「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)

という本を教科書にして、

引き寄せの法則についてまとめてきました。

次のステップとして、

「お金と引き寄せの法則」(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)

という本があるので、こちらをご紹介したいと思います。

 

 

明るくていい気分になる考えを選び、
自分が望まないことではなく
望むことを語るようにしているうちに、
より広くて賢い「内なる存在」の波動と
だんだん周波数が合うようになる。

物質世界で生きて経験を重ねながら
「内なる存在」の「より広い視野」と
波動を合わせられれば、
それはなによりも素晴らしいことだ。

そうなったら
「より広い視野」と波動が調和して、
「より広い視野」で世界を見ることができる。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より

 

という箇所をご紹介しました。
 
広い視野というのは、
統合意識領域の捉え方とも言えます。
 

自分の内側から 外の世界を見るというベクトルだけで、
その反対の視点をまだ獲得してはいないのだ。
ミクロコスモスでありマクロコスモス、
個であり全体、
全体であり個であることを理解するには、
世界を反転させ
双方向のベクトルを束ねることである。

どちらか一方に固執することなく、
包括的な視点に立つことが重要なのだ。
360度の球体の視点を獲得できれば、
多次元的な意識に到達できるだろう。

今まで常識的に信じていたことも、
角度を変えて見ることが重要である。

 

「22を超えてゆけⅡ太陽の国へver.2 6と7の架け橋」

(辻麻里子著)より

 
マクロコスモス、全体の意識が、
創造主や「内なる存在」や「源(ソース)」の意識とも言え、
包括的な360度の球体の視点を持つことになります。
 
 
肯定的な見方というのは「内なる存在」と一致していて、
否定的な見方は一致していません。
宇宙、創造主というのはあらゆるものを肯定しているので、
否定というのはないのです。
進化発展の道が肯定で、
否定は進化発展の道ではなくて、
停滞して崩壊していきます。
 
ワクワクする!というのが引き寄せの法則では、
よく言われていますが、
ワクワクするということだけを見ると、
危険な場合がありますよね。
 
誰かを馬鹿にしている時に、ワクワクしていないか?
人より上に立って見下している時にワクワクしていないか?
そこには否定があります。
 
例えば、嫌だなと思う人を見て、
「私はあんな人でなくて良かった!」と、
肯定しました、みたいな解釈をする人がいます。
肯定しているのでしょうか?
あんな人は悪くて、そうじゃない私は善い、
自分とあんな人を比べて、
自分の方が善い、優れていると肯定しているのは、
善悪二元論で裁いていて、
あんな人である一方を否定しています。
この状態は「内なる存在」と一致していないんですよ。
ワクワクするかどうかの前に、
肯定出来ているのか?否定しているのか?ということを、
自分自身にはっきりさせた方がよいと思います。
源(ソース)、創造主の視点で見ることが出来ているか?
 

あなたは、焦点が定まっていない。
自分にとっての真実は何か、
あなたには確信がない。

宇宙というのは、巨大なコピー機にすぎない。
あなたの考えを何枚もコピーするだけだ。

すべてを変える方法はひとつだ。
あなたの考えを変えるしかない。

 

「神との対話」(ニール・ドナルド・ウォルシュ著)より

 
という箇所も何度かご紹介していますが、
コピー機というのは、どんなことでも肯定しているから、
そのまま返すということです。
誰かに抱いたネガティブな感情も、
そのまま現象としてコピーして返ってきます。
 
ワクワクしようというのは、
感情が強く動くと現象化するからです。
 
「あなたがたの思考は磁石のようだ」と言った。
もう一つ、はっきりさせたいことがある。

すべての思考には創造力があるが、
強い感情を伴なわない思考の対象は、
経験のなかでスピーディーに実現しない。

強い感情がわき起こる
─その感情が明るく前向きでも、
ネガティブで暗くても─
思考のエッセンスは速やかに
物質世界の経験として実現する。

感情は「内なる存在」からの
コミュニケーションで、
あなたがたが「宇宙のパワー」に
アクセスしていることを教えている。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より
 
とにかくワクワクしていればよいとばかりに、
自分の思考の方向がどちらに向いているか、
確認しないままだと、
次々とネガティブな創造を行なうことになります。
 

門を開けて待っているとき、
空を見上げたエスターは、
空が今まで見たことがないほど
美しいことに気づいた。

豊かな色彩、輝く青空と
驚くほど白い雲のコントラストに
彼女は驚嘆した。

姿は見えないけれど、
どこか遠くで小鳥がきれいな声で
さえずっている。

その美しいさえずりに
エスターは身震いするほど感動した。

まるですぐ頭上で、
あるいは肩に止まってさえずっているかと
思うほどだった。

さらに木や花や大地から
さまざまな芳香が流れ出て風に乗り、
自分を包んでいることに気づいた。

エスターはこの愛する美しい世界で
生きている喜びと幸せをしみじみと感じた。

そして声に出した。

「この宇宙のどこを探しても、
今この瞬間ほど
美しいひとときは決してないでしょう!」

それからエスターは言った。

「エイブラハム、
あなたたちでしょう、そうですね?」

 

わたしたちは彼女の唇を貸りてにっこりほほ笑んだ。

わたしたちが彼女の目を通して見ていること、
彼女の耳を通して聞いていること、
彼女の鼻を通して香りを嗅いでいること、
彼女の肌を通して感じていることに、
彼女が気づいたからだ。

「そうだよ」とわたしたちは言った。

「わたしたちはあなたの物質世界の素晴らしさを、
あなたの物質的な身体を通して楽しんでいるんだ」

あなたが人生で最高だと感じる瞬間、
それはあなたのなかの
「源」と完璧に調和している瞬間だ。

あなたがあるアイデアに強く引かれて
関心を向けているときも、
完璧に調和している。

実際、あなたが明るくていい気分になればなるほど、
あなたはあなたの「源」と
─「本当のあなた」─と調和している。

この「より広い視野」と調和すれば、
人生を望む大きなことを
─素晴らしい人間関係、
満足できるキャリア、
本当にしたいことができる余裕などを
─早く達成できるだけでなく、
日々がさらに素晴らしいものになる。

「内なる存在」の視野と
自分を一致させれば、
あなたの日々は明晰さと満足と愛にあふれる
素晴らしい瞬間で満たされる。

もともとあなたはこの素晴らしい場所で、
この素晴らしい時間を、
この素晴らしい身体で、
素晴らしく生きようとして生まれてきたのだ。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より

 
こういう高揚した感じで、
何でも素晴らしい!とやる引き寄せ界隈の人もよくいます。

一時的に気分が高揚して、
高い次元の意識になることは沢山あります。
善いと感じることが続いて、
自分自身のことを肯定的に捉えて、
人生の幸せを嚙みしめている時とか、
空気の綺麗な聖地の様な場所で、
創造主の視点とかハイヤーセルフと一体化するとか、
そういうことはあります。
様々な閃きを得て、チャネリング出来たりするかもしれません。

でも、それを日常生活で維持し続ける、
というのがとても難しいのです。

日常生活にはやりたくないこともあるし、
好きだと思えない人との関わりもあるし、
騒々しくて落ち着かない場所もあるし、
やらなくてはいけないことに追われて忙しくて、
そこで創造主の視点でなんてやってられない!
と感じることが沢山ある。
その度に、ネガティブな思考がよぎり、
意識と周波数を高い状態に維持し続けることが出来なくなる。
落ちて行く。
それをひっくり返して、気持ちを切り替えて、
思考を見直して維持し続けるのです。
 

物質界にも無限界にも適用できる一つの法則は、
”どの次元界、どの世界だろうと、
そこは、そこに住む人(意識)によって
限定される”というものである。

例えば、我々が神として象徴化している超大意識が
無限性を持つとすれば、
その無限性をもつ故に、超物質的な無限の界(スペース)に
占居しているということである。

また”世界はそこに住む”意識”によって
限定される”という法則は、
無限性を有する意識にとっては、
有限界に下降して顕現することが不可能である
ということをも示しているのである。

このことはまた同時に、有限界の者は無限性にまで
高揚しない限り無限界に入ることが
出来ないということでもある。

このスペース(世界・場)限定の法則を
充分に理解すれば、
無限性の霊意識が三次元物質界に
下降しないものだということが、納得できるのである。

むしろ、人間の霊性化した意識が
無限界にまで昇華して、そこで神の無限性と接しなければ
ならないのである。

そして、この様にしてはじめて真知識が得られるのである。

 

「秘教真義」(M・ドーリル博士著)より

 

”むしろ、人間の霊性化した意識が
無限界にまで昇華して、そこで神の無限性と接しなければ
ならないのである。”

とある様に、

一時的にワクワクするのではなくて、

維持して「内なる存在」と一致させ続けるのです。

 

前に”世界(スペース・場)は
そこに住む者によって限定される”
というオカルト(神秘)法則について述べた。

神なる無限意識は、電気用語を借りて言えば、
電圧降下の媒体(変圧器)を必要とする
ということになるであろう。

媒介なしにそのまま、有限界に無限なる神が入ると、
有限界が無限界に転換してしまうからである。

人間は、神なる無限意識によって
選ばれたところの”有限界への神への媒介”なのである。

人間が電気の変圧器の役目を果すことによって、
無限意識が有限界を無限界化することなしに
有限界に入ることが出来るのである。

 

「秘教真義」(M・ドーリル博士著)より

 

神自身が直接地表上に降りて来ると、

物質次元が消滅してしまうので、

神の手足となって私たち人間が動くのです。

何を行なえばいいのか?というのを、

「内なる存在」が教えてくれると言えます。

肯定的な見方をすれば、

「内なる存在」と一致していて、

明るくていい気分になるのです。

 

 

エスターがエイブラハムの視野を
自分のなかで全面的に生かし、
素晴らしい体験ができたのは、
その朝起きたときから、
明るくていい気分になる理由を
見つけようと心がけていたからだ。

まずベッドに横たわったまま、
明るくていい気分になることを探した。

そのあとは明るくていい気分が
さらにいい気分を、
さらにまた別のいい気分を引き寄せ、
門のところへ行くころには(2時間くらいたっていた)、
意図的に思考を選択したおかげで
エスターの波動の周波数は
「内なる存在」の波動と
非常に近くなっていて、
「内なる存在」との交流が簡単に実現した。

 

今あなたが選んだ思考が次の思考を、
さらに次の思考を……さらにその次を……
引き寄せるだけでなく、
思考は同時に「内なる存在」との
調和のベースになる。

望まないことではなくて
望むことをいつも意図的に考え、
語るようにしていれば、
あなたの「源」の
純粋で前向きなエッセンスと調和できる。

そのとき、
あなたの人生はとても楽しいものになるはずだ。

「お金と引き寄せの法則」
(エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス著)より

 
 
”まずベッドに横たわったまま、
明るくていい気分になることを探した。”
とありますが、
私たちは毎日多くの刺激を、

思考に受けていて、

それを野放しにしていると、

引き寄せの法則によって、

更に多くの思考を引き寄せるようになります。

一度に多くのことを考えようとすると、混乱するので、

優先したい思考を絞るようにして、

焦点を定める様にします。

その方法が「節目ごとの意図確認」です。

 

今あなたがいる時点、
今あなたが意識的にものを思っている時点、
それが一つの節目だ。

一日は多くの節目に分けられるし、
まったく同じ節目にいる人は誰もいない。

また一日の節目はどれも違っていて、
どれも素晴らしい。

この節目を
硬直的なスケジュールにする必要はない。

重要なのはある節目から別の節目に移るときに
意識すること、
そしてある意図から別の意図に移るのを
確認することだ。

例えば朝、目が覚めたとき、
あなたは一つの節目に入る。

目覚めたあとベッドから出るまでの時間、
それが一つの節目だ。

次の活動の準備をしている時間。
それも一つの節目だ。

マイカーに乗り込む。
それも一つの節目。

こんなふうに続く。

自分が新しい節目に移ると気づいたとき、
一瞬立ち止まり、
はっきりと声を出して、
あるいは心のなかで、
次の節目で自分がいちばん望むことを確認すれば
「引き寄せの法則」によって自分の意図に調和する
思考や状況や出来事、
あるいは会話や他人の行動が引き寄せられてくるだろう。

新しい節目に入るときには
立ち止まってそのことを認識し、
さらにはその節目で何が最大の意図かを
確認すれば、
他人の影響に振り回されたり、
自分自身のあまり意図的でない
思考習慣に振り回されて
混乱することはなくなる。

「引き寄せの法則」(エスター・ヒックス、ジェリー・ヒックス著)より

 

節目ごとに意図確認プロセスを行ないましょうと、
ご紹介しました。
朝起きてから意図的に思考を選択したので、
2時間くらいたって、門のところまできたエスターさんは、
とても高揚した気分になって、
エイブラハムたちと経験を共有できたのです。
 

今日は悲しいことがあったけど、
嬉しい事もあったから、相殺して100点満点!

とかいう引き寄せアカウントを見かけました。

引き寄せの法則を発信して、

有料noteを販売したり、

他の人に教えたりしていますが、

引き寄せの法則を上手に活用はしていないですよね。

その悲しいことの肯定的な側面を探す、
ということをしないと、
思考に引き寄せの法則が働くので、
上がったり下がったりし続ける訳ですよね。
本当に引き寄せの法則を理解しているのかな?と思います。

 

悲しい事がある時点でコントロール出来ていない訳ですが、
悲しい事をそのままにしていたら、

またそこで道を敷いていますから、

別の悲しいことが引き寄せられますよね。
上がったり下がったりします。

 

明日は嬉しい事が起こるかもしれないし起こらないかもしれない。
それは引き寄せでしょうか?
何をコントロールするのでしょうか?
狙った出来事を引き寄せて、狙った物を手に入れて、
狙った人を思い通りに動かすのが引き寄せなのでしょうか?
虎視眈々と狙うとか言う人もいますが、

それはもう引き寄せではないですよね。

 

引き寄せの法則は、

”明るくていい気分になる理由を
見つけようと心がけて”
”意図的に思考を選択”

することによって、

次々に同じ様な思考を引き寄せていくのです。

 

悲しいと捉える思考が湧くのはどうしてでしょうか?

 

法則というのは自然に働くものなのに、

虎視眈々と狙う必要があるのでしょうか?

随分おかしな情報が出回っています。

わざとかもしれませんよね?

悪意があります。

 


引き寄せの法則は願望実現とか、

欲しい物を手に入れる様な手法として、

広まっていますが、

その内容は法則ではないものが多いです。

 

法則だったら、

放っておいても誰に対しても同じ様に働くので、

理解すれば、その性質を上手に利用出来るはずですから、

それで商売をしている引き寄せカウンセラーなら、

当然、マスターしていなくてはおかしいですよね。

法則なんだから、必ず自分で確認が出来るものです。

 

それなのに、よく分かってもいないのに、

ここを含めたネットの情報を拾い集めて、

繋ぎ合わせたもので商売し、

引き寄せの法則の記事を書いたりしています。

 

広まっている引き寄せの法則というのは、

本当には分かっていない使いこなせてもいない人が、

カウンセラーを名乗って思い込みの誤った情報を教えたり、

記事を書いてネットで発信したりというのがほとんどです。

結果的に、その情報を取得した人も、
引き寄せの法則が何か分からないままになって、
引き寄せジプシーになっていくのです。
 
逆に言えば、引き寄せの法則と言う商品を売り続けるには、
本当に理解する人が増えたら困る訳です。
霊的に言うと、
誰にでも利用出来る宇宙法則に、
嘘か本当か分からない怪し気なものという印象を植え付け、
真理から遠ざかる人を増やすのです。
 
 
霊的な進化発展の道を進む様になると、
ある段階で、ある種の誓いを立てる様な状態になります。
これは様々な表現で語られていたり、
それを経験する人も様々な解釈をすると思います。
でも実際は一つの同じことなのです。
悪用されない為に詳しく書くことが出来ないのですが…。

 

この誓いを立てる状態になると、

 

自由意志はあってないようなものになります。
 
上記の例の様なカウンセラー業、ライター業をしている、
ぼったくりの詐欺師には、まだ分からないと思います。
 
地表上では善も悪もあって、
どちらも自由に選べるという、
自由意志が尊重されていますが、
誓いを立てたら実質、悪を選択することは、
出来なくなります。
選択肢としてあることは分かるけれども、
まず選ばない。
 
この道を歩いていて、
私利私欲に走ってしまったら楽かもしれない、
という風に考えることもあります。
でも、そうしたら命に関わることになる、
ブーメランが大きすぎて、
生きては行けないだろうと思うので、
もう選ぶことが出来ません。
 
法則を使うということは、
それに伴う責任も覚悟しなくてはいけないもので、
上記の様に悪用する人は、
必ずツケを払うことになります。
 
何故、そういった人がここを読みに来るのか?
 
ガイド達が、なんとか食い止めようと、
読ませているのが分かりませんか?
後悔のない選択をして下さい。
 
私もこういったことを書く時には、
いつも自問自答しています。
 
はっきり指摘することで、
中には仕事を失う危機に陥る人もいるでしょう。
 
私は誰かを不幸にしたいのか?
誰かの仕事を奪うことが目的なのか?
指摘することを楽しんで、
上から見下していい気分になっていないか?
 
私はどうして書くのだろう?と問いかけて、
人心を惑わせる悪質なカウンセラーがいるのが分かっていて、
その人が読みに来るのが分かっていて、
沢山の人々が騙されているのが分かっていて、
それを見て見ぬ振りは出来ないからだ、
知らなかったことには出来ないからだ、
もし知らない振りをするなら、
それが私の悪因になるからだ、
という答えを出しています。
 
 

「聖書の真義」(M・ドーリル博士著)の「マタイ伝 第十八章」から、

度々下記をご紹介していますが、
 
真実の求道者は幼な子の様にならなければ
ならない。

天国に入るためには、
自己の霊的進歩を妨げる
いささかの障害があってもいけないので、
従来の古い先入観や信仰はきれいさっぱりと
洗い流して純真な幼児の心に
ならなければならないのである。

幼児というものは人生に対する何らの先入観的な
考え方や信仰というものがないのである。

そして、その心は、他の教えがいささかも
書きこまれていない白紙の様なものである。

天国に入る唯一の道は、
真理に対する幼児の様な柔軟性、
率直生ということなのである。
 
第六節のわたしを信ずる
これらの小さい者の
一人をつまずかせる者は、
海の深みに沈められるがよい
というイエスの言葉の
これらの小さい者とは、
イエスの教えをきく子供たち、
つまり、
新改宗者たちのことである。
 
自分の所へ真理と知識を求めてくる者に対して、
偽りのことを教え、
つまずかせる教師は、自分自身の魂を
悪に縛りつけるだけでなく、
他人の魂に対してまで偽りという鎖をつけることに
なるのだから、
死よりもなおひどい悪果を受けるだろうところの
業因をつくっているのである。
 
この世界における不幸、災難、トラブルの大部分は、
その教えが、それを聞く者をして、
真理の道から迷わす様な、
権力の座にある人々によっておこされるのである。

あなたの片手または片足が
罪を犯させるなら、
それを切って捨てなさい。

あなたの片目が罪を犯させるなら、
それを抜き出して捨てなさいとある。

この目、手、足とは、我々の身近にある
大切なものや大切な人のことである。

我々がいかに重要であると
考え、いかに執着を持ったからとて、
我々を暗黒、消極に金縛りにするものがあれば、
その暗黒の中に縛られたままで
いるよりは、
それから逃げ出した方がよほど良いのである。

我々が暗黒の中から光の中へと踏入ることの
出来るのは、我々を束縛する
すべてのものを放棄することによってのみ
可能なのである。
 
間違ったならその誤りを認めて、
方向転換して下さい。
そのまま突っ走ってしまえば、
命に関わることになるでしょう。
ガイド達は命より魂を救おうとするからです。
”偽りのことを教え、
つまずかせる教師は、自分自身の魂を
悪に縛りつけるだけでなく、
他人の魂に対してまで偽りという鎖をつけることに
なるのだから、
死よりもなおひどい悪果を受けるだろうところの
業因をつくっているのである。”
とあります。
 
世界には多くの宗教的な組織や団体があって、
皆さんに或ることを
くり返しくり返しとなえなさい
と教えている。

そうするとあなたの潜在能力が
あなたの人生を変えると思っているのである。

それだから、彼らは或る言葉や文句を
反復また反復してとなえるのである。

それでも、多くの場合、何もおこらない。

それはなぜか。

それは、教師たちがあなたを
催眠状態にして、
あなたが実在していないと
よく分っていることを実在すると信じさせようと
しているのではないだろうか。

あらゆるものには、何事によらず、
いつだろうと、それ相当の存在の道理
というものがあるものである。

なぜかと言えば、
神はすべてのものを理性(ロゴス)によって
造られたのであり、人間はまた、
理性の力を与えられており、
いつでも使えるのである。
 
「ヨガの真義」(M・ドーリル博士著)より
 
人々に間違ったことを教えて、
刷り込むということは、悪因になります。
他者をコントロールするということなんですね。
そうすること自体、
他人軸であって、
宇宙の進化発展の道には進んでいないことを示しています。
「内なる存在」と一致していないとも言えます。