「ドテラを落とした時、
誰かが拾ったんだろうよ。あきらめることだな」
とめ吉がせせら笑った。
シズエの身体がわなわなと震えだした。
「みなさん、わたしは長屋の住人が下手人ではない
と結論づけました。実は、小判のありかもわかりました」
と言うと、米堀はどうだとばかりに胸を張った。
「あなたの話はさっぱりわからない。
いったい誰が下手人なんですか」
長屋の住人が下手人ではない、
という米堀の言葉に、金兵はほっとしたものの、
小判が見つからなければ、
シズエが奉行所に訴え出る可能性があった。
「さて、小判の行方ですが、一体どこにあるのでしょうか」
金兵の心配をよそに、米堀が話を続けた。
「シロの好物がいわしの干物であることは、
みなさんもよく知っていますね。
シロが、好物のいわしを埋めて隠すこともご存じですね。
小判には、シズエさんがいわしの干物を焼いたときの
匂いがたっぷりとついていたはずです。
さて、皆さん、これで下手人が誰かわかりましたね」
と言うと、米堀は周りを見渡した。
「シロが巾着をどこかに埋めた可能性に思いいたりました。
今朝、シロにいわしを与えたところ、
長屋の裏に走っていきました。そこで目撃したのは、」
米堀が再び、自信たっぷりにぐるっと一同を見渡した。
「じれっていな。
米堀のだんな、さっさと結論を言っちいまいなよ」
と、とめ吉が我慢できずに催促した。
米堀はうんうんと首を振って、
「シロがいわしを埋めました。
それであたりを掘っくり返したら、これが出てきました」
米堀の両手が広げられ、巾着が現れた。
おお、と誰ともなくどよめきが起こった。
「わたしの巾着だ。返してよ」
シズエは満面の笑みで、巾着を受け取ろうとした。
「シズエさん,あなたはこの中に何両いれましたか。」
「15両よ」
再び、おお、歓声が上がった。
米堀が巾着を開けて、座敷に小判を広げた。
全部で10枚あった。
「シズエさん,はじめから15両はなかったんですよね。
実際は10両だったんじゃないですか」
「あら、そうだったかしら」
「最初から15両なんてなかったんですよ。
誰かを陥れようとしたんじゃないですか」
「シズエさん、まさか、私を陥れようとしていたんですか」
金兵が大声を上げた。
シズエはそっぽを向いて黙った。
「なんという人だ。
私の家に居候までして。実際は何両だったんですか」
「実際も何も、15両よ。でも・・・
もしかしたら、何両か途中で落としてしまったのかも」
「シズエさん,いい加減にしないと
この長屋から出て行ってもらいますよ。
結局誰も盗んじゃいなかったのではないですか」
「シロが・・・」
「シロは盗んだのではない。埋めただけのことだ」
藤齊が、顔を真っ赤にして、
シズエをにらみつけて、刀に手をかけた。
「でも5両足りないわよ」
「いい加減にしなさい。まだそんなことを言うなら、
今日にでも出て行ってもらいますぞ」
と、金兵は我を忘れて怒鳴った。
ひえーっ、とシズエは声を上げると、
「いえ、10両でした。元から10両ですとも。
みなさん、お騒がせしましたね。
今日は罪滅ぼしに私のおごりでお酒を飲んでくださいな」
と言うと、シズエは深々と頭を下げた。
「そうか、そうか、赦すとも。酒をおごってくれるじゃろう。
金兵さん、まあこの辺で話を終いにして、酒を飲もうか」
お膳がそろい、邦庵は待ちきれなくなっていた。
「それじゃ、お酒ですかな。清五郎さん」
清五郎は米堀の推理に全く興味がなく居眠りしていたが、
酒と聞いた途端、びくっと目を見開いた。
「『台の原ほまれ』を冷でもらおうか」
これを潮に宴会が始まった。
「米堀さん、いろいろとありがとうございました。
おかげで解決できました」
と言うと、金兵が深々と頭を下げた。
米堀は得意げに髪をかきむしりながら、
「いえいえ、大家さん、私も楽しませてもらいましたよ。
もしかしたら探索の才能があるかと思ったりして」
と言って笑った。
「今度、同心の口がないか奉行所に訊いてみますよ。
それにしても見直しましたね」
金兵は、米堀に酒を注いだ。
「いやあー、埋もれた才能ですかね。ははは・・・」
と言うと、杯を一気に飲み干した途端、頭がぐらっときた。
「とめ吉さん,ちょっとお話が」
米堀はふらふらと立ち上がり、
「厠で用を足しながら話しましょう」
2人は厠にむかった。
「とめ吉さん、シズエさんが、今まで見たことがないような
神妙な顔して座っていましたね」
「そりゃそうだ。シズエ婆さん、頭が相当混乱してるようだ。
火事の時、俺が小判をかき集めたことを、
すっかりと忘れていやがる。
さらに、おれに小判を預けたこともな」と囁いた。
「シズエさんが、神妙な顔をするのを初めて見ました」
「因業婆あが、よく10両で納得したな。
本当はおれに12両預けたのによ。
巾着を返しに行く前に、15両盗られたと騒ぎ出しやがった。
おかげで12両を返すに返せなくなってしまった」
「シズエさんにお話しを聞いたら、
あの夜のことをはっきり覚えていないようだったので、
シロが拾ったことにしました。
皆さん、すっかり信じましたね」
「シロが犯人とはな。おれには考えつかない。
ありがとよ、米堀の旦那」と言うと、1両手渡した。
・・・こうして人情長屋はつづいていくのであった。
第四話終了です。皆さん、いかがでしたか。
しばらく間をおいて、五話をUPしますので、お楽しみに。