ゲッツに寄せては帰すズートの波 | ジャズについて話そうか

ゲッツに寄せては帰すズートの波

ビル・エヴァンス<ルーズ・ブルース>

 


 

近所のバーに行った時のことだ。
静かに流れるBGMはまぎれもないビル・エヴァンス。
珍しくギターとテナーサックスがお相手を務める。


テナーサックスは、スタン・ゲッツか?
いや、似ているが。

気になった。
マスターに聞くと<ルーズ・ブルース>だという。
早速ウェブで購入した。

二、三日して届いたCDにはズート・シムズと銘打ってあった。

そうかズートか。
元々ゲッツとは兄弟だものな。

駆け出しの頃、ズートはスタン・ゲッツと同じバンドにいた。
ウディ・ハーマン楽団だ。
そこで、ズートとゲッツはフォアブラザース(四人兄弟)と呼ばれ
同じくテナーのハービー・スチュワードとバリトンサックスのサージ・チャロフと

一緒だった。

1923年生まれのサージが長兄、25年生まれのズートが次男、

26年生まれのハービーが三男、27年生まれのスタンは末弟。
後のこの末弟スタン・ゲッツが一番出世をするのだが、当時は兄弟と

呼ばれるくらいにゲッツとズートは似ていた。

兄弟の父親は、レスター・ヤングだ。
父レスターのマナーに則たテナーサックス道を兄弟皆でひた走っていた頃だ。
(長兄サージはバリトンだから、もちろんチャーリー・パーカーに
心酔していたけど)

そんな兄弟も直にウディ・ハーマンの元を離れ、

それぞれの道を行くことになった。

ズートは、クールなサウンドを捨て、ウオームなよりスインギーな
スタイルへと変わった。

はずだった。

ところが、兄弟の解散から10年以上たったこのビル・エヴァンスの
アルバムで、ズートはなぜか、フォアブラザースと呼ばれた頃の

サウンドに近いムードで迫っている。

このビル・エヴァンスの<ルーズ・ブルース>は録音が1962年8月
21日、22日とある。

1962年に注目だ。

 

この年の2月に録音され春の内にリリースされた
スタン・ゲッツのアルバム<ジャズ・サンバ>は、
その年のグラミー賞を取る(一曲目デサフィナード)など低迷して
いたゲッツの起死回生の大ヒットとなる。

そして世にいう、<ボサノバ>が、アメリカ中に知れ渡ることになる。
二匹目のどじょうを狙えと、猫も杓子も、ボサノバを吹き込む中、

8月の下旬にビル・エヴァンスはこのセッションを持った。

曲目は全然ボサノバじゃない。ズート一人が、弟スタン・ゲッツに
寄せているのだ。
決して兄弟仲が悪いわけではないが、出来の良すぎる末弟に並々ならぬ

対抗心を抱いていたであろうことが想像に難くないズートが、

まるでゲッツが乗り移ったかのように吹いているのだ。

なぜだ?

そのわけはCDを眺めていて直にわかった。

<ルーズ・ブルース>の録音日に注目。1962年8月21日22日。
この六日後の8月28日にズートはなんと<ニュー・ビート・ボサノバ>という
自身初めてのボサノバのアルバムを吹き込むことが決まっていた。

つまり、新しいジャンル、ボサノバを吹き込むにあたりズートは、
恥も外聞もなく大成功を収めた弟スタン・ゲッツに寄せたというこ
となんだね。

スタンの真似をしていて、ついビル・エヴァンスのアルバムでも

ゲッツ調が出たと言うのが真相(おそらくね)。

なんとも人間臭い話だが。

そこまでした、ズートの<ニュー・ビート・ボサノバ>は
ゲッツのボサノバと比べると気の毒なくらい話題にならなかった。
そりゃそうだ。ゲッツの真似なのだから。

ズートは多分、身に沁みたんだね。

他人のしかも弟分の真似をしていた俺が馬鹿だった。
俺は俺の道を行くぞ。

その時から、ズートはスインガー・ズートとして己の道を

今まで以上に精進したんだね。

そんな、ズートが大好きさ!