交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

 それはNHK岡山放送局からの依頼で、ラジオドラマ番組『FMシアター』の執筆をし
たときです。担当ディレクター(演出)は入局三年目の女性で、名前にインパクトのある
人でした。なんとアイドル女優と同姓同名です。最初電話があったとき(1997年11月)本
人には失礼ですが、やはりその話題から入って本題の脚本執筆の依頼です。提示されたお
題(彼女が取り組みたい素材)を基にネタの収集をし、人物像やエピソード、構成を組み、
何度も電話で打合せを重ねました。


 話の内容は「今(当時)、我が子のカバンや衣類に盗聴器を忍ばせる親がいる。いじめ
られても、何も話してくれない子どもの実際を知りたい。そんな動機が主だが、これを素
材にドラマはできないか」でした。「盗聴・いじめ・子ども・親」のキーワードを出発点
に考えました。どんなメッセージを残すかはとりあえず置いて、人物設定に絶対条件とな
るのが、盗聴器を忍ばせる親(父親と母親)、そして仕掛けられる子ども(小学生か中学
生か高校生か。男子か女子か)です。普通に考えれば、その三人といじめる側の生徒が登
場し、盗聴器でその実態が浮き彫りになり、いじめを解決してハッピーエンドのドラマで
しょう。
 ところが私の考えは「いじめだけでなく盗聴がもたらした、もうひとつ親の知らない子
どもの姿を表現したい」でした。ドラマなんだから、こんな出逢いと成長があったらおも
しろい(ユニーク)という発想です。
 そこで捻り出した登場人物がニューハーフの美咲です。一般的家族が別世界の美咲と出
逢うことで何かできないか。いじめにスポットを当てるだけでなく、それも乗り越えて強
く成長する姿を描けないか。これらから、いじめの事実よりインパクトのある「ニューハ
ーフとの恋」が構図として浮かびました。子どもは親離れできないマザコン高校生(トオ
ル)に決め、ニューハーフと恋をする以上、男になります。マザコンとなれば盗聴器を忍
ばせるのは母親で、父親は一段下がった設定です。こうして必然的にキャラクターやエピ
ソードも決まっていきました。


「じゃ、この路線でこんなメッセージにしましょう」となり、題名『ノイズの中のトオル』
の執筆開始です。途中、広島放送局のドラマ担当ディレクター(私と同年代)から電話が
あり、「彼女には初めての全国放送なんでよろしくお願いしますね」と心配していました。
確かに私も、彼女との電話打合せで「こいつ大丈夫かな」と感じていました。
 12月の下旬に初稿が上がり送付しました。広島出身の彼女が、正月休みで里帰りしたと
き初めて会いました。アイドル女優にも負けない美しさに驚きましたね。それよりも、彼
女は大風邪をひいているのに私の家の近くのファミレスまで出向いてくれたのです。そし
てクシャミと鼻水混じりで改訂稿の打合せです。ドラマ創りをする人間の宿命でしょう。
この世に存在しない人間について、周囲の目も気にせず、盗聴だの、いじめだの、ニュー
ハーフも飛び出す大議論でした。


 打合せどおりに改訂稿を上げて数日後に「クライマックスからラストにかけて書き直し
てもらえないか」と電話がありました。収録まで一週間ぐらいです。通常なら書き上げた
脚本が印刷にまわり、台本として役者や技術担当らに手渡る時期です。
 二、三時間電話でやりとりしたのですが、一度組み立てた構成(論理)を崩すとなると、
それはもう大変です。しかも十ページ以上の内容変更は、ヘタをすればこのドラマのメッ
セージも替わります。「お~いッ、鼻水の中の打合せはどこへ行ったんや!」と叫びたい
気持ちでした。
 これはあとで知りましたが、彼女の思いというより、広島放送局のディレクターの考え
に左右されたようでした。新人の辛いところでしょう。私が考えたクライマックスも否定
されたわけです。正直ムッとしましたが、アイドル女優と同姓同名、もしかしてその女優
よりも美人、なのに鼻水でクシャクシャの顔、三十八度の熱にも負けない新人ディレクタ
ーの全国初舞台に感化されたのでしょう。結局「明日広島局で会って話しましょう」と受
話器を置きました。
 広島放送局に入ったのは夕方6時ごろでした。私自身の考えを再確認して、違うクライ
マックスでもこのドラマを成立させてみよう。それと、新人育成に足を踏み入れておきな
がら、ここで逃げるわけにはいかない。そんな意識を噛み締め、変更前提で打合せに入り
ました。広島放送局のディレクターも心配のあまり、別の仕事の合間に顔を覗かせました
が、ほとんどが私と彼女の議論で進みました。


坂本「そこを直したら、前半にある伏線の台詞も変になるよ」
彼女「そうですよねえ」
坂本「その行動は、美咲にはありえんでしょう。何でなら美咲はニューハーフじゃけえ、
   どっかに男の考え方があってこそおもしろいんでしょう」
彼女「あるんですか?……タマタマ」
坂本「俺ん中の設定じゃったら、美咲はタマもサオもないハーフなんよ。その理屈に沿う
   たら女としての行動もあるんか……」
彼女「(身を乗り出して)でしょう、でしょう、でしょう」
坂本「そしたらトオルはどう返すん?」
彼女「それはですね……ちょっと待ってください(と一点凝視)」
坂本「(視線を漂わせている)……」
彼女「(依然考えている)……」
坂本「分かった、こうしよう。……(アイディア説明して)……。どうです?」
彼女「ウ~ン……(と頬杖をついて指でペンをクルクル回す)」
坂本「じゃ、どうしたいの? 美咲の性格バラバラんなるよ!」
彼女「○&△◇×%*???……(ペンを放り、髪の毛を掻きむしる)」


 時間はどんどん過ぎて、いつしか真夜中です。張り巡らされた伏線を修正する難しさと
展開しない論理に、彼女も半ベソ状態です。「お~い、また鼻水かよ」と私も頭を抱えま
したね。
 ドラマはひとつひとつの行動や台詞や感情の積み重ねで成り立っています。しかもそれ
らが綿密に連携し合って、納得性やドラマ性を生み出しているのです。どこかを修正すれ
ば、それに関連したところも修正する必要があります。そうでないと辻褄(つじつま)が
合わない前後関係になり、矛盾だらけのドラマになります。そんなものを執筆するわけに
はいきません。とにかく放送レベルへの引き上げと、より良くするために眠気も忘れて、
私も彼女も必死でした。
 何とかクライマックスと、そこへ持ち込む再構成が固まり、「ゥワ~、お疲れさんでし
た」と言い合ったのは、朝陽が昇り始めるころでした。もはや目の前にいる彼女は、彼女
個人としての名前であり、アイドル女優とはかけ離れた存在でした。私は家に戻り、とり
あえず日暮れまで眠って、最終稿の執筆に入りました。


 記憶が薄らいだため多少の脚色はありますが、数々経験したディレクターとの二人三脚
の中でも一番の思い出となり、私自身もひと回り大きくなれたドラマ創りでした。そして
「ドラマのド」が分かった今、自信を持って言えることがあります。あの変更(広島放送
局のディレクターの判断)は正しかったのです。なぜなら、このドラマは「少年とニュー
ハーフのドラマ」でなく「マザコン少年と母親のドラマ」であり、当初私が考えたクライ
マックスは前者でした。おもしろみを増すために設定したニューハーフの魅力に、作者自
身が虜(とりこ)になったのでしょうか。物語のユニークさは出せても、ドラマの核心か
ら逸れたクライマックスだったといえます。
 ドラマ創りは『共同作業』で、脚本はそのスタート地点になります。ここで核心から逸
れては、何よりも恥ずかしい作品になります。それを回避するためにも「決して自分一人
で抱え込まない」「とことん議論して自分たちが目指すものを見極める姿勢」が重要なの
です。


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