子育てに必要なことは、
「論理的な思考」
です。
子育てのゴールは、
「子どもが社会の中で生きていけるようになること」
だと思います。
社会の中にはルールがあるわけで、そのルールの中で、自由に生きていけばいい。
ルールから逸脱すれば、ペナルティが課せられたりする。
子どもがルールを守れるようになって、ルールの中で生きていけるようになればいいんやけど、
それは必ずしも、
「親との約束を守れるようになること」
じゃない。
「家庭の常識は、社会の非常識」
なんて言われることもあって、家庭内で適用されているルールが理不尽で、社会に存在しないルールだったりすることが珍しくない。
論理性に欠けるルールが適用されていて、ただただ子どもが混乱しているだけのことがあるんよね。
例えば、
「お皿洗いをしたら、お小遣い10円」
みたいなルールあるじゃん?
子どもから言い出して、遊び感覚でやってみるのは楽しくいいと思うんだけど、親から言い出すのは違う。
「お手伝い制」って、まさに
「家庭の常識は、社会の非常識」
が成り立ってるから、子どもに
「社会で使えない学習」
をさせちゃう可能性があるんだよね。
「お手伝い制」の「社会で使えない学習」は、2つあります。
まず1つ目は、
「仕事の本質は『他者貢献』なのに、お金のために仕事をするようになってしまう」
ってこと。
「お手伝い制」のよくある結末は、
「親がどんだけ困っていても、子どもがお金を必要としてなかったら、手伝ってくれない」
んですよね。
目の前で困っている人がいるのに、
「お金をくれないから」
っていう理由で、放置したり、見殺しにしちゃうわけですよ。
お金が必要な時にしか仕事をしなくなってしまう。
2つ目は、
「親の家事は無償で、子どものお手伝いは有償という逆転現象が起こってしまう」
ってこと。
家事のクオリティは、間違いなく子どもよりも親の方が高いじゃない?
社会の中でも、ほとんどの場合は、
「高いクオリティの仕事の方が、評価も高く、報酬も高い」
よね?
基本的に、親の家事は、お金をもらっていないと思う。
でも、「お手伝い制」を導入すると、子どもの家事には報酬が発生しちゃうんですよ。
しかも、子どものお手伝いなんて、親のする家事に比べたら、稚拙なもんやん?
洗濯物を畳むのも親の方が上手いし、早い。
掃除だって、親の方が上手くて、綺麗にできたりする。
料理も、親の方が美味しかったり、レパートリーも多く、早い。
親は誰にも教わらずに、自分1人でできちゃうわけですよ。
社会の常識に当てはめるなら、
「親の方が報酬をもらって、子どもは無償か少ない賃金でお手伝いをする」
っていうもんよね。
それなのに、「お手伝い制」を導入しちゃうと、
クオリティの高い家事ができるのに、親は無償
クオリティの低い家事なのに、子どもは無償
っていう逆転現象が起こっちゃう。
そうすると、子どもは、
「クオリティに関係なく、お手伝いをしたらお金をもらえる」
っていうことを学習するわけですよ。
クオリティに関係なく、目的(=お金をもらう)が達成されるんだから、自然と家事も適当になっていきます。
適当にちゃちゃっと済ませて、
「はい、お金ちょーだい」
ってなる。
親がどんだけ困っていようとも、お金が必要な時としかお手伝いをしなくなるし、
お金さえもらえればいいから、お手伝いの質も低いまま。
なので、「お手伝い制」は、子どもに家事手伝いをさせるためであっても、導入するべきじゃないと思うんです。
1つ前の記事に書いたけど、子どもに家事を手伝ってほしいなら、
「家事をするための論理的な説明」
をした方がいいと思うんです。
説明する時のポイントは、
・家事は、家族みんなでやること
・家事は、手が空いている人がやって、みんなで助けあっていこう
・家事を手伝ってくれたら、ものすごくありがたい
っていうところかな。
具体的に、僕が息子にした説明の例文を1つ前の記事に載せてるから、読んでみて。
子どもに必要なのは、叱ることでもないし、しつけでもない
https://ameblo.jp/sinosakura/entry-12952574923.html
この説明を1回して、あとは褒めまくってみると、自分でもお皿洗いしてくれるようになりました。
他の家事は、僕ら夫婦でやれるので、困っている時だけ手伝ってもらってます。
猫のお世話は息子が一番やってくれてる!(とっても助かってる)
論理的思考っていうのは、ものすごく簡単に言えば、
「なぜなのか?」
「目的はなんなのか?」
を考えて、子どもにそれを伝えることです。
例えば、
「ゲームは1日1時間」
とか、ほんとに意味分からんルールよね(笑)
「なんで、1日1時間なのか?2時間や30分ではない理由は?」
「ゲームの時間制限が必要な理由は?」
「そもそも、なんで親に決定権があるの?」
とかがほとんど説明されてない。
「ゲームの前に宿題をしなければならない」
とかも、
「なんで、ゲームを先にやっちゃいけないのか?」
「宿題は、先生との約束のはずなのに、なぜ親にルールを決められないといけない?」
とかは最低限説明しとかんとあかんよね。
ほんで、ちゃんと言葉を使って、論理的に説明をすると、別にルールなんて設定しなくても、子どもは自分で考えて行動できるようになります。
論理性に欠けて、子どもが納得できるような説明ができなかったら、子どもは自分で考えた上で親の提案を却下すると思います(笑)
子どもとは、感情や衝動でコントロールしようとするんじゃなくて、
「それが必要な理由を言葉で論理的に説明をする」
ってことが大切なんです。
そもそも、社会の中でのコミュニケーションも、
「言葉で、論理的に相手に考えを伝える」
ってことをやるじゃない?
契約関係にあれば、契約書に書かれたルールは守らないといけないけど、親子間には「契約」なんてないですよね。
なので、親が子どもに動いてほしいなら、
「言葉で、子どもにも伝わるように論理的に説明する」
っていうのが必要なんです。
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