「おじいちゃん、おばあちゃん、いつもありがとう。これからも元気で長生きしてね」…このフレーズを最後に書いたの、いつだったろうとぼんやり回想…そんな敬老の日を過ごしています。小学生時代は母の日父の日と同じように学内で「敬老の日に向けて、おじいちゃんおばあちゃんに感謝のカードを作りましょうタイム」がもうけられていたので、毎年カードに上記のようなフレーズを書いていた記憶はあります。中学生以上になると、父母に連れられて祖父母宅へ馳せ参じ、花束やらケーキやらでささやかなるお祝いをしてきたような…
父方の祖母は「いただきモノはまず仏壇へ」の精神が強かったため、ケーキやちらし寿司などのそれっぽいお祝いの食べ物を持っていっても「すぐ仏壇にお供え→線香焚いてお経あげて→しばらくしてからいただく」という独特の流れがありまして。なかなかお膳にあげてイタダキマスが唱えられませんでした(なのでアイスクリームや刺身などは控えてました)。祖母おリュウに関しては花が一番嬉しそうだったかな。
40歳でこの世を去ったおリュウの夫(祖父というにはあまりにも若すぎて)セイゴさんは、何をあげたら喜んだかしら。かなりの甘党だったらしいので、甘いお菓子やジュースでしょうかね。元気で長生き。現在43歳の私。昨年心身不調により1年の30%以上を入退院に費やし、多額の治療費を使い(ついでに事務所が倒産するハプニングあり)、身内に散々心配&迷惑をかけた今思うことは、「元気で長生きって、かなり難しい」です。
若い頃は想像もしていませんでした。心身不調や失職(減職?)以外にも、身内に様々なアクシデントが生じたり、国(世界規模でもありましたね)の事情に生活を振り回されたり等々…軽くイメージしただけでも難所は多種多様。元気で長生きするために対峙して対応することがこんなにあるとは。元気で長生きしてね!と今高齢の方に伝えるのは無茶と悟り、「日々できるだけ穏やかで健やかに、お気を付けてお過ごしください」くらいしか言えないなぁとため息…。
私の祖父母はもうこの世にはいません。今後目上の身内たちを看取り、独りになったらどう生きるか、なんて考えたりもします。
信頼できるかかりつけ医がいて、日々まあまあそれなりに家事をこなせて、喋り相手がゼロではなくて、あちこち痛い辛いが少ない生活ができたらいいな、と。とりあえずは、元気?と聞かれたら「おかげさまで、何とかやってます」と言えるような毎日を目指します。