「夫の気持ちも分かる」という誤解 | 子どもはみんな天才だ!佐伯和也 公式ブログ

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子どもが学校に行きたくない、行く理由が見つからないということが増えてきました。その時に、親はどうすればいいのか、子どもにはどう接してあげるといいのか。親向けのメンタルコーチとして活動しています。

メールでいただいた質問です。

 

 

子どもが約束を破った時、子どもに与えるべきは、『罰』ではなく、『愛』

 

子どもとの約束をすることで、子どもに罪を背負わせてしまう可能性が極めて高い

 

約束と「子どもにさせたい・してほしくない」気持ち

 

子どもに働く喜びを感じてもらうには

 

僕らは、約束は破られることを知っている

 

 

っていう「約束」シリーズと、

 

 

「うちの夫にも変わってほしい」っていう人へ

 

 

この記事との合わせ技みたいなご相談なので、ブログで紹介します。

 

 

 

いただいた質問はこちら。

 

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夫は小一の息子によく約束を「させ」ます。

 

 

 

聞いていると、子どもも納得したような形にしていますが、あまり本人が望んでいるようには、私は思えません。

 

まあ子どもなので、持ち上げると

 

「うん!」

 

となるのもわかるのですが。

 

なので、いざ約束を果たす状況になると、子どもは「やっぱりやだな…」となります。

 

 

 

そして、その繰り返しがあり、最近は「子どものことが信用できない」と夫が言うようになりました。

 

私としては、

 

「いやいやいやいや!!子どもは何もしてないけど!」

 

と思うのですが、裏切られた感満載なようで。

 

 

 

気持ちはわかるのですが、いや、でも、うーん…と私がなっています。

 

これにたいして私はどうアプローチをしたらよいのか。

 

 

 

夫が子どもに期待する気持ちもわかります。

 

そして、一緒に楽しみたいんだな、ということもわかります。

 

けど、子どもの気持ちがそれについて行っていない。

 

夫と子どもの問題なので、あまり口を出すのも…と思い何もしていませんが、このまま関係が悪くなるのを見ているのもモヤモヤ。

 

 

 

まあ、私にできることなんてないのでしょうけど。

 

モヤモヤ。

 

 

 

私は子どもは自由に育てたい。

 

夫はそこまで自由に育てるのはよくない、と思っている。

 

この溝をどう扱ったらよいのか。

 

モヤモヤ。

 

 

 

すみません、わけのわからないメールですが、私はどうしたらよいのかよくわからなくてメールしてしまいましたー!

 

では、また( ゚∀゚)

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僕のブログや、メルマガを読んでくれている人は、しばらく読み続けてもらえると、

 

「子どもを信じる」

 

っていうのはできるようになってくる。

 

 

 

でも、その次の段階で、

 

「夫を信じる」

 

っていう段階で、モヤモヤすることが多い。

 

 

 

「夫に変わってほしい人」の記事でも書いたんだけど、

 

「本質的には、『子どもを信じる』のも、『夫を信じる』のも、同じこと」

 

です。

 

 

 

「"子どもを"信じる」

 

ができるんだけど、

 

「"夫を"信じる」

 

ができない人は、その次に、

 

「信じる、っていうのはどういうことを言うのか」

 

っていうことが課題になることが多い。

 

 

 

それを、子ども、夫がそれぞれ示してくれるのね。

 

「信じなければならない」

 

っていうわけじゃないんだけど、対等で、より良い家庭を築いていくなら、一度は通る道かなぁ、なんて思います。

 

 

 

 

 

で、この相談の一番のポイントは、

 

「夫が子どもに期待する気持ちもわかります。

 

そして、一緒に楽しみたいんだな、ということもわかります。」

 

ここです。

 

 

 

この方は、

 

「私は、夫の気持ちが分かります」

 

って思っているんですけど、これはよくある

 

「分かったつもり」

 

「表面的な気持ちだけ理解した」

 

っていう状態です。

 

 

 

本当に分かっているんなら、モヤモヤなんてしないんです。

 

だってさ、

 

「どうして、子どもに期待するようになったのか」

 

が分かって、

 

「どうして、約束をしては破られて、っていうのを何度も繰り返すのか」

 

も分かってて、

 

「子どもに期待をかけ、その期待が達成できた先には、夫は何を望んでいるのか」

 

も分かってて、さらの先にある、

 

「夫が望んでいることを実現できた時、夫がどんな人生を生きたいと思っているのか」

 

も分かってて、

 

「夫の人生において、『子どもに期待をかける』とか、『子どもが約束を守れるようになること』とかは、どんな意味があるのか」

 

も分かっている、ってことよね。

 

 

 

だったら、

 

「あなたは、これこれこういう経緯で子どもに期待をかけるようになって、本当は、○○っていうことを叶えたいんだよね。

 

でも、その○○っていうのを叶えるためには、ストレートにそうできない何らかの理由があって、過去に何度もそれに取り組んできたけれど、できないと思い込むようになった過去もあって。

 

その過去の出来事から、あなたは××だということを信じるようになったんだよね。

 

あなたは、○○っていうことを叶えて、△△っていう人生を生きたいんでしょう?

 

だったら、※※っていうことを信じて、◆◆っていうことをやっていくと、あなたの生きたい人生を生きられるようになるよ。

 

その人生では、『子どもに期待をかけなくてもいい』し、自分で自分を信じて生きていくといいよね」

 

みたいなことを教えてあげたらいいと思うんですよ。

 

 

 

夫は、ほぼ間違いなく

 

「子どもに約束を"させ"たい」

 

ってわけじゃない。

 

 

 

夫は、

 

「子どもにその約束を"させ"る」

 

ために、子どもを作ろうと思ったわけでもないし、夫自身もそのために生まれてきたわけじゃないと思うのよ。

 

 

 

ほんとは、

 

「子どもに約束を"させ"てもいい」

 

し、

 

「子どもに約束を"させ"なくてもいい」

 

はずだよね。

 

 

 

でも、夫は、今は実際、

 

「子どもに約束を"させ"ている」

 

わけだよね。

 

 

 

ここに、妻の方が、

 

「子どもに約束を"させ"るなんて、おかしい!」

 

「子どもに期待をかけるなんて、おかしい!」

 

っていう気持ちがあると、夫を責めたくなってしまう。

 

 

 

そして、夫を責めたい気持ちがあると、

 

「夫の気持ち」

 

や、

 

「夫の行動の背景にあるもの」

 

が見えなくなる。

 

 

 

これは、

 

「子どもを信じる」

 

っていう場面でも出てくる現象です。

 

 

 

子どもを責めたい気持ちや、子どもをコントロールしたい気持ちがあれば、

 

「子どもの気持ち」

 

「子どもの行動の背景にあるもの」

 

が見えなくなる。

 

 

 

子どもにせよ、夫にせよ、

 

「相手の気持ち」

 

「相手の行動の背景にあるもの」

 

が見えなくなれば、相手との関係がギクシャクしてきたり、こちら側がモヤモヤしてきたりする。

 

 

 

だから、僕らは、

 

「相手を責めたい気持ち」

 

「相手をコントロールしたい気持ち」

 

を手放して、

 

「相手はどんな気持ちでそれをしているんだろう?」

 

「相手はどんな背景で、それをするようになったんだろう?」

 

っていうことを理解していきたいのね。

 

 

 

おそらく、ここは本人も気付いていないことも多いので、

 

「想像力」

 

が大事です。

 

 

 

「子どもは悪者ではない」

 

「子どもはより良い人生を生きたいと思っているだけ」

 

って信じ、

 

「夫は罪人ではない」

 

「夫は子どもにより良い人生を送ってほしいと願っているだけ」

 

って信じ。

 

 

 

子どもの気持ち

 

夫の気持ち

 

 

 

子どもの行動の背景にあるもの

 

夫の行動の背景にあるもの

 

 

 

に関心を持って、相手を観察したり、聞いてみたりする。

 

 

 

相手にモヤモヤする時、僕らは

 

「相手のことを10%も分かっていない」

※10%は適当な数字です

 

ってこと。

 

そこは間違いない。

 

 

 

そして、表面的に、見える部分だけで、その裏側や、経緯に関心を持たずに、

 

「きっと、相手はこういう気持ちなはず」

 

「きっと、相手はこう思っているはず」

 

って早合点してしまう。

 

 

 

そして、相手をコントロールしようとしたり、相手を責めたりする。

 

だから、もう一歩、相手の気持ちに踏み込みたいのね。

 

もう一歩、相手の背景に興味を持ちたいのね。

 

 

 

そして、

 

「夫は子どもが好きで、子どもにより良い人生を送ってほしいと願っている」

 

っていう真実にたどり着きたい。

 

 

 

こういう関わり方が

 

「相手を信じる」

 

っていうことです。

 

 

 

誰も、自分の人生を適当にしたいなんて思っていない。

 

誰も、自分の子どもを、自分の思い通りにしたいなんて思っていない。

 

 

 

そこを信じる。

 

 

 

そこを信じれば、そこと違う行動が見えた時に、

 

「あれ?どうして、子どもを想い通りにコントロールしようとしているんだ?」

 

「何があったんだろう?」

 

って、相手を悪者にせずに、相手の気持ちや、背景に関心を持つことができるようになる。

 

 

 

そして、そこに寄り添われるから、

 

「俺って、本当はどうしたいんだっけ?」

 

って考えられるようになるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

僕らは、夫や、妻や、子どもを、変えようとしたいわけじゃないのよ。

 

「親が変われば、子どもも変わる」

 

っていうけれど、これも、親自身を変えようっていう話ではない。

 

 

 

もし、この辺を、

 

「親が変われば、子どもも変わるのね!」

 

って思っていると、親が、

 

「自分ではない、どこの誰とも分からない謎の人」

 

になって、自分も苦しいし、それに合わせて変化しちゃった子ども苦しくなります。

 

 

 

むしろ、

 

「色んな情報や、思い込みによって、自分自身からズレてる(=素直な気持ちでいられなくなってる)」

 

って状態から、そういうのを一旦脇に置いて、

 

「本来、どうしたいんだっけ?」

 

ってところに立ち返りたいんです。

 

 

 

素直な自分に立ち返る。

 

自分を生きる。

 

 

 

それも「変化」だから、その素直な自分に立ち返ったことで、それに合わせて

 

「子どもも変わる」

 

んです。

 

 

 

そのためには、僕らは、自分に対しても、相手に対しても、

 

「本当に、それをしたいのかなぁ?」

 

っていう視点は常に持っていたいのね。

 

 

 

そう考えると、

 

「夫が息子に約束を"させ"ている」

 

っていう同じ現象を見た時にも、

 

「夫は、息子に"意図的に"息子に約束を"させ"ている」

 

「夫は、息子に悪影響を与えている」(ちょっと表現を強調しています)

 

ってなるのか、

 

「夫は、のっぴきならない心理的背景があって、息子に約束をさせ"ざるを得なくなっている"」

 

ってなるのかが変わる。

 

 

 

同じことを見ても、何を信じているのかによって、見え方は全然違う。

 

見え方が変われば、当然、行動や発言も変わってくる。

 

 

 

夫を変えたいんじゃなくて、

 

「あなたは、本来は、子どもを信じ、愛している人だよね」

 

っていうところを信じて、見つめ続けたいんです。

 

 

 

で、そんな人であっても、たまには失敗もするし、たまには息子に約束をさせたくなることもあるんです。

 

僕も、こんなに偉そうに語っておきながら、時々、息子に何かをさせたくなることあるよ。

 

 

 

でも、その行動をしたからといって、

 

「すなわち、子どもを信じていない」

 

「すなわち、子どもを愛していない」

 

とはならない。

 

 

 

ダイエットしているからと言っても、たまにこってこてのラーメンとか食べたくなることがある。

 

受験前だからと言っても、たまに思いっきり羽を伸ばして遊びたくなることがある。

 

親だからと言っても、たまには子どもをほったらかしにして、のんびりしたくなることがある。

 

旅行に来ているからと言っても、1日くらいはずっと宿に引きこもっていたくなることもある。

 

歯磨きしないと虫歯になると言っても、たまには歯磨きせずに寝ちゃうことだってある。

 

 

 

そういうことが、すなわち、

 

「良くないことが起こる」

 

ってわけじゃないよね。

 

 

 

それと同じで、夫が息子に約束を"させ"ているからと言って、

 

「子どもを愛していない人」

 

「子どもを信じていない人」

 

にはならない。

 

 

 

行動だけ見れば、たしかに、

 

「子どもを信じていない"行動"」

 

ではあるんだけど、それは

 

「子どもを信じていない"人"」

 

とまでは言えない。

 

 

 

だから、引き続き、

 

「この人は、子どもを愛している人」

 

「この人は、子どもを信じている人」

 

って信じ続けたらいいんです。

 

 

 

わざわざ、夫を変えようとしなくても、大丈夫。