潮騒が聞こえる 9話 夢のなかへ | 潮騒が聞こえる2  ベースはhttp://sionecafe.livedoor.biz/

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1997年のビーチボーイズのロケを見てから、ぼくらの夏は終わらない
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☆いよいよ凪の冒険が始まるよ! 

 

 赤山地下壕

images赤山地下壕は館山航空隊基地の南側に位置する赤山にある全長1.6キロメートルの地下壕と巨大な燃料タンク2基が残っている。戦時末期は本土決戦に備えて大規模に堀削されている。大部分はツルハシによる素掘りである。
壕内には戦闘指揮所、指令室、医療施設、兵舎、航空機部品の格納庫、燃料貯蔵庫、発電所と思われる場所がある。要塞機能を持つ地下壕である。
石井の誘いを断り切れなかった凪はいま赤山地下壕にいる。館山に住んでいたが、赤山戦跡を訪れるのは初めてのことであり、この日の予定も特になかったので石井に付き合うことにした。その石井もガイドの説明をこまめにノートに書いているようだ。

19492-img-sub1_list「昨日はみどりを家までちゃんと送っていったの?」
「あはは、覚えてないんだよ。でも、朝になったらちゃんと自分の部屋だったから、無事に送ってから家に帰ったんだと思うよ」

 

二日酔いを隠して、石井は公務員の顔に戻っていた。石井が真面目にノートをとる姿は高校時代には見なかった一面だった。石井も社会人として成長しているんだと、凪は刮目して見ていた。

地下壕の通路は洞窟のように続くが構造的な広さは東京駅地下街を思わせる広さだ。洞窟の中を右へ曲がり、奥へ奥へと進む。壕の中はひんやりとした空気が漂っている。外の暑さをしばし忘れることができる。戦時中とはいえ、こんな地下壕を人が掘ったということに凪は驚いていた。
 

 東京湾の入り口に位置する館山は軍事的に重要な場所にある。大房岬〈たいぶさ〉もそうだが、戦跡が生々しく残る地域だ。戦時中には、館山駅を発車した汽車が、富浦の大房岬に近づくと、汽車の窓のカーテンを閉めなければいけなかったと凪は祖父から聞いていた。大房岬に置かれていた大砲の位置が乗客には分からないようにするためだったらしい。赤山地下壕のガイドの話は現実かと疑うような話だったが、この地下壕を見せられては、その話も現実味を帯びてくる。戦争は遠い昔の出来事だと思っていた世代の凪たちが、戦争が身近で起きていたことを実感する施設だった。
《海上自衛隊基地の南側に、戦時中から赤山と呼ばれる標高60mの山がある。この岩山の中に、総延長2キロメートルに及ぶ地下壕跡や巨大燃料タンク基地跡などが残っている。航空基地建設の時に地質調査を行い、海軍の特殊専門部隊によって建設されたと言われている。大部分はツルハシなどによる素掘りで、1930年代半ばから極秘で建設され、掘った土砂は埋め立てに使ったという。実戦用として使ったとすれば、全国でも珍しい地下軍事施設である。地下壕内部には、司令部、戦闘指揮所、兵舎、病院、発電所、部品格納庫、兵器貯蔵庫、燃料貯蔵庫があったと想定できるほど広大なものだ。》と、石井のノートには、赤山地下壕の概略が記されていく。的確な記録能力に驚いた。ガイドの話をぼうっと聞き逃していた凪は、石井の違った一面を見せられて、人は変わるものだと感心していた。



images (1)見学者は奥へ奥へと進んでいく。凪は留学先のハムステッドを思い出していた。ボビーに連れられて行ったハイゲート墓地のドラキュラ伝説のあるあの建物のことだ。棺が暗い洞穴のようないくつかの部屋に置いてあり、バンパイヤハンターによる吸血鬼狩りがあったために棺のふたが壊されているあの情景が蘇っていた。澱んだ空気は、この赤山地下壕にも漂っていると直感していた。ハイゲート墓地との共通点がリンクして、凪の体に一筋の震えるような戦慄が走った。

その時である。説明を聞きながら上方を見上げると、突然の異変に気が付いた。見学コースにつけられた電気が大きく揺れている。やがてミシミシという音がしたかと思うと、突然ガタガタと地面が揺れ出した。

ゴー! ゴー! と外からものすごい音がやってきては地下壕の奥に向かって走り去る。

「地震だ!これは大きいぞ!」

「みなさん、ヘルメットで頭を守ってください」

 

これまでに経験したことのない地震に、みんなそれぞれに平常心を失っていくのが感じられた。目が回るような体の浮遊感が見学者たちを襲った。地下壕の中を生暖かい風が通り抜けるのを感じた。再びガイドから落石に注意するように声がかかった。石井はノートで頭を隠していた。上下に激しく揺れて、しばらくして大きな横揺れとなった。船酔いにも似た気持ちの悪さが凪を襲っていた。ガラスが床に落ちて砕け散る音が耳に響いてきた。地下壕内の電気が消えて真っ暗となり、ゴーという地鳴りのような音が見学者たちの叫び声を消してしまった。石井と凪は動けずに、その場で座りこみ、小さな落石から頭を手で守った。外で大きな雷のような音が響いている。これは大きな地震だ。外での被害は大丈夫だろうか。早くしずまれと凪は心の中で叫んでいた。灯りのない地下壕のなかで、地震に誘発された凪の眩暈はぐるぐると回っていた。自分の体が、波の中の木の葉のように回っているようで自由が利かない。ものすごい圧力を頭に感じて、凪は我慢が出来なくなって大声を上げた。

「わーああー」

深い深い渦巻の底に向かって落ちていく、そんなイメージの中で頭を抱えて体を丸くしている。長い眩暈の中で、瞬間の深い眠りに落ちた。