「三十六歌仙絵巻」流転と郷土・岡山県 | 豊池美術店のブログ

「三十六歌仙絵巻」流転と郷土・岡山県

京都国立博物館で開催された佐竹本三十六歌仙絵巻の展覧会はとても素晴らしいものでした。

私は芸術鑑賞とは別のアングルからも「佐竹本三十六歌仙」に強い興味を持ちました。

「三十六歌仙絵巻」京都の下鴨神社に伝わり、その後に秋田藩佐竹家に移り、大正六年(1917)に売立てに登場しました。それを購入した実業家・山本唯三郎氏は岡山県久米郡鶴田(現:岡山市北区)で生まれています。

そして、二年後に彼が歌仙絵巻を手放すに至り絵巻を分断して掛軸に替える決定に益田鈍翁氏、高橋帚庵氏と共に関わった野崎幻庵氏は賀陽郡平野村(現・岡山市北区平野)の出身です。

歌仙図掛軸はその所有を籤引きで決定しています。在原業平絵を手にしたビール王・馬越恭平氏は(後月郡木之子村(現:岡山県井原市)の出身です。

その後に、倉敷の大原孫三郎氏も一時期に源公忠絵を所蔵しています。

郷土・岡山の実業家も歌仙絵の流転に無縁ではなかった事に感慨を覚えます。

 

 

「秘宝・三十六歌仙の流転」をNHK取材班が昭和五十九年(1984)に調査した段階で最初の所蔵者から150人以上の人が歌仙図を手にしていると記されています。

その後の日本経済の激動と経済構造の変化で社会のフロント・ランナーは交替しました。

更に多くの所蔵家の処に移動したと推測します。