おばあさんは、七十から八十代かなぁ、良く分からない。もしかしたら、六十代かも知れない。

彼女は、かつて、家庭を持って暮らしていたと言う。

つれあいは、今考えて見ると、それなりにいい人だったと言う。

離婚して三十年、一人で働いていたのだが、食えなくなって、遍路に出たと言う。

初めのころは、何度も死のうと思ったけれども、いざとなると、その気がなくなるという。

男と女も、親と子も、究極は、自分の欲求に対する愛と、相手の命に匹敵するような愛を求めあうところがあって、その愛を相手が死ぬまで確かめたいのだと思うと言う。

それでも、本物なら相手に残って欲しいのだと言う。幼くて哀れだと言う。本物が欲しいのだと言う。 

冬にバス停の待合室で寝たこともあると言う。体のしんどいのなんて平気だと言う。

お大師様の助けが色々あると言う。

拝んでいて、白と黒のお大師様の姿が一つになるのを見せてもらってたこともあると言う。

いつの間にか、原因不明の病気も治っていたと言う。

生き別れの娘にも、合わせてもらったと言う。

食パンで、一日、過ごすことも多いが、みんな栄養になると言う。

もう年だから、自分の運命を知ると言う。

一人で、働いていたころは、カラオケも行ったし、スナックにも行ったし、だから、好きなこともしたし、現世に未練はないと言う。

乞食と後ろ指を指されることもあるが、心がどこまでも自由な遍路は、身の上の運命よりも有り難いときがあると言う。

後は、歩くだけとも言う。お遍路を歩くことで、進むことで、なぜか運命を知ると言う。そして、運命は成長の為にもたらされていると、命が湧くように知らされると言う。

 自分のありのままに運命を知って、ありのままに信じれられる。それだけが心の頼り。不思議な力に支えられ、支えあう。そして、苦しみながらでも成長をする。お四国の世界。曼荼羅が目に浮かぶ。

 おばあさんは、足をひねっていると言うので、私は、インドメタシンという薬と少しのお金とホカロンをお接待する。

 遍路は、体よりも心が辛いから、考えあぐねて、明日の命のわからない旅に出る。私が、出家したのもそうだったかも知れない。そして、今、理由をつけて遍路に出ている。そして、運ばれる命、運命の意味を知る。・・つづく。