排気ガスを子供の前で垂れ流すタイプの大人がいて、

それを吸ってあげるべきだ、と認識してしまった子供がいる

 

排気ガスを吸うのは苦しいけれど、

それで大好きな親を救えるならば自分が犠牲になってもいいと思っていて

 

ここまでは愛なのだ

 

 

ただ、排気ガスを吸ったことを大人はわからないし

子供も無意識でやっていることだからわからないし

 

大人はいつの間にかそれでスッキリしていて

 

子供は気付いたら排気ガスまみれになっていて

大人に「汚い」と罵られ

 

その子が排気ガスを吸ってくれているなんて気付かないから

 

ただただ空気清浄機の役割をしている子供は

意外とたくさんいるんじゃないかな

 

 

それが大人になっても

空気清浄機の役割って抜けなくて

 

性質でやってしまっている部分はほとんどなんだけど

 

でも、いつまでも汚れた空気を吸っている訳にいかなくて

吐き出したくて、わかってもらいたくて

身近な人を傷つけたり

 

そんなことの繰り返し

 

人間界ってなんなんだろう・・・

 

 

 

このループに思いを馳せた時に

「排気ガスは吸う必要がないよ」

「自分一人が空気をきれいにしようと思ったところで、地球はよくならないよ」

 

とも思うけれど

全然関係のない人が

 

「排気ガスを抑制しよう」

「一人ひとりの心がけ」

 

と言っていたりで、

もう正直意味がわからないんだ

 

 

だから私のような中途半端な人間が、

「あなたの出している排気ガスを吸ってくれている人ですよ」

って教えてあげることがもしかしたら必要なのかな

 

わかる人が教えてあげることが必要なのかな、って

少しだけ思っただけ

 

そしたら少し救われる思いもあるんじゃないかなって

 

 

対角線上のものほどよく見えて、

自分の役割からは逃げたくなるんだ

 

そんなものだろう

きっと人間なんて

 

 

 

自分の役割からは逃げたくなるけど

後ろを振り返るとちゃんとついてきていて、

そしてそれが自分でもちゃんとわかってはいる

 

諦めて手にする方が

逃げ続けているより楽なこともある

 

辛いことが多いのは

どの道を選んでもきっと一緒だから

少しでも人の役に立てる道をいくのが

これからのあり方なんじゃないかな

 

排気ガスを吸い込むタイプの人は吸いすぎないように、

吸わないタイプの人は理解してあげられるように

 

そんな寄り添う社会を作ることができればきっと幸せだろうね

 

 

そんなことを思った今日でした