そして、さらに、(読みたくもないだろうが)私の、2010年の一月一日の夢では、世界情勢だと思うのだが、柔道をしながら、前半はかなりの力比べのバトルをした。そして、少し静かになって、ある者がバトルをやっていた相手を、思いっきり持ち上げて、地面に自分を上にしてから、相手を完膚無きまでにたたき付けて、終わりにした。私はそこまでやるかと思った。その後、大きな迫力あるものが来た。しかし、私が、左にふって右に振ったら、すぐに倒れた。
これは何なんだと言われても、ノストラダムスじゃないし、困るんだけど、今の報道とは違って、アメリカは、もう、本質は、だめなんじゃないかと思う。中国は見せかけだけだと思う。そんなことかな???。
さて、聖書のヨハネの黙示録を、私なりの勝手な解釈で言うと、2009年は、今まで許されてたことが、そうならなくなった年だと思う。例えば、食品偽装とか、そのほか似たような嘘ごとである。世の中の人が、知り始めたんだと思う。2010年は、12月31日で、世の中の人の精神の精妙なところで、ただしい裁き(決着)が、つくのだと思う。そして現実の世の中に、その裁きの結果が少しづつ現れてくるのは、その後からだろう。終わりまでどれぐらいかかるかは・・・・。聖書のヨハネの黙示録を見てください。
ちなみに、私は、2011年の1月1日が楽しみだと一人で思っている。めでたい奴である。
なぜこんなことを書くのかと言うと、浄土でも天国でも、次の新しい世界でも、普遍的基盤(空・菩提心・永遠の命など)に、人が深層意識の深いところで目覚めていれば(気づけていれば)、行くことが出来るし、また、行くこと自体によって、安心するし、生きる希望が増えるからだと思う。・・・つづく。