トークライブ・ダイジェスト―イベント「編み物でもダイバーシティ?!」報告③ | スクール・ダイバーシティ@成蹊高校

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少しでも広く共有したいと思って活動しています。


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「編み物でもダイバーシティ?!のつづきです。


当日の講師横山起也さん(NPO法人 LIFE KNIThttp://lifeknit.com/ )に「編み物の古典-モダン-ポストモダン」をとても分かりやすく話していただいたところまで紹介しました。トークライブはこれをきっかけにさらに展開していきます。

前回はこれ。http://ameblo.jp/sksd14/entry-12171428488.html

ではつづきです。


「編み物=女性」イメージはどうやって?「編む男」たちは?

進行m:モダンつまり近代の段階に入り、男たちの関わり方が変わる。「編まない男」が「編み物業界」を握っていく感じ。この過程で女性たちが編み物をやるイメージが出来上がるの?どのように?

横山:戦後、国を立て直すとき、男性は一日外で仕事、国全体が貧しいから服を自分たちで作る必要があって、ソーイングは道具が必要だけど編み物は針と糸があればできるということで、社会的に推奨された。結婚している女性にとっては一つの家事になっていったというわけで、これがある種の文化として残っているのが一つの原因かな。

生徒f:海外では男性の編み物は?

横山:割にある、ドイツとかではまだけっこう男性やるみたいです。日本の現状は……僕が電車で編んでいると周りに人が居ないということもありましたね()。ひるまず、カフェなんかでもやりますけど。

進行m:でも横山さん、電車とかカフェとか、わざとでしょ(笑)


*という感じで近代の編み物とジェンダーという話になったところで、ご自身も編み物をやるという成蹊大学文学部の先生がダイバーシティの活動のために送ってくれたこんなメールを紹介させていただきました。整理要約はダイバーシティ。


19C中頃英国の労働運動参加者たち(つまり男たち)の新聞(Ten Hours Adovocates)に「編み物欄」!「妻も読んでたということかな?」と思ったが、英国の人に聞いてみると「英では男の人も20C初ぐらいまでよく編み物してたから、それは男の読者向けなのでは?」とのこと。「現時点でのジェンダー秩序」を昔に当てはめると誤読することもあるという好例。男たちがかなりの腕だったという可能性も。その新聞では「段、目から目まで表編み、黄色、目から目まで裏編み緑」みたいに字だけで指示があって「こんなのでよく編めるなぁ」と思った。私自身は編図がないときついです。

 

進行m:というわけで、かつての編む男の存在は確実なわけですが、でも日本の現状としては編み物=女性。どうやってその印象が広まったのか。

教員m:日本では「編み機」がすごい勢いで普及したけど、これは大きいのでは。家庭の中でもモダン。家のなかでのプチモダンを主婦が担っていて、それがイメージの浸透を加速させた感じか。

横山:では本当に男の人の編み物はモダンで消滅したのかというと、やはり「編みの技術」は残っている。漁師の男たちには漁網を補修する技術があるけれど、あれも編み技術。4、50年前の話だけれど、漁師の中にはセーターを1日半で仕上げてしまう方もいたみたい。また、あるキャンプ用品会社のスタッフの方によると、フライフィッシング用の毛針を作る技術も、テントのロープをたたんでしまう時の技術も、実はともに「くさり編み」。モダンを経ても残っていた男性の編み物技術の例だと思う。


*全世界的に、モダン(近代)の到来は、編む主体を人間から機械へと大きく変えていきます。「仕事」として編み物をしていた男性たちは「実際に編む」ことをやめ、ニット製品を作る工場の運営にまわりはじめます。日本でも男性はそのような形で編み物に関わることが多かったし、今でもそうなのです。その反面、「編み物=女性」というイメージが支配的なっていく。広く普及した家庭用編み機(「プチモダン」)が「編み物」を主婦の新たな家事仕事にしていったということでしょうか。その後、手編みの技術が流行しましたが、(男性たちにも色々な形で編み物技術が継承されていたにもかかわらず)その時点で日本ではもう「編み物=女性」というイメージが強くなっていて「男性がやるものではない」と思われるようになりました、という話は最後の方であらためてテーマになります。ここではもう一度、モノとジェンダー。


もう一度「編み物とジェンダー」に戻ってみる

*例えばこんなことが話題になりました。「教室で編み物」いけるか、「男の日傘」ってどうか、ジェンダールール的に女子がムリなモノ、コトは?


生徒m:自分は教室で編み物いけるかも。日傘はちょっと

教員m:ダイバーシティの活動を経験してるし、今ならなんとか。高校生のときはキツいかな。実際、家庭科とか手芸などはみごとにやってこなかった。やっぱり「女の子がやるもので自分には関係が無い」という意識。今日実際やってみると夢中、あと1分でもやろうと思って夢中になった。ジェンダーの規範に無意識的に縛られていた自分。

生徒f:ひとり牛丼や、ひとりラーメンはムリかな?

教員f:ひとり寿司は、就活で遠いところに行ってるときにやったことがあるけど、そういう「特別感」があって初めてできたことだと思う。

教員m:「特別感」という話は重要。例えば「ロビンソン・クルーソー」ってめちゃめちゃ男らしい物語だけど、彼は日傘男子。これなんかも18C後半、無人島で生き延びなければならないっていうものすごい特別感があって初めて出来たというか受け入れられたと言えそう。

教員m:男の「ひとりパフェ」。甘い物が好きで、旅行はひとりが好き。どこでやっても「男ひとり甘い物」に向けられる視線は厳しい。学校早く終わって三鷹でパフェ食べてたときの周りの主婦っぽいひとたちの視線

生徒f:男女のカップルでブラックコーヒーとパフェの注文があったとすると、どっちがどっちを注文したと直感するだろう、っていうことだと思う。


*このあと、(たち)で水族館どう?男(たち)でプリクラ(禁止のところがけっこうあるらしい)は?女子はカードゲーム屋どう?という話が盛り上がって、横山さんもこんな話をしてくれました。


横山:未だに手芸の毛糸なんかの専門店では、いたたまれない感じがある。必ず店員に声をかけられるし。

進行m:電車やカフェではわざとやってますけどね。

横山:そう。外国の人がたくさんくるオシャレなカフェとか選んで戦略的にやってる。だけど専門店なんかだと戦略は通じないのね。場違い感を感じてしまうことも多い。自分でそう思い込んでいるだけかもしれないけれど、僕の立場でも思うってことは、他の男性はもっと思うんじゃないかな。僕が書いた編みものの本を渡すと「ああ、業界関係者ね」という感じになるんだけれど、渡しても雰囲気変わらない店があって、そういう時は店に居づらいね。もちろん歓迎してくれる店もあって、そういう店は僕は大好きですけれど。

生徒f:今までの話を聞いて思った。編み物、日傘、プリクラ男子が疎外されるのは「美」が関わってるものでは?「美」を追究するモノは女子がすべきもので男子はすべきではない、っていう感じなのでは。


*モノ・コトとジェンダにかかわる一連の流れを締めたこの発想は、なかなかだと思うのですがどうでしょう。またしても長くなってしまいました。つづきは次回更新で。




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