生命のあわい/01 死者は生き返るという話 | そるてぃーあひるっ!(いととえん・むすび)

そるてぃーあひるっ!(いととえん・むすび)

神仏・精霊・森羅万象。多彩な色彩。多様な生命。円となって繋がり広がる縁。縁のもとに結ばれた糸(=意図)と会う。糸+会=絵。
あらゆる縁の意図(=糸)が絡み合って生じる、そんな絵を描いていきたい。

今月の告知・宣伝 

 

耳の聴こえない絵描き

ソルト/Shiori Ueda

自己紹介

 

Facebook個人ページ⇒Shiori Ueda

Facebook公式ページ⇒ソルト/耳の聴こえない絵描き

 

問い合わせフォーム⇒チームソルト事務局

 

◆◇-------------◇◆

 

兵庫県尼崎市にて開催 

 

3月16日~22日

箱庭のあわい~生命のあわい~

 

3月22日

3月22日/みんなで壁ペイントしよう!

 

特設HP

 

生命のあわい/まとめ

 

 

 

 

 

 

 

ピラミッドや古墳がある理由のひとつに、
 
「死者は生き返る」と信じられていた、というか、生き返ると信じたかったという説もある。
 
 
エジプトのミイラは、内蔵ひとつひとつまで「カノプス壺」と呼ばれる、神々の姿をかたどった壺にそれぞれの神が守るといわれる臓器を入れて保存していて
 
それはやっぱり「いつか生き返ったときのために」だね
 
死体は腐敗する、そして腐敗しないように死体を保存するという知識がありながら
生き返る希望を持ち続けるのも不思議なものだね。
 
 
 
 
日本でも、本来は「喪」は、「生き返るかもしれない可能性」をずるずると残し続けた結果だとも言われていて
 
 
高貴な人間ほど、一年間は火葬や土葬はせずに遺体を祭壇にそのままにして一年間祈り続けていた、そんな時代もあったわけ。
 
 
唐との国交が盛んになり、仏教が伝来した時代には「死」への恐れや希望が極限に達した結果、生きながら仏になるという「即身仏」も出ている。生死のあわいにある、究極の生き方だと思う。
 
 
 
元々日本は古くは風葬、鳥葬、水葬、土葬をしていて、死ねば自然に還る、返されるというのが通常であったはずだけれど(※風や鳥という地名が付く場所は大体が風葬、鳥葬をしていた場所だったりする。)
 
水葬は特に、島国である日本では多かったと思う。
海に沈めたり、小舟に遺体を乗せて海や川に流す。
 
 
海の向こうに極楽浄土や死者の国があると考え、そこへ返す。
沖縄の理想郷「ニライカナイ」は海の向こうにあるというし、古事記でも、始めに死んだ神、ヒルコとアハシマを舟に乗せて海に流している。
  
  
 
船の技術が発達し、海洋を経ていろいろな文化が入り始めて、特に仏教やキリスト教の影響はどんどん古代日本の本来の葬送を変えていったのだろうね
  
 
 
 
今では法律で禁止されているので風葬、水葬などはできず、火葬と土葬が基本。
 
ちなみに火葬が禁止されていた時代もあるんだよね。
 
 
 
そうそう、法律といえば、日本の場合は「生き返るかもしれないので」、死後24時間は火葬および土葬が禁止されている。
 
 
死者の身体へのありかたは時代とともに移ろっていくね。
 
そんな移ろいの一部を展示したいなと。

ピラミッドのような、古墳のような、祭壇のようなものを作る。

 

 

 

 

 

(文/ソルト)