これって、コルトレーンの黒歴史でしょう | ジャズについて話そうか

これって、コルトレーンの黒歴史でしょう

ジーン・アモンズ <グルーヴ・ブルース>

 



テナーサックス奏者ジーン・アモンズと言えば、

ブギウギピアノの大御所アルバート・アモンズを父に持つ、

いわばジャズ界に一家をなすアモンズ一家の二代目親分。

ついたあだ名も<ボス・テナー>というから本物です。
実際60年代に長いお勤めから戻った時には、組員総出(笑)で迎え、
「ボス・イズ・バック」なんてレコードも吹きこまれたほど。

キャリアは長く、プレスティッジを中心に多くの吹きこみをしましたが、
大体が大雑把な親分は、大勢の子分を一堂に集め、ジャムセッションスタイルで
吹き込むのが常でした。

この1958年1月3日録音<グルーヴ・ブルース>も例にもれず、

そんな一枚ですが(写真一番右下のやつ)
呼ばれたメンバーになんと当時飛ぶ鳥を落とす勢いの
ジョン・コルトレーンがいるからびっくり。
そのコルトレーンがテナーではなく、ソプラノでもなく、なんとアルトで
参加していると言うから二度びっくり。

おそらくは呼ばれた本人が一番びっくりしたと思いますが、
1958年1月のコルトレーンと言えば、モンクとの邂逅を経て、

マイルス・デイヴィスのバンドに復帰する直前。
コルトレーン生涯の傑作<ブルートレイン>を前年57年に吹きこみ

まさに絶頂期と言える時期です。

そのコルトレーンがどうしてアルトなのか?
詳しくはわかりませんが、多分こんな感じだったのでしょう。

「おう、コルトレーン。よくきたな」
「へい、明けましておめでとうございます。親分もお元気でなによりです」
アモンズ親分は、とそで真っ赤になった顔で上機嫌だ。

松の内のふるまいに、テナーの10歳上の大先輩ポール・クイニシェットや、
ピアノのマル・ウォルドロンなどうるさ型の先輩が多く集まっていた。


ジーン・アモンズ親分はバップテナー四天王と呼ばれたうちの一角だ。
東のアモンズ親分にソニー・スティットの叔父貴、

西のワーデル・グレイ組長にデクスター・ゴードン組長。

この四人がテナー四天王と呼ばれていた。
それぞれに、テナーバトルチームを組んでいる。

ビ・バップで全国を統一した伝説の親分、アルトサックスのチャーリー・パーカー親分が

亡くなってから三年が経っていた。
跡目は同い年だがコルトレーンも世話になった

トランペット、マイルス・デイヴィス親分が継いでいる。
コルトレーンは一年ほど一旦マイルス親分の元を離れ、

セロニアス・モンク親分や他の道を同じくするものと腕を磨き、修行中の身だった。


パーカー親分亡き後、楽器別にみれば

アルトサックス界はキャノンボール・アダレイの兄弟が引き継いだ。

テナー界では年下だがソニー・ロリンズの兄貴が彗星のごとくとってかわるまでは、
この四人の親分が跡目と目されていた。

草鞋を脱いだ以上、ここはアモンズ親分の顔を立てなければいけない。

コルトレーンはそう自分に言って聞かせた。

「お前、最近ちっとは鳴らしているらしいじゃねえか」
「いえ、自分なんかまだまだです」
コルトレーンは担いできたテナーサックスを置き、親分からの杯を受け取った。

そのコルトレーンのテナーケースに目をやり親分はゆっくりと発した。
「今日は、お前に一肌脱いでもらうぞ」
「へい、もとよりそのつもりです」
コルトレーンは自分の愛器に手をやった。


「それでな、今日はお前はアルトを吹け」
えっ? なんて言った? アルトって言ったか?
「あの、親分」
「今日はめでたい日だ、舎弟のポール(クイニシェット、テナーサックス)も呼んでいるし、
俺はいるし、お前はアルトだ。わかったな」
「へえ……」
「それでお前楽器は持ってきたか? アルト。 持ってくるわけねえか。おい」
親分は奥に声をかけ、誰のものかもわからない古いアルトを持ってこさせた。
「これ遠慮なく、使えや。よしじゃあメンツも揃ったから始めるか」
「いや、ちょっと。待って……ください」
後の言葉が続かない。
アルト。そりゃ俺は最初はアルトだったけど、ここ何年も吹いていない。

楽器はまだしも、マウスピースだってリードだって人のものだ。

大丈夫か俺?

そのコルトレーンの危惧はすぐに本当になった。

速い曲はなんとかごまかすことができた。
安心しかけた時、好事魔多し。そのバラードが待っていた。

「イット・マイト・アズ・ウェル・ビー・スプリング(春のごとく)」だ。

ジーン・アモンズは、スティット、グレイ、ゴードンとの四天王の中でも
知名度は低いが、実は一番したたかなサックスだ。
まずはその太いが切れあじのいい音。

重いがもたついて聴こえない絶妙なリズム乗り。
急速調の曲では教科書のようなバップフレーズを披露し、

相手が場外乱闘をしかければ、単音連打のホンキングでぶちかまし、

一転バラードでは綿々たる情緒あふれるソロを取る。

弱点が無い。

特にバラードは深い味わいに本領を発揮する。

速い曲でもその強烈なビハインド・ザ・ビートから遅い曲に聴かせてしまう

デクスター・ゴードンは別としても、

全てに一本調子になりがちなスティットや、テクニックはあるがやや軽いグレイと比べても、

音の説得力が断然違う。

そのアモンズの長所がこのバラード

「イット・マイト・アズ・ウェル・ビー・スプリング(春のごとく)」に聴くことができる。
最初は、おおハッピー・バースデイ・トュー・ユーかと思わせるような出だしから
すぐにアモンズ節の世界へと誘う。
好き嫌いは別として、テナーサックスたるもの、

こういう音で音楽がやれたらと思わせる出来だ。

そして、曲が始まって<5:42>して、そのアモンズの後を次いで颯爽と出たのが、

コルトレーンのアルトだ。
いや、颯爽と? 違うだろう。なんだこの音は?

プペーッ! って。道に迷った小学生のような頼りなさ。
そこはかとなくふらつく音程。エッジの効いていない空洞な音質。

これが、コルトレーンなの? 1958年の? 到底信じられないような惨劇。
これって、黒歴史でしょう!

親分の顔を立てたがために、赤っ恥をかいた人のいいコルトレーン。
このすぐ後に、約一年に渡る迷走を止め、マイルス・デイヴィスバンドに戻ったコルトレーン。
以来その大きな庇護の元、自分のテナーとソプラノ道をひた走るわけです。

よかったね。トレーン!