子どもが出せる最後のカード | 子どもはみんな天才だ!佐伯和也 公式ブログ

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子どもが学校に行きたくない、行く理由が見つからないということが増えてきました。その時に、親はどうすればいいのか、子どもにはどう接してあげるといいのか。親向けのメンタルコーチとして活動しています。

こんにちは!

 

佐伯です。

 

 

 

僕は、「しつけ」なんてやめた方がいい、って思っているんです。

 

「しつけ」っていうのは、

 

「親から上の立場に立ち、子どもに指示や命令を下す行為」

 

を言います。

 

 

 

言葉で言えば、

 

「~しなさい」

 

「~してはいけません」

 

っていう言葉で表現されますね。

 

 

 

この言葉を使うから上の立場に立っているわけじゃないです。

 

上の立場に立っているから、この言葉が出てくるんです。

 

だから、この言葉を子どもに使っているなー、と思っていたら、自分が無意識のうちに、あるいは意識的にでも、子どもに対して上の立場に立っていることを自覚しておいた方がいいです。

 

 

 

「上の立場に立つ」

 

っていうのは、

 

・親は子どもよりも人として優れた存在であるという認識を持っている

 

・子どもは親よりも劣った存在であるという認識を持っている

 

っていう2つの要素を満たしている状態を言います。

 

 

 

上の立場に取った親は、無意識のうちに子どもに対して、

 

「この子は未熟で判断力に乏しい」

 

「この子はちゃんとできないから、私が(俺が)導いてやらなければ」

 

っていう認識を持っています。

 

 

 

この認識を持っていると子どもの成長に良くないのは、今から50年以上も昔の1964年にローゼンタールの実験によって示されています。

 

簡単に説明しておくと、子どもの現状がどうであるかに関係無く、

 

先生が「この子は優等生だ」という認識を持つ ⇒ 子どもは本当に優等生になる

 

先生が「この子は劣等生だ」という認識を持つ ⇒ 子どもは本当に劣等生になる

 

というものです。

 

 

 

ピグマリオン効果、教師期待効果、ローゼンタール効果などと言われています。

 

劣等生の方は、ゴーレム効果なんて言われていますが、ややこしいから「ピグマリオン効果」で統一しておきます。

 

 

 

ここまでの話を一言で言うと、

 

「親が『しつけ』をすればするほど、子どもはダメになる」

 

っていうことです。

 

どんどん潜在能力が塞がれ、本来できたこともできなくなっていきます。

 

 

 

そのことを子どもは本能的に、反抗や抵抗という形で親に知らせようとしてくれます。

 

それが早い時期には「イヤイヤ期」って言われ、遅い時期には「反抗期」って言われます。

 

この時期に気付いて関わり方を変えられれば、子どもの潜在能力を発揮する関わりにシフトできます。

 

 

 

でも、ここでも

 

「間違っているのは子どもだ」

 

っていう思考が抜けなくて、『しつけ』を続けるなら、子どもはどっかで生きていく活力を失います。

 

流されるままの受け身な生き方をし始めます。

 

誰のために生きているの?っていう生き方をし始めます。

 

 

 

それでも、親が『しつけ』をし、子どもを無意識的にでも見下した態度を取り続けるなら、子どもは最終的に3つのカードを出します。

 

1つ目は、体調不良です。

 

これがよくあるのは、親が必死に学校に行かせようとした場合によく聞きます。

 

 

 

登校時間まではお腹や頭が痛くて、登校時間を過ぎると痛みが治まるというようなものです。

 

起立性調節障害だと診断される子どもの一部も、これなんではないかと思っています。(僕の仮説ね)

 

 

 

親は、さすがに病気になった子どもにまでは厳しくは関われないじゃないですか。

 

どれだけ学校に行ってほしくても、子どもが「もう無理ぽ・・・」って体調にまで変調が出てくると、もう手出しはできませんよね。

 

子どもはそのことを本能的に知っているのか、自分を過大なストレス下に置き、ストレス性の変調を持ち出してくるんです。

 

 

 

それがストレスによるものであるのは、

 

「登校時間を過ぎたら、パタッと収まる」

 

っていうところを見ると、すぐに分かると思います。

 

 

 

2つ目は、親を極限まで嫌うことです。

 

親に対する反抗じゃなくて、拒否や、拒絶です。

 

コミュニケーションを取る機会すら与えられない。

 

 

 

全てではありませんが、典型例は「引きこもり」です。

 

自分の部屋に閉じこもり、親とすらコミュニケーションを取ろうとしない状態ですね。

 

 

 

すぐに

 

引きこもり=コミュニケーション拒否

 

って断定できるわけではありませんが、親ともコミュニケーションを一切取らないのであれば、その可能性はあります。

 

 

 

あとは、家出とかもそうですね。

 

子どもは肉体的にも、経済的にも弱者であることが多いから、物理的に距離を置くことで親を拒絶します。

 

『しつけ』によって自分の尊厳が損なわれてしまうことを避けるのですね。

 

 

 

子どもと直接コミュニケーションを取る機会を断たれてしまうと、親にはどうしようもありませんよね。

 

 

 

3つ目は、自傷行為です。

 

自殺もここに入ります。

 

子どもは、親にとって最も大事な存在だと思います。

 

そのことを子どもがちゃんと分かっているからこそ、自分で自分を傷つける行動を取ります。

 

 

 

「もう死んでやる!」

 

なんていう言葉も同様ですね。

 

 

 

親にとって、最も怖れる事態は、

 

「子どもが傷ついたり、死んだりすること」

 

だと思うんですね。

 

 

 

親が『しつけ』に専心していて、自分の話を聞いてくれない、自分を認めてくれない。

 

親が何をどうしても分かってくれないとなった時に、子どもはどうしても物理的に弱者ですから、

 

「自分を人質にする」

 

っていう手段を取るわけです。

 

 

 

どれだけ親が強権を振りかざしても、その根本的な気持ちは、

 

「子どものため」

 

ですし、子どもが無事で、生きてくれているからこそ、できる関わりだと思うのですね。

 

 

 

そのことに気付いた子どもは、親を黙らせるために、親に『しつけ』をやめさせるために、自分を人質にして、時には自分で自分を傷つけるんです。

 

そうやって、親に気付かせようとしているわけです。

 

 

 

「上の立場に立たないで!」

 

「もっと私の(僕の)声を聴いて!」

 

「私のこと、僕のことを認めて!理解しようとして!」

 

って。

 

 

 

 

 

 

 

親が『しつけ』に腐心するのは、ほぼ間違いなく

 

「世間体」

 

だと思います。

 

 

 

子どもではなく、その周りにいる人たちや、親自身の周りにいる人たちのことを見ている。

 

そして、子どものことを見ていない状態になっているわけですね。

 

 

 

「しつけは親の役割だ」

 

なんていうのは幻想です。

 

 

 

社会のルールは、親が教えるから学んでいくんじゃないよ。

 

社会のルールは、社会がちゃんと教えてくれる。

 

 

 

子どもがやっているオンラインゲームでも、マナーやルールが存在します。

 

しかも、そのマナーやルールは、「子どもだから」が通用しないので、リアル社会よりも厳しいものです。

 

 

 

同じチームで遊ぶ時に、ルールを守らなかったり、マナーが悪いプレイヤーがいると、その人が何歳であっても

 

「キッズ」

 

と揶揄され、嫌われます。

 

 

 

時には、そういう行為を一度しただけでも、チームから除名されることもよくあります。

 

リアル世界では、「子どもだから」って許されるようなことであっても、オンラインゲーム上では一発退場です。

 

それくらい厳しい世界なんです。

 

 

 

だから、子どもが引き続きそのゲームで遊びたい場合は、ルールを学び、マナーを良くするしかありません。

 

これもオンラインゲームという社会が、その社会で通用するルールを教えてくれるわけです。

 

悔しさと共にね。

 

 

 

親が教えられるルールは、

 

「家庭内で通用するルール」

 

か、

 

「親のこれまでの人生で通用してきたルール」

 

くらいなもんです。

 

親のこれまでの人生で通用してきたルールなんて、過去のものなんだから、子どものこれから先の未来では役に立つことはそうそうありません。

 

 

 

 

 

むしろ、親が教えるべきは、社会のルールとかよりも、

 

「無償の愛情」(=あなたは愛されるべき存在なんだよ)

 

「無条件の信頼」(=あなたは人としての尊厳がある存在なんだよ)

 

です。

 

 

 

この2つをとりあえず伝えておくと、子どもは精神的に安定しやすいから、社会に出た時に、その社会にあるルールを守りやすくなります。

 

親が上の立場に立って、子どもを見下したようなコミュニケーション『しつけ』を取るよりも、無償の愛情と、無条件の信頼を与えていた方が、よっぽど子どもは社会に適応できます。

 

 

 

なんでかっていうと、親からの無償の愛情と、無条件の信頼を得ているから、

 

「きっと私は(僕は)、ここでも受け入れられるはずだ」

 

って思うから、です。

 

 

 

受け入れられなかったら、そこで初めて、ルールやマナーの存在に気付きます。

 

そして、必要なことはその社会が教えてくれます。

 

その社会に属している人が教えてくれます。

 

そして、時には、親が一緒にそのことについて子どもと話し合ってあげればいいんです。

 

 

 

親が、これまで無償の愛情と、無条件の信頼を与えてきたのであれば、子どもはちゃんと話し合いにも応じてくれます。

 

(そうでないなら、話し合いには応じてくれません)

 

 

 

 

 

 

 

「無条件の信頼」に、子どものゲームが関わってきます。

 

これ、よく勘違いされるんですけど、

 

「子どもにゲームを与えましょう」

 

ではないです。

 

 

 

「まだ家庭にゲームが無い場合」

 

と、

 

「すでに家庭にゲームがある場合」

 

で対応が変わります。

 

 

 

「ゲームを買うかどうか」は、親がお金を出すんだから、親が決めたらいいことです。

 

でも、ゲームを買って、子どもに与えているならば、それをどう使うのかの決定権は、子どもにありますよね。

 

 

 

「ゲームは買うけど、1日1時間までね」

 

っていう約束を取り付けてから買い与えるくらいなら、まだ買わずに、もっと子どもと話し合うべきです。

 

親が納得していないんだから。

 

 

 

すでに買い与えている場合は、途中からゲームを破棄したりすると、ゲームと共に親への信頼も失われたり、子どもの自信が失われたりするので、オススメしません。

 

かと言って、親がゲームを管理するなら、さっき書いた『しつけ』のロジックにハマります。

 

『遊びの解放』のメッセージが、これだけ多くの親に刺さっているのは、『しつけ』のロジックにハマった先に、子育ての苦しさが待ち構えていたからでしょう。

 

 

 

なので、すでに買い与えている場合は、親の一貫性を保つために、『遊びの解放』の方にシフトしていくことをオススメします。

 

その時に、親に必要なのが

 

「ゲームは怖くない」

 

っていうのを知ることであり、体験することです。

 

 

 

子どもにゲームを買い与えたことで、親として不本意な気持ちもあるかもしれません。

 

でも、別の視点から見れば、ゲームという広大な世界と子どもの世界、親の世界を接続し、それぞれの世界を大幅に拡張したとも言えます。

 

つまり、「新しい世界が広がった」っていうことです。

 

 

 

新しい世界が広がれば、それだけ新しい知識や、新しい人格、新しい交流、新しい技術などが増えます。

 

だから、すでに子どもにゲームを与えてしまっていても、それは「新しい世界が広がった」というように捉えることもできます。

 

 

 

このように捉え直してやれば、せっかく新しい世界が広がったんだから、その世界を改めて切断しようとするよりも、その世界を理解しようとしてあげた方が、親としても、子どもとしても、今後の人生へのプラスになるはずです。

 

実際、僕自身もゲームにハマったことで、学問的な入口が合わせて開けたし、ITの知識や技術が向上することにも繋がったし、仕事にも繋がっています。

 

 

 

これはもう何度も繰り返していますが、ゲームはただの道具に過ぎません。

 

ゲームを怖れて排除しようとすれば、自分の世界も、子どもの世界も広がりません。

 

でも、ゲームを怖れずに、勇気を出して、認めて、知ろうとしてみると、自分の世界も、子どもの世界も、グッと広がっていきます。

 

 

 

そして、その先には

 

「家庭が子どもにとっての『安全基地』になる」

 

っていうことも待っています。

 

 

 

『安全基地』になれば、子どもがそこからチャレンジも始めたりします。

 

『遊びの解放』の先に地獄みたいなのを想像している人もいるかもしれませんが、別にそんなことはありません。

 

むしろ、開けた新しい世界は、案外楽しかったり、自分のプラスになったり、何なら人生を大きく好転させるキッカケになったりすることもあります。

 

 

 

地獄への片道切符と見るか。

 

可能性世界への片道切符と見るか。

 

『遊びの解放』をするにしても、そのどちらとして捉えているのかで、結末は大きく変わると思います。

 

 

 

 

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