「遊びの解放」は子育ての大前提 | 家庭を子どものBASEに 佐伯和也公式ブログ

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子どもが思う存分遊ぶ(ゲーム含む)ことで、知的好奇心が育ち、それが勉強にも繋がっていく

BASEメルマガでは、僕の母親との関係の話をしていました。

 

簡単に書けば、

 

「(全然気付いていなかったけど)36年間、母親に対してずっと怒っていた」

 

っていうことに気付いたんですね。

 

 

 

よく聴くような毒親みたいな感じじゃなかったから、全然気付かなかったんだけど、

 

・心配性

 

・話を聴かない

 

・夫婦関係が良くない

 

などがあって、僕が子どもの頃からずっと母親に対して嫌な気持ちを抱えて育ってきていたなぁ、っていうことに気付きました。

 

 

 

それを見ないようにして、良い子で、優等生でいるようにして、36年間育ってきたんですけど、その結果、

 

めちゃくちゃしんどい人生だった

 

です(笑)

 

 

 

「実はずっと母親への復讐をしていた」

 

っていうことに気付いてから、ほんとに色んなことが分かってきて、今までの人生がなんでこんなにしんどかったのかもよく分かってきたわ・・・。

 

 

 

 

 

で、僕はずっと、

 

「うちの母親は良い母親だ」

 

って思ってきて、それはなんでかっていうと、

 

「自由に遊ばせてくれたから」

 

でした。

 

 

 

「遊びの解放」

 

をしてたわけね。

 

 

 

でもさ。。。

 

 

 

よく考えたらさ・・・

 

 

 

こんなことを言ったら、怒られるかもしれんけど、、、

 

 

 

子どもを育てていく上で、

 

「遊びの解放」

 

なんて大前提なんだわ。

 

 

 

「遊びの解放」をして、親が楽しく生きてて、子どもを育てようとするのをやめてからが

 

本当の子育ての始まり

 

なんだと思う。

 

 

 

子どもを育てようとするのをやめてるから、

 

子育て

 

っていうよりも、

 

子どもが勝手に育っていく

 

っていうことね。

 

 

 

そう書くと、

 

「それは子どもをほっとけ、っていうことですか」

 

って言われるけど、それは半分そうで、半分そうじゃない。

 

 

 

「子どもをほっとく」

 

ってのは、

 

「子どもとコミュニケーションを取らないこと」

 

じゃない。

 

 

 

子どもを見守る

 

とか、

 

子どもを信じる

 

とかって流行ってるけど、それを実践しようとして、

 

「子どもとコミュニケーションを取らなくなる親」

 

がいる。

 

 

 

そんなん、子どもからしたら、

 

「あれ、おかん、僕(私)に興味無いのかな・・・」

 

ってなるやんか。

 

 

 

「ママ、私のことなんてどうでもいいのかしら・・・」

 

って。

 

 

 

母親が心配や、不安で子どもとコミュニケーションを取ると、子どもを管理したり、命令したりする。

 

これはコミュニケーションとは言えるけど、少なくとも、

 

「親子間でなされるコミュニケーションではない」

 

のよ。

 

 

 

子どもを管理したり、命令したり、って

 

母親 ⇒ 看守

 

子ども ⇒ 囚人

 

みたいな関係よね。

 

 

 

母親もきっと子どもの頃にそうやって関わられてきたから、そういうコミュニケーションしか知らんのはしゃーない。

 

子どもに指示・命令型のコミュニケーションを取れば、子どもの反応は2種類しかない。

 

 

 

反発 or 服従

 

です。

 

 

 

親が指示・命令型のコミュニケーションをやめない限り、子どもはずっと反発か服従を繰り返す。

 

そしたら、子どもの人生は、

 

「親に反発するための人生」

 

「親に服従するための人生」

 

に成り下がっていく。

 

 

 

自分も、親に反発するか、服従してきたから、

 

「親子とはそういうもの」

 

って思ってるのよな。

 

 

 

服従って、端的に言っちゃってるけど、ここには

 

「良い子でいる」

 

「親に迷惑をかけないようにする」

 

「親に気を遣う」

 

「優等生でいる」

 

みたいなことも入る。

 

 

 

親を意識しながら生きてる、って感じ。

 

 

 

親への反発は、分かりやすい反発もあれば、僕みたいに、

 

「自分にとって苦しい選択を取って、苦しい人生を歩むことで、『お前の子育て失敗してんぞ!』って知らしめたい」

 

っていう復讐の仕方もある。

 

 

 

なので、親が、特に母親が、子どもに指示・命令型のコミュニケーションを取っている限り、その先の未来に子どもの幸せは無い。

 

幸せだと思い込むことはできるけどね。

 

 

 

例えば、不登校なら、子どもは、不登校だから未来が不幸になるんじゃなくて、

 

「母親にめっちゃ心配されたり、不機嫌になられたりして、

 

『自分はダメなやつだ』

 

『自分は生まれ来なかった方が良かったかな』

 

みたいに思っちゃうから不幸になる」

 

っていうこと。

 

 

 

だから、子どもが不登校になっても、

 

「学校に行かんねやったら、旅行でも行こうぜ!

 

高知にあるカツオの藁焼きとかめっちゃ美味いらしいで!!」

 

みたいに笑って、楽しく過ごしてたらいい。

 

 

 

 

 

「遊びの解放」をして、

 

子どもへの心配や不安をやめて、

 

自分の人生を生きる。

 

 

 

自分の人生を生きるというのは、

 

我慢をやめて、

 

やりたくないことをやめる

 

やりたいことをやる

 

っていう生き方のこと。

 

 

 

この生き方のことを今は、

 

「親の自己受容」

 

って言ってる。

 

 

 

「自分を認める」

 

んだけど、それだけじゃなくて、

 

「自分を認めることによって、生き方を変えていこう」

 

っていうことね。

 

 

 

そしたら、自然とコミュニケーションも変わっていく。

 

BASEでは、さしあたり、子どもとのコミュニケーションの取り方について教えてるけど、それ以上に、大事にしているのは、

 

「親が、親の生きたい人生を生きる」

 

っていうこと。

 

 

 

BASE7期のメンバーの中で、希望者がBASEサロン(卒業生コミュニティ)に参加してるんだけど、

 

「BASEの人は、ほとんど子どもの話をしない!

 

自分の話ばっかりや!」

 

って驚いてはった。

 

 

 

自分が何を考えて、何をしたくて、何をしているのか。

 

どんな人生を生きたいと思っていて、実際にどう生きているのか。

 

そんな話が多い。

 

 

 

子どもに無関心なわけじゃないよ。

 

子どもとは日常的に色んな話をしているっぽい。

 

 

 

けど、親自身が、自分の人生にも関心を持つようになって、その話ばっかりしてる。

 

時々、子どもの話が出てくる(笑)

 

 

 

子どもは、親があれやこれやとやらなくても、勝手に考えて、勝手に育っていく。

 

そのために必要なのは、

 

しつけ

 

マナー

 

迷惑をかけない

 

遊びの制限・管理

 

勉強をさせる

 

生活リズムの管理

 

のどれでもなくて、

 

「母親が幸せに楽しく笑って過ごしていること」

 

これに尽きる。

 

 

 

遊びの制限なんてしたら、どうがんばっても母親の心中穏やかじゃないよね。

 

母親の心中が穏やかじゃなくなる時点で、

 

「遊びの制限は、子どもが育っていく環境において、間違っている」

 

っていうことね。

 

 

 

僕は、「遊びの解放」をされて育ったけど、それでもけっこうしんどい人生だったわ(;´Д`)

 

それなのに、「遊びの制限」までされてたらと思うとゾッとする。

 

さぞ生きづらい人生を歩むことになるんだろうなぁ・・・って思う。

 

 

 

子どもの幸せを願うんなら、

 

「子どものために一生懸命関わる」

 

よりも、日々子どもと楽しく話しながら、

 

「子どもを信じる」

 

っていう関わり方がオススメ。

 

 

 

ずっとゲームばっかりでいいじゃん。

 

誰か人を殺すわけでもないし(笑)

 

子どもが大きな病気をしているわけでもない。

 

交通事故とかの心配もしなくていい。

 

 

 

子どもは楽しく笑って過ごしてくれてる。

 

それでいいじゃん、って思う。

 

 

 

動きたくなったら、そのうち動く。

 

今は何もしてなくてもいいじゃん。

 

 

 

「遊びの解放」をしてくれてるから素晴らしい母親だと思ってたけど、よくよく考えたら子育ての大前提だったなぁ。

 

自分の親を美化して、自分の人生がこれまでしんどかったことから、ずっと目を背けてきてたなぁ、って感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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