(『新・人間革命』第7巻より編集)
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〈早春〉 23
彼女の考えとしては、留学後もイタリアに残ろうとしているようであるが、絵で生計を立てていくということは並大抵のことではないからだ。
また、今は山岸夫妻がイタリアにいるが、仕事で赴任している彼らは、何年かすれば、日本に帰ることになる。
そうなれば、小島が、イタリアのメンバーの中核となっていかなければならない。
その時に、堅実に社会に根を張りながら、広宣流布のリーダーとして活躍していくことを、伸一は期待していたからである。
そのためにも、彼女には強くなってほしかった。
車は間もなく、ポンペイの遺跡に着いた。
伸一は、路傍の石に腰を下ろすと、同行のメンバーに語り始めた。
「『ポンペイ最後の日』は、人間にとって、人生にとって、何が最も大切かという、根本問題を問いかけているように思える。
小説では、この世の終わりのような大惨事のなかでも、神の下の永遠の生命を信じて、従容として振る舞う、キリスト教徒オリントスの姿が描かれている。
実際には、当時、キリスト教は、まだ、ポンペイにはほとんど広まっていなかったようだが、リットン卿(きょう)(この小説の作者)は、
オリントスの姿を通して、人生の根本問題や、本当の宗教というものの在り方を語ろうとしたのであろう。
どんな人であれ、生死の苦悩から逃れることはできない。世界中から金銀財産を集めても、どんなに地位があり、権力をもっていても、この問題だけは決して解決できない。
大聖人は『世間の人の恐れるものは、炎の中と剣の影とこの身の死すること』と仰せになっているが、誰でも死ぬのは怖いし、また、それほどの大事なものが生命といえる。
だからこそ、その大切な生命を何のために使うのかー ここが焦点だよ。
(つづく)