パリで起こった出来事 | 自分の「ど真ん中」に つながろう

自分の「ど真ん中」に つながろう

何かを選ぶ時に迷うのは、情報が多すぎる現代だから。
そのためには、自分にとって何が大切か?価値観を知っておくのが一番です。
本当の自分を知ることで、何がやりたいのか?も明確になりますし、ひとりでお仕事をしている方は、ブランディングもできるようになります。

幸せなお金持ちになるワークショップ

講師をしてくださる平田慎吾(しんしん)さん
先週、奥様の洋子さんと、お友達の「由香ちゃん」と

パリに旅行に行ってらしたんだけど

 

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パリでのエピソードを、しんしんがfacebookfacebookに投稿してらっしゃるので

今日もまた

こちらでご紹介させていただきます。

 

なんかね、素敵なお話だよきらきら

 

 


 

 

パリで起こった出来事

 

 

おいらはだいたい最初に行った海外がパリだったのだ。

もう25年くらい前の話で…

その時はオペラ座から歩いて5分くらいのホテルに泊まった。

クラシックなホテルで、

猫足のバスタブとビデがバスルームに備え付けてあった。

その頃から思っていたのだけど、

オペラ座から南下してルーブルに突き当たる左側にあるホテルがいつも気になっていた。

 

 

 

 

Hotel du Louvre…夕方になってホテルから食事に出かけると、

金色に光っているホテルのネオンがいつも目に入った。

裕福そうな白人の親子がタクシーから降りてきて、

杖をついている母親を息子がやさしく手を引いてあげているのを見たこともある。

 

 

何ていうか、それはおいらにとってまともなパリの象徴だったのだ。

まともじゃないパリというのは、

18区の安宿に長居して、

近所のビストロの前に酔っ払ったアラブ系のあんちゃんが

ぶっ倒れているのを毎晩目撃するようなパリだ。

 

 

まともなパリのビールは5ユーロ。

まともじゃないパリのビールは1ユーロなのだ。

 

 

ほんのわずかな距離だけど、

パリには住み分けが確実にあって、

4番線のメトロに乗っていると、それがはっきりとわかる。

 

北駅を過ぎたあたりから、白人の乗客は極端に減り、

終点のクリニャンクールに着くあたりになると、

有色人種だけになるのだ。

 

 

今回のパリの旅でHotel du Louvreに初めて泊まった。

高級ホテルというわけではないのだけど、

何だか古きよきヨーロッパのホテルの匂いがした。

 

回転ドアに、足が沈み込むような絨毯、

いかめしいコンシェルジュ、

なぜかこの手のホテルのドアマンは痩せていて背が高く、

身のこなしが素早い…そんな感じのホテルだったのだ。

 

 

おいらはそこに泊まって、

いつものカフェに朝食を食べに行き、

いつもの写真美術館に出かけて、いつものマレ地区を歩き回った。

 

洋子さんはパリに来ると…

マレ地区のいつものカシミア専門店で必ずニットを1、2枚買う。

 

 

 

 

東京にいてもいつもと同じ店で食事をして、

いつもと同じカフェでコーヒーを飲んでいるのだけど、

パリに来てもやっぱり慣れ親しんだ町を歩き回っていた。

 

 

そんな時だ。

マレの外れ、北マレと呼ばれている地域で

由香ちゃんが、あの教会は何なの?とおいらに訊いた。

 

 

St-Denys du St-Sacrement 教会と入り口には書いてあって、

おいらはうろ覚えだったけど、

サン・ドニさんというのは、

確か首を切られても歩き続けて信者を救った

とかって伝承がある聖人だと思うと説明した。

 

 

中に入ると誰もいなかった。

なんだかもの凄いエネルギーのようなものを感じたので、

なんだかここは凄い場所なのかもしれないなと思った。

 

後から聞いたんだけど…

由香ちゃんも洋子さんも、

のけぞるくらいエネルギーを感じたそうだ。

 

 

適当な場所に腰掛けて、お祈りを始めた。

おいらはいつも神社に行った時みたいに、合掌する。

キリスト教式の指を組み合わせるスタイルはどうもしっくりこないのだ。

 

 

 

 

この感じはどこかで感じたことがある。

目を閉じた瞬間にそう感じた。

耳の奥のほうがキーンとする。

後ろ頭が熱くなって、頭のてっぺんだけ涼しい感じがするのだ。

 

 

声が聞こえてきた。

まぁ、例によっておいらの翻訳だから、大分弁なんだけどね。

いつかアインシュタインくんに言われた通りだ。

神さまの言葉が柄が悪いのは…それはおいらの柄が悪いからだ。

なぜなら神さまは光の言語で話しているから。

それを訳しているのはおいらなのだ。

 

 

実は…パリに出発する直前にキレまくっちゃったのだ。

今となってはたわいのないことなのかもしれないけど、

その時は久しぶりにキレちゃったのよ。

修行が足りないよね、おいら…。

 

 

神さまだか、おいらのハイヤーセルフだか、

そんなことはわからないけど、いきなりその声はこう言ったのだ。

 

 

だいたいよ〜っ、

おまえは自分のワークショップで

自分がむかつく奴ってのは、自分に似てるからむかつく

って話してるじゃんかよ。

 

自分がどんな人間か知りたかったら、

むかつく奴がどういう所がむかつくか書き出してみな

それがおまえだ!

って話してるじゃね〜か!

だから、おまえがキレるのは、その相手と似てるからなんだよ。

 

 

いやいや、そんなことはないって。

今回ばっかりは例外だと思うけどなぁ…。

 

 

宇宙のルールに例外はね〜よ。

いいか、よく聞けよ。

おまえはおまえの信じていることを、

信じている世界の成り立ちを人に伝えたいと思ってるだろ。

 

 

はい、そうです。

そのおまえがムカついた相手も、

自分の信じていることを伝えたいと頑張ってるんだ。

おまえはおまえの世界観が正しいと言い張ってる、

向こうは向こうで同じように思ってる。

だから戦争が起こるんだろうが…。

 

 

 

あ…。

そこでおいらは腑に落ちたのね。

まあ、あたりまえのことなんだけどさ。

 

 

いきなりパリで神さまに叱られると思ってなかったけど、

その後教会を出てから、何かがおかしい。

何がおかしいのか上手く説明できないのだけど…何かが変なのだ。

 

 

おいらは今まで何度もパリに来ている。

25年前に来た時にはまたパリに三越があった。

隣には立ち食い蕎麦屋があったし、

だいたいまだユーロじゃなくて、フランだったのだ。

サン・テグジュペリと星の王子様の紙幣だった。

 

 

 

 

 

ワールドカップでフランスが優勝した夜は

凱旋門で踊り狂っていた。

どこからこんなに人が来たんだってくらいの人が集まっていて、

なんだかただでビールやらワインやら飲ませてもらった気がする。

 

 

いつだったかは、

18区でジャメールというアラブ人と毎晩飲んだくれていた。

ジャメールはマリアさんというルーマニアからの移民の女性に惚れ込んでいて、

彼女のバーでおいらにおごるところを見せたかったらしい。

 

ここは俺の町だ!

ジャメールは言った。

俺はここで生まれた。

エッフェル塔なんて生涯で3回くらいしか見たことないよ。

だから…ここでは俺がおごる。

東京に行ったら、シンゴ、おまえがおごってくれよ。

 

 

 

 

 

そうした記憶の数々と、

そうした記憶たちにくっついている感情が、

混ざり合っているような感じがした。

 

いつもと同じマレ地区のピカソ美術館の裏を歩いていて、

フリップスターって古着屋で

ゲイの兄ちゃんにナンパされたよなとか思い出して…

はてそれはいつのパリだったかなと思ってみたり、

 

洋子さんとよく来るカフェでシャンパンを飲んでいると、

隣に座っている洋子さんが結婚してすぐの頃の洋子さんに見えたりした。

 

 

 

なんだか混じり合っているのだ。

突然悲しくなったり、突然怒りが込み上げてきたりした。

いやいや、これは何なのだ。

悲しむ理由も、怒る理由も何もないのだ。

 

 

フラフラとマレ地区を歩き回って、

長い工事の終わったピカソ美術館に入った。

採光が計算された美しい内装になっていたけれど、

おいらは前の方が好きだったなと思った。

そうだ、その時に悲しくなったのだ。

 

 

 

 

 

貴族のお屋敷をぶち抜いて

空いたスペースにピカソの絵をどんどん飾ってみました!

そんな雰囲気の旧い方の美術館は、

歩き回るとギギギと床が軋む音がした。

 

どことなくかび臭くて、

もっとなんていうかカジュアルだったのだ。

狭いスペースに大量のピカソの絵が詰め込まれていて、

美術館から出るなり、吐いてしまう人もいたらしい。

ピカソのエネルギーに酔ってしまうのだ。

 

 

 

新しい美術館は美しかったけれど、

そこを出て吐く心配はなさそうだった。

 

 

マレに来て、おいらはいつもボージュ広場に行く。

おいらの師匠のカズさんの墓参りに行くのだ。

 

 

パリを愛したカズさん。

詳しい話はおいらの本『ライ麦畑のむこうがわ』に書いてるので、読んでね!

 

 

 

 

 

カズさんは亡くなる時に、

お墓の場所を教えてくれなかった。

 

人間は死んだら終わりだ。

もし魂があったとしても

しみったれた墓になんていやしないよ。

だから、墓参りなんてのは時間の無駄だ。

そんな暇があったら、本でも読んだ方がいい。

 

そう言ったのだ。

 

だからパリに来ると、

カズさんがパリで一番好きだと言ったボージュ広場で手を合わせる。

 

 

 

 

 

 

回廊に立ち並ぶ画廊を冷やかし、

チェロやバイオリンを弾いているアーティストにチップをはずみ、

角のカフェから広場の中央の公園を眺めているカズさんが目に浮かぶ。

 

 

いいか、しんしん…大人になったらな、

人間には2種類しかないんだ。

友達か、そうじゃないかだ。

そしてしんしんは俺の友達だ。

 

 

カズさんはそう言ってくれた。

ホスピスで亡くなる直前になっても、

友達のしんしんが来たら…

たとえ俺がどういう状態だったとしても入れてやってくれ。

 

そう担当の医師や看護師さんたちに

繰り返し話してくれていたそうだ。

 

 

 

ボージュ広場には太陽の光が降り注いでいた。

昨日までの雨も上がり、

世界を祝福しているように感じられた。

 

その光の中で子供たちが駆け回り、

恋人たちが肩を寄せ合っていた。

噴水と緑のコントラストが美しかった。

 

 

 

 

 

 

カズさんがそこを歩いているのが見える気がした。

おいらはカズさんとパリに来たことはないのに…

なぜかおいらの目の前を

カズさんとおいらが歩いているような気がしたのだ。

 

 

 

おまえは本質的にヤクザ者だからな、しんしん。

どうせまともに生きられやしないよ。若い時の俺にそっくりだ。

 

 

最後の最後まで本当にカッコよかったカズさん。

亡くなる2日前に、

おいらの着ていたブルゾンのファスナーに手を伸ばし…

もう少し開けた方が粋だぞ

と言ってくれたカズさん。

 

 

神さまに叱られたなんて言ったら…

何て言うだろう?

おいらはそう考えながら広場の写真をカメラに収めていた。

 

 

 

フランス語か、英語を話せますか?

英語でそう声をかけられた。

血管が浮き出たかぎ鼻の老人だった。

たぶん70代後半くらいかな?

奥さんと一緒に腰掛けていたベンチから立ち上がって、

おいらに声をかけたのだ。

 

 

英語なら大丈夫です。

おいらがそう答えると、

このカメラの使い方を教えてくれませんかと言われた。

 

けっして裕福な身なりをしているわけではないけれど、

身体に馴染んだしっかりしたジャケットを着ている。

奥さんのバッグから観光案内の冊子がのぞいていたから、

きっと地方からパリに来たんだなと思った。

 

 

そのカメラは2006年製造のソニーのサイバーショットだった。

10年前のカメラ。なかなか電源が入らないのは、

バッテリーが少ないせいだとわかった。

 

何度かスイッチを入れてみると電源が入ったので、

日付を合わせて、簡単な使い方を説明した。

 

最後にご夫婦の写真を撮って、見せてあげた。

10年前のカメラだから、画素数が少ないのだろうと思う。

なんだかぼんやりとしか写ってなかったけれど、二人は幸福そうに見えた。

 

 

メルシー!

彼らはそう言って、ニコニコしながら去って行った。

 

 

 

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今、こうしてこの文章を書いていて、

おいらはまだ違和感を感じている。

日本に戻ってきたのだけど、

ほんの少しだけディティールの違う世界に迷い込んでしまったように感じる。

 

 

 

これは何なんだろうと思う。

素晴らしい旅だったことは間違いない。

 

おいらは師匠と

ある意味で再会したような気がしている。

 

 

この世界全部がボージュ広場のようだったらいいのにと思う。

温かい太陽に祝福されたような場所。

きっとカズさんも、そう考えていたに違いない。

 

 

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