことは許さないこれっきり勘当する」二度とこの地を踏むな勘当。。。学歴は中学卒業で終了の我が母親だ。都会でしばらく暮らしていたといえど当時の年齢おそらく20才くらいなのだろう・・・・・・勘当の二文字に怯え震えた彼女は惚れたわけでもなし会ったこともないある島民男性と結婚をしたのだった。母親はその男性とのあいだにひとりの子供をさずかった。男の子だった。名前は「学 まなぶ」その当時ならではであろう姑からのいじめ。子育てをしながらでも平然と求められる過酷すぎる肉体労働。学さんを出産した翌日には畑仕事を強要されたらしい。それらは、日常茶飯事だったらしい。そしてある日とうとう母親は。。。ひとり授かった我が子を置いて離婚した。そして身一つで島から逃げ出した。月日が流れて我が父親と再婚して、彼女は唐澤君代となる。唐澤秀享我が父親にはすでに前妻とのあいだに生まれた男の子ふたりがいたのだ。そんな子連れやもめと8才年下の母親は再婚したのだった。そんな前提の家庭だから長い年月ほんとうにいろんなことがたくさん起こった。あれはわたしが小学5年生くらいだったか・・・母親が島においてきた異母兄弟の「学ぶ兄ちゃん」と母親とわたしと3人で長崎の街の商店街で会った。高校卒業する学兄ちゃんに母親が会いたいと懇願した結果だったのだろう。。。。。学兄ちゃんが高校を卒業した年齢だった。わたしが小学5年生で11才。学兄ちゃんは、高校卒業しているから18才。だいたい8才差くらいかな。母親の君代さんは「許してくれ。許してくれ。」と学兄ちゃんに懇願して泣いていた。はるかかなたの子供の記憶だがぼんやりと覚えている。その時たぶん小学5年生だったわたしは学兄ちゃんのあまりものかっこよさをまじかに乙女心で緊張していた!「え!!!異母兄弟・・・スーパーイケメン・・・ほんとうにお母さんの子供????」母方の久保田は、みんな長身なのだ・・・・・・・親戚のわたしと変わらぬ年齢の女性たちも165㎝ゆうにある。男性は180㎝前後のひとばかり。なのになぜか我が母親だけが、150㎝とちっこいむしろイレギュラーな小ささなのだ。学兄ちゃんは顔もかなりイケメンだった。すらりと身長も高く180㎝近かった。子供のわたしがイケメンの異母兄弟に会っていっちょまえに乙女として緊張していた。「許してくれ。許してくれ」母親が学兄ちゃんに伝える。学兄ちゃんは言った。「なにも。恨んではいません」母は。。。わあわあ泣き出したあの日のあの瞬間この過去の話しをふと母親に話すことがあったが78才を迎える母親は・・・・・・なんと・・・・・・ほとんど覚えていないのだ!!!!わたしには妹の美紀恵がいる。そして父の連れ子だった9才年上の異母兄弟の「徳兄ちゃん」がいま長崎の諫早にいる。78才のお母さんは徳兄ちゃんが大好きだ。お兄ちゃんの名前は徳宏。お母さんは美紀恵のことも大好きだ。「徳はやさしい。徳が好き」お母さんは徳兄ちゃんが大好きだ。実際、徳兄ちゃんは本質的にやさしい。父と母が再婚したはるかかなたその時徳兄ちゃんは小さな子供だった。「うわあ・・・なんだかわからないけれどめちゃくちゃきれいなひとが家にやってきた」と母親を見た子供の徳兄ちゃんは思ったのだそうだ・・・・・・徳兄ちゃんへの母親のはじめての記憶は「お願いだから!電気を消さないで!消さないで!」と叫ぶ徳兄ちゃんなのだ。父子家庭でいつも電気を消されてアパートの片隅で兄弟ふたりで待つ時間。暗くて怖くて。さびしい。お母さん。君代さんがはじめて徳兄ちゃんにあったとき「電気を消さないで!消さないで!」と徳兄ちゃんが叫んだ・・・・・・・・と・・・母はいう。お母さんの記憶の中にもう、学兄ちゃんというひとの存在はない。あるのかもしれないけれど。わたしはまだ覚えているけれどこのわたしもそれらの記憶がやがてだんだんと薄れていつかは果てしなく消えてゆくのだろう。愛してくれたうれしさがお互いさまになりすべてを超えてひとって上手に忘れることもできてそんなことを幸せと呼ぶのではなかろうか。

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      砕け散る

      昨日の隠岐の島は終日雨でした。雨降りの昼間わたしは・・・このまま雷が天地を貫いてくれないかなと・・・うすぼんやりと思っていました。雷によってなにかが砕け散る刹那をわたしは期待して待っていた。雨よふれ。雷よ鳴れ。すると夕刻過ぎにごろごろと雷がなりはじめました。土砂降りの雨その激しい雨の中に走る”どんっ!”と雷の轟音。ああ。。。わたしは。。。この轟音を恋い焦がれて待っていたんだ。なにかが砕け散るこの刹那のあまりもの美しさ。4月の終わりの鳴りやまぬ春雷の響き。からだの奥底に動きざわめくなにかにぞくりとした感覚が走り砕け散る。だから。隠岐の島に来たかったんだよ。わたしはずっと。本日朝も、、、晴れ間の中に急に雨ふり。太陽がひょっこり顔を表したかと思いきや10分後には風がうごめき土砂降りの雨そして雷が鳴る。隠岐の島独自の地形や生態系はこのような不可思議で万華鏡のような気候のリズムを刻む。空気が引き裂かれ揺れるじぶんの体の中心の鼓動を雷とシンクロするように、しっかりと確認していくどくっどくっどくっどくっ激しい雷雨の音が鳴りつづけるほどにむしろわたしのこころは静寂に包まれてゆくそれは自然と神の奏でるリズム周囲からあらゆる存在が消え去る音なき音声なき声自分の声他人の声自分の周囲にまとわりつく一枚一枚を春雷が無慈悲にはがしてゆくいつしか雨はふりやみ、空に太陽が輝きます。お散歩に出たら眼下に広がる海の青いこと!隠岐の島の間借りの部屋でぼけっとしていたら携帯電話の着信がなりました。「あ!ハルさんからだ」4年前に隠岐の島のインターンシップで出会ったハルさんは1972年生まれわたしと同級の年齢の女性です。彼女は二年前から隠岐の島に完全移住しています。ハルさんのプロデュースによって4年前に隠岐の島で、貝殻アクセサリー制作のイベントを開いたことがあるのです。『いまより10センチ先の世界』こんにちは11月21日で45才になりましたあ!貝殻アクセサリー教室の講師の依頼をいただいて11月23日と24日の2日間…ameblo.jp来島してハルさんの住まいに滞在させていただいた45才のあの日。女3人雑炊をすすっていたら、雷がどどん!となりましたそれはもう大音響で家が揺れた思わず窓を開け放ちます。雷がなったかと思いきや大粒のひょうがぱしぱし天から降り注いでくるその5分後には雲間から青空がみえる島ならではの天候が午前中なんども繰り返されるのでした。大きく窓を開け放ってびっくりするくらい大粒のひょうを寒さに身を縮めながら女3人で見つめたあの日。あの日の自然の景色が忘れられなくてわたしはどうしてもどうしても隠岐の島で暮らしたくてしかたなかったのでした。水蓮というお店を構えていた事情から「隠岐の島では移動が不便すぎる・・・理想と現実のはざまだわ諦めよ・・・」と。この4年諦めていたけれどお店を手放して、身一つ身軽になれたからわたしはこの隠岐の島の地をふたたび踏むことができたのでした。手放してぽかりと空いた空間に本人も思いもかけない新しいものが訪れるのだ。そういうものなのだ・・・

  • 29Apr
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      海と雨

      隠岐の島滞在2日目。本日は朝からずっと雨です。40日連勤の疲労が蓄積された体がお布団を恋しがるけれどもぞもぞ這い出して散歩に出かけました。海。雨。。。ふと、龍神の気配を感じます。海。雨。ふたつの水の氣に呼ばれて龍が舞う。なんだかそんな感覚が、わたしのからだを貫いてゆくのです。住まいの目の前は海。心ゆくまま気持ちよく、ライトランゲージを声にしました。壮大な海と自然界の氣によっておでこの第三の目が開かれてゆくような。海の真ん前に、釜屋神社が祀られています。海の神さま龍神様にお祈りしました。「さあ。自分のペースでのんびりとやります。これからもよろしくお願いしますネ。」雨水のしたたる青い気配と、鳥居の先には海。当たり前のように貝殻が拾える。なんともぜいたくな場所。参拝を終えて。。。雨の中もうしばらく散歩を続けました。鳥居が現れました。お賽銭箱はありません。自然の樹木の中に溶け込み一体化して祀られています。路地を抜けると、緩やかに拡がりはじめる田んぼ道。シロサギたちがくつろいでいました。シンプル賄い飯をいただいております。ありがとう。。。m(__)m。。。なに食べても美味しいよ~!!!全国に出張する日々はおそらくこれからしばらく続きます。9月までのお仕事の予定が埋まりはじめました。そしてその現実に。。。わたしはとても感謝をしています。静と動。この相反するふたつが生きる道に備わるとわたしという人間はバランスが取れるのだなとつくづく思います。無音の真空状態の中空っぽになれる時間の「静」人や喧騒の中に、その身を投げ込み、巻き込まれ思考や感情。さらには肉体も激しく動く「動」仕事が大好き。生きるという人生のシュプールを丹念に描くことが。我が人生の生きがい。ビジネスマンであり同時にアーティストでありたい。どちらも欠損したくない。そのように思い続け生きてきたらそのような流れをなんだか宇宙さんがつくってくれています。わたしは、全然ムリもしてないし、頑張ってもいないのです。ただ心の奥底からいたってシンプルにそう求めた。だけ。運転免許持ってません。唐澤扶美恵。49才。原付バイク免許を取得することに決めました。隠岐の島での行動範囲を拡げるためにはどうしても必要だな。全国出張時いつも駅の階段も建物の階段もエレベーター使わず、一段飛ばしで登っています。7階の建物だと、心肺と乳酸でかなりきつい。でも、この足と体の根本のパワーがわたしのメンタルと人生をこれからも支えるとわかるからそうする。物事を。きちんと。明確に心が受け止めていくことを永続的に発揮できる土壌には体力がかなり左右しているような気がします。2021年4月29日。忘備録。

  • 28Apr
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      Rainbow Dragon

      7日間の水戸出張が終了しました。水戸京成百貨店からの帰り道に出会った薔薇と少女なんだかとてもノスタルジックな一瞬の風景です。建物の天井にまで届きそうな黄色の薔薇が圧巻でこの薔薇に見惚れながら通った水戸京成百貨店と宿泊ホテルの往路なのでした。ある日の朝。。。桜川河川敷に咲くたんぽぽ畑を歩いていたら「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても」・・・と急にメッセージがおりてきました。チャネリングメッセージはいろんな媒体からおりてくるがこれは天使からのメッセージだ。。。.と。。。.このとき。ふと思ったのです。そのときひとつの心配事を心に抱えていたのですが「そっか。心配無用か!」とその天使からのメッセージで急に心が軽くなったのです。心に抱えていたひとつの心配事はその後杞憂に終わりました。たんぽぽ畑の天使さんあのときはありがとう。belle&sofaの水戸イベントも昨日終わり。ほっとひと息つけるのも束の間。秋までのお仕事スケジュールがかなり決定しました。その決定スケジュールのなかに大きな朗報があります!belle&sofa。エコックス。このふたつのお仕事を現在担当させていただいておりますが。。。なんともうれしことに。。。belle&sofaとエコックスをコラボレーションさせることが実現できました。百貨店イベントでのコラボ開催をわたくしの担当で実現させることができました!エコックスパンツのお仕事に携わることになり歩くことが楽しくなるほど抜群の履き心地のパンツとわかった当初「belle&sofaとエコックスこのふたつが目指す世界観は重なっているからコラボレーション開催できないかなあ・・・と・・・うっすら心に描いていたのです。機会を得て、エコックス会長の高橋さんにその企画を打診してみたところ快諾を得てなんと実現しました!!!わたくしが仕切りさせていただきます♬♬♬(*'▽')♬♬♬・・・分離した企業と企業をつなげることができたよろこび・・・・・・分離したものを、ひとつに融合させることができたよろこび・・・Rainbow Dragon過去に描いたわたしの世界観Rainbow Dragonにやっとたどり着きはじめました。あのころは。。。構想はあれど力と経験不足だった。あれから幾月幾年流れて多少なりとも力をつけることができたからこそ実現したわたしの描くRainbow Dragon8月12日から8月18日までの一週間広島福屋百貨店駅前店一階イベント広場にてPOPアップ「belle&sofa エコックス コラボレーション開催」belle&sofaの靴とエコックスパンツを同時にお手に取っていただけます。ぜひぜひご来店ください。わたくしずっと店頭におります!(*'▽')!belle&sofaとエコックスパンツの饗宴↓楽しみ👀です↓吉田さん↓👀↓昨日夜、水戸から品川に移動しました。本日早朝羽田空港から出雲空港⇒出雲空港から隠岐空港へと飛行機を乗り継ぎすでにいま隠岐の島にきてブログを書いています。4年ぶりにやってきた隠岐の島です。4年前に、隠岐の島のインターンシップで知り合った村上照光さんの住まいの一画に居候予定。。。出張が多いから月の三分の一が隠岐の島滞在になるかなあ。『隠岐の島の忘備録 ☆一日目☆』こんにちは下関出張も終わりいよいよ隠岐の島のインターンシップに参加です早朝松江に到着したら雨がぱらついていました松江から…ameblo.jp『隠岐の島の忘備録☆2日目☆』こんにちはさあ、隠岐の島インターンシップ2日目インターンシップ2日目早朝目覚めると照光さんちの飼い猫み…ameblo.jp『隠岐の島の忘備録☆3日目☆』こんにちは隠岐の島インターンシップ3日目午前中は黒曜石の加工研修を体験しました隠岐の島の浜辺では黒曜石を採取できるのです英…ameblo.jp『隠岐の島の忘備録☆3日目ぷらすα☆』こんにちはまだまだ続く隠岐の島の話し7月27日メンバーのほとんどが立ち去りわたしとケンくんだけが照光さんの宿泊所に残ることにな…ameblo.jp隠岐の島からコンニチハ!!!間借りの部屋です!!!到着したら部屋散らかってました(笑)片付けます(*'▽')家のまさに50m先は海です!魚がさくさくと普通に釣れます!野草もたくさん生えています!念願の隠岐の島だよ~。照光さんが立ち上げている自然塾を隠岐の島滞在時にのんびりと手伝う予定にしています。そのあたりも徐々にブログにアップできると思います(*^-^*)どんな経験も。わたしの中では。最後はひとつに集約されるような気がするのです。接点のないようなものもひとつに絡み合いあるひとつの点と場所へと向かってゆく。5月1日に長崎に戻ります。ももたんまいらぶ(⋈◍>◡<◍)。✧♡旅のお供のバドミントンバッグがさらにぼろぼろにこのぼろぼろさがなんだか一生懸命生きている勲章のような気がしてむしろぼろぼろが愛おしい。わたしたちはRainbow Dragon人種も 年齢も 性別も 価値観もすべての垣根を越えて虹の橋を渡ろうわたしとあなたあなたとわたしあなたと世界世界とあなたさあ世界のみんなに虹の橋をかけよう真剣に未来を見つめる魂の輝きあなたの真剣さまだまだたくさん出せるよねまだ眠っているよねひとの発言、ひとの態度、ひとの心そんなものにいつまでも悩んでる場合じゃないよ時間使ってる場合じゃないよあなたが変われば周りのひとも環境も一気に変わるのそのことを知るために冒険に出ようよ同じ場所じゃ見えないさあ真剣さとことん出して歩こう

  • 25Apr
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      桜川ながめて朝ごはん

      あと数日水戸に滞在予定です。宿泊先のホテルすぐそばには一級河川桜川がゆうゆうと流れておりまして京成百貨店まで片道約20分間の通勤時間はまるで散策気分。とても満ち満ちた気持ちにさせてくれるのでした。。。お仕事開始の一時間前にホテルを発ちます。桜川の河川敷に座り込み流れゆく川や木々の緑、水辺の植物たちを愛でながら水辺の心地を存分に味わいつついただく朝食は最高!ひんやりとした風がほほをつたいます。気分がよいものだから・・・ライトランゲージを鼻歌のように口ずさんだりするのです。いつもよりごはんが美味しく感じます♬♬♬(*'▽')♬♬♬さあお仕事お仕事♬今回もたくさんのひとたちにbelle&sofaをご紹介することができました。♬♬♬(*'▽')♬♬♬現在40連勤のクライマックス中。。。水戸のお仕事が終わりしだい隠岐の島に旅立ちます。隠岐の島に2泊したら長崎へととんぼ帰りして数日過ごした後5月5日より埼玉県の宇都宮でのお仕事が待ち受けております。この宇都宮のお仕事が終了したら6日間休めるからやっと長崎でももたんとゆっくりできるわあ。。。光と影。暗闇に揺れる水の音。草むらからきこえる虫の鳴き声。夜の桜川もきれいです。こじんまりサイズの福岡の我が家は一階も。ロフトも。これまた畳一枚ほどのベランダもとにもかくにも植物だらけ。。。長崎で出会った女性、高橋さんからいただいたゴムの木は3年かけて巨大化して二階ロフトで堂々としている。belle&sofaの高山社長からいただいたトネリコも巨大化してベランダで堂々としている。2021年より、、、出張でほとんど家をで払うようになり福岡に戻る隙間時間で植物に丹念にお水をあげてきた。冬だからそれでじゅうぶんだった。ベランダの緑も、雨水や放射冷却の夜露で水分を確保できていた。・・・が・・・いよいよ春が訪れた。小倉から福岡に戻り昨日お水をあげた。岐阜の次は水戸水戸の次は隠岐の島。5月2日まで。。。もう福岡のアパートには戻れない。植物どうしよう。。。とうとうこの日がきた。。。。「もうこの手しかない!!!」福岡のわたしの住まいの近所に「昭和伝説」という名のとても素敵な飲み屋がある。65才の男性。オーナーの長尾さんが切り盛りするお店だ。3年前に福岡に引っ越して以来この「昭和伝説」に気が向いたらふらりとひとりで足を運びお店でお酒をいただいていた。あるころから・・・長尾さんのお店が休みの日曜日に「ふみえちゃん暇ね!?今から飲もうぜ!!!」と呼び出されるようになった。つまり飲み友達になったわけだ・・・いっしょに飲むお店は常に「旭軒」という知る人ぞ知る渋いお店。「来月頭まで部屋に戻れない。植物をなんとかしなきゃ。こんなこと頼めるのは、長尾さんしかいない~」そして小倉からの帰りに意を決して「昭和伝説」を訪ねた。「長尾さん。。。お願いがあります。スミマセン。。。不在中に植物にお水をあげてほしいのです」「は???よかよか!そげんことならいくらでもするばい(笑)」飲み友になった長尾さんにアパートの部屋のカギを渡した。鍵を渡すのはそれなりに勇気が必要だった。でも。。。おかげさまで植物のいのちを守ることができる。植物のことが解決したからお仕事に集中することができる!!!長尾さん。ありがとうございます!m(__)m!長尾さんです↓👀↓『旭軒』近所のなじみの居酒屋さん、昭和伝説のマスター長尾さんは通りがけときどき水蓮のお店に立ち寄り野菜の差し入れをしてくれます(*'▽')つい先日、青いトマト…ameblo.jpぼっち力強し・・・ぼっち大好き。ぼっち上等。。。のわたしだがなにかあったらやはり支えてくれるのは周囲のひとだからぼっちのみでは成り立たないもの。ぼっちでは生きていくのが困難になるのだと植物の水やりに頭を悩ます出来事がしみじみ教えてくれたのでした。。。。。さあ40連勤いよいよあと3日!ももたん。わたしがんばるばい!!!

  • 20Apr
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      心配無用

      4月13日に到着したその日から岐阜の街には、断続的に雨がふり続けていました。belle&sofaの靴履いて岐阜の街をとことこ歩くのです。belle&sofaの靴に雨のしずくがぽとりと落ちる。ヴィーガンレザーの表面を雨のしずくがつるつるとすべり落ちていきます。春の訪れとともに、にょきにょき生えてるカラスノエンドウを道端に発見しました。野草であるカラスノエンドウはサラダや炒め物で食べることができるみたいですね。岐阜高島屋のすぐそばに金神社がまつられています。ある日の朝。お仕事の前に神社を参拝しました。お祈りは子供のころからいつもこのひとつの言葉のみです。「今日もガンバリマス。神さま。見守っててくださいね。」今日は大吉を引ける気がするな。。。。。そんな気がして引いたおみくじは、やはり大吉でした。日本各地を廻る日々の中神社に立ち寄ると時おりおみくじを引きます。小吉を引くこともあれば、吉を引くときもあるもちろん大吉を引くこともある。まだ凶は引いたことないけど・・・昨今のおみくじに凶ってはいってるのかな???今の時代はいってない気がする。。。。。しだいに運は開け幸福は増し、商売は繁盛します。しかし安心して油断するとせっかくの幸福が禍となります。用心することです。その地に非ざれば之を樹うれども生ぜず。その意非ざればこれを教うるも成らず。そして・・・引いた大吉の文章を読むと。ふと思いました。というか・・・以前からうっすらと思っていた・・・「おみくじって、、、大吉よりも、吉のほうがむしろ良い内容が書かれているよね」今回引いた大吉には良いことの先の暗転もほんのりと記されているいる。。。大吉引くといつも良い内容とともに気を引き締める暗転の気配の文言が記されている。吉の場合は、穏やかにほわりと良きことのみ記されている場合がほとんどなんだよね。「万物流転」「栄枯盛衰」ひとの生きる道って・・・心電図のように平坦なラインを進みながら定期的に。ふ。と。上昇して上昇後必ず下降する上下のうねりを刻むバイオリズムのような気がする。心電図のグラフの波がいちばん高いところに届くと次は必ず、ある下の地点まで引き戻される。そして・・・心電図そのものに多少でこぼこはあれどしばらくは穏やかなグラフを描きまた。ぴこっと。上昇する。その一定のリズムの繰り返し。心電図がどのくらい上下のアップダウンのふり幅を描くのかそこが・・・・・個人個人が人生で。生きる上で求めるものによってグラフの波のアップダウンの緩急さや平坦なグラフが短いのか長いのかなどなど心電図のような人生の波が記されるのだなあ。。。と岐阜で引いた一枚のおみくじによって想いを馳せた。つまり大吉ってそーゆうことなんだよなあ。それが大吉なんだよなあ。。。。。と。とても納得しながら。大吉のおみくじをしげしげと眺めるのである。そしてわたしはふっと口元で笑う。わたしごときの人生で、大きな山もなにもないなにせ。。。まだ何もはじまってはいないのだ。落ちる心配など当分する必要もない落ちることを心配するような、その域にも達してはいない。心配無用。岐阜高島屋付近のABホテルに宿泊していました。朝食バイキング。。。最高すぎる。無料バイキングでこのレベル。。。夢のようです。熊本のエクストールINを超えてます。岐阜高島屋のお仕事が搬出を含めて、さきほど完了しました。さあ。。。明日から間髪いれずに水戸です。この水戸のお仕事が終わると隠岐の島に一度足を運びます。