この物語はフィクションです。
実在するものとは一切関係ありません。
仮面夫婦【13】
倫子は、自分のクローゼットのある部屋で着替え
ながら、夫の直樹に問いかけられた言葉について
考えていた。
あのおぞましい悪夢の様な出来事を、夫に知られ
てはいけない、と思った。
一昨日、倫子は父や夫のいる病院に行く前に、梅田
近くの喫茶店で、ある男性と会った。
それはその日の午前中、知らない男性から電話があ
り倫子の運転免許証を拾った、と告げられた。
そしてそれを受け取るために、相手の指定する店へ
出向いた。
倫子は店の前までたどり着き、あることに気づいた。
倫子にとって、そこは初めての場所ではなかった。
夫の直樹に、初めて出会った時に連れてこられた店
である。
その店は、夕方までは喫茶店で夜はスナックという
営業をしていた。
直樹に連れて来られた時は、午後6時を過ぎていた
からスナックの時間帯になっていた。
そこで倫子は、直樹に勧められるがままに飲み酔い
つぶれてしまった。
倫子は、今でもそう信じて疑っていなかった。
しかし、現実は違った。
事前の根回しはなかったにせよ、倫子は直樹を父の
病院に勤める医師とは知らなかったが、店のマスター
は直樹の手術を受け退院した直後で、倫子が強い睡
魔に襲われるよう暗黙の了解の如くしかけた。
倫子は、運転免許証を拾ってくれた人に会うため、
今またその店に入った。