子育てにおいて、母親は何も悪くない | 家庭を子どものBASEに 佐伯和也公式ブログ

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子どもに何か問題が起こると、

 

「自分の子育てが悪かったんじゃないか・・・」

 

って思うかもしれない。

 

 

 

子どもがトラブルを連発するということは、子どもに対する関わり方は、何か間違っていたんだろうけども(笑)

 

「だから、母親が悪い」

 

っていうことじゃないんだよね。

 

 

 

子どもに対する関わり方は、間違っていた。

 

だとしても、

 

「自分が悪い」

 

って責めなくてもいい。

 

 

 

例えば、仕事でミスするとするじゃん。

 

会計情報の計算ミスとか。

 

発注ミスとか。

 

 

 

そのミスに対して、

 

「お前、即刻死刑な」

 

とはならんじゃない。

 

 

 

ミスを分析して、リカバリして、再発しないようにすればいいだけよね。

 

ミスをしたからと言って、

 

「人として死んだ方がいい」

 

みたいにはならない。

 

 

 

行動や発言の結果がミスであっても、それをやらかした人自身は何も責められるものでもない。

 

ミスしたのを隠したり、放置したら、それは責任を放棄しているから、めっちゃ怒られると思うけどね(笑)

 

 

 

しかも、そのミスがさ、

 

「仕事を全然教えてもらっていない状況」

 

だったり、

 

「理不尽な上司や、おかしな発言を繰り返す取引先を相手にしてる状況」

 

だったなら、その人には何の非も無いじゃない。

 

 

 

「仕事を全然教えてもらっていない状況」

 

っていうのは、僕がよく言ってる、

 

「親は、コミュニケーションについて何も教わる機会が無かった」

 

っていうことよね。

 

 

 

「理不尽な上司や、おかしな発言を繰り返す取引先を相手にしてる状況」

 

っていうのは、

 

「母親がおかしな考え方をしている場合」

 

ってことね。

 

 

 

母親がおかしな考え方をしていたら、そりゃ子どももそれを学んじゃうから、おかしな考え方のまま人生を生きることになる。

 

そしたら、子どもの人生は、まーそりゃ色々な問題が起こりますわよ。

 

 

 

わよ?

 

 

 

母親がおかしな考え方をしていても、それは母親のせいじゃない。

 

母親の育った環境や、遺伝的に持ち合わせてるハンディキャップがあったりすると、生き辛くなってもおかしくない。

 

そしたら、おかしな考え方もしてしまいそうよね。

 

 

 

母親自身は何も悪くない。

 

 

 

ただ、自分の考え方がおかしな感じになっていると、子どもには色々と問題が起こるから、子どもが生き辛そうにしていることに気付いたら、

 

「もしかして、私の考え方、間違っている?」

 

って疑ってみてもいいかもしれないね。

 

 

 

例えば、

 

「子どもに『遊びの解放』をしたら、夜遅くまでゲームするようになって、朝起きれなくなりました」

 

って時々聞くんだけど、これは、

 

「本来、子どものことは親が管理するもので、それをやめたから問題が起こった」

 

んじゃなくて、

 

「今まで、ずっと管理してきちゃったから、子どもが自分の生活リズムを自分でコントロールできないだけ」

 

ね。

 

 

 

親が管理してきたんだから、子どもに自己管理能力なんて育ってるわけないじゃんね。

 

今までサッカーの練習を禁じていたのに、練習を解禁したらみんなと同じように上手くできる!なんてなるわけないじゃん?

 

そういうこと。

 

 

 

で、これの何がおかしいのか?っていうと、

 

「子どもは親が管理するべき」

 

ってところね。

 

 

 

自分が子どもの頃に当たり前のように親に管理されてきたから、疑いようもなかったと思う。

 

そして、子どもって、

 

「他の家庭、他の親子の状況」

 

を知らないから、

 

「うちの家庭が当たり前」

 

って思いやすい。

 

 

 

たとえ、おかしい考え方であっても、

 

「世の中こういうもんだよな」

 

って思いやすい。

 

 

 

そして、

 

「まともなのは親で、間違っているのは自分なんだ」

 

って思いやすい。

 

 

 

親が子どもを管理することで、

 

「あなたのことを信頼していない」

 

っていうメッセージをビシバシと感じてしまうんだけど、それも、他の家庭を知らない子どもは、

 

「子どもが信頼されないなんて、当たり前だよな」

 

って思っちゃう。

 

 

 

親から、

 

「自分は信頼されているんだな」

 

「自分は信頼されていないんだな」

 

っていうののどっちが生きやすいかっていうと、

 

圧倒的に「信頼されている」と思っている方

 

なんだよね。

 

 

 

親が、子どもを信頼するためには、自分も信頼されて育てられてきていたら、同じように関わればいい。

 

でも、親が、信頼されずに育ってきていたら、

 

「信頼ってどんな感覚?」

 

「信頼して、ほんとに大丈夫なの・・・?」

 

「子どもは信頼せずに、親が管理して、何とかするもんでしょ・・・?」

 

って思っちゃうから、基本的には、子どもを信頼しない関わり方をしちゃう。

 

 

 

だから、親が子どもを信頼できなかったとしても、それは親のせいじゃない。

 

親が悪いわけじゃなくて、自分が

 

「子どもとは信頼されないものだ」

 

っていう世界観の環境で育てられてきたから、しゃーないんだよね。

 

 

 

子どもが生き辛かったり、子どもに色々な問題(偶然によるものは除く)が起こるなら、それは

 

「母親の考え方が何かおかしい」

 

ってこと。

 

 

 

なぜなら、その母親の考え方をインストールして子どもは生きているんだから、子どもに何か起こるということは、

 

「その母親の考え方が何かおかしい」

 

ってことになる。

 

 

 

でも、おかしいのは考え方だけで、

 

「母親自身が人としておかしい」

 

ってわけじゃない。

 

 

 

母親自身は人としては全くおかしくない。

 

幸せに生きてもいい、素晴らしい人間なんだ。

 

 

 

そんな人間がたまたまおかしい考え方を身に付けてしまっただけなのよ。

 

よく、

 

「親が変われば、人は変わる」

 

っていうけど、これは

 

「別の人のように振る舞え」

 

っていうことじゃなくて、

 

「本来の自分に戻ろう」

 

っていうことなのね。

 

 

 

おかしな考え方を身に付けてしまっていることに気付いて、自分のことを最高だと思えるような、

 

「普通にしているだけで愛される」

 

というような、

 

「何もしなくてもここにいてもいい」

 

というような、そんな考え方を身に付けていく。

 

 

 

自分が自分のままでいられて、

 

周りの人たちを信頼出来て、

 

ただいるだけでも役に立っているんだと思えて。

 

 

 

そんな自分でいてもいいんだ、という許可を自分に出す。

 

母親の考え方はおかしいとしても、母親自身に何も悪いことは無い。

 

 

 

 

 

 

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